ダンジョンに強敵を求めるのは間違っているだろうか 作:アイスクリームベリーベリー
リヴィラの門が閉ざされてから、街の空気は一変した。
酒場や宿から広場へ集められた冒険者達が、不満げな声をぶつけ合っている。その中で、ハシャーナの死を知る者達だけは口を閉ざし、周囲へ疑いの目を向けている。
無理もない。この広場のどこかに、第一級冒険者に匹敵する殺人者が紛れ込んでいるかもしれないのだから。
「全員いるか?」
広場の中央では、ボールスが部下から人数の報告を受け、その傍らでフィンが広場を見渡していた。
「昨夜、ハシャーナと一緒にいたのは、フードを被った女……か」
「でも、それだけで女が犯人って決めるのは早くない?」
「その通りだよ。性別に関係なく、全員の荷物と武器、それから昨夜の行動を確認しよう」
「女の方は身体検査も必要だよな? だったらそっちも俺達が――」
「女性の検査は我々が行う」
リヴェリアの冷たい声に、ボールスの口が止まった。
「……異論は?」
「ねぇよ」
今のリヴェリアに逆らうのはやめた方がいい。
カイが内心でそう結論づけている間にも、フィンは手早く役割を振り分けていく。アイズとレフィーヤはリヴェリアの補助へ、ティオナとティオネもそちらへ回ることになった。
そして最後に、フィンがカイへ視線を向ける。
「カイは広場と周囲を見ていてほしい」
「見張りか?」
「そんなところだね」
検査に人手を割けば、広場全体を見る者が減る。その隙を狙う奴がいてもおかしくない。
なるほど。追う役じゃなく見落とさない役か。
「分かった」
肩に担いでいた〖ヴァレス〗を持ち直し、広場と周囲の路地をまとめて見渡せる場所へ移動する。
こういう役なら嫌いじゃない。
◇
検査は予想以上に時間が掛かっていた。
武器や荷物、昨夜の行動、ハシャーナとの面識。確認すべきことは多く、人数が人数だけに、一人ずつ調べていくだけでも相応の時間を要する。
当然、待たされる側にしてみれば面白くない。
「まだなのかよ!」
「こっちは仕事があるんだぞ!」
あちこちから怒鳴り声が飛び交う中、カイは壁際に背を預け、人の流れを眺めていた。
暇そうに見えるくらいでいい。
出口を気にする者。仲間と顔を寄せ、声を潜める者。いつ襲われてもいいように、武器から手を離さない者。
怪しいだけなら、いくらでもいる。
だから見るべきなのは怯えている奴ではない。この状況で、明らかに違う理由から焦っている奴だ。
「なんだ……あいつ」
その中で、一人の少女が目に留まった。
女性冒険者達の列に並んでいる
「……あの人」
カイが少女へ意識を向けたのと、ほぼ同時だった。
検査を手伝っていたアイズも、少女へ視線を向けていた。
「――っ!」
アイズと目が合った瞬間、少女の肩が大きく跳ねる。次の瞬間には人垣を押し退け、広場から逃げるように走り出した。
「おい! まだ検査は終わってねぇぞ!」
ボールスの部下が怒鳴る。
アイズは迷うことなく少女を追って駆け出し、その後をレフィーヤも追った。
「アイズさん!」
反射的に足へ力が入る。
――いや。
踏み出しかけた足を止める。アイズならあの少女程度にはすぐ追いつける。ここで自分まで動けば、広場を見る目が一つ減る。
フィンに任されたのは逃げた一人を追うことではない。残された全員の中から、次に動く奴を見落とさないことだ。
それからも検査は続いた。
「異常なし。次」
リヴェリアの声を聞き流しながら、カイは広場と周囲の路地へ視線を巡らせる。
アイズ達が姿を消してから、すでにしばらく経っていた。追いつくだけなら難しくないはずなのに、まだ戻ってこないということは、何かあったのかもしれない。
気にはなる。だが、今は広場を見張ると決めた。
そう自分に言い聞かせ、森へ視線を移した、その時だった。
「……ん?」
森の一角で、枝葉が不自然に沈んだ。風ではない。
木々を押し退ける何かが、一直線にこちらへ近づいている。揺れが一つ奥から手前へ移るたび、枝の折れる音が近くなった。
「フィン」
広場を見ていたフィンが、すぐに振り返る。
「何だい?」
「森の方に何かいる」
フィンが森へ目を向けた、その直後。
太い枝がへし折れる音と共に、木々を押し退け、黄緑色の巨体が飛び出してくる。
カイは反射的に構えを取る。
見覚えがある。蛇のように長い胴体。その先端には、大きな花弁が開いている。
「モンスター!?」
誰かの叫びが上がった時には、すでに怪物は広場へ突っ込んでいた。
まずい。検査のため、武器を預けている冒険者も少なくない。
「避けろ!」
カイは地面を蹴る。
怪物の花弁が大きく開き、その奥から鋭い牙が覗いた。横合いから槍を突き出し、穂先を花弁の根元へ食い込ませる。そのまま槍を押し込み、突進の軌道を力任せにねじ曲げる。
黄緑色の巨体は大きく横滑りし、轟音と共に石壁へ叩きつけられた。
確かな手応えが腕へ返ってくる。しかし、息をつく暇はない。
「全員、武器を取れ!」
フィンの声が広場を貫く。
「検査は中断! 戦えない者は建物へ! ティオナ、ティオネは前へ出てくれ!」
「はい!」
「分かった!」
双子が即座に前へ飛び出し、リヴェリアも言われるまでもなく詠唱へ入る。
先ほどまで不満を口にしていた冒険者達も、ようやく状況を理解したらしい。預けていた武器へ一斉に手を伸ばし、それまで騒然としていただけの広場が、瞬く間に戦場の空気へ塗り替わっていく。
カイは壁へ叩きつけた怪物から目を離し、再び森を見た。
まだ枝葉が揺れている。それも、今度は一ヶ所だけではない。
「フィン! まだ来るぞ!」
叫んだ直後、左右の森から立て続けに木々が弾け飛び、新たな花型の怪物が姿を現した。
「何匹いやがるんだ!」
「数えるのは後だ! 街へ入れるな!」
ボールスの悪態を、フィンが一言で切った。
一匹も街へ通さなければいい。
新たに二匹が並んで飛び込んでくる。カイは手前の一匹へ槍を向けた。
すると、もう一匹がその背後へ僅かに回り込む。
手前の個体が花弁を開いて突っ込んできた。柄で牙を受け流し、返す穂先で胴体を薙ぐ。怪物が横へ弾かれた――その瞬間だった。
後ろにいた個体が、空いた脇を一気に駆け抜ける。
――俺を引きつけて、もう一匹を通した?
「ティオナ!」
「分かってる!」
抜けた個体へ〖
偶然じゃない。
こいつら、ただ目の前にいる相手へ片っ端から襲いかかっているわけではない。一匹がこちらを引きつけ、その隙に別の一匹が奥へ抜けようとした。
フィンもすでに気づいていたのか、群れ全体を見渡しながら僅かに目を細め、口を開く。
「――テイマー、か」
◇
一方、リヴィラへ引き返そうとしていたアイズ達の前には、ハシャーナ殺しの犯人である赤髪の女が立ちはだかっていた。
アイズはレフィーヤ達を先に行かせ、一人、赤髪の女と相対していた。
「便利な風だな――〖アリア〗』」
アイズの身体を翠緑の風が包み込む。〖エアリエル〗の風を纏い、アイズは一気に間合いを詰める。風の推進力を乗せた斬撃を叩き込むが、それでも赤髪の女には通じない。正面から受け止められ、逆に押し返された。
――強い。〖エアリエル〗を使っているのに、押し切られる。
「〖アリア〗――その名をどこで知ったの!!」
力で押し負けようともアイズは攻め続ける。
この女から、どうしても聞き出さなければならない。自分の風を見て、なぜ〖アリア〗と呼んだのか。
激しい気迫で赤髪の女に詰め寄る。しかし、女はお前など倒すのは容易いと言わんばかりに不敵に笑う。
事実、アイズが自らの身を考慮せず〖エアリエル〗の出力を最大まで引き上げてもなお、赤髪の女は平然と受け止めていた。
死に物狂いで愛剣を振るい、強烈な一撃を何度も相手へ叩きつけるが、そのたびに赤髪の女は風の鎧ごと攻撃をねじ伏せ、鋭い反撃を叩き返してくる。
「人形のような顔をしていると思ったが」
そう言うと大きく踏み込みアイズとの間合いを一息に詰めた。先ほどまでとは比較にならない、重く鋭い一撃がアイズへ降りかかる。
振り下ろされた斬撃は風の防御を突き抜け、アイズへと迫る。
咄嗟に身をよじり直撃こそ避けたものの、衝撃を殺せなかったアイズの身体は後方の壁へと勢い良く叩きつけられた。
「これで終わりだ」
女は砕けた大剣を投げ捨てると、動けないアイズへ拳を振り上げた。
――体が動かない。お願い、動いて。
女の拳がアイズへ届く、その寸前――二人の間を青白い閃光が駆け抜けた。
「何っ!」
「よお、アイズ。助けに来たぜ」
第十話 了
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