CPLのメインサーバーからプログラムをアップデートさせ、物理的に追加した予備バッテリーや他ジェネレーターへの接続を維持しつつ、送電制御プログラムを書き換えたことで、電力の分配を最適化した。
全ての送電が安定したのをリリが確認した頃には、時刻はとっくに昼過ぎになっていた。
「ありがとう、リリ。せっかくだし、何かご馳走するよ?」
ジャクソンは徹夜明けだが上機嫌だ。
何せ、解決不可能と思われていた問題を、リリはソフトウェアで解決してくれたのだ。
「じゃ、久しぶりにマック食べたいから連れてって、ジャクソン」
流石に疲労が隠しきれないリリが、苦笑しながらそう言った。
「おいおい。普通のエンジニアなら数万ドルを請求するような仕事を成し遂げて、マックで良いのかい?」
「ジャクソン、アンタの財布の中身くらい想像つくわよ? 今回の報酬はチーズバーガーとマックシェイクで勘弁してあげる。どう? アンタにこの報酬が支払えるかしら?」
「リリ、お前、最高だな♪ いいぜ、ツイン・シティ・プラザのマックに連れてってやるよ!」
「ん、エスコートよろしくぅ♪」
軽口を叩きながら、2人はケンブリッジ・ストリートを歩き出した。
それでもリリの頭の片隅では、ニュースで報じられた『青いアイアンマン』の事を考えていた。
誰が作ったの?
もしくは、誰かが盗んだの?
どうして警察署を襲ったの?
そればかりを考えていた。
ケンブリッジ・ストリートを眺める。
ボストンから逃げ出す人々で、今もごった返している。
ニュースで流れたあの『青いアイアンマン』の性能を見る限り、正常な反応だとリリは感じる。
その気になれば音速を超えた速度で自由に空が飛べ、ありとあらゆる重火器は意味をなさない装甲を持ち、制御AIの性能次第ではあらゆる電子機器の妨害工作も無効化できる。
コンビニ強盗するギャングや、武装した覚せい剤の売人とは訳が違う。
ボストンにこんな化け物がこれから毎晩のように出て来るとあっては、逃げ出そうとする住民がいてもおかしくないだろう。
ボストンから距離はあるが、ニューヨークにいるスパイダーマンというヒーローなら何とかできるかもしれない。
だが、解決の為に来てくれるかどうかは怪しい所だ。
青いアイアンマン。
トニー・スタークを貶める唾棄すべきヴィランだが、この存在は間違いなく彼女の怒りに火を付けた。
天才エンジニアは平静を装っているが、頭の中は怒りでいっぱいである。
マックでチーズバーガーを頬張っても、バニラ味のマックシェイクを楽しんでも、頭の中にはトニー・スタークから託されたスーツを完成させる事しか存在しなかった。
「スタークさん、私、スーツを完成させるよ……」
帰り道、リリは静かに呟き、スマホを起動させた。
「……ナタリー、用事が終わったわ」
亡き友人と同じ名前を持つAIに苦手意識を抱きながら、リリはナタリーに話しかけた。
『リリ! 電話待ってたよ! メッセージを送ってもガン無視してたじゃん!』
「緊急の用事だって言ったでしょ? メッセージでやり取りする暇なんて無かったの。……それより、私のパソコンにアクセスできる?」
『できるけど、アクセスして何すれば良いの?』
「トラッシュエリアにある設計図を呼び出して。タイトルは『アストロノーツ・プラン』よ」
『見つけた! うわぉ! これってスーツの設計図じゃん! リリって天才! 5年前にこんなすごいの作ってるなんて!』
ナタリーに褒められて、リリは顔から火が出るほど、恥ずかしい気持ちになった。
結局、必要性を感じなかったがために廃棄したアイアンスーツの設計プランだからだ。
だが、『青いアイアンマン』の暴挙を止める為ならば、これくらいのスペックは必要だろう。
戦闘用ではないが、『アストロノーツ・プラン』は、リリなりに出した最初の『色』だ。
「ナタリー、今からスーツをその設計図を参考に完成させるから、ガレージの中にある部品と設計図の中にある必要部品と照らし合わせて、足りない部品をリストアップして欲しいの。リストが出来たら、アタシのスマホに送信してくれる?」
『オーケイ、リリ♪ アタシ、頑張っちゃうよぉん♪ イェア、イェア♪』
亡き友人とそっくりそのままの回答に頭痛を覚えながら、リリはスマホを切った。
次に向かう先は、ケンブリッジ・クリーン・サービスだ。
『特別ボーナス』を貰おう。
「社長!」
ケンブリッジ・クリーン・サービスに到着するなり、リリはジェームズを探した。
無論、探す必要は無かった。
ジェームズ達はリリの活躍を知っていたのでクラッカー片手に帰還を待ちわびていたのだ。
「誕生日はまだ先よ、社長?」
「何を言ってるんだ、リリ! 大手柄じゃないか!」
わが子を褒める父親のように、ジェームズは無邪気だ。
いつものリリなら勝気に微笑みながら「アタシに掛かれば簡単よ♪」と得意満面に言い放つのだろうが、今は状況が状況だ。
「ごめん、社長。悪いけど、特別ボーナスくれない?」
「ん? どうかしたのか?」
「お願い! どうしても必要なの! それと、バンも貸してほしいの!」
「おいおい、どうしたんだ、リリ?」
「コレよ!」
リリはスマホを見せた。
昨日の夜からトップニュースで報道されている、『青いアイアンマン』の映像である。
「お願い、社長。アタシはすぐ、コイツを止める力が必要なの!」
普段のリリとは違い、何処か追い詰められているようにすら見える。
ただならぬ天才少女のふるまいに、ケンブリッジ・クリーン・サービスの社員たちは何かを察した。
「リリ、本気か?」
ジェームズは難しい表情を浮かべた。
彼女がアイアンマンのファンである事は、それなりに付き合いのある彼だからこそ理解していた。
だからこそ、リリが『青いアイアンマン』を許せないという気持ちまで、理解してしまった。
「アベンジャーズに任せた方が良いんじゃないか?」
老婆心から、ジェームズがリリの説得を試みる。
「ダメ。アタシじゃないと意味が無いわ。いいえ。アタシが作ったスーツじゃないと意味が無いの」
リリは、ジェームズの瞳を見て、そう言った。
老社長は苦笑し、戸棚から全ての鍵を取り、全従業員に手渡した。
「お前ら、リリがあの『青いアイアンマン』に一泡ふかせてやりたいそうだ! 社員全員、リリに協力しろ!!」
『イェア!!』
ジェームズの言葉に、ケンブリッジ・クリーン・サービスの社員たちはごみ収集車に乗り込み、各地のハイテクゴミ捨て場に向かって走り出した。
「社長……」
「リリ、必要な部品のリストをくれ。社員に探させ、ココに届けさせてやる。会社の工具は何を使っても良いから、リリはここで修理に専念してくれ」
「ありがとうございます、社長!」
「なぁに。やっとリリの働きに見合う給料が渡せたんだ。俺達のプライド、見せてやるぜ、リリ!」
リリはジェームズと抱擁した後、ガレージに向かって走り出した。
自分のアルバイト先は、NASAよりもエンジニアしている、最高の職場だ。
リリはそんな感想を抱きながら、誇らしげな笑顔を浮かべた。