ダンジョンに強敵を求めるのは間違っているだろうか 作:アイスクリームベリーベリー
赤髪の女を取り逃がしてから、六日が過ぎた。十八階層から三十七階層まで捜索範囲を広げたものの、結局あの女へ繋がる痕跡は見つからなかった。
「ここまで探して何もなし、か」
フィンが足を止め、周囲を見回す。
「犯人の方もしばらくは動かないのかもしれないね。あれだけ派手にやった直後だ、こちらが警戒していることも分かっているだろうし」
「新しいモンスターを用意するにしたって、すぐってわけにはいかねぇだろうしな。それよりあいつ、ずっとあの調子だけど止めなくていいのかよ?」
少し先では、アイズが一人で黙々と歩いていた。六日前からずっと似た調子で、モンスターが現れれば真っ先に突っ込み、それ以外ではほとんど口を開かない。
元々口数の多い奴じゃないが、それでも今は普段と違う。何かに取り憑かれたように戦い続けていた。
「僕達が何も言っていないと思うかい?」
「言って聞くならこうなってねぇか」
「そういうことだね」
「少なくとも、まだ戦い方そのものは崩れておらん。だから止める理由も作りづらいのだ」
「でも、どう見ても普通じゃねぇぞ」
「分かっている。だから私も腹を立てている」
「俺に怒んなよ」
思わず一歩離れると、リヴェリアの目がさらに鋭くなった。散々怒られたばかりだし、余計なところで藪をつつくのはやめておこう。
「やっぱり十八階層で何かあったんでしょうか……」
少し後ろを歩いていたレフィーヤが、心配そうにアイズを見る。
「あの女だろ」
俺が口にした瞬間、前を歩くアイズの足が僅かに止まった。本人はそのまま歩き続けたが、分かりやすすぎる。
「やっぱそれじゃねぇか」
「カイさん……!」
「別に今聞こうってわけじゃねぇよ」
レフィーヤが慌てて俺とアイズを交互に見る。その隣ではティオナも困ったように頬を掻き、ティオネは何も言わないまま妹と同じ方向へ視線を向けていた。
「でもさー、アイズあれからずっとあんな感じだよね」
「負けたことが気に入らないだけなら、そのうち収まると思ってたんだけどね」
俺だって負けるのは嫌いだし、相手が強ければ次はどう倒すかくらい考える。ただアイズの場合、あの女に負けたことよりも、逃げられた時の方がよほど悔しそうな顔をしていた。
理由についても、何となく見当はついている。
『便利な風だな、アリア』
あの女が口にした名前。それが誰の名なのかは知らないが、あの時のアイズの反応を見れば、どうでもいい名前じゃないことくらい分かる。
「……次に休憩するとき、話してみるわ」
「君がかい?」
「何だよ」
「いや、珍しいと思ってね」
失礼な話だ。俺だって仲間の様子がおかしければ、それくらいはする。
「それより、前」
ティオネが短く告げる。ほぼ同時に、暗い通路の奥から骨が石を叩く音が聞こえ、やがて複数のスパルトイが姿を現した。
「皆さん、来ます!」
レフィーヤが警告する頃には、もうアイズの背中が遠ざかっていた。
「……ほらな」
アイズは一人で群れへ斬り込み、俺達が追いつく前に次々と魔石を砕いていく。危なげもなければ動きに乱れもないからこそ、余計に止めづらい。
「ちょっとアイズ! 私達の分も残してよ!」
「……ごめん」
「もう全部倒してるじゃん!」
ティオナが騒いでいる横で、アイズはもう先へ歩き始めている。その背中を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
◇
次の休憩で、アイズは案の定、俺達から少し離れた場所へ座った。愛剣を手入れしているように見えるが、さっきから同じところばかり拭いている。
「で、どうしたんだよお前」
「何の話?」
「戦ってる時だよ。ひたすらモンスターの群れに突っ込みやがって、俺も戦いたかったのに。あの女が言ってたアリアって名前が原因か?」
俺の言葉にアイズの手が止まる。言葉を使って慰めるとかは苦手だし、変に遠回しに聞くよりはいい。
「誰なんだ?」
しばらく答えは返ってこなかった。聞くべきじゃなかったかとも思ったが、アイズはやがて目を落としたまま口を開く。
「お母さん」
「母親?」
「うん。アリアは、お母さんの名前」
なるほど、六日前からずっと上の空だった理由はこれか。
「だから、聞きたかった。どうしてその名前を知ってるのか。お母さんのことを知ってるなら……他にも、何か知ってるかもしれない」
「それで、逃がしたのが引っ掛かってんのか」
「うん。もっと強かったら逃がさなかった。もっと強かったら、聞けた」
自分が弱かった。多分アイズの中では、それだけで全部片付いている。
面倒くさい考え方だ。俺も似たようなところがあるから、余計にそう思う。
「なら、次に会った時に逃がさねぇために、何が足りなかったか考えりゃいい」
「……何が?」
「それを今から探すんだろ。分かんなきゃ、また戦って考えりゃいい」
アイズは黙ったまま、俺を見る。
「まあ、焦って死んだら聞けるもんも聞けねぇけどな」
「……カイがそれ言うの?」
「今は俺の話じゃねぇだろ」
「あの技、使おうとしてた」
「だから今はお前の話だって」
思わぬところから反撃され、思わず顔をしかめる。
「まあ、俺も気をつける。だからお前も気をつけろ。それでいいだろ」
「うん」
ようやくいつもの調子が少し戻った気がする。完全に吹っ切れたわけじゃないだろうし、俺の言葉一つでどうにかなるとも思っていない。それでも、ずっと無表情でモンスターを斬っているよりはマシだ。
「ねえ、カイ。強くなっても届かなかったらどうする?」
「届かねぇなら、何が足りねぇか考える」
「分からなかったら?」
少しだけ考えてから、俺は肩を竦めた。
「一人で考えて分かんねぇなら誰かに頼る。そのためのファミリアだろ」
「……諦めないんだ」
「諦める理由なんてねぇだろ」
それでも死んだら次はない。もう一回挑むことも、知りたいことを聞くこともできなくなる。
「死なねぇ限り、次はあるんだ。だから、死なねぇようにする」
「……そっか」
「お前、考えすぎなんだよ」
「カイは考えなさすぎ」
「お前なぁ……」
そこまで言ったところで、フィンから出発の声が掛かった。
◇
その後も手掛かりは見つからず、食料も減ってきたところでフィンが帰還を決めた。皆が準備を始める中、アイズだけはその場から動こうとしなかった。
「フィン、私、もう少し残りたい」
「一人で?」
「うん。もう少し戦いたい」
「アイズさん! 三十七階層にお一人で残るなんて危険です!」
「一人にはせん。私が残る」
レフィーヤを遮り、リヴェリアが息を吐いた。
「どうせ止めても残るのだろう。それなら監視役がいた方がいい」
三十七階層で、アイズがわざわざ残って戦おうとしている。狙いは何となく分かった。
アイズへ視線を向ける。六日前からずっと何かに追われるように戦っていたこいつが、自分からここへ残ると決めた。
「ウダイオスか。まあ、あの女に次勝つための相手としては悪くねぇな」
アイズがこちらを見る。大方、俺も残ると言い出すと思ったのだろう。
実際、俺だって戦いたい。
三十七階層の階層主を相手にする機会なんてそう何度もあるものじゃない。
「意外か、俺が残るって言わないことが」
「……うん」
「俺だって戦いたいが、これはお前が決めたお前だけの戦いだ。なら一人でやることに意味があるんだろ」
ここで残れば、結局俺が口を出す。危なくなれば手だって出すだろうし、それじゃあ意味がない。
アイズは僅かに目を見開いた後、ゆっくり頷いた。
「うん、ありがとう」
「勝って帰ってこいよ」
「うん」
「リヴェリア。こいつ頼むわ」
「言われるまでもない。むしろお前が素直に帰ることの方が驚きだ」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
フィンは俺達を見ながら小さく笑い、それからアイズへ視線を向けた。
「アイズ、生きて帰ってくること。それだけは守ってくれ」
「うん」
俺達はアイズとリヴェリアを残し、三十七階層を後にした。
少し進んだところで、隣を歩いていたフィンが口を開く。
「本当に残らなくてよかったのかい?」
「何度も言わせんな。これはアイズの戦いだ」
「そうか」
フィンはそれ以上何も言わなかった。ただ、僅かに笑っていた気がした。
◇
一方、三十七階層。
フィン達の気配が遠ざかり、静寂が戻る。
「最初に言っておくが、私はお前の無茶に付き合うために残ったのではない。危険だと判断すれば即座に止めるぞ」
「分かってる」
「……本当だろうな?」
リヴェリアが呆れたように息を吐く。
その直後、足元から低い振動が伝わってきた。床へ亀裂が走り、そこから巨大な白骨の腕が突き出す。
人間など片手で握り潰せそうな巨体が、迷宮の床を押し破って現れた。
三十七階層の階層主。
迷宮の孤王――ウダイオス。
◇
――強くなりたい。
アイズはデスペレートを握り直す。
赤髪の女に届かなかった。アリアの名を知る相手を、目の前にして。
今度は逃がさない。
「――目覚めよ」
アイズの身体を翠緑の風が包み込む。
戦いが始まってすぐ、ウダイオスの強さが露わとなる。その巨体から放たれる一撃は重く、湧き出したスパルトイの群れは勢いよくアイズへと襲い掛かる。
それでも、アイズが足は止めることはない。
白骨の群れを抜け、巨体へ斬撃を重ねていく。
先ほどまでの手当たり次第に攻撃を打ち込むような戦い方ではない。目の前にいる敵の動きを読み最適解を導き出してゆく。
だが、そこで戦況が変わった。ウダイオスの手に、禍々しい黒剣が形成される。
振り下ろされた一撃を辛うじて躱したものの、砕けた床から生じた衝撃に身体を大きく吹き飛ばされる。
「アイズ、無事か!」
リヴェリアの声が届く。
痛む身体を起こし、再び風を纏った。
「っ、まだ……やれる」
アイズは一度、大きく距離を取る。
荒い呼吸を整えながら、ウダイオスと周囲のスパルトイへ目を走らせた。
焦りが消えたわけではない。それでも今は、急かされるまま剣を振るうことはせず、次の隙を待った。
黒剣が振り上げられ、左右からはスパルトイが迫る。
アイズは一体目の剣を受け流し、その身体を二体目へぶつけ、進路をこじ開け、真正面へと駆け抜ける。
「なにをっ!?」
リヴェリアの声を背に、さらに踏み込む。
黒剣が床へと落ちる寸前まで引き付ける。アイズを捉える寸前、風を噴かせて横へ抜けた。
巨大な刃が石床へ深々と食い込み、ウダイオスの動きが止まる。
今度こそ邪魔するものはない。
アイズはウダイオスの腕を駆け上がり渾身の一撃を放つ。
「〖リル・ラファーガ〗!」
巨体が大きく傾く。それでもなお、倒れない。
ここで下がれば、また立て直される。
ならば――
「はぁぁぁぁっ!!」
さらに風を巻き上げ、斬撃を何度も叩き込む。
巨大な骨格へ無数の亀裂が走る。
次の瞬間、迷宮の孤王が轟音と共に崩れ落ちた。
しばらくの間、アイズは動かなかった。
荒い呼吸を繰り返しながら、崩れたウダイオスを見つめる。
「……倒せた」
「ああ、お前が一人でな」
リヴェリアがゆっくりと歩み寄る。
張り詰めていたものが切れたのか、その姿を見たアイズの身体がわずかにふらついた。
「……まったく。さすがのお前でも、ウダイオスを一人で相手にすればそうもなるか」
咎めるような言葉とは裏腹に、その声はいつもより穏やかだった。
「よく戦ったな、アイズ」
アイズが顔を上げる。
思いがけない言葉だったのか、金色の瞳が僅かに揺れた。
「……怒ってないの?」
恐る恐る尋ねるアイズに、リヴェリアは小さく息を吐いた。
「思うところがないわけではない。だが、それは今言うことではないだろう」
そう言って、リヴェリアはアイズの姿を改めて見つめた。
「お前が強くなろうとしていることも、そのために必死なのも分かっている。だからこそ、今は休め」
「……うん」
アイズは小さく頷いた。
その表情には、ほんの僅かに安堵が滲んでいた。
◇
黄昏の館へ戻った後、俺はいつも通りに過ごしていた。
アイズが残ると決めた時点で、俺が口を挟むことじゃない。リヴェリアも一緒にいるし、何よりあいつ自身が決めた戦いだ。
なら、俺がすることは一つだけだ――――勝って帰ってくるのを待つ。
「カイー! 帰ってきたよ!」
廊下の向こうからティオナの声が響いた。
「お、帰ってきたか」
腰を上げ、玄関広間へ向かう。
そこにはアイズと、その隣に立つリヴェリアの姿があった。
「アイズ!」
「アイズさん!」
ティオナとレフィーヤが一斉に駆け寄っていく。
「ちょ、痛い」
「だってアイズー!」
「アイズさん! 本当に心配したんですよ!」
その騒ぎを少し離れた場所から眺めていると、フィンがリヴェリアへ視線を向けた。
「それで?」
リヴェリアが答えるより先に、アイズが小さく口を開く。
「……うん。倒した」
一瞬、広間が静まり返った。
「……まさか」
「ああ。ウダイオスを単独で討伐した」
「ええええええっ!?」
ティオナの叫び声が館中に響いた。
満身創痍で、立っているのも楽じゃないはずなのに、その顔は六日前よりずっとすっきりしている。
「やりやがったな」
「うん」
「感動の再会はそこまでや。それでなアイズたん、帰ってきた早々で悪いけどな、ちょい部屋来ぃ」
奥から聞こえた声とともに、ロキが姿を見せる。
その顔からは嬉しそうな感情が露わとなっている。
「ウダイオス、一人でしばいたんやろ? なら確認せなあかんことがあるやろ――ステイタスの更新や」
◇
少ししてステイタスの更新を終えたアイズが部屋から出てくる。
顔を見れば、ずいぶんと嬉しそうな表情を浮かべていた。
アイズの後ろからロキが出てきて口を開いた。
「アイズたんレベル6キターーーーーー!!!」
「アイズさん、レベル6……!」
レフィーヤが目を輝かせ、ティオナはアイズへ飛びつく。
「すっごーい! ついに上がったんだ!」
皆、自分のことのように喜んでいた。
それは俺も同様だ。何より、思い悩んでいたあいつが、こうして笑顔になっていることが嬉しい。
「アイズ、体の疲れが取れたら、一戦やろうぜ」
それに、より強くなったアイズと戦えると思えば、今から楽しみだ。
「うん、やろう」
「あ―、私も一緒にやりたーい」
そのやり取りにティオナまで加わる。
そんな俺達の姿にリヴェリアは呆れ、レフィーヤは慌て、ティオネは額を押さえている。フィンとガレスに至っては、止めるどころか笑っていた。
「カイ」
「ん? どうした?」
「私、強くなったよ。……だからカイも、追いついてきてね」
期待しているような、それでいて少し挑発めいた言葉だった。俺が追いついてくることを疑っていないような言い方だった。
そんな言葉に少し驚いたが、それ以上に胸が躍った。
「当然! すぐに追い抜いてやるからな」
「うん」
こうしてアイズは、一歩先へ進んだ。
なら、俺も追いつけばいい。
追いついて、また並んで――その先で戦う。
第十二話 了
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
感想や気になった点、誤字脱字などありましたら教えていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。