「学長、急に面談したいって、どういう事ですか?」
リリは不機嫌そうな表情を浮かべ、MITの学長に視線を投げかける。
リリ・ウィリアムズ。
勝気な眼差しを持つ黒人少女だ。
服装も不良少女のそれだが、天才的な知識を持つMITの学生でもある。
先週、アフリカのワカンダでトラブルにあって、戻って来たばかりだ。
「あなたの単位についてよ」
「卒業に必要な単位は取得しています。何か問題でも?」
まるで身に覚えのない罪を着せられた市民のような顔をして、リリは挑戦的に答えた。
彼女は見た目通り、負けん気が強い。
だが、MITの学長も負けていない。
「あなたの成績と実力を見た上で言います。リリ・ウィリアムズ? あなたなら、もっと上を目指せる筈よ?」
学長は真剣な口調でリリに尋ねる。
「それが何か? 卒業できたら十分でしょう?」
「あなたならNASAだけじゃなく、スターク・インダストリーズへの就職も夢じゃないわ。なのに、寮長から聞けば、休日のあなたはごみ収集車の修理や水道管の修理ばかりして、時間を浪費している。自分の可能性を無駄にしていると考えないの?」
「私は奨学金で生活している身の苦学生です。生活の為には働かなくてはなりません。それに、MITの技術を地域に還元する事は悪い事じゃないでしょう?」
彼女は矢継ぎ早に言葉を重ねた。
「奨学金の支援を受ける条件を満たしているなら、私の私生活を改善する必要はない筈です、学長。それじゃ、話はこれで終わりです。人を待たせているので」
リリは挑戦的な笑みを浮かべ、学長室を後にした。
MITの講義が終われば、リリは地元のケンブリッジに足を延ばす。
ケンブリッジ・クリーン・サービス。
学術都市ケンブリッジに古くからある、ゴミ収集会社である。
そして、苦学生たる彼女のアルバイト先だ。
「社長、すいませーん、遅れましたー」
少しも悪びれる様子も無く、リュックサックを右肩に背負ったリリが社長のジェームズに挨拶する。
「おう、リリ。珍しく居残りでも命じられたか?」
ジェームズは今年で60歳になる老人だが、リリを孫のように思っている為か、遅刻しても特に咎めない。
彼女がいなければ、この会社はとっくに倒産していた。
なので、遅刻くらいで悪くなる印象は無いのである。
「大学にそんなん無いッスよ、社長。学長がアタシのバイトのクレームつけてきただけですって」
苦笑しながらリリはそう言って、ロッカールームから作業着を取り出し身に着ける。
最初は身に着ける事に抵抗感があった汚れた作業着も、今では心強い相棒である。
「何だって!?」
「身構えないで下さいよ、社長。適当に言いくるめたんで大丈夫です。だいたい、咎められる程、成績は悪くないですからね、アタシ♪」
リリは得意満面にそう言って、胸を張った。
会社を辞める、と言い出すと思って冷や汗をかいていたジェームズは安堵のため息を吐いた。
MITやハーバード大学が近くにあるケンブリッジだが、高学歴の学生が自発的にゴミ収集会社のアルバイトに参加する事は無い。
彼女のようにインフラの仕事に抵抗のないエンジニアは、ケンブリッジ・クリーン・サービスからしたら神の思し召しの如き人材であった。
「で、仕事下さいよ、社長。何でも修理しますよ? それとも何処にゴミ収集に行きましょう?」
「さっそくだがリリ、うちじゃなくて隣のブロックにある送電施設に行ってくれないか? どうも送電プログラムにバグが発生したらしくて、幾つかの住宅地に電気が送られていないようなんだ」
「あっちゃー、そりゃぁ一大事。けど、他社の面倒みて、アタシに給料出るの?」
「勿論、今日中に解決してくれたら『特別ボーナス』も出そう」
ジェームズの言葉に、リリの心は弾んだ。
「イエッサー、任せて下さい、社長!」
リリは工具箱とノートPCを手近なバンに乗せ、エンジンを掛ける。
画期的な新システムやクリーンエネルギー生成装置を開発するより、彼女にとっては、こういう仕事の方がやりがいを感じられた。
きっと、シカゴで修理屋を営んでいた、亡き義父の影響だろう。
リリはそんな事を考えながら、バンを送電施設に向けて走らせるのだった。