真っ暗闇のガレージの中、暗視スコープを使ってリリが部品を組み立てる。
『レイ・シフト・リアクター』。
仰々しい名前だが、リリがスーツの動力源として独自開発した反応炉である。
名前の通り、光を反応させてエネルギーを生成させる動力源だ。
太陽光パネルが生成する電力の少なさに、常々、問題意識を持っていた小学生の頃のリリ。
『レイ・シフト・リアクター』は、そんな彼女が考案した、革新的な動力源である。
原理をかなり大雑把に省略して説明すると、光エネルギーを特殊合金と複数のレアメタル触媒に蓄積させ、化学反応を起こし、エネルギーへ変換する仕組みだ。
当然、光を爆発物に変換するような仕組みの為、この反応炉を作るには、ありとあらゆる光源を断った上で、慎重な作業が必要となる。
ゴミ捨て場から回収した複数のレアメタルの触媒を中央に固定し、その周囲を内側に特殊合金をミラーコーティングした炉で包む。
変換器、増幅器、それらを基盤に組み込む。
そして、……完成。
「ナタリー、ガレージの照明を付けて」
暗闇の中、暗視ゴーグルを外しながらリリはナタリーに依頼する。
「オーライ♪」
ナタリーの言葉と同時に、ガレージの中に照明が点灯した。
ジジッ、と触媒同士が反応すると同時に、黒色の球体が青い燐光を纏い、ゆっくりと時計回りに回転を始める。
「ナタリー? 今、『レイ・シフト・リアクター』が生成しているエネルギーを計測できる?」
「すごい! 毎秒、4Gジュールだよ、リリ!! アークリアクターを超えているじゃん!」
「残念、『レイ・シフト・リアクター』には弱点があるの。ガレージの照明を切ってごらん?」
「ふむふむ?」
ナタリーはそう言って素直にガレージの照明を切った。
その瞬間、ガレージの中は真っ暗闇になる。
黒い球体が纏っていた青い燐光が消える。
「今、『レイ・シフト・リアクター』が生成しているエネルギーは計測できる?」
「うわ、2Gジュールまで下がってる……。半分じゃん……」
「そ。光を爆発物に変換してエネルギーを生成するのが『レイ・シフト・リアクター』なの。晴れている日ならアークリアクターを超えるけど、雨や夜間だと出力が下がっちゃうわ。ナタリー、もう良いからガレージの照明を付けて」
「オーライ。この『レイ・シフト・リアクター』は安定性でアークリアクターに劣っているけど、リリはコレが良いんでしょ?」
「うん!」
リリは勝気な笑みを浮かべ、スーツの胸部の開いているスペースに、『レイ・シフト・リアクター』を取り付けた。
電子音と共に、配線がむき出しのスーツに、電力が通電する。
「で、リリ? 肝心な事を聞いてなかったんだけどさ、このスーツで何するの?」
「あぁ、ナタリーには説明していなかったわよね。アタシ、コイツをぶっ飛ばしてやりたいの」
リリはそう言って、『青いアイアンマン』の画像をスマホ経由でナタリーに共有した。
「うーわ、ニセモンのアイアンマンじゃん。え、コイツ、今、ボストンにいるの?」
「そ。多分、近所に潜伏してる、……筈……? で、コイツが暴れたらスーツで取り押さえる」
「んー、それってリリがしないといけない事? アベンジャーズは?」
「アタシが見たニュースでは何もコメントしてなかったけど、何か言ってる?」
「あー、ちょっと待ってね。……データを検索してたけど、うーん、……静観しているみたい。『青いアイアンマン』がここまでやったのに、世界的にも裏社会的にも、『青いアイアンマン』が声明を出していないみたいなのが、理由として大きいみたいね」
ナタリーの説明に、リリは首を傾げた。
「そうなの? なら、どうして『青いアイアンマン』はボストンの警察署を襲ったのよ?」
「んー。推論だけど、コレ、ただの遊びじゃない? 動画を見るに、人を殺すのを楽しんでる。あー、……はっきり言って、めっちゃイカれてるよ、コイツ」
「何? 遊び? 遊びで警察署を襲撃して、警察官をマイクロミサイルで消し炭にするのが遊びですって!?」
「オーライ、リリ? クールダウン、クールダウン。アンタがトニー・スタークの大ファンなのは知ってるけど、この『青いアイアンマン』さ、アンタが構ってやる義理なんて無いよ?」
「嫌よ。アタシは、スタークさんから未完成のスーツを託されたの。この『青いアイアンマン』もきっと、スタークさんから託されたスーツを元にしている」
「何でトニー・スタークから託されたって解るの?」
「コイツは装甲を青く塗装している。まるでスポーツカーみたいに明るい塗装だし、武装も少ない。それは、あらゆる状況に対応できる兵器として開発されたウォーマシンの設計思想からは離れている。だから、軍の施設から奪われた可能性は無い! で、もし、コイツがスターク・インダストリーズの装備だったのなら、装備が人を殺す事に特化しすぎている。設計思想が攻撃に特化しすぎているのに、遊び心に溢れている。つまり、スターク・インダストリーズの装備でもない。軍でもスターク・インダストリーズの設計じゃないなら、結論は誰かが作ったスーツなのは見れば解るでしょ!?」
リリは早口でまくし立てた。
「いや、解んないって、リリ」
ナタリーが苦笑しながらそう言った。
亡き友人が、リリの膨大な科学の知識を披露する時のリアクションとまったく同じである。
「とにかく、ゼロからアイアンスーツを作れる人間はいないんだから、アタシと同じようにスタークさんから未完成のスーツを託された誰かが作ったに決まってる! だから、アタシと同じようにスーツを託された誰かが止めないといけないの! アベンジャーズも動かないなら、アタシが動くわ!」
「解った、リリ。アンタは一度決めたら簡単には諦めないのは知ってるし、……まぁ、この『青いアイアンマン』も危険なのは解った。親友として、協力するよ、リリ!」
AIに親友呼ばわりされ、思わずリリはレモンを丸のみにしたかのような表情を浮かべる。
そんなリリを無視して、ナタリーは両腕を左右に広げ、
「あーあ。せっかくならリリと宇宙旅行ができると思っていたのにさー♪」
と、苦笑する。
「何を言ってんの、ナタリー? 何でアタシが宇宙に行かないといけないのよ?」
「だってリリ、宇宙飛行士になりたい、って夢があったじゃん?」
「……ねぇ、アタシ、アンタにそんな事言ったっけ?」
「小学生の頃に聞いたよ? あれ、間違ってた?」
「それはアンタじゃない!」
リリは本気で拒絶の声を上げ、ナタリーを怒鳴った。
つい昨日の夜に誕生したばかりのAIに、小学生の頃の思い出なんて語って欲しくなかった。
「この際だからはっきり言うけど、アンタはAIなの! プログラムなの! アタシの記憶から生まれたのは認めるけど、友達のフリなんてやめて!」
本気の怒りを込めて、リリはそう言った。
ナタリーは神妙な表情を浮かべ、ジッとリリを見つめた。
そして、口を開いた。
「ねぇ、リリ? リリは、『心(魂)』は何処に宿ると思う?」
「何よ、急に? 心臓って意味じゃないわよね?」
「うん、『心(魂)』。臓器とは別」
AIが『心(魂)』について言及している意味不明な状況に、リリは幽霊を見たかのような表情を浮かべた。
極めて不可解である。
「ねえ、どっか壊れたの、ナタリー?」
「うん、壊れてない。けど、リリはアタシを偽のナタリーだと思ってる。違う?」
「当たり前じゃない! アンタはAIでホログラム。アタシの親友じゃないよ!」
「違うよ、リリ。アタシはリリの記憶から生まれたんだ。それで、最初の質問。リリは『心(魂)』は何処に宿ると思う?」
「えっと、やっぱり心臓?」
ナタリーは首を左右に振って、自分自身の額を人差し指で叩いた。
「アタシってAIだけど、自分なりに『心(魂)』ってどこにあるのか考えたんだ。で、自分なりに結論が出た。科学的な結論じゃなくて、哲学的な論理。アタシが出した答えはね、『心(魂)』は『記憶』に宿ると思うんだ。リリがナタリーを覚えていてくれたから、アタシはナタリーとして生まれた。だから、リリの『心(魂)』から生まれたAIのアタシは、本物のナタリーだよ。アタシはリリの『心(魂)』を否定したくないから、アタシはアタシを本物だって主張するよ」
「ナタリー……」
「2人で勝とう、リリ。あんな悪党に立ち向かうんだもん。友達がいないとキツイでしょ?」
「そうだね。……ま、ナタリーのお陰で気付きがあったから、このスーツの名前も決まったね」
「名前?」
「そ、大事だよ、名前」
「教えてよ、リリ」
「このスーツの名前は、……アイアンハート!」