朦朧とする視界。
音の聞こえない暗闇。
全てのエネルギーが空っぽになったスーツの中で、リリが意識を取り戻す。
「あぁ、クソ……! 気絶していた、アタシ……!? ナタリー! ねぇ、ナタリー!? 返事してよ、ナタリー!!」
「……」
親友を自称していたAIも、全てのエネルギーを使い果たしたアイアンスーツの中では声すらも出せていない状況だった。
「ナタリー、アタシを護るために……」
脳裏に、養父と親友がギャングの流れ弾に当たって命を失った瞬間がフラッシュバックする。
「クソッ!! クソッ!! クソッ!!」
声を張り上げるが、その度にリリの内臓や肋骨に重い痛みが走る。
堅牢なスーツでも、先ほどのダメージは流石に内部まで浸透したのか、彼女自身にも大きなダメージを与えたようだ。
真っ暗闇なモニターのまま、まずはアイアンハートを自力で立ち上がらせようとする。
が、そんなリリを外部にいる何者かがヒョイと持ち上げた。
「!?」
声を殺してリリは外の状況を察する。
アイアンブラッドが自分を放置する理由は無い。
つまり、今、自分を持ち上げているのは、アイアンブラッド。
メキメキ、とヘルメットのバイザーが悲鳴を上げるのが聞こえる。
そして、
真っ暗闇の視界が開放され、リリの目の前には想像通りのヴィランがいた。
「何だ、黒人か」
ニコラスはリリの肌の色を鼻で笑いながら、そう言った。
「悪かったわね、トンチンカン! アタシが肌の黒い良い女でビックリしたのかしら!?」
「いや別に? 装甲が白いスーツを着ていたから、てっきり白人だと思っただけだ。もしかして、白人に憧れてんのか、お前?」
「ふざけんな、トンチンカン! 時代錯誤な人種差別も大概にしなさいよ、この大バカ野郎ぉ!!」
無神経なニコラスの言葉に、リリは問答無用でアイアンブラッドを蹴り飛ばそうと思ったが、スーツはピクリとも動かなかった。
周囲を見回すが、照明らしきものは何も無い。
エネルギーはゆっくりと生成され始めているが、まだ動ける程じゃなかった。
もっと……! もっと光があれば……!
「ハハハハハ! 命乞いが聞けると思ったんだけど、期待外れだな、お前。ま、イイや。負けん気の強い女を殺すのも面白そうだから、もう殺すぜ? マイクロミサイルで黒焦げにしてやるよ!」
ニコラスはそう言って、アイアンブラッドの肩の装甲を前後にスライドさせた。
収納されたマイクロミサイルの弾頭が顔を覗かせる。
万事休す。
リリはとっさに両目をつむる。
その時だった。
ブリッグスフィールドの周囲に取り付けられた大型照明が点灯し、リリの周囲を照らし出す。
「な、何だ!?」
両目がホワイトアウトする程の光量を直視したせいか、ニコラスが戸惑いの表情を浮かべ、攻撃を中断する。
その瞬間を見逃すリリではなかった。
光に包まれた瞬間、アイアンハートの動力源はアークリアクターを超越するエネルギーを生成し始めていたからだ。
「うおおおぉ~ッ!!」
リリはアイアンブラッドの左手の拘束から抜け出すと、ニコラスに渾身の蹴りをお見舞いした。
鉄と鉄がぶつかりあうような、ゴツン、という鈍く大きな音を響かせ、アイアンブラッドが数歩よろめく。
「な、何だ!? さっきまで機能停止していたのに、この数秒で復活したのか!?」
戸惑うニコラス。
その時、ブリッグスフィールドに拡声器の声が響く。
『おーい、リリ! 無事かー!?』
CPLのジャクソンだった。
『ジェームズ社長から聞いたぜ、リリ!? そのスーツ、太陽光で動いているんだよな!? 太陽とまではいかねーが、ここの照明を修理して使えるようにしたぞ!! 動けるんなら、諦めるな! かましてやれ、リリ!!』
ジャクソンの言葉に、リリは不敵に微笑んだ。
やっぱり、ケンブリッジのインフラを支える技術者は最高である。
アイアンハートの四肢に力が溢れるのを感じる。
レイ・シフト・リアクターは厳密に言えば太陽光で動いていない。
光があれば何でも増幅して爆発させて動力源にしてしまう、とんでも反応炉だ。
こうやって眩しいくらいの場所ならば、晴天時と同等の性能を叩き出してくれる。
「た、太陽光だと!? クソ、ふざけるなよ! 太陽光がアークリアクターを超えられるエネルギーを生成できる訳ないだろうが!? 嘘も大概にしろよ、黒人女ぁ!?」
ジャクソンの言葉を聞いていたのであろうニコラスが、戸惑いながら言葉を漏らす。
「それはそう。けど、実際の所、光で動いているからね、アタシのスーツ! けど、これがアタシの『色』よ! ま、スタークさんの『色』であるアークリアクターを使っているダサいアンタじゃ、一生考えても無理でしょうけど!!」
「Fuuu! Coolよ、リリ!!」
動力源が復活した事により、ナタリーも復活する。
「ナタリー! 復活するのが遅いじゃない!」
「ごめん、ごめん! ついでだから、出力調整プログラムを完成させていたの! こっからは、100%の性能を発揮できるアイアンハートで戦えるよ、リリ!」
「うわぉ、最高ね、ナタリー!」
リリとナタリーはかつての親友同士のようにハイタッチした。
無論、ナタリーはホログラムなのでお互いの手は虚しく空を切っただけだが。
「な、何なんだよ、お前ら……!?」
ホログラムになって隣に立つAIに、更にニコラスが混乱した。
AIに形を与えてホログラムで出力するなんて、普通のエンジニアなら電力の無駄として、絶対にやらない行為だ。
リリ、アイアンハート、ナタリー。
これら全ては、ニコラスの価値観を根底から揺るがす存在だった。
「な、何なんだよ、お前ら!? 意味が解んねーよ!?」
理解の追い付かないニコラスは、フラフラとしながらリリ達を指さした。
「そういや自己紹介がまだだったわね、トンチンカン? アタシ達はアイアンハート! さぁて、第二ラウンドよ、お坊ちゃん! ここでおっ始めて良いかしら!?」
リリはヘルメットを脱ぎ捨て、不敵に笑う。
無論、彼女にアイアンブラッドをブリッグスフィールドから逃げ出す猶予を与えるつもりは欠片も無い。
「くそ、マーキュリー! ポータル・システムを起動しろ!」
「させるかよ、バーカ!!」
リパルサー・シールドを右手に集中的に展開し、リリはアイアンブラッドの顔面を思いっきりブン殴った。
「ぐへえええぇぇぇッ!?」
放物線を描いて吹き飛ばされるアイアンブラッド。
そんな鉄のスーツに向かって、アイアンハートはリパルサーブースターを吹かして肉薄する。
「一発で終わんないよぉ、お坊ちゃん? オラ、オラ、オラ、オラ、オラぁッ!!」
両手にリパルサー・シールドを収束させ、アイアンハートが連続でアイアンブラッドの全身をタコ殴りにする。
リパルサー・フィスト。
リパルサー・シールドのシステムを応用し、両手の拳に展開。
グローブ替わりにして対象を殴る形でダメージを与える近接技である。
当然、パルス・ライフルすらも防げるシールドを両拳に収束させているので、
「ぐぼぉ、ぐふぅ、げふおッ、がはぁ、ぎへぇ!?」
ニコラスはアイアンハートに殴られるたびに情けない声を上げた。
ブリッグスフィールドに仰向けになって横たわるアイアンブラッドに、
「ガハハハッ! どーだ、お坊ちゃん!! シカゴの下町で鍛えたリリ様の喧嘩殺法、恐れ入ったか!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、リリがハイテンションで怒鳴り飛ばした。
アイアンハートの猛攻に、ブリッグスフィールドに集まっていたインフラエンジニア達から歓声が上がる。
だが、頑丈さでもアイアンブラッドは負けていない。
ムクリと起き上がり、
「こ、この黒人女ぁ、調子に乗りやがって、……あああ……!?」
と、ニコラスがリリの背後の空間を見つめて唖然とした声を漏らした。
「んん?」
と、ニコラスの視線を追ってリリが自分の後ろに視線を向けると、ポータルが開き、パルス・ライフルの銃床が顔を覗かせているのが見えた。
「ははーん、コレ、ポータルって奴ね? ドクターストレンジが使っている移動魔術と同じタイプじゃーん♪」
ホログラムのナタリーが即座にポータルに近寄り、ありとあらゆる角度から観察を始める。
「あ、バカ! やめろ!! マーキュリー、今すぐ、ポータルを閉じろ!!」
「イエス・マイロード」
きっかり3秒後、ポータルが閉じた。
しかし、それだけあれば十分だった。
「アハハ! もう遅いって、ヴィラン君♪ 原理は不明だけど、どういう効果なのかは解析終わったから、幾らでも対策できるよ~♪」
「な、何ぃッ!?」
「まず、ヴィラン君が使っているポータルって、座標に固定しないと展開できないタイプでしょ? だから、さっきはリパルサー・シールドの内側に銃口だけを出してぶっ放せた訳。けど、今のリリみたいに動き回られたら、座標が狂ってあんな感じになるって訳♪ で、だいたい、座標を計算して現実世界へ出力するのに、3秒必要ってとこかな? アタシの解析、間違ってる~?」
ナタリーの完璧な解説に、ニコラスは引きつった声を漏らすしかできなかった。
自分の兵站を担う根幹的なシステムがふざけた不良娘のような外見をしているホログラムに看破された。
それは、ニコラスのプライドを木端微塵に粉砕するに十分な出来事であった。
「はっはーん、3秒あったら、アンタを好きなだけボコボコにできるわねぇ、トンチンカン?」
リリは不敵な笑みを浮かべながら、ポキポキと指を鳴らしながらアイアンブラッドににじり寄る。
「う、うおおおおお!!」
ニコラスがアイアンブラッドの肩の装甲をスライドさせ、マイクロミサイルを発射する。
飛来する12発の小型ミサイル。
それらをリリは不敵に微笑みながら、リパルサー・シールドを展開する。
オレンジ色の爆音と小さなキノコ雲が立ち上る中、爆炎の中からアイアンハートを身に纏ったリリが勝気な笑みを浮かべて現れる。
「残念ねぇ、お坊ちゃん? リパルサー・シールドの防護力はアンタが一番理解しているんじゃない? さっきのライフルだって防げてたでしょ~?」
リリは勝気に微笑みながら、再び両腕にリパルサー・シールドを収束させた。
「や、やめ」
「や~め~な~い~♪」
「ぷぎゃあああああああああッッッ!!」
それからリリは、ニコラスのアイアンブラッドが二度と飛行できないまで、ボコボコに殴り続けるのだった。
ヘルメットを脱がされ、青あざができる程度に彼の顔面に素手でパンチした所で、リリはニコラスの差別発言を水に流す事にした。
その寛大な処置に、
「こ、殺さないのか……?」
と、流石のニコラスも不思議に思って尋ね返した。
「アンタ、アタシを何だと思ってるの? アタシはヒーローでもなければヴィランでも無い。ケンブリッジのインフラを支えるエンジニアの1人よ!」
「い、インフラ……?」
「そーよ? ゴミ収集っていうこの世で最もクールな仕事よ!」
リリはそう言って、ニコラスの纏っているアイアンブラッドを開放した。
軍用の耐圧アンダースーツを身に纏った白人青年の肉体をアイアンハートのアシスト機能で軽々と持ち上げ、
「アンタが行くのは、地獄でもなければ天国でもなく、刑務所! たっぷり反省して、人としての倫理観を学んできなさい!」
母親のようにリリはそう言い放つと、やって来た警察官にニコラスを引き渡した。
「ふ」
ニコラスは、生まれて初めて自嘲するように微笑み、パトカーの中へと自発的に入って行った。
こうして、ボストン、MITにおけるアイアンスーツの騒動は幕を閉じた。