MITの上空に到着したニコラスは、睥睨するように校舎や研究施設を眺めた。
ここは軍事施設ではない。
当然、所属不明の飛行物体が校内に侵入しても、察知する機能は当然ない。
が、それでも武装したスーツが入ってきたら異常を報せるだけのセキュリティはある筈だ。
アメリカ合衆国でも屈指の工学系の知能が集まる大学である。
だが、派手に空を飛行しながらMITの敷地上空に到達しても、警察も軍も動かないところを見るに、ジャミング機能は性能通りの能力を発揮しているようだ。
「マーキュリー。大型トラックは今、何処だ?」
「現在、20号線を東に向かって時速50マイルで移動中です。マイロードから直線距離で約5マイルほど離れています」
「ふむ、まぁ良いだろう。先に始めるから、速めに到着させろよ?」
ニコラスはそう言って、右手に握ったパルス・ライフルの安全装置を外した。
手の平のノズルとグリップの接続部を連結させ、アークリアクターからエネルギー供給を開始する。
アイアンブラッドは、パルス・ライフルの銃口を近くの校舎に向け、高度を下げた。
自らの手で壊す建物はじっくりと近くで観察したいという、ニコラスなりの美学である。
最初のターゲットに選んだ校舎は、彼自身がMIT在籍時に利用した事が無い校舎だ。
この校舎を選んだのは、たまたま、近くにあっただけ、というのが、彼が選んだ理由である。
校舎の廊下にいた学生たちが、窓の外に違和感を覚えたのか、徐々にアイアンブラッドの姿を見つけ、その顔を恐怖で引きつらせてゆく。
MITの生徒だけあって、眼前の光景が意味する事を、その知識が理解してしまうのだろう。
「さぁ、パーティの始まりだぜ、マサチューセッツ工科大学ッ!!」
狂気に満ちた笑顔を浮かべ、ニコラスはパルス・ライフルの引き金を引いた。
その瞬間、幾つもの雷鳴が重なるような音と共に、銃口から強大な閃光が幾つも駆け抜ける。
『きゃあああああッッッ!?』
鉄骨やコンクリートが粉砕される音、窓ガラスが割れる音、学生たちの悲鳴。
幾つもの悲劇的な音と共に、校舎は瞬く間に瓦礫と化した。
「ハハハハハ!! 威力は合格だ!! どうだ、マーキュリー!? 俺って天才だろ!?」
「イエス・マイロード。トニー・スタークが開発したアイアンマンのリパルサーレイを上回る威力と有効射程、そして毎秒10発の連射性能は破格の性能です。また一つ、偉業を成し遂げましたね、マイロード」
「ハハハハハ!! そうだろう、そうだろう、マーキュリー!?」
ニコラスは狂ったように笑いながら、別の校舎に銃口を向ける。
理由は勿論、近くにあったからだ。
校舎の中にいた学生が窓を開け、
「やめろー!!」
と叫ぶ。
ニコラスは邪悪な笑みを浮かべたまま、
「嫌だね」
と嘯き、引き金を引いた。
あっという間に、パルス・ライフルから放たれた無数のエネルギー弾が、校舎を瓦礫にした。
絶対的な暴力。
圧倒的な快楽。
それらを鋭敏な頭脳で堪能しながら、ニコラスは大空に向かって哄笑する。
「ハハハハハ!! ハハハハハ!! ほぉら、逃げろ、逃げろ、逃げろ!! 逃げ遅れたら死んじゃうぞぉ~!?」
狂乱したニコラスは、満面の笑みを浮かべてパルス・ライフルの引き金を引き続けるのだった。
◆◇◆◇◆
「リリ! 『青いアイアンマン』が現れたよ! 場所はMIT!」
「何ですって!?」
ナタリーの言葉に、リリは素っ頓狂な声を上げた。
ボストンの警察署を襲ったのだから、近隣の警察署を襲うものだと身構えていたのに、実際に襲っているのはMITである。
流石の予想外の出来事に、リリの思考は追い付かない。
だが、鋭敏な知能を持つ彼女は即座に問題意識を切り替えた。
今、重要なのはMITにいる学生や教授陣の避難である。
理由なんて後から調べれば良い事だ。
真夜中の戦闘なのは業腹だが、今は贅沢を言っていられない。
「ナタリー、戦闘プログラムはどこまで組み上げている!?」
「それは終わっているけど、出力調整プログラムは未完成だよ、リリ? かなりピーキーな飛行になるけど、良いの?」
「覚悟の上! それに、ボディの方は完成しているんだから、耐久に問題無い筈よ!」
リリは相変わらず勝気な笑顔を浮かべ、スーツに視線を向けた。
薄汚れた白い装甲に覆われたスーツは、まさしく宇宙飛行士の纏う宇宙服のようにマッシブな体型をしている。
背中から伸びた一対の巨大な加速器は弧を描きながら足元まで伸び、ただの偶然だが、そのシルエットはハートの形のようにも見えた。
ツギハギだらけのハイテク部品の廃品をリペアした、リリの『色』だけで完成したアイアンスーツ。
しかし、動力源も、攻撃システムも、防御システムも、AIも、全てリリだからこそ生み出せたものだ。
ホログラムのナタリーは苦笑を浮かべ、
「テスト無しのぶっつけ本番! レイ・シフト・リアクターも出力は半分! それでも行くんだね、リリ?」
と、最後の質問をぶつける。
「当たり前よ!」
「オーライ、リリ! 行こう!」
ナタリーの言葉を聞いた瞬間、リリは防護用のアンダースーツを着たまま、アイアンハートの傍まで走り、背中を向ける。
「装着開始」
ナタリーの言葉と同時に、スーツの胸部装甲、脚部装甲が左右に開放し、内部が露わになる。
リリは無言で後ろ向きに進み、アイアンスーツの中へ身を委ねた。
全身を包み込むように、装甲が展開され、彼女自身に密着するように内部が圧縮されてゆく。
カシャン、とヘルメットが閉じると同時に、至近距離に投影されたモニターに、外の状況が表示される。
『オーケー、エネルギーの出力は低いけど、バッテリーには十分なエネルギーが充電されているから、1時間前後の戦闘なら問題ないよ、リリ』
モニターの右下にウィンドウが開き、ナタリーが状況を説明してくれた。
まるで車のガソリンの残量を報せるような、気軽な口調だ。
だが、今からあの『青いアイアンマン』と戦うとなると、これぐらいフランクなのが丁度良い。
「OK。ナタリー、各部最終チェックをお願い!」
「オーライ、リリ!」
ナタリーの返事と共に、背中から生えている一対のパルスブースターの各部が開閉やノズルの向きを上下左右に動かし、動作をチェックする。
リリはヘルメットの内側のモニターに表示される幾つものウィンドウに視線を走らせた。
レイ・シフト・リアクターは問題無く稼働。
各システムへのエネルギー供給、問題なし。
ハードウェア、ソフトウェア、共に動作は良好……!
「よし、マニピュレーター、チェック」
リリはそう言って、スーツの両手をヘルメットの前まで持ち上げ、小指から丁寧に握ったり、開いたりを繰り返した。
動作に問題ない事を確認し、
「ナタリー、ガレージのシャッターを開けて!」
「おーし! いよいよだね、リリ!」
ナタリーが陽気な口調で返事をし、ガレージのシャッターを開放する。
「出るよ、ナタリー……!」
リリは真剣な表情を浮かべたまま、鋼鉄の足音を響かせ、道路に出た。
東の方向を見る。
MITの方から黒煙が立ち上っているのが見える上に、幾つものサイレンの音が聞こえた。
あの『青いアイアンマン』が暴れている。
それを理解し、リリは奥歯を強く噛みしめながら、胸の底からあふれ出る怒りで表情を歪ませる。
「大丈夫だよ、リリ。アタシも一緒なんだから、背負い込まないで」
モニターの右下に親友の顔が浮かび上がる。
リリは苦笑した。
怒りは消え、胸の中に残ったのは、使命感だけだった。
「行くよ、ナタリー! アンタとアタシで、アイアンハートだ!!」
リリはそう叫ぶと共に、アイアンハートを夜空へと飛翔させた。