銀狼を開拓したい転生者の話 作:ザンディク・ワン・クワバラ
星核ハンター銀狼がアカウント名『三無将軍』と出会ったのは、ただの偶然だった。
いつもと同じ様にオンラインゲームに勤しむ中での対戦相手の一人が彼だった。ゲームのプレイが下手、ノリと勢い任せのプランニング、煽り耐性の低さ。ネットに無数にいるただの雑魚である。ただし数多の有象無象との違いがあるとするならば、それはいくら負けようが煽られようが何度も再戦希望をしてくる所にあった。
普通、負ければそれだけ嫌な思いをする。勝てば気持ちいいだろうが負け続ければやめてしまう。ましてや同じ相手に連続で負け、煽られ続けたとあっては銀狼ならば暴言フレリクからのブロックだろう。
とは言えその時点では、ただの珍しいだけの雑魚。特に気にも留める必要の無い相手だった。
翌日、同じゲームにインして対戦を続けていると再び『三無将軍』とマッチングして、やはり連勝をする事になる。勝てば気持ちいいのは当然として、雑魚だと見下し煽っていた相手がもう少しで自らを下しかける僅差の勝利を得た時は脳汁が弾ける様な快感を得た。
まさに、自分が快感を得る為の鴨。こういう相手だけが居れば良いのにと思える様な、自らに献上された供物。
しかし何度も対戦を繰り返していると、唐突に相手のアカウントが消滅する事態に遭遇する。
対戦をしていた限り違反行為等はしていない筈なので、運営にBANされたワケでは無い。であるのなら、悪質なハッカーにアカウントを消された?
良い気分に水を差された銀狼は、出来心で先程までの対戦相手──その消されたアカウントを探る。
パンクロード出身のエーテルハッカー、しかもウルフロードとまで言われるその実力を遺憾無く発揮して膨大なネットの海からアカウントの痕跡を探した銀狼だが、有り得ない事に何一つとして見つけられなかった。それどころか、自らの対戦履歴は当然として保存していた筈のリプレイすら消えている始末。余程腕の良いハッカーの仕業かとも思ったが、事態はそれ以上に深刻だ。
結局、悔しい事に何の痕跡も見つけられずに終わり、無駄に敗北感だけを植え付けられた。
数日後、別のオンラインゲームで遊んでいる時の事。既知感を覚える様なプレイヤーと遭遇した。アカウント名は『常敗無勝将軍』という、これまた仙舟同盟の将軍の名前を弄った様なモノ。もしやと思いチャットを飛ばし「もしかしてこの間『三無将軍』って名前でゲームしてた?」と聞いてみれば「嘘、覚えてんの? やば」と意味不明な返しをされた。どうやら同一人物なのは間違いないらしい。
話を聞いてみると彼は自滅者であるらしく、自らの記憶が全て消えた後は痕跡が消えている状況らしい。つまりは存在の消失、誰の記憶にも残らず記録からも抹消されているのだ。今も尚生きているにも拘らず、世界からすれば誰にも認識されない透明人間の様なモノとなっている。オンラインゲームをやっているのは、アカウントが消えるまではタイムラグがあるのと、少なくともネット上でなら誰かと関わる事が出来るかららしい。とは言え、対戦した記憶もチャットの記録も数日すれば綺麗さっぱり無くなるらしいのだが。
だからこそ、覚えている私に対して驚いた様だ。
自滅者が失う物は記憶と認識と肉体と言われている。つまり彼は記憶と認識が既に虚無に呑まれていると言う事になるのだが……なんでその様な状況で呑気にゲームをしているのだろうか? それに、何故私が未だに彼を覚えていられるのかについても心当たりは無い。
色々と、不可解な存在だ。
ちなみに前のアカウント名の『三無将軍』とはどう言う意味なのかと問えば、返ってきたのは「金無し家無し戸籍無しの三無将軍」と言う回答だった。
「記憶無しで四無将軍じゃないの?」
「そんな事言ったら無い無い尽くしで数えられないやん」
普通の人はその事態を深刻に受け止めてるんだけどね。
ともあれ、ネット上でのそんな出会いから一緒にゲームをやる仲になった。
星核ハンター銀狼にとって『禁忌の知識.exe』という人物は、個人的な感情を無視すれば得難い人材であり、同時に詰みの盤面をちゃぶ台返しで台無しに出来る鬼札である。
ただのゲーム友達で、ただのネットの知り合い。記憶どころか認識すら食われてる哀れな自滅者である事を可哀想だとは思うがそれだけ。たったそれだけだった──実際にリアルで出会うまでは。
たまたま、彼の利用しているアカウントがまだ十全に働いている時、ただの好奇心に突き動かされて色々と個人情報を漁ってみた事がある。
明らかな偽名、忘れる事を恐れてか酷く分かりやすいパスワードにメールアドレス、そして現在の住所と顔写真まで手に入れた。何となく、リアルで見てみようと出来心で動いた。
壊滅の軍勢に襲われている星系の惑星の一つ、今まさにヴォイドレンジャー達に侵攻されている星で、彼は呑気にゲームをしていた。しかも廃墟としか形容出来ない様な場所で。
見た目だけは少年と青年の中間くらいの、何処にでも居そうな一般男性。髪色は色素が抜けかけている様な灰色で、顔立ちは可愛い寄り。しかしその存在感は、強く認識しようと心掛けていなければ捉えられない程に希薄。
普通の自滅者? バカを言うな、アレの何処が自滅者程度だ。
乾いた笑いが口から出ていた。
虚無の運命、その星神であるⅨ。其は使令を作らない。意思無き存在にして、もっとも単純な星神。虚無とはそう言うモノの筈だ。
では、アレは何だ?
理解は出来なくても本能が察する。何より、いつの間にか握り締めていた『Lv.999のカセット』が訴えかけていた。
アレは存在しない筈の、虚無の使令である。
つまりは星神に力を与えられる事無く、ただの独力のみで使令級へと至った超越者の類だ。
あの争い事とは無関係そうな見た目の男が?
見た目と実力が釣り合わない。だが、もし仮に、本当に使令級の力を持つのなら──誰の記憶にも残らず、認識すらされない彼は、最悪を打破出来るジョーカーとなるのでは無いか?
「やあ、こんにちわ……ああ、そう焦らないで」
意識の間隙でも突くように、気が付けば目の前にいた彼に思わず声をあげそうになる。
「びっくりした。あなたが『禁忌の知識.exe』?」
「お、俺を覚えてるって事は『私だけレベルアップな件』さんか、初めまして。どうしてこんな滅亡目前の星に?」
「ただの好奇心。でも、来た甲斐はあった」
縁、繋がり、コネ、言い方は何でもいい。自らの手札として目の前の人物が使えるのか……知りたくなった。
「ねぇ、ゲームしない?」
ネット回線も、電力も使えなくなっている。何なら落ち着いてやれる環境ですらない。そんな状況でのこの提案に、すぐに彼は言葉通りの意味では無いと理解を示す。
「良いよ。内容は?」
「実力を知りたい。今この瞬間に壊滅の軍勢に襲われてる世界で、呑気にゲームしていられるあなたの実力を」
だから、そうだな。私が欲するモノは彼の実力、それが想定以上のモノならば必要に応じて使える権利。それに対等な価値を持つ対価は何だろうか……それらを賭けの対象とした遊戯。出来ればそのゲームで彼の実力を知れるモノが望ましい。
そして、その舞台はこの現状こそが相応しい。
壊滅の軍勢がこの惑星を滅ぼすのに、大体三日くらいだろうか。英雄や英傑と呼べる様な傑物は居らず、全ての生命体で抗っている様な現状だ。物量で劣り、戦力で劣り、技術力はお粗末だ。ならばやはり、保って三日だろう。
「一日、この惑星の滅びを遅らせてみせてよ。出来たら私はあなたの要求に応えるし、出来なければあなたは私の要求に応えて」
こいつ正気か? と言いたげな様子だった。
「俺戦いとかしたくないんだけど……別に革命的な技術革新とかも起こせないし。無理じゃね?」
「じゃあなんでこんな惑星に残ってるの?」
「……さぁ? いつの間にか居たとしか。まぁ良いよ、ゲームを受けよう。その無理難題を出来た場合は衣食住でも用意してもらおうかな」
感覚的に一週間は何も食ってない、と笑えない事を言う。
「ならさ、ゲームの環境も私が用意するよ。アカウントだって、あくまで私のを渡せば消える事は無いんじゃない?」
自滅者である彼の、消えるモノは記憶と記録。存在の痕跡が抹消されるからアカウントも消えるのなら、元から他者の物であればどうだろうか。あくまで彼の手に渡ってからの活動履歴だけが消えるのでは無いだろうか?
「それは……可能性はあるかもな。なるほど、やる気出すのが上手いな初恋泥棒ウルフ」
「なにそれ?」
「ああ、気にしないで。考えてる事そのまま口から出ちゃうだけだから」
一体私が誰の初恋を奪ったと言うのか。
「ちなみに、俺の活動限界は五分だから。そこんとこ宜しく」
「えっ」
ゲームの結果は、勝利とも言えるし敗北とも言えるモノだった。
私の提示した条件、滅びを一日遅らせる。滅びの原因となるのは壊滅の軍勢であるヴォイドレンジャーなのだから、その数を大きく減らせれば一日の猶予は得られる。彼は五分と言う時間制限の中でそれを見事に成し遂げた。
そこだけ見れば、彼の勝利である。
しかし、たった五分で全てを変えてみせた存在が現れた。その事実こそが何よりの毒ともなる。
英雄、英傑、或いは救世主。滅びの惑星に降り立った救済者なんてモノが居るのなら、誰もが救いを求めるだろう。
『あなたが居れば我々は救われる』
『神は我々を見捨てはしなかった』
『どうか、あの侵略者共に壊滅を』
存在感が極めて希薄な彼は、殆ど透明人間の様なモノ。彼等は何処かに居る筈の救世主を探し求めた。目の前に迫り来るヴォイドレンジャーに立ち向かうのではなく、盤面をひっくり返せる切り札を求めて探し惑う。
結果として、翌日に惑星は滅んだ。
本来三日で終わりを迎える筈だった惑星は、彼の手により一日の延命をされた。しかし抗う人々の意識改革も同時に齎し結果二日で壊滅。
結果だけ見れば、ゲームの勝者は私である。
「ゲームは私の勝ち、何か異論はある?」
「『また勝てなかった』ってね。勿論異論も反論も無い」
「でも、同時にあなたは確かな実力も見せてくれた」
正直引くような実力ではあるが。虚無の使令級はこんなイカれた奴らしか居ないのでは? きっと絶滅大君の風焔はもっとヤバいのだろう。
「だから、私はあなたの要求に応える。そして勝者の権利として、あなたにも要求に応えてもらう。これでどう?」
「ポチタ、俺ぁ今日から犬になるぜ」
多分、この結果は最良だろう。下手に放置すれば何時野垂れ死ぬかも分からない彼に首輪をかけ、必要な時に力を借りられるのだから。
ただ、時折する意味不明な言動に慣れなければいけないのだけは気が重い。
銀狼にとって『禁忌の知識ver2_改訂版.exe』という人物に対する個人的な感情は、言葉にすると「良く分からない」に落ち着く。
ゲームであれば、呪われたかの様に勝てない彼はまさに鴨であり、取り敢えず戦えば手軽に勝利と言う快楽を味わえる。たまにヒリつく試合があるからドーパミンドパドパも味わえる。
客観的事実だけを述べるならクズでカス、ゲームをやれば暴言は飛び交うし時折意味不明な言動をする人物だ。しかし人間として終わっていても、友人として接する分には笑える様なモノ。
しかし、じゃあどう思ってるのかと問われたら、やっぱり良く分からないと回答するだろう。強いて言うならば、嫌いじゃないとなる。
まぁ、最近ゲームをやっててイラつく事は減ったかもしれない。
あと普通に、彼の作った料理は美味しかった。非常に悔しいけれど。