アイアンハート/ザ・フェイク   作:中村 冬也

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第二話 託されたスーツ

 夜。

 

 寮の近くにあるガレージに入り、リリは照明を付ける。

 

 ガレージの中央には、機械仕掛けのスーツが鎮座していた。

 

 むき出しの配線。

 

 ボロボロの装甲板。

 

 それでも基礎となる骨格は、美しい輝きを放つ黒い骨組み。

 

「さて、始めるわよ!」

 

 ガラクタの山を背負ったリリは、挑戦的な笑みを浮かべ、未完成のスーツに歩み寄った。

 

 もう、この未完成のスーツを託されてから10年も経つ。

 

「スタークさん……」

 

 リリは懐かしむように呟き、スーツの装甲板をそっと触れた。

 

 10年前。

 

 今よりも幼い少女だったリリは、科学賞を獲得し、トニー・スタークと出会った。

 

 彼と何度か会話し、刺激的な科学の講義をティータイム感覚で受けたリリ。

 

 その後、どういう訳かトニー・スタークは彼女に、未完成のスーツを渡した。

 

 アークリアクターも無い。リパルサーレイも無い。ミサイルも無い。

 

 制御AIも、バランサーも、特殊合金の装甲も、……当然、無い。

 

 基礎の骨組みだけのスーツを用意したスタークは、

 

「コレをキミに託そう。リリの知識を使い、好きに組み立てると良い。動力源も、武装も、AIも、自分で作るんだ」

 

「スタークさん、どうして私に?」

 

「勘、だよ?」

 

 トニー・スタークは得意満面の笑顔を浮かべ、トントンと自分自身の額を指で叩いた。

 

「勘?」

 

「リリ、キミは僕の同類だ。こう言っては失礼だが、あー、キミは、かつての僕が、アイアンマンになる前の僕に、ひっじょーに似ている。だってキミは自分の事を、……」

 

「天才だもん」

 

「あー、そこだよ、そこ。自分が他人より優れているって、本気で信じてる!」

 

「事実だよ?」

 

「それはそう。だけど、自分だけの為に才能を使うのは、時として多くの人を不幸にする事がある。だから、自分の才能を誰かの為に使う練習をする為、この未完成品のスーツをキミに贈ろう。このスーツで何をするのか、キミ自身がよく考えるんだ。あー、だけど僕の真似はしてくれるなよ? 僕の真似をするんじゃ、ただの二番煎じだ。超えたければ超えても良いけど、自分だけの『色』で、コイツを完成させてみてくれ。スーツが完成したら、きっと見に来るから」

 

「はい、スタークさん」

 

「よぉし、約束だ。何年たっても良いから、完成させるんだぞ、リリ!」

 

 幼いリリは、特にスタークの言葉の意味を考える事なく、そう考えていた。

 

 自分の能力を最大限に引き出せる機会を得た。

 

 そんな事しか、考えていなかったのだから。

 

 そして、……10年。

 

 結局、トニー・スタークとはあれ以来、会えず仕舞いだ。

 

 いや、一度だけビデオレターを貰った事があった。

 

 トニー・スタークが設立した奨学金でMITへの入学が決まった日の事だ。

 

『リリ、MITの入学おめでとう! トニー・スタークだが、覚えているかな? あー、忘れていたら、おじさん悲しいぞ?』

 

 自宅のリビングルームを背景に、映像の中のトニーは気軽な口調でそう言った。

 

 映像の中に映るトニーには、奨学金の出資者ではなく、親戚の人間が送るような、気軽さと親しみが感じられた。

 

『あー、あんまり説教じみた事は言いたくないが、リリ。スーツの完成なんて時間つぶしの趣味のようなもので良い。学生の本分は勉強なんだから、しっかり勉強するように!』

 

 少しだけ真面目な口調でそんなセリフを言ったかと思えば、

 

『あー、くそ、親父っぽい事を言ってしまったな。俺も年だなぁ、まったく……』

 

 次の瞬間には、苦笑まじりにボヤいている。

 

『ああ、……そうだ、リリ。これだけは忘れるな。スーツなしじゃダメなら、スーツを着る資格はない。スーツを作る上で、これだけは忘れるんじゃないぞ! リリがリリの『色』でスーツを完成させる日を、僕は待っているからな! では、バラ色の大学生活を楽しんで!』

 

 という言葉で、ビデオレターは終わった。

 

 サノスとの闘いで散ったヒーローを悼みながら、リリはスーツを無心で開発し続けた。

 

 MITに入学し、それなりに社会性を身に付け、世間でも一流のエンジニアになったと自認しても、いまだにスーツは完成していない。

 

 皮肉な事に、リリが社会性を身に付ければ付ける程、彼女が幼い頃に考えていたプランを中止にし続けたからだ。

 

 アメリカ合衆国の治安は悪いが、アークリアクターをスーツの動力源にする必要はどこにも無いし、リパルサーレイを必要とするヴィランなんてどこにも居ない。

 

 世界の危機に対抗する為に作られたトニー・スタークのアイアンスーツを作ろうと思えば思う程、リリの脳裏に「それ、必要?」という疑問しか沸かない。

 

 災害救助スーツにするのが無難じゃないのか、と今では本気で考えている。

 

 唯一無二のスーツを作ると考えていた頃から考えれば、とても小さくまとまってしまっているようにも思える。

 

「今の私を見たら、スタークさんはどう思うかな……」

 

 リリは彼女にしては珍しく気弱な笑顔を浮かべた後、作業に取り掛かるのだった。

 

 リュックサックから取り出した装置を、未完成のアイアンスーツにつなげる。

 

 ずっと夢だった制御装置を、あのゴミ捨て場で手に入れたのだ。

 

 ブレイン・スキャニング・マシーン。

 

 装着した人間の脳の情報を読み取り、プログラミングデータに変換する装置である。

 

「さてさて、お楽しみタイムの始まり始まり♪」

 

 制御装置からパソコンへUSBコードを繋げ、スーツと同期している事を確認。

 

 リリは最後に無線LANで繋がったヘッドギアを頭に装着した。

 

 今から作るのは、スーツの根幹とも言うべき制御AIだ。

 

 制御装置がリリの脳内の記憶を読み取った上で、最適の人格を宿したAIが誕生する。

 

 自分の人格をコピーしたAIが完成するだろう、とリリは推測していた。

 

 せっかくスーツを完成させるのだ。

 

 同じ目的を持ったAIがいたら、作業は捗る。

 

「さぁ、生まれておいで、アタシのパートナー♪」

 

 リリはウキウキした様子で機械を操作し、モニターに表示された画面に唖然とした。

 

「はぁ!? 完成まで6時間!? 嘘でしょ!? って、ああー、ガレージの電力じゃそうなっちゃうわよねー……。あーもう、待つしか無いか……」

 

 リリは現状を受け入れた後、眠りに落ちた。

 

 死に別れた親友、ナタリーとの懐かしい日々の夢を見ながら、リリは泥のように眠るのだった。

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