ヨーロッパの貴族を思わせるような、豪奢な広間の中は、色とりどりの精密機器によって埋め尽くされていた。
無論、こんな間取りにした張本人、ニコラス・オーウェンはインテリアのアンバランスさに露程も興味を示さない。
広間の中央に玉座のように複数のパソコンを起動させた白人青年は、その先にある青いスーツとモニターを交互に見ていた。
「凄い、凄い、凄い……! こんだけチェックしてもバグが1つも無い……! 俺って天才だろ、マーキュリー!?」
『イエス・マイロード』
「消費電力の問題はどうだ?」
『マイロードが建設なさったアークリアクター発電所のおかげで、最高のパフォーマンスを発揮できます』
「ハハハハハ! さすがマーキュリー! お前こそ最高のパートナーであり、俺の理解者だ! 大好きだぞ、マーキュリー!」
『ありがとうございます、マイロード。身に余る言葉です』
「ハハハハハ! それで、昨日のデモンストレーションの反応はどうだ!?」
『マイロードがボストンの警察署を破壊した事で、現在は米国だけではなく、世界中のトップニュースとして報道されています』
「そうこなくっちゃな! 大衆の反応は!?」
『アイアンマンがテロリストになった、と悲しむ声が1位です。2位は技術を流出させたと思われるトニー・スタークへの誹謗中傷が大半を占めています』
「まぁ、間違いじゃない。アイアンブラッドの骨組みをくれたのは、トニー・スターク本人だからな! で、ボストンの人口はどうなっている?」
『市の住民記録をハッキングしました。ボストン市外への転出手続きが急増しています』
「まぁ、当然だろう。ウォーマシンが1個大隊で来ても、俺のアイアンブラッドが勝つに決まっているからな! そーだ、アベンジャーズはどうした? ほら、最近、再結成されたんだろ?」
『事態を静観しているようです。現状、マイロードの単独の行動である為、他の組織と連携していないか、情報収集に徹しています』
「やっぱりキャプテン・アメリカが居ないんじゃ、即断即決は無理か。第一、頭脳となるトニー・スタークは既にくたばったからな! 俺とマーキュリーとアイアンブラッドがあれば、暫くは自由に暴れ放題だ!」
『イエス・マイロード。この地球上に、アイアンブラッドを倒せるヒーローはおりません。アイアンブラッドは、地球の最先端技術、異星人のテクノロジー、アスガルドの魔術。それら全てを集積したアイアンスーツです。アベンジャーズが立ち向かった所で、勝率は0です』
「フハハハハハ! ははははははは!!」
ニコラスは高らかに勝利を確信した笑い声を上げ続けるのだった。
◆◇◆◇◆
ケンブリッジ・クリーン・サービスにリリが到着すると、倉庫の中には見慣れない作業服を着たスタッフが混ざっていた。
ケンブリッジ・パワー・アンド・ライト社のロゴであるCPLのワッペンが作業着に刺繍されている所を見るに、恐らく、送電施設の会社の人間だろう。
共通しているのは、皆、戸惑いの表情ばかり浮かべている事だった。
「お待たせ、社長! 状況を教えて! あと、朝ごはん頂戴!」
「待っていたぜ、リリ。はい、朝食のベーグルとカフェラテ。状況はCPLのジャクソンが説明してくれる。ジャクソン、この子がうちのリリだ」
「ハイ、ジャクソン、よろしく♪ リリよ」
「ハイ、リリ。ジャクソンだ。昨日はありがとう、会えて光栄だ」
手早く握手を交えた挨拶を終え、リリはジェームズから手渡されたベーグルをモグモグと食べながらジャクソンの説明を聞いた。
事の発端は、リリも把握していたケンブリッジの北の方、……正確にはマサチューセッツ州の北部に位置する、ジョージタウン近郊に建てられたアークリアクター発電所だった。
幾つものテストをクリアし、ケンブリッジにも安価の電力が供給される事になったが、供給される電力の規模に、小さな送電施設では耐えられない事が判明したのだ。
「そんなの供給前から分かっていた問題点でしょ? 何で対策していないのよ?」
口の中に放り込んだベーグルをカフェラテで流し込み、リリは至極当然の感想を口にした。
「金だよ。予算が無いから適当にやってくれ、って経営陣は現場に責任を丸投げしている」
送電施設スタッフのジャクソンは、疲れた表情でそう言った。
恐らく徹夜だろう。
「はぁ!? 気は確かなの!? 老朽化した送電施設がマサチューセッツ州にどんだけあるか分かってんの!? 送電網に投資していたら防げた案件でしょ!? 今までどうやってしのいでいたのよ!?」
「仕方ないから物理的に予備のバッテリーや余剰電力を他のジェネレーターに繋いで応急処置を施しているが、そろそろ限界だ。で、リリの活躍を聞いてここまで来た。頼む、アンタのソフトウェアの力が必要なんだ!」
「オーライ、ジャクソン。アンタの会社のメインサーバーに連れてって。アタシが何とかするよ!」
もうすぐ大学の講義が始まる時間だったが、リリに目の前の人間を見捨てる選択肢は無かった。
「助かるよ、リリ!」
ジャクソンは心の底から安堵した表情を浮かべるのだった。
電力会社のバンに乗り込み、リリ達はCPLの本社へ向かう。
しかし、送電施設が破壊されているからか、道は想像以上に混みあっている。
「あー、もう! ラッシュアワーは過ぎたのに、どうして渋滞してるのよ!」
「仕方ない。電気が来ないという事は地下鉄も動かない。仕事がある奴は自家用車かタクシーを使うしかない。それに、昨日の夜に問題も起きた」
ジャクソンがレモンを丸のみにしたような表情を浮かべ、状況を説明した。
「問題?」
「知らないのか、リリ? ボストンの警察署が襲撃されたそうだ。昨日の夜からネットでお祭り騒ぎだぞ?」
「はぁ!?」
リリは素っ頓狂な声を上げ、スマホを操作した。
ナタリーの問題に直面していた彼女にとって、警察署襲撃のニュースは寝耳に水であった。
しかし、それ以上の衝撃がニュース番組の映像で流されていた。
『こちらは現場近くにいた視聴者がスマホで撮影した動画です』
ニュースキャスターが伝えた動画には、オレンジ色に炎上する警察署を見下ろす、青色のアイアンマンの姿があった。
「は……?」
リリの思考が一瞬だけ停止する。
だが、次の瞬間には鋭敏な彼女の脳細胞が、目の前の光景を、否定する材料を必死にかき集めていた。
AIが作ったフェイク動画。
そう思いたかったが、フェイク動画なら、映像のフレーム単位で検証できる。
けれど、この映像には生成映像特有の破綻がない。
彼女の知識が、ニュースサイトに投稿された動画が本物である事を知らせていた。
『この『青いアイアンマン』について、現段階では詳細が一切わかりません。スターク・インダストリーズは本件の関与を否定しており……』
提供された動画が終わり、ニュースキャスターが淡々と原稿を読む。
ニュースサイトのコメント欄には『アイアンマン、テロリストになってるじゃん!』『トニー・スタークはやっぱりヴィラン製造マシーン』『スターク・インダストリーズは関与を否定って、誰が信じるんだよ?』『死んでも俺らに迷惑かけるのかよ、トニー・スターク』と、心無いコメントに溢れていた。
リリはもう、見ていられないとばかりにニュース番組を閉じた。
「ケンブリッジの道が渋滞しているのも、ボストンの惨状から逃げ出した人々の車だよ。ったく、何が『青いアイアンマン』だよ。解りやすい偽物が……!」
ジャクソンは不機嫌そうに吐き捨てた。
リリは意外そうに運転席に座るジャクソンに視線を投げかけ、
「アイアンマンのファンなの、ジャクソン?」
「ああ。トニー・スタークのお陰で、消えた息子が戻ってきてくれた。色々と言われているけど、ファンになるには十分な理由だろう?」
「ええ、そうね。私もファンよ」
リリは何処か安堵しながらも、そう返事をするのだった。