摩天楼が聳える深夜のボストン。
そこに、突如として爆発音が響く。
爆炎を上げているのは、なんと警察署である。
正面のゲートは巨人が蹴とばしたかのように吹き飛ばされ、屋上に待機していたヘリは玩具のようにひしゃげ、炎上していた。
そんな惨状を睥睨するかのように、1体のスーツが警察署のすぐ上に浮遊している。
青と黒の装甲板を持つ、そのスーツのデザインは、まさしくアイアンマンに酷似していた。
『ふーん? 少し出力を上げすぎたかなぁ?』
電子音で加工された音声が、スーツから響く。
青いアイアンマンは、まるで自分の存在を誇示するかの如く、その声は大きい。
「撃てえええ!!」
無事だった警察官たちが、せめてもの矜持とばかりに拳銃を発砲する。
銃声と共に、青いアイアンマンにはカツン、コツン、と虚しい音が木霊した。
『ふむ、丁度良い。こっちの武装のテストと行こう。一度で良いから人を殺してみたかったんだよね♪』
青いアイアンマンは無邪気な声を上げると、肩の装甲板が前後にスライドした。
内部からは幾つものミサイル発射口が覗く。
『マーキュリー、目視ロックのテストだ。目標は何人だ?』
『全部で10人です。スペックにおける最大目標テストになりません』
『なーに、ロックまでの速度テストと、命中精度のテストも兼ねるから問題ないさ。マイクロミサイル、ロック・シーケンス開始!』
マスクの内側にあるモニターが、狼狽える警察官を1人、また1人と捕捉する。
『全てロックしました、マイロード』
『速さは合格だ。では、命中精度はどうかな? 発射!』
花火が炸裂するような音と共に、10発の鉛筆程の大きさのミサイルが空中を飛翔する。
「ひ、ひいいい!?」
「うわああ!?」
「に、逃げろおおお!?」
警察官たちの断末魔の悲鳴も、ミサイルの爆音に消し飛んだ。
オレンジ色の爆発を見届けた青いアイアンマンは、警察官が跡形も無く消し飛んだ事を見届け、
『アハハ! 警察官が消し炭だ! スーツ最高、スーツ最高、スーツ最高お~ッ♪』
無邪気な笑い声をあげるのだった。
◆◇◆◇◆
朝。
「あー、えーと……?」
リリは眠気が吹き飛んだ意識のまま、目の前の光景に戸惑いを覚えていた。
「はぁい、リリ♪ やっと、お目覚めぇ?」
ドレッドヘアーの髪型に、無邪気で満面の笑みを浮かべた黒人少女。
死に別れた親友の存在が、リリの目の前にいた。
「あ、あぁん? え、えーと、その、待って? アンタ、……アタシが作ったAI?」
リリは戸惑いながら、ナタリーを自称するホログラムを指さした。
「そーよ? この身体は、そこのスーツのレンズから投影されているホログラム。だから握手はできないんだー、残念♪ あ、アタシの名前はナタリーよー♪ ナタリーって呼んで?」
「待て待て待て!? 何でその名前なの!? もっと別の名前は無いの!?」
亡き親友と同じ名前である事に、当然のようにリリは拒否反応を示した。
「だったら正式名称で呼ぶ? ニューロ・オウトノマス・テクニカル・アシスタント・ラボラトリー・インテリジェンス・エンティティって言うんだけど、ナタリーの方が呼びやすいじゃない?」
「長!? もう解ったわよ、ナタリー。……えっと、自己診断機能を開始できる?」
「は? アタシ、問題無いよ、リリ? 超カンペキー、みたいな?」
「どっからその自信が湧いてくんのよ! アタシは、アンタを、出力した覚えが無いの! 異常が無いかチェックするのは当然でしょ!?」
「異常なんて無いよ、リリ。出力した記憶が無いといっても、アタシはリリの記憶を金型にして人格生成されてんだからー、アンタの精神の根っこの部分で親しい存在で出力されたんじゃないの?」
「ふざけないで! 自分のパートナーになるAIを構築しようと思ったら、眠っている間に死んだ親友の人格と外見を持ったホログラムが現れた! 無神経なことばかり言ってないで、アタシの気持ちを考えてよ!」
ようやく調子を取り戻し始めたリリが、勝気な口調でまくし立てた。
さすがのナタリーも製作者の心情を察したのか、神妙な表情を浮かべて頷いた。
「お、オーケー、落ち着いて、リリ……? うん、アタシも無神経だった、謝る。それで、自己診断プログラムを起動すれば良いのね?」
「そう! 速く!」
「オーライ、まぁ、落ち着けって、リリ。クールダウン、クールダウン♪ ……うん、診断完了♪ 診断結果をそこのパソコンに転送するよ?」
「あー、もう。お願いするわ!」
リリは頭を抱えながら、パソコンのモニターに視線を向けた。
診断結果は、……どこにも問題は無かった。
それはつまり、ナタリーは制御AIとして問題なく稼働している事を意味していた。
「けどさー、リリって天才なんじゃないー? ウチら組んだら何でもできるじゃん♪」
亡き親友の姿と声と性格を併せ持つAIのホログラムの姿に、リリは思わず、ワカンダの高性能AIグリオと比べてしまう。
「ああ……」
朝起きたばかりなのに、途方もない疲労感を覚えながら、リリはガレージの椅子に脱力したように腰を下ろすのだった。
と、そんな彼女に追いうちを掛けるように、スマホが振動する。
目覚まし機能ではなく、電話の呼び出しだと理解したリリはスマホの画面を確認した。
電話を掛けているのは、
「社長?」
ケンブリッジ・クリーン・サービスの社長、ジェームズであった。
すぐさま通話ボタンをタップし、
「おはよう、社長? 朝早くからどうしたの?」
『リリ、いきなりですまんが、今から出勤できそうか?』
「なぁに? また、ごみ収集車が壊れたの?」
『違う、違う。昨日の件だ』
「昨日? 送電施設のプログラミングの事?」
『ああ、それだ。別のブロックの送電施設でも同じようなトラブルが出ているみたいでな。今から対応してくれると助かる』
余程、切羽つまっているのか、ジェームズの言葉に余裕は無い。
リリは自身がいるガレージを見回し、ナタリーとスーツを交互に見やった。
ナタリーを置いて行くのは不安がある。
いや、何をしでかすか、本当に分からない。
ナタリーはAIだが、性格は本当に生前の親友にそっくりだ。
好奇心旺盛で天真爛漫。
AIにあるまじき言動を繰り返す為、精密機器ばかりが転がっているガレージに残してゆくのは気が引ける。
しかし、ジェームズが電話を掛けて来るという事は、今も電気が届いていない家庭が近くにある事を意味している。
数秒だけ考えた後、
「オーケー、社長。今から会社に行くから、朝食の用意だけよろしく!」
『ああ、リリ! ありがとう、リリ!』
ジェームズが心の底から安堵した声を出す。
「おおげさね」
そう言ってリリはスマホを切った後、ナタリーに視線を向けた。
「今から出かけるけど、ガレージの外に行かないで、ジッとしていて! 私以外の人間が来たら、絶対に応対しない事! 良い!?」
「ヘイ、リリ? 何だか高圧的じゃなーい? ウチら親友でしょー?」
「解った、お願いだから、外に出ないで! 本当に緊急の仕事が来たの!」
「オーライ、リリ♪ いってらっしゃーい♪」
ナタリーは無邪気な満面の笑みを浮かべたまま、背中を向けて走り出したリリに、手を振って送り出すのだった。