銀狼を開拓したい転生者の話 作:ザンディク・ワン・クワバラ
「えっと……ここに来たばかりであまり分かって無いんだけど、ここは冥界でいい……のかな?」
キュレネに囲まれて大変な目に遭いそうな、正直な気持ちを言えば何処か期待出来る様な状況において、俺の前に救世主が現れた。
「お、お前は……無垢なノン!? ば、馬鹿な……こんな無垢なファイノンが居て良いのか? 後ろ見てみろよお前……冥界の女主人が泣いてるぞ」
た、助かった……危うく何度目かの性癖壊滅の危機だった……致命傷で済んだか。俺の性癖はボロボロだ!
「あの、別に泣いてないのですが……」
キャストリスがオンパロスにて担当していた冥界は、こんな何も無い世界では無い。クソでけぇ月と、一面に咲き誇るアンティリンの花。風景としての完成度として天と地ほどの差がある。一緒にされて可哀想……ここに在るのは結晶の墓標だけなのに。
「ああ、すまない! 死んだ後があるとは思わなくて、そして後があるのならタナトスの冥界かと思ったんだけど……どうやら違ったらしい」
えっ……冥界を見た事が無い? ファイノンが? いやまぁ、カスライナじゃないファイノンが何人か来てるし、カスライナじゃないなら見てなくてもおかしくは無いんだが……。
「ねぇファイノン、もしかしてもう一人の自分に殺された?」
すっごい複雑そうな表情でキュレネが聞く。まぁファイノンを殺してる系カスライナって、最初のファイノンか可能性としては代替わりしたばかりのカスライナくらいだからな。どの道感情ジェットコースターは避けられないわな。じゃあ呼ぶな定期。
「……ああ、完敗だった。彼は僕らの信頼を裏切って、集めた火種を全て自分のモノにしてしまったんだ」
うん? これ最初のカスライナがまだ永劫回帰してた時代のファイノンだわ。しかも割りと初期では? 初期も初期、ド初期だぞ!
「そうか、冥界じゃないのなら……ここが西風の果てなんだね」
「違ぇんだよなぁ」
君らみんなその結論に至るね? まぁ彼等の知り得る情報から考えたらその結論に辿り着くのは至極当然なのだけれども。
「ふん、間抜けな面だな救世主」
「モーディス! そうか、君も居て当然か」
当然じゃないんだよ。当たり前みたいな顔して普通に居るな。
「積もる話は後でいくらでもすればいい、どうせ違う自分や他の奴らと好きなだけ話せるからな……それより、ここの管理人。お前に聞きたい事がある」
「ほう、聞きたい事は何かな? 私は何でも知っている」
ごめん、本当は「何でもは知らないわ、知ってる事だけ」の方が当て嵌ります。でもさ、好きなんだよね臥煙伊豆湖。中学生時代に俺の性癖を壊した一人だ。何でも知ってる系ダボ服お姉さん、こんなんお出しされて性癖が壊れないワケが無い。
「別に知りたい事がある訳では無い。ただ、ここにはメーレは無いのか?」
「何も無い世界に何求めてんだよ」
居酒屋じゃねぇんだぞ。仕事終わりに立ち寄った社会人かお前らは。後ろの方で期待した眼差しを向けてくるなヘレクトラ。
「どうやらもてなしすら出来んらしい」
「厚かましいなおい……ウイスキーで良いなら出してあげるよ」
本当はスピリタスとか出してあげたいけど、この世界で俺が出せるのは俺の記憶にある物だけだ。実物では無く、あくまで記憶の再現である。
「見た事も無い物だな……感謝しよう」
普通に感謝してくれるじゃん、危うくトップ〇リューのウイスキー渡すところだった。ちょっといいヤツ渡して良かった……。
「ほう、貴様はそんな事も出来るか。しっかりと見ていたぞ」
「自分が死んだ後ですら野心持ってるってマジ? まぁ、諦める様なタマじゃ無いとは思ってたけど……あと顔が近い。もっと自分の顔面偏差値の高さを自覚して?」
後ろからぬっと現れたカイザー・ケリュドラに俺くん何度目かの性癖壊滅の危機! こちとらあんたの死に顔百枚くらいスクショしてんだぞ! そこだけ聞くとコープスパーティーの森繁みたいだね。ち、違うんです……死体を撮る様な趣味は無いんです。
「僕達はここへ来て、自分に何の力も無い事を自覚する。生前に持っていた半神としての権能も、黄金裔として得た能力もだ。唯一あるとすれば知識と技術くらいだろう……貴様は既に知っていると思うが、だからと言って何もしない僕では無い」
安らぎを得て消滅を待つところでまで運命に抗うなよ……いや、ごめん。オンパロスの英雄達ならみんな抗うわな。
「貴様のその、無からの創造能力はどちらから来るものだ? ここの管理者としての立場から持ち得る能力か、それとも貴様一人だけ存在の世界へ戻れるからか」
これが管理者としての能力だったら、管理者の立場簒奪しようとか考えてません? あげても良いけどただの囚人やで。てか管理者と言うよりは引き留めたり見送ったりするだけの人なんですけどね。
「すっごい直接的に聞いてくるじゃん……まぁ答えるけど。端的に言えば、誰でも出来る事だよ。ここは情報だけが在る無の空間、なら情報だけなら自由に出し入れ出来るって寸法」
記憶とは記憶情報であり、この無の世界には「誰か」の情報が保存されている。情報だけは、この世界に在る事を許されているとも言える。ならば、自らの持つ記憶を情報として再現する事は……まぁ、慣れたら出来る。
「メーレを飲みたいなら、飲んだ事がある人が自分の記憶から再現すれば良い。まぁ、出来るならだけど」
「なるほどな。ここでの無聊を慰めるにはうってつけだが、それを使って何かを起こせる訳では無いのか」
例え核弾頭を持ち出そうが、或いはカスライナの壊滅ビームを持ってこようが、破壊出来る物は何も無いからね。
「つまり、ここから出る方法を探ってるって事で?」
「まぁ、そうなるな。本来ならば僕達には来られない筈の、世界の外に居るのだろう? ならば征服欲と好奇心は刺激され、見てみたくなるのは必然だ」
未知を求め、不可知へと挑む……それは、開拓の歩む道だ。
「うーん、まぁ難しいのは当然知ってるだろうから具体的にどんな場所に在るのかを教えるけど……捉え方として、ここは虚無の星神であるⅨの腹の中だ。想像が出来ないだろうからオンパロス風に言い換えると、そうだな……タナトスの腹の中、かな?」
「つまり、僕らは生命を失い、死と言う絶対性を覆す事は基本的に不可能だ──と言う事か?」
「まぁ概ねは」
「そうなると、必要になるのは「死」すらも覆せる「生」の力という事か?」
「そうなるね。ここで死を虚無に戻すと、必要となるのは存在の力。虚無に呑まれた者達は世界から存在ごと消え去る……なら、何も無いモノを再び世界に刻み込み、固定させ、証明し続ける必要がある」
或いは、世界に許可されるか。
「俺の場合、単純に存在の世界で生まれてそのまま消えてない器がある。だから存在するだけなら大して問題は無いんだ」
とは言え、殆ど虚無に呑まれかけているのが現状だ。だからこそ気を抜いたら誰にも認識されないし、そもそも痕跡も記憶も世界から消えていく。唯一俺の記憶を保持出来ているのは現状だと銀狼と乱破のみだが、彼女達が俺を覚えていられるのは彼女達が何かしらの特別だからだ。ちなみにアルジェンティが覚えてられるのかは次に再会して初めて分かる事だ……でも彼なら普通に覚えていそうな凄みがある。
ちなみに、此処に居るオンパロス組は俺の事を忘れもしないし認識にも問題が無い。理由は単純で、そもそも虚無の腹の中なのだから自滅も何も無いだけだ。消え去る恐怖というモノは、存在しているから抱けるモノ。世界的に既に無い存在が、これ以上何かを失う事は無い。
「一つ、確認だが……貴様は僕達のうち、誰か一人でも生き返らせる事は出来るのか?」
「可能か不可能かだけで答えるなら、可能だね」
もし、仮に。あくまで仮の話ではあるが。俺が自らの生命に意義を失い、存続に意味を失った時……そして、その時にまだ彼等が消えずに残っていたのだとしたら──俺は彼等の中から一人、存在の世界へと送り還すだろう。オンパロスという現状データの世界へデータ生命体としてでは無く、本物の肉を持つ一人の生命として群星へ。相応の代償を支払って。
「理解した。そして現状貴様はそれをする気は無いと」
「まぁ、容易な事では無いからね」
「では質問を変えるが、虚無から脱却出来る程の存在の力……ソレを得られるとすれば、ここにいる誰になる?」
不可能だ、と回答するのは容易いが……可能性が欠片も無い、とも言い切れない。
「デミウルゴスが認知して、助けを出した場合のみ誰でも可能……かなぁ? 個人で存在の力を獲得するのは、ヘレクトラかアナクサゴラス、カイザーの誰かになるかもね」
デミウルゴスがオンパロス限定での浮黎──記憶の星神に昇華して、その力に余裕があった場合のみ記憶の保護の力で存在を獲得する可能性は無きにしも非ず、と言ったところだ。そしてそれに頼らないなら、より深い虚無へと潜ってⅨや或いはそれ以上の上位存在へと接触、力を与えられるでもしなければ無理だろう。或いは、この何も無い世界から存在の樹──つまりは虚数の樹へと至る、だろうか。
まぁ、普通に無理。オットーが虚数の樹に触れて過去改編行うレベルの無理さ加減だ。
「よく分かった。だからこそ貴様は早々に消える事を推奨しているのだな」
「何をどうしようがただの徒労に終わるなら、わざわざ足掻く事なく救いを得て消えるべき……なんだけど、まぁ貴方達がただの徒労だとして抗わないワケも無いわな」
「ふん。知った風に言われるのは気分が悪いが、その通りだな」
鼻を鳴らし、ケリュドラは去っていく。大方暇してる知恵者達を集めて、これから何か出来るのかを話し合うのだろう。仮に彼等が何かを変えられる場合、それはきっとこの虚無に新しい解釈を加えた時なのだろう。
セイレンスの腹のデザイン、控え目に言って神憑ってると思う