メガコーポは一日にして成らず ~転生特典と未来技術で始める巨大企業創業記~   作:すすぺっと

7 / 8
第7章 最初の雇用契約

人を雇う。

 

会社を作った以上、いつかはやることだと思っていた。

 

まさか最初の一人をガチャで決めることになるとは思わなかったが。

 

「で、誰を雇う?」

 

俺はリビングのテーブルに座ったまま、人材ガチャの表示を見る。

 

会社を設立したことで新しく解放された機能だ。使えるようになったからといって、何も考えずに回すつもりはない。

 

「候補はいくつかあります」

 

向かいに座るヴェラがノートPCをこちらへ向けた。

 

「経営管理、会計、法務、研究、工学、営業。今のアクシオムなら、どの分野でも人手は不足しています」

 

「全部じゃねえか」

 

「まだ二人の会社ですから」

 

「それを言うな」

 

事実だけど。

 

画面には、ヴェラがまとめた現在の不足分野が並んでいる。

 

会社を動かすなら金の管理も必要だし、契約もある。今後仕事を取るなら営業だって必要になる。

 

ただ、その辺りは今のところヴェラがかなり広く対応できる。俺も調達や業務管理なら多少は分かる。

 

となると。

 

「俺たち二人で一番どうにもならないのは?」

 

「本格的な研究ですね」

 

即答だった。

 

俺は頷きかけて、ふと疑問が浮かんだ。

 

「なあ、ヴェラ」

 

「はい」

 

「そもそもSYSTEMから技術が手に入るって話だけど、あれってどういう形で出てくるんだ?」

 

「どういう形、とは?」

 

「完成した機械がそのまま出てくるのか、設計図みたいなものなのか。それとも、頭の中に知識が入ってくるのか」

 

ガチャから技術が出る。

 

言葉だけなら簡単だが、考えてみればかなり曖昧だ。

 

同じ『技術を手に入れる』でも、何が手に入るのかで話はまるで違う。

 

「技術として取得する場合、中心になるのは情報です」

 

「情報?」

 

「基礎理論や設計情報、製造方法、材料技術、加工条件などですね。その技術を成立させるための原典、と考えるのが近いでしょう」

 

「完成品じゃないのか」

 

「技術そのものを取得した場合は、基本的にそうです。装置や素材そのものが別に得られることはありますが、それと技術情報は別です」

 

なるほど。

 

少し考える。

 

「じゃあ例えば、今の世界にはない材料の技術が出たとして」

 

「はい」

 

「作り方まで書いてあれば、その通りに作れば終わりってわけじゃない?」

 

「まず無理でしょうね」

 

随分きっぱり言う。

 

「原典そのものが正しくても、使われている理論や表現が現在の科学体系とそのまま一致するとは限りません。まず内容を理解し、既存の科学と対応させる必要があります」

 

「そこからか」

 

「そこからです。それに、原理を理解できても終わりではありません。現在の設備で作れるのか、必要な材料を用意できるのか、指定された精度を出せるのか。実際に試作して初めて分かる問題も出るでしょう」

 

「思ったより普通に研究だな」

 

「SYSTEMが研究まで代わりにやってくれるわけではありませんから」

 

そこは妙に現実的らしい。

 

俺の前の仕事でも似たようなことはあった。

 

図面上では作れる。仕様上も問題ない。それでも実際に量産しようとすれば、必要な部材を安定して調達できなかったり、加工に時間がかかりすぎたり、不良率のせいで採算が合わなくなったりする。

 

技術として成立していることと、それを現実に使えることは別だ。

 

「……それ、俺じゃ無理だな」

 

「材料研究なら、そうですね」

 

即答された。

 

「少しは否定しろよ」

 

「エリックは科学者ではありませんから」

 

「知ってる」

 

俺に分かるのは、必要なものをどう揃えるか、どこから調達するか、納期やコストが現実的か、量産するとどこで詰まりそうかといった話だ。

 

設計図や仕様書を見て、実際に作るうえで何が問題になりそうかを考えることはできる。

 

だが、未知の材料を見せられて、その構造や性質がなぜそうなるのかを説明しろと言われても無理だ。

 

それは俺の専門じゃない。

 

「お前は?」

 

「ある程度なら対応できます」

 

やっぱりできるのか。

 

「ですが、これから会社として研究開発を続けるなら、私が経営補佐も契約も会社運営も研究も全部担当する形はおすすめしません」

 

「それは俺も嫌だな」

 

何でもヴェラ一人で済ませる会社を作りたいわけじゃない。

 

必要な分野には、その分野の専門家がいるべきだ。

 

そして、SYSTEMから得られるかもしれない未知の技術を扱うなら、最初に必要なのはそれを読み解ける人間だ。

 

「じゃあ研究者だな」

 

「私も賛成です」

 

「分野は?」

 

「材料科学と未知材料解析を軸にしましょう。Aether関連まで扱える人材なら、今後の選択肢も広がります」

 

「よし。それでいこう」

 

人材ガチャへ意識を向ける。

 

通常型とは別に、会社設立後から使えるようになった分野指定型がある。

 

誰が出るかまでは選べない。レアリティも指定できない。ただ、必要な専門分野だけは絞れる。

 

【人材ガチャ】

 

《方式》分野指定

《指定分野》材料科学・未知材料解析

 

《消費SP》400

《所持SP》1,300

 

「400か」

 

数字を見ると、少し手が止まった。

 

「所持SPは1,300です」

 

「分かってる」

 

「では?」

 

「いや、これ金より使うの怖いなと思って」

 

20万ドルなら、極端な話、また稼ぐことはできる。

 

だがSPは金で買えない。

 

次にいつ、どれだけ手に入るのかも分からない。

 

「だから先に必要な人材を決めたのでしょう?」

 

「そうなんだけどさ」

 

正論を言われると弱い。

 

とはいえ、ここで惜しんでいても会社は前へ進まない。研究者が必要なのは、もう決めたことだ。

 

俺は実行へ意識を向ける。

 

「……引くぞ」

 

「どうぞ」

 

決定。

 

所持SPの表示が1,300から900へ変わる。

 

少し間を置いて、表示が切り替わった。

 

【人材ガチャ結果】

 

《候補者》エレノア・ヴォス

《年齢》34歳

《レアリティ》SR

 

《主要分野》

材料科学/未知物性解析/Aether研究

 

《消費SP》400

《所持SP》900

 

「……SR」

 

「最初に見るところがそこですか?」

 

「そりゃ見るだろ」

 

SR。

 

少なくとも、普通ではなさそうだ。

 

さらに情報へ意識を向けると、専門分野や経歴に関する情報が続いて表示された。

 

材料科学の博士号を持ち、国立研究所で研究経験を積んだ後、Eden関連の先端材料研究にも関わっている。

 

肩書だけ見れば、設立したばかりの会社が普通に求人を出して簡単に捕まえられる人材には見えない。

 

「当たりじゃないか?」

 

「レアリティだけで判断しないでください」

 

「経歴も見てるって」

 

そう答えながら、俺は何となくリビングを見回した。

 

静かだ。

 

特に何も起きない。

 

「……出てこないな」

 

「何がです?」

 

「本人」

 

ヴェラが数秒、俺を見る。

 

「ここに突然34歳の女性研究者が現れると思っていたんですか?」

 

「ガチャって言われたら多少は」

 

「それは人材ガチャではなく召喚では?」

 

「似たようなもんじゃないのか」

 

「かなり違います」

 

そうなのか。

 

もう一度SYSTEMを見る。

 

エレノア・ヴォス。

 

そこには社会的な経歴とともに、本人へ連絡可能であることが表示されている。

 

「普通に連絡するのか?」

 

「はい」

 

「普通に面談して?」

 

「はい」

 

「普通に雇う?」

 

「その通りです」

 

思っていたガチャとだいぶ違う。

 

だが、その方がいいのかもしれない。

 

画面に表示されているのは、能力のついた便利な駒ではない。

 

これから同じ会社で働くことになるかもしれない、一人の人間だ。

 

ヴェラはすでにノートPCへ視線を落としていた。

 

「では、面談を設定します」

 

「頼む」

 

♢

 

面談は翌日に決まった。

 

場所はヒューストン市内のコワーキングスペースにある貸会議室。

 

自分の会社で最初にする採用面談なのに、自社オフィスですらない。

 

少し格好がつかない気もする。

 

「今の段階で見栄にお金を使う必要はありません」

 

俺の考えを読んだように、隣を歩くヴェラが言った。

 

「分かってるよ」

 

「それなら結構です」

 

会議室は小さいが、面談には十分だった。

 

俺とヴェラが先に入り、用意した資料を確認していると、予約時間の少し前に扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

入ってきた女性を見て、最初に思ったのは、想像していたより柔らかい雰囲気の人だということだった。

 

赤みのあるダークブラウンの髪は肩より長く、緩く波打っている。深い緑色の目と穏やかな表情もあって、いかにも気難しい研究者という印象はない。

 

落ち着いた美人だ。

 

体つきも女性らしく柔らかい。

 

……が。

 

今は採用面談だ。

 

さすがに初対面の相手を胸から見るほど馬鹿じゃない。

 

「エレノア・ヴォスです。本日はよろしくお願いします」

 

「エリック・ウォーカーです。こっちはヴェラ・ハート」

 

「よろしくお願いします、ヴォス博士」

 

「エレノアで結構ですよ」

 

三人で席につく。

 

目の前にいる女性と、昨日SYSTEMに表示されていた情報がようやくつながった。

 

MITで材料科学工学を学び、博士号を取得。その後は研究所や民間の先端材料研究機関で材料研究に携わり、Edenが発見されてからはAether関連の物性研究にも分野を広げた。

 

経歴としては十分すぎる。

 

だからこそ、最初に確認しておきたいことがあった。

 

「いきなり変な質問になるんだけど」

 

「どうぞ」

 

「自分がどういう存在なのかは、分かってる?」

 

エレノアは少しも戸惑わなかった。

 

「SYSTEMによって用意された人間だという意味でしょうか?」

 

「そう」

 

穏やかな声のまま答えが返ってくる。

 

「理解しています。私の現在の身分や学歴、研究歴、社会的な記録がSYSTEMによって整えられたものだということも」

 

思っていた以上にはっきりしている。

 

「気にならないのか?」

 

「自分が存在している理由について、ですか?」

 

「まあ、それもある」

 

エレノアは少し考えてから口を開いた。

 

「考えないわけではありません。ただ、私が何を考え、何に興味を持ち、これから何を選ぶかまで決められているとは感じていません」

 

「つまり、俺の命令なら何でも聞くとかじゃない?」

 

「違いますね」

 

「よかった」

 

思わず即答した。

 

エレノアがわずかに笑う。

 

「よろしいんですか?」

 

「その方がいい。何でも『はい』って言う奴を雇ってもしょうがない」

 

会社を作るのに欲しかったのは、俺の言うことを全部肯定する人間じゃない。

 

間違っていれば反対してくれる人間の方がいい。

 

特に研究なんて、俺の知らない分野だ。

 

そこでCEOだからと知ったかぶりをして、全員が従う会社になったら終わる。

 

「それじゃ、もう一つ」

 

「はい」

 

「アクシオムで働く気は、本当にある?」

 

エレノアの表情が少しだけ真面目になる。

 

「あります」

 

「SYSTEMにそう設定されてるから?」

 

「それだけなら、ここまで来ていません」

 

返事は柔らかいが、はっきりしていた。

 

「私は未知の物性を研究するのが好きなんです。Aetherの研究にもまだ分からないことがたくさんありますし、既存の理論だけでは説明できない現象もあります」

 

話しているうちに、ほんの少しだけ声が弾んだ。

 

「アクシオムでは、それ以上に未知のものへ触れられる可能性があると聞いています」

 

「そこは否定しない」

 

「でしたら、私は興味があります」

 

研究者らしい理由だった。

 

忠誠心を語られるより、よほど信用できる。

 

「じゃあ会社の現状も話しておく」

 

俺はヴェラが用意した資料をエレノアの前へ置いた。

 

「アクシオムはできたばかりだ。売上はゼロ。製品もないし、研究所もまだない。この会議室を借りてる時点で分かると思うけど、オフィスすらない」

 

エレノアが資料へ目を落とす。

 

「本当に何もありませんね」

 

「会社はある」

 

「そうでした」

 

笑われた。

 

「ただ、研究開発は本気でやる。今は何もないけど、研究施設も設備もこれから揃えるつもりだ。もし入ってもらうなら、かなり初期から研究の中心を任せることになる」

 

「研究テーマは?」

 

「まだ決まってない」

 

「研究所は?」

 

「まだない」

 

「設備も?」

 

「ない」

 

少し間が空いた。

 

「……本当に会社だけなんですね」

 

「そこを何度も確認するな」

 

エレノアが口元を押さえて笑った。

 

「まあ、会社と人はいる」

 

俺は肩をすくめる。

 

「最初はそれで十分だろ。足りないものは、これから揃える」

 

「ずいぶん簡単に言いますね」

 

「最初から全部揃ってたら、起業じゃなくて完成品だろ」

 

エレノアは少しだけ目を細めた。

 

「そういう考え方、嫌いではありません」

 

少なくとも、この状況を理解した上で話は続けてくれるらしい。

 

ここからはヴェラが中心になった。

 

雇用条件、職務、秘密保持、知的財産の扱い、勤務条件。まだ研究施設がない間の扱いも含め、必要な内容を一つずつ説明していく。

 

具体的な条件は事前に俺も確認している。

 

金がないからといって、専門家を安く使い潰す気はない。

 

一方で、設立直後の会社が出せる金にも限界はある。

 

その間をどう取るかは、ヴェラとかなり話した。

 

エレノアもただ頷くだけではなく、研究成果の権利や秘密情報の扱いについていくつか質問した。

 

俺が答えるべきところは俺が答え、細かな契約上の部分はヴェラが補足する。

 

しばらくして、エレノアが契約書を最後まで読み終えた。

 

「一点だけ確認してもいいですか?」

 

「もちろん」

 

「研究設備について、必要性が認められた場合は会社側で導入を検討する、とありますが」

 

来た。

 

研究者の設備要求。

 

まだ研究すら始まっていないのに嫌な予感がする。

 

「必要なら買う。ただし予算とは相談する」

 

「安心しました」

 

なぜそこでそんなに嬉しそうなんだ。

 

隣を見ると、ヴェラも微妙に笑っている。

 

「他には?」

 

「ありません。この条件でお願いします」

 

エレノアが署名する。

 

続いて俺も署名した。

 

ほんの数秒。

 

それだけだった。

 

だが、契約書に並んだ二つの署名を見ていると、会社を設立した時とは違う実感があった。

 

俺とヴェラだけだった会社に、初めて新しい人間が入った。

 

SYSTEMが人材を提示したからではない。

 

話をして、条件を確認して、本人がここで働くと決めた。

 

その結果としての一人だ。

 

その時、視界に通知が現れた。

 

【SYSTEM 通知】

 

ミッションを達成しました。

 

「来たか」

 

「はい」

 

ヴェラが短く答える。

 

意識を向けると、表示が切り替わる。

 

【ミッション達成】

 

《名称》最初の雇用契約

 

《達成条件》

創業者エリックおよびヴェラ以外の人物と

初めて正式な雇用契約を締結する

 

《報酬》250 SP

《所持SP》1,150

 

俺とヴェラのやり取りを見て、エレノアも何が起きたのか察したようだった。

 

「これで正式にアクシオムの一員ですね」

 

「そうなるな」

 

俺はエレノアを見る。

 

「改めてよろしく」

 

「こちらこそ。よろしくお願いします、エリックさん」

 

アクシオム・ダイナミクスに、最初の研究者が加わった。

 

♢

 

契約が終わったところで、俺はもう一つ話しておくことにした。

 

「それで、エレノアに来てもらった一番の理由なんだけど」

 

「はい」

 

「さっき少し話したSYSTEMの技術についてだ」

 

エレノアの視線がこちらへ向く。

 

「今はまだ何も技術を取得してないけど、SYSTEMのガチャからは今の世界にない技術情報が出る可能性もあるらしい」

 

「そこから得られるのは?」

 

「ヴェラの話だと、基礎理論や設計情報、製造方法なんかの原典らしい。場合によっては今の世界に存在しない技術も含まれる」

 

「……今の世界に存在しない?」

 

声の調子が少し変わった。

 

「そう」

 

「現在知られていない物性を持つ材料も?」

 

「可能性はあるんじゃないか?」

 

「既存理論では説明できない現象も?」

 

「そこまでは実際に手に入れてみないと分からないけど」

 

エレノアの質問が明らかに早くなっている。

 

さっきまでと声そのものは大して変わらない。

 

それなのに妙な圧が出てきた。

 

「その原典は、私も確認できますか?」

 

「そこは実際に技術を手に入れた時に確認することになる」

 

「原典そのものを?」

 

「どういう形で扱えるのかまでは、まだ分からない」

 

エレノアが身を少し乗り出した。

 

深い緑色の目が、さっきまでより明らかに輝いている。

 

……あれ?

 

俺は隣のヴェラを見る。

 

ヴェラは何も言わない。

 

ただ、面白そうにこちらを見ている。

 

嫌な予感しかしない。

 

「エリックさん」

 

「何だ?」

 

エレノアは穏やかに微笑んだ。

 

「それ、見せていただけます?」

 

笑顔はさっきまでと変わらない。

 

ただ、その目だけは完全に研究者のものだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。