メガコーポは一日にして成らず ~転生特典と未来技術で始める巨大企業創業記~   作:すすぺっと

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第4章 まずは現実を確認しよう

「……会社を作るか」

 

口にしてみると、自分でもずいぶん大きなことを言った気がした。

 

昨日までの俺なら、まず考えもしなかっただろう。

 

巨大な研究所を持って、工場を建てて、いくつもの産業に手を広げる。そんな会社を、自分で作る。

 

夢物語だった。

 

少なくとも、昨日までは。

 

「では、何から始めます?」

 

向かいに座っていたヴェラが聞いてきた。

 

俺は少し考えた。

 

会社を作る。

 

人を集める。

 

技術を開発する。

 

Edenにも関わりたい。

 

やりたいことなら、いくらでも浮かぶ。

 

だが、その前に確認しなければならないことがある。

 

「金だな」

 

「そこからですか?」

 

「そこからだろ。会社を作るって言っても、今の俺がいくら持ってるのかすら正確に知らないんだから」

 

「堅実ですね」

 

「無一文でした、じゃ笑えないからな」

 

スマートフォンを手に取り、銀行口座から確認していく。

 

操作そのものに迷いはなかった。

 

口座も分かる。

 

証券会社も分かる。

 

保有している資産の情報も、必要な場所を探そうとすれば自然に頭へ浮かんでくる。

 

相変わらず便利で、相変わらず気味が悪い。

 

しばらく数字とにらめっこしたあと、俺は画面を見たまま呟いた。

 

「……結構持ってるな、俺」

 

預金だけではない。

 

投資資産やその他の保有資産を合わせると、純資産はおよそ60万ドル。

 

ドルだけでは、まだ感覚が掴みにくい。

 

前世の感覚でざっくり日本円に直してみる。

 

「9,000万円くらいか」

 

36歳でそれだけ持っているなら、かなり恵まれている方だろう。

 

三浦直人だった頃の俺なら、間違いなく大金だと思った。

 

「これなら、結構いけるんじゃないか?」

 

「60万ドルすべてを会社へ入れるのであれば、ですね」

 

ヴェラの一言で、少し浮かれていた頭が冷えた。

 

「……だよな」

 

純資産は、そのまま使える金ではない。

 

保有資産を片端から現金化して、全額を会社につぎ込むつもりもない。生活費もいる。税金もある。何かあったときのための金まで空にする気もない。

 

そもそも、SYSTEMがあるからといって事業が成功すると決まったわけじゃない。

 

「失敗しない能力じゃないんだよな、あれ」

 

「もちろんです」

 

即答だった。

 

「ですよね」

 

もう一度、数字を見直す。

 

生活を維持する金を残す。

 

すぐには動かせない資産を除く。

 

それでもある程度の余裕を持たせる。

 

そうやって考えていくと、現実的に創業へ使える金額が見えてきた。

 

「……20万ドルくらいか」

 

前世の感覚なら、ざっくり3,000万円。

 

個人が会社を始める金として考えれば、小さくはない。

 

むしろかなり持っている方だと思う。

 

だが。

 

研究所。

 

設備。

 

研究者や技術者の人件費。

 

試作。

 

認証。

 

製造。

 

そして、その先に工場や航空宇宙やエネルギー事業まで考えるなら。

 

俺はしばらく黙ってから、画面を閉じた。

 

「……桁が足りないな」

 

ヴェラが少し笑った。

 

「最初から巨大企業を完成させるおつもりでした?」

 

「いや」

 

俺も笑う。

 

さすがに、そこまで都合よくはいかない。

 

60万ドルの資産。

 

そのうち、使えるのは20万ドルほど。

 

世界を動かすような会社を作るには、笑いたくなるほど小さな金額だ。

 

けれど。

 

「始めるには、十分か」

 

少なくとも、ゼロではなかった。

 

♢

 

金の次は、自分だった。

 

エリック・ウォーカー。

 

36歳。

 

アメリカ国籍。

 

ここまでは、目を覚ましてから何度か確認している。

 

だが、会社を作るとなれば、それだけでは足りない。

 

今の俺が社会の中で何をしている人間なのか。

 

そこを把握しないことには話にならない。

 

「仕事は……」

 

そう考えた瞬間、いくつかの情報が自然に頭へ浮かんだ。

 

産業機器を扱う企業。

 

調達部門。

 

役職はマネージャー。

 

仕入先の選定、価格交渉、発注、納期、供給リスク、契約条件。

 

製造部門や品質部門との調整。

 

「あー……」

 

思わず声が漏れた。

 

「どうしました?」

 

「今の俺も調達だ」

 

「はい」

 

「知ってたのか?」

 

「もちろん」

 

「俺は今知ったんだけどな」

 

正確には、知らなかったわけではない。

 

頭のどこかには最初からあったらしい。

 

考えれば分かる。

 

必要になれば出てくる。

 

だが、それを経験した記憶があるわけではなかった。

 

試しに上司のことを考えてみる。

 

顔が浮かぶ。

 

名前も分かる。

 

どんな役職で、どういう話し方をする人間なのかも、ある程度分かる。

 

けれど。

 

初めて会った日のことは何も思い出せない。

 

一緒に昼飯を食った記憶もない。

 

仕事で怒られたことがあるのか、褒められたことがあるのかも、映像としては残っていない。

 

「……やっぱり変な感じだな」

 

「文脈記憶ですね」

 

「知識だけ置いてあるみたいだ」

 

「社会生活に必要な情報は、必要に応じて参照できます。ただし、エリック・ウォーカーとして人生を送った記憶が存在するわけではありません」

 

「分かってはいるんだけどな」

 

分かっているのと、気持ち悪くないのは別の話だ。

 

担当案件を思い浮かべる。

 

取引先。

 

発注状況。

 

納期。

 

必要になれば、それなりに出てくる。

 

次の出勤日に会社へ行っても、おそらく仕事はできる。

 

むしろ前世の経験まで残っている分、まったく知らない職種へ放り込まれるよりは遥かにましだった。

 

「しかし、俺って前世でも調達だったんだよな」

 

「そうですね」

 

「転生してまで調達か」

 

「適職だったのでは?」

 

「それはそれで複雑だな」

 

ヴェラが笑う。

 

俺も少し笑った。

 

ただ、悪い話ではない。

 

会社を作る。

 

その言葉だけを聞けば、俺には経験がない。

 

社長をやったこともなければ、会社を経営したこともない。

 

研究者でもない。

 

設計者でもない。

 

だが、企業がどうやって物を作るのかは多少知っている。

 

原材料を買う。

 

部品を集める。

 

仕入先を選ぶ。

 

値段を決める。

 

納期を合わせる。

 

品質を確認する。

 

契約条件を詰める。

 

社内の都合と社外の都合を擦り合わせる。

 

製品1つ作るだけでも、技術以外の仕事が山ほどある。

 

東邦精機から納期遅延の連絡を受けて、在庫を確認し、代替品の仕様を取り寄せ、製造部や品質保証との調整を考えていたことが頭をよぎる。

 

ああいう地味な調整が積み重なって、ようやく物は世の中に出ていく。

 

さっき確認したSYSTEMのスキルも、そう考えれば納得できた。

 

《調達》Lv.4。

 

《交渉》Lv.3。

 

《管理》Lv.3。

 

それに比べて、《経営》と《財務》はLv.1。

 

「分かりやすいな」

 

「何がです?」

 

「俺の現状」

 

できること。

 

できないこと。

 

妙に数字で突きつけられている。

 

俺は椅子へ深く座り直した。

 

「調達はできる。交渉も、まあ仕事でやってきた。管理も分かる」

 

「はい」

 

「でも経営は初心者だ」

 

「はい」

 

「そこは否定しないのか」

 

「事実ですので」

 

「容赦ないな」

 

「優しく嘘をついた方がよろしいですか?」

 

「いや、それは困る」

 

自分が何でもできると思い込むよりはずっといい。

 

できないなら覚えればいい。

 

SYSTEMにも、経験を成長へ反映しやすくする機能がある。

 

経営だって、最初からLv.10である必要はない。

 

それに。

 

俺にはヴェラがいる。

 

全部任せるつもりはないが、分からないことを聞ける相手がいるのは大きかった。

 

「で」

 

俺はテーブルにスマートフォンを置いた。

 

「会社を作るには、具体的に何がいる?」

 

「どの段階までお聞きになります?」

 

「その聞き方、嫌な予感しかしないんだが」

 

「詳しく説明すると長くなります」

 

「じゃあ概要だけ」

 

「承知しました」

 

ヴェラは指を折るようにして挙げていく。

 

「まず法人の形態を決めます。次に設立する地域、事業目的、出資額、必要な登録。法人名も必要ですね」

 

「うん」

 

「法人設立後は銀行口座、会計、税務、契約管理。事業内容によっては保険や許認可も必要になります」

 

「うん」

 

「人を雇うなら給与、税、労務。研究開発を行うなら施設、安全管理、知的財産、各種規制への対応も必要になります」

 

「ちょっと待て」

 

「概要ですが」

 

「これで?」

 

「かなり省略しています」

 

やっぱり会社は面倒くさい。

 

ただ、聞いている限りでは、最初の書類を作るだけなら不可能という感じでもなかった。

 

「会社って、作るだけなら意外と何とかなるんだな」

 

「法人を作るだけなら、ですね」

 

ヴェラがきれいに釘を刺した。

 

「会社を設立することと、事業を継続できることは別です」

 

「売る物も客もいない会社なら、箱を作っただけか」

 

「その通りです」

 

俺が欲しいのは会社の登記簿じゃない。

 

研究者がいて、技術者がいて、工場が動き、製品を売り、何十年も成長していく組織だ。

 

そう考えると、やはり最初の20万ドルなんて入口に置く金でしかない。

 

「まあ、1つずつか」

 

「そうするのがよろしいかと」

 

「まず会社を作る。そこから――」

 

言いかけて、俺は止まった。

 

何か引っかかった。

 

会社を作る。

 

俺は今、会社員だ。

 

「……そういや、今の仕事どうするんだ?」

 

ヴェラが俺を見る。

 

「そこへ気づきましたか」

 

「気づくだろ」

 

むしろ、会社を作ると言い出した時点で先に考えるべきだった。

 

スマートフォンから勤務先に関係する情報を確認する。

 

雇用契約。

 

社内規定。

 

秘密保持。

 

副業。

 

利益相反。

 

文字を追っていくうちに、さっきまでとは違う意味で仕事の情報が頭へ浮かんできた。

 

仕入先の価格。

 

契約条件。

 

担当者。

 

供給能力。

 

どの会社が何を得意としているか。

 

調達をしていれば、当然知ることになる情報だ。

 

「これ、新しい会社に持っていったらまずいよな」

 

「当然です」

 

「だよな」

 

今の勤務先で知った秘密情報を使って、新会社の仕入先を確保する。

 

取引条件をそのまま持ち出す。

 

社内資料をコピーする。

 

論外だ。

 

法律以前に、それで会社を始めたくはない。

 

「事業内容によっては利益相反や競業の確認も必要になります」

 

「今の会社と真正面から競合するつもりはないけどな」

 

「今後、産業技術へ進出するのであれば、完全に無関係とも言い切れません」

 

「それもそうか」

 

SYSTEMから何が出るかも分からない。

 

将来的に製造業へ入るつもりなら、なおさら線引きは必要だ。

 

俺はしばらく雇用契約の画面を見ていた。

 

今の職場に恨みがあるわけではない。

 

このエリック・ウォーカーとしてどう感じていたのかは分からないが、少なくとも文脈として浮かんでくる限り、普通に働いてきた会社だ。

 

三浦直人だった頃の俺も、仕事そのものは嫌いじゃなかった。

 

だからこそ。

 

揉めて辞める必要はない。

 

「会社を作るなら、今の仕事をちゃんと整理してからだな」

 

「その方がいいでしょう」

 

「引き継ぎもあるだろうし」

 

「明日突然辞表を置いて消える、と?」

 

「それやったら一番嫌いなタイプの退職者になる」

 

担当案件もある。

 

発注も走っている。

 

仕入先にも社内にも、俺しか把握していないことがあるかもしれない。

 

起業したいからといって、それを全部投げていい理由にはならない。

 

俺はスマートフォンの画面を閉じた。

 

今日だけで分かったことは多い。

 

純資産は約60万ドル。

 

そのうち、創業へ使えるのは20万ドル程度。

 

調達、交渉、管理の経験はある。

 

ヴェラもいる。

 

SYSTEMもある。

 

一方で。

 

会社はまだない。

 

社員もいない。

 

売る物もない。

 

研究所もない。

 

客もいない。

 

そして俺自身は、今のところ普通の会社員だ。

 

三浦直人だった頃なら、それで終わっていた。

 

だが今は、その先を考えている。

 

20万ドル。

 

日本円にすればざっくり3,000万円。

 

巨大企業を作る金には程遠い。

 

それでも、最初の一歩を踏み出すには十分だ。

 

俺は勤務先の情報をもう一度開いた。

 

夢を決めた。

 

金も確認した。

 

自分に何ができるのかも、大体分かった。

 

なら、次にやることは決まっている。

 

「まずは、こっちを片づけないとな」

 

会社員としての俺を、きちんと終わらせる。

 

それからだ。

 

俺の会社を始めるのは。

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