夜。
寮の近くにあるガレージに入り、リリは照明を付ける。
ガレージの中央には、機械仕掛けのスーツが鎮座していた。
むき出しの配線。
ボロボロの装甲板。
それでも基礎となる骨格は、美しい輝きを放つ黒い骨組み。
「さて、始めるわよ!」
ガラクタの山を背負ったリリは、挑戦的な笑みを浮かべ、未完成のスーツに歩み寄った。
もう、この未完成のスーツを託されてから10年も経つ。
「スタークさん……」
リリは懐かしむように呟き、スーツの装甲板をそっと触れた。
10年前。
今よりも幼い少女だったリリは、科学賞を獲得し、トニー・スタークと出会った。
彼と何度か会話し、刺激的な科学の講義をティータイム感覚で受けたリリ。
その後、どういう訳かトニー・スタークは彼女に、未完成のスーツを渡した。
アークリアクターも無い。リパルサーレイも無い。ミサイルも無い。
制御AIも、バランサーも、特殊合金の装甲も、……当然、無い。
基礎の骨組みだけのスーツを用意したスタークは、
「コレをキミに託そう。リリの知識を使い、好きに組み立てると良い。動力源も、武装も、AIも、自分で作るんだ」
「スタークさん、どうして私に?」
「勘、だよ?」
トニー・スタークは得意満面の笑顔を浮かべ、トントンと自分自身の額を指で叩いた。
「勘?」
「リリ、キミは僕の同類だ。こう言っては失礼だが、あー、キミは、かつての僕が、アイアンマンになる前の僕に、ひっじょーに似ている。だってキミは自分の事を、……」
「天才だもん」
「あー、そこだよ、そこ。自分が他人より優れているって、本気で信じてる!」
「事実だよ?」
「それはそう。だけど、自分だけの為に才能を使うのは、時として多くの人を不幸にする事がある。だから、自分の才能を誰かの為に使う練習をする為、この未完成品のスーツをキミに贈ろう。このスーツで何をするのか、キミ自身がよく考えるんだ。あー、だけど僕の真似はしてくれるなよ? 僕の真似をするんじゃ、ただの二番煎じだ。超えたければ超えても良いけど、自分だけの『色』で、コイツを完成させてみてくれ。スーツが完成したら、きっと見に来るから」
「はい、スタークさん」
「よぉし、約束だ。何年たっても良いから、完成させるんだぞ、リリ!」
幼いリリは、特にスタークの言葉の意味を考える事なく、そう考えていた。
自分の能力を最大限に引き出せる機会を得た。
そんな事しか、考えていなかったのだから。
そして、……10年。
結局、トニー・スタークとはあれ以来、会えず仕舞いだ。
いや、一度だけビデオレターを貰った事があった。
トニー・スタークが設立した奨学金でMITへの入学が決まった日の事だ。
『リリ、MITの入学おめでとう! トニー・スタークだが、覚えているかな? あー、忘れていたら、おじさん悲しいぞ?』
自宅のリビングルームを背景に、映像の中のトニーは気軽な口調でそう言った。
映像の中に映るトニーには、奨学金の出資者ではなく、親戚の人間が送るような、気軽さと親しみが感じられた。
『あー、あんまり説教じみた事は言いたくないが、リリ。スーツの完成なんて時間つぶしの趣味のようなもので良い。学生の本分は勉強なんだから、しっかり勉強するように!』
少しだけ真面目な口調でそんなセリフを言ったかと思えば、
『あー、くそ、親父っぽい事を言ってしまったな。俺も年だなぁ、まったく……』
次の瞬間には、苦笑まじりにボヤいている。
『ああ、……そうだ、リリ。これだけは忘れるな。スーツなしじゃダメなら、スーツを着る資格はない。スーツを作る上で、これだけは忘れるんじゃないぞ! リリがリリの『色』でスーツを完成させる日を、僕は待っているからな! では、バラ色の大学生活を楽しんで!』
という言葉で、ビデオレターは終わった。
サノスとの闘いで散ったヒーローを悼みながら、リリはスーツを無心で開発し続けた。
MITに入学し、それなりに社会性を身に付け、世間でも一流のエンジニアになったと自認しても、いまだにスーツは完成していない。
皮肉な事に、リリが社会性を身に付ければ付ける程、彼女が幼い頃に考えていたプランを中止にし続けたからだ。
アメリカ合衆国の治安は悪いが、アークリアクターをスーツの動力源にする必要はどこにも無いし、リパルサーレイを必要とするヴィランなんてどこにも居ない。
世界の危機に対抗する為に作られたトニー・スタークのアイアンスーツを作ろうと思えば思う程、リリの脳裏に「それ、必要?」という疑問しか沸かない。
災害救助スーツにするのが無難じゃないのか、と今では本気で考えている。
唯一無二のスーツを作ると考えていた頃から考えれば、とても小さくまとまってしまっているようにも思える。
「今の私を見たら、スタークさんはどう思うかな……」
リリは彼女にしては珍しく気弱な笑顔を浮かべた後、作業に取り掛かるのだった。
リュックサックから取り出した装置を、未完成のアイアンスーツにつなげる。
ずっと夢だった制御装置を、あのゴミ捨て場で手に入れたのだ。
ブレイン・スキャニング・マシーン。
装着した人間の脳の情報を読み取り、プログラミングデータに変換する装置である。
「さてさて、お楽しみタイムの始まり始まり♪」
制御装置からパソコンへUSBコードを繋げ、スーツと同期している事を確認。
リリは最後に無線LANで繋がったヘッドギアを頭に装着した。
今から作るのは、スーツの根幹とも言うべき制御AIだ。
制御装置がリリの脳内の記憶を読み取った上で、最適の人格を宿したAIが誕生する。
自分の人格をコピーしたAIが完成するだろう、とリリは推測していた。
せっかくスーツを完成させるのだ。
同じ目的を持ったAIがいたら、作業は捗る。
「さぁ、生まれておいで、アタシのパートナー♪」
リリはウキウキした様子で機械を操作し、モニターに表示された画面に唖然とした。
「はぁ!? 完成まで6時間!? 嘘でしょ!? って、ああー、ガレージの電力じゃそうなっちゃうわよねー……。あーもう、待つしか無いか……」
リリは現状を受け入れた後、眠りに落ちた。
死に別れた親友、ナタリーとの懐かしい日々の夢を見ながら、リリは泥のように眠るのだった。