~黄前久美子の場合
夏休みが終わって今日から2学期だ。だんだん秋らしくなってるけどまだ蒸し暑い。
すると、後ろから来る足音がどんどん大きくなってきた。
「くーみこっ」
「梓ちゃん、お疲れー」
「そこは〝おはよう〟で良くない?」
「じゃあおはよー」
「久美子らしい適当さだなぁ」
「良いのー」
朝の通学の途中で3年間一緒に頑張ってきた梓ちゃんと出くわして、そのまま2人で中学に向かっていく。
「久美子さー、高校決めた?」
「うげっ、……まだ」
「まーたカエルが潰れたような声出してー。じゃあさ、北宇治の文化祭行ってみない?」
「北宇治?」
「そう、北宇治」
北宇治高校。今年のコンクールで関西大会金賞を獲った高校だ。3枠以上あれば全国大会にだって行けたって噂の所。多分顧問が替わったんだろうなって印象で、高校受験を受けようかどうか考えてる1つでもある。
偏差値も通学も割とお手頃な学校。……でも、高校で吹奏楽やるかは分からないんだよなー。まあいっか。お母さんにも早く決めろって言われてるし。
「うん、行こうかな。誰か誘う?」
「うーん……。どうせ何人か現地で会うでしょ」
「それもそうか。……梓ちゃんは北宇治に決めたの?」
「えー、あー、どうだろ。座奏も好きなんだけどマーチングの方が興味あるかなーって。今の所立華かな」
「うへー、大変だー」
「好きなことだしね。やるからにはちゃんとしたところでやりたい」
……羨ましいってわけじゃないと思う。でも眩しい。
南宇治はあの人達がいるらしいからちょっと遠慮したい。じゃあどうしようか。……うーん。いや、北宇治の制服可愛いし。それ目的でも良いのか。別に吹部に入らなくても良いわけだもんね。
だんだんと学校が見えてきた。
「今日から2学期! 頑張っていきましょー!」
「おー」
「相変らずローテンション」
「暑いし、授業始まるし、トビケラ凄いし、受験のこと考えないといけないし、ゆーうつー」
「そういうときには楽器を吹こう!」
……ああ、多分私にはそこまでできないや。
授業も始まって、案の定受験モードに入りつつある空気感が嫌になってきた。学校だけなら良い。でもお父さんお母さんも「高校決めた?」とか「将来困らない為にもある程度勉強するんだよ?」とか言ってきて家でも碌に休める暇がない。
勉強に部活に私生活、色々あってお腹痛くなる。ちょっと涼しくなってる中家に向かって歩き続ける。
「……はぁ」
「どうしたんだー? ため息つくと幸せ逃げるぞー」
「……話し掛けてこないでよ」
「なんで?」
「はあっ!?」
こいつ、あろうことか自分の発言忘れてるの!? 意味分からないんだけど!!
マンションが同じだから必然的に一緒に帰ることになってるし。秀一の癖に。
「『話し掛けてくんな、ブス』って言ったじゃん。それを守ってるだけですけどー」
「えっ? あー、……悪い、言い過ぎだった、ごめんなさい」
「……次は無いから」
「おう」
2人して無言で帰っていく。でも私達の距離はさっきより少し縮んだ。具体的には手を伸ばせば触れるくらいの距離。それが案外心地よい。……何だよ、簡単に絆されちゃってさ。
「なあ久美子?」
「なーにー」
「一緒に北宇治の文化祭行かね?」
「あー、ごめん、梓ちゃんと一緒に行くって約束してるんだ」
「そっかぁー」
「……そんなに私と行きたかったの?」
「まあな」
何だコイツ。案外可愛いところあるじゃん。素直かよ。
「ちなみに高校は? 北宇治にしたのか?」
「まだなんとも」
「じゃあ一緒に北宇治行かないか? 吹奏楽結構本気らしいし、話聞く感じ全国レベルだってさ」
「んー、楽器続けるかはともかく、北宇治の制服夏服も冬服もどっちも可愛いから候補に入れてる。早く決めないとだけど」
「それなー」
そのままたわいも無い話をしながら家に帰っていく。……おばさんおじさんが不在で一緒に夜ご飯を食べることになったのはご愛敬。
そして迎えた北宇治高校の文化祭。昨日は学生だけで、今日は一般開放日の日だ。そして中学生よりも本格的でお祭り気分がする。美味しい匂いもいっぱい。
梓ちゃんと駅で待ち合わせて電車に乗り、そして歩いて高校に着いた。大体40分くらいってところか。時刻表とか近道とか分かって慣れればもっと短縮できそう。自転車通学も良いかもしれない。
「高校って凄いね」
「うん。……いや、立華の方がレベル高いでしょ。私立だし」
「そうだけどー。もぉー、ネガティブ禁止!」
「いたぁっ!?」
実際はそこまで痛くないけど、いきなり頭にチョップされてちょっと頭がジンジンする。ジトって睨み付けて頭を押さえる。
「暗いことばっかり言ってたら本当に暗くなっちゃうでしょ!? 明るく明るくー!」
「はーい」
「あ、すみません。パンフレット2部下さーい!」
「はいどうぞー、楽しんで下さいね~」
校門をくぐった先に何処で何をしてるかが書かれたパンフレットを貰って、人の邪魔にならなくて日陰の所に避難する。
「焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、水飴、ヨーヨーすくい、焼きおにぎり、各部活の出し物、軽音のライブ……、色々あるねぇ」
「だねー。……吹奏楽部の演奏は13時からだって」
「あと2時間ちょっとか。早く来すぎたね」
「まー、でも色々廻るにはいい時間じゃない? それまで回ってみよ。どこかに休憩できる所有るだろうし」
「うん」
軍資金もちょっと多めに貰ったから色々見てみよう。
一通り全部回ってお昼代わりに焼きそばとポテトフライを食べたり、トロンボーンの田中さんとサックスの岩崎さん、清水さん、秀一に出くわしたりしてると結構いい時間になってた。
同じ北中の吹部の人とぞろぞろと体育館に入ってパイプ椅子に座る。右には秀一、左には梓ちゃん。北宇治の吹部生の人達が続々と椅子に座っていき、ユーフォは3人、トロンボーンは6人だ。そして北中と違って100人はいないみたいだ。3年生はもう引退したのかな?
……というか。
「何で秀一も一緒なのさ。他にも席あるじゃん」
「良いだろ、減るもんじゃないし」
「私の何かが減るんだけど」
「ほらほら、始まるよ」
「あ、うん」
13時になって、クラリネットのコンミス席に座ってる女の先輩が立上がって奏者の方を向いてB♭を鳴らす。……この音だけでも北宇治のレベルが全国レベルだって言うのが分かった。秀一も梓ちゃんも固唾を飲んで黙りこくってる。
フルート、クラリネット、オーボエ、トランペット、トロンボーン、ユーフォニアム、コントラバス、ホルン……。色んな楽器のB♭が重なっていく。そして1人1人しっかりと鳴ってて100人を超えるバンドと遜色なくて音は大きいのにうるさくない。音が纏まってる。
チューニングが終わるとお爺ちゃん先生が下手側から歩いてきて指揮台に上がった。そして1曲目が始まる。
1曲目が終わって、お爺ちゃん先生が指揮棒を降ろしたら体育館が拍手喝采で包まれる。虜になってた私も誰かの拍手で戻ってきて手を叩きまくった。
トランペットで1stを吹いていためっちゃ美人の先輩が席を立って指揮台の方に歩いてきて、マイクを受け取った。その美貌にうっとりしてる男子が目に付く。
「皆さんこんにちは。本日は北宇治高校の文化祭に足を運んで頂き誠にありがとう御座います。
私、北宇治高校吹奏楽部の部長を任されています中世古香織と申します」
「「「香織ー!!」」」「「「今日も可愛いよー!」」」
観客席から部長さんを褒めるヤジが飛んで、中世古さんは微笑んでは返す。……あれはモテるわ、うん。秀一は……?
「何だよ」
「綺麗だねって」
「そうかー?」
秀一の好みって誰なんだろう。……ちっ、嫌なこと想像しちゃった。
もやっとしてる間にも中世古さんがMCを務めていた。
「只今演奏した曲は【英雄の証】です。人気のゲームである【モンスターハンター】シリーズのメインテーマ曲ですね。如何だったでしょうか。
金管楽器の華やかな歌い出しから木管楽器やオーボエのソロ、そしてフィナーレへと続いていくまさしく〝英雄〟を表わしている1曲で、そんなカリスマ性のある英雄を表現できていたら幸いです。
続きまして、【メイン・ストリート・エレクトリカル・パレード】です。今この場がディズニーリゾートにいるような雰囲気を出せるように演奏していきます。どうかお楽しみ下さい」
中世古さんが一礼してまた自分の席へと戻っていった。そして、戻ったのを確認してお爺ちゃん先生が指揮棒を振る。
3曲目の【コーラル・ブルー 沖縄民謡「谷茶前」の主題による交響的印象】、4曲目の【もののけ姫 セレクション】も連続して演奏されて私の心はもう決まった。
私は北宇治で吹奏楽をやりたい。このレベルの高い所で吹奏楽をやりたいって。楽器はユーフォとトロンボーンで迷ってるけど、全員レベルが高くてどちらを選んでも後悔は無い。
「秀一」
「ん?」
「私、北宇治行く。ここで吹奏楽に打ち込む」
「……俺も。ここでやりたい。絶対受かってやる」
「うん」
秀一と小声で話しているうちに、中世古さんがまたMCをしに前まで来た。
「早くも時間となってしまいました。最後に演奏致しますのは今年度の吹奏楽コンクールで演奏した【春の猟犬】です。
10年ほど前に北宇治高校吹奏楽部の指揮を担当されていた滝透先生に今年の2月から外部顧問として指導して頂き、私達は見事関西大会金賞を獲得することができました。残念ながら滝透先生にはこの1年のみの指導という約束で来年度には離れてしまわれるのですが、来年もまた全国大会に出場できるように日々精進して参ります。
【音楽を楽しむ。そして結果も残す】というポリシーの元、部活動に励んでいますので北宇治高校吹奏楽部を応援して下さると嬉しいです。それではお聞き下さい」
全国大会金賞と言っても良い出来映えに圧倒されて、私達は北宇治高校を去って行った。……早くあの中で吹奏楽をやりたい、そう思わせながら。
顧問が替わるのはしょうが無い、でも話を聞く限りちゃんとした指導を出来る人に声をかけてるみたいだしね。勉強頑張らないと!
~井形みずきの場合
文化祭が終わって、2年の終わりまでは程々に、そしてこの7ヶ月間は全力で取り組んできたアルトサックスをケースに入れる。私がこの楽器に触るのは今日で最後。今までありがとう。
楽しくワイワイやれば良いと思ってた。でもちゃんとした指導の中でひたすら〝上手くなりたい〟って思いながら取り組んだ方がもっと楽しかった。
27人いた同級生も晴香と葵達の革命で4人しか残らなくて、あまり良い先輩じゃ無かったのは間違いない。でも晴香と葵が「最後の1年一緒に頑張りましょ!」って言ってくれて、入学当時にはあった【目指せ関西大会!】って情熱も徐々に復活して、最終的には関西大会金賞で終わった。
「私達も吹奏楽やってたよ」って気持ちでいっぱいだ。嬉しくて、楽しくて、高校を卒業してもサックス吹きたいって思うくらいには。
アルトサックスは20万くらい。バイトして買うんだ!!
「みずき先輩~。卒業しないで下さい~」
「ぐえっ。いやするから。あんたは来年コンクールメンバーに選ばれるように頑張りなさいよー、しのぶ」
「あ゛い゛っ!!」
2個下のしのぶに抱きつかれて頭をポンポンしてやる。気が付いたら他の8人も涙ぐんでた。
1個下は5人、2個下は4人、私も含めて4月からサックスパートは10人で活動してきて、今日で私は引退。明日から9人で活動する。どうなるんだろうな、でも大丈夫か。うん。
「みずき先輩は大学でもサックス続けるんですか?」
「そのつもりー、いずれマイ楽器買ってずっと続けたい、とは思ってるよ、来夢」
「じゃあサークルとかでご一緒できるかもですね」
「そうだねー」
成績も大丈夫だし推薦入試の準備も大丈夫。あとは気を抜かないだけだ。
「明後日にサックスパートのパート会やるので来て下さいね!」
「もっちろーん!」
ああ、でもやっぱり寂しいな。産まれるのが1年か2年遅かったらもっと北宇治でやれてたのに。
家に帰って、玄関を開けたらアルトサックスのケースを持ったお父さんがピースしてた。……いや、何故? そこで待ってたの? えぇー。
「おかえりー」
「……た、ただいま?」
このまま進めるのか。いや、えっ? ローファーを脱いで良いのか、これ?
私の葛藤をものともせずにお父さんはしゃべり続ける。
「文化祭お疲れ様ー。ソロあって良かったじゃん」
「うん。……で? どうしたの?」
「実はー。俺の友達にアルトサックス吹いてたのがいるんだけど、だんだん忙しくなってもう吹ける時間ないんだってさ。だから『娘さんにどうぞ』って譲って貰った。はい、これ」
そう言って、お父さんはアルトサックスのケースを手渡してきた。ずっしりとした重さが理解できない。
「えっ? ……えっ!?」
でも、私の様子を見てお父さんは逆に捉えたらしい。
「サックスは高校までかな? じゃあ返し――」
「――欲しい! 欲しいです!! でも良いの!?」
「良いってさー。ちょっと古いらしいけど調整してくれたって。『大切にしてくれ』って言ってたよ」
「あっ、『ありがとうございます!』って伝えといて!!」
「ほいよー。取り敢えず3年間お疲れ様。またルパンかコナン吹いてよ。公園なら良いっしょ」
「あっ、うん!!」
……嘘じゃ無い。嘘じゃない!! やったぁぁぁぁぁぁ!!
~滝昇の場合
僕と千尋さん、娘の千紗都、橋本君、新山さんの5人で母校である北宇治高校の文化祭に遊びにきた。20年前とそう景色は変わらずに、当時の思い出が呼び起こされる。
そして、そんな郷愁の思いに浸る間もなく、橋本君が馬鹿をやって雰囲気をぶち壊された。
「ウェ~イ、どう? ダブルフランクフルト~。俺は二刀流だ~」
「何馬鹿やってるんだよ、いい大人が」
「だって〝祭り〟だよ~? 〝文化祭〟だよ~? 楽しむのが目的だろ~? 千紗都ちゃんだってそう思うよね?」
「思うー!!」
「全く。橋本君は昔から変わらないな」
「これが僕のアイデンティティだからね。はい、どうぞ」
「まーくん、ありがと!」
「いえいえ」
橋本君から爪楊枝のささったポテトフライを受け取って、千紗都は咀嚼していく。その一方で千尋さんと新山さんも色々懐かしんでいた。
「私の代で植えた桜の木が立派になってて、『あー、そんな年月経ったのかー』って思っちゃいます」
「そうだよねー、あれから約20年。私達も30半ばだよ? ひぇーって感じ」
「変わったもの。変わらないもの。色々有りますね」
「聡美がちゃんとオシャレするようになったとか?」
「……ちょっと? それは言いすぎじゃないですか?」
「だって音大の時だってジャージで登校したことあったじゃない」
「あれは練習してて!」
「ほーら認めたー」
「うぐっ……」
この2人もあまり変わらないな。……僕もか。千紗都がいるって言うのに、まだひょっこり父への敵対心がこみ上げてくる。親というものも大変だ。
「それにしても関西止まりだったかー。全国に行けたと思うんだけどなー」
「……いつまでもウダウダ言う必要は無いだろう。関西が激戦区なのは昔からだ。大阪の3校、兵庫の稲荷崎、奈良の天海、並大抵の努力では難しいさ。ここが東北なら白鳥沢とあと2校って感じだけどな」
「まあねー。……おや?」
「ああ、皆さん。いらしてたんですね」
「せっかくなので」
「みーちゃん先生こんにちは!」
「はい、こんにちは。楽しんでるかな?」
「はい!」
見回りをしてたらしい松本さんと遭遇、千尋さんと新山さんも合流して挨拶となった。
「他のOBの皆さんも何人かいらしてます。後ほど体育館でお会いになるのかと」
「まあ、皆考えることは一緒ですよね」
父に会いたがる人は多いだろうし。
僕達が話している間に女性教諭が走ってきて松本さんを呼んだ。
「松本先生、早く~!」
「今行く! ……すみません、バタバタしてて」
「こちらこそお忙しい中すみません。またごゆっくりと」
「是非。またね、千紗都ちゃん」
「あい!」
松本さんはバタバタと早足で去って行った。文化祭は学校自体の警備が手薄になって生徒も馬鹿をやらかすときがあるからなかなかに大変と言うことも知ってる。
「吹奏楽部の演奏は13時からみたいですし、それまでゆっくりしてましょう。千紗都ちゃんもお昼食べないとね」
「何があるのかな。風船とかあるかな?」
「それを見つけるゲームにしよっか」
「うん、さーちゃん!」
今度は新山さんと手を繋いで千紗都は歩き回りだした。人が凄いけど、まあ大人4人もいれば大丈夫だろう。ポシェットの中には僕達の連絡先が入っているし。
「僕も何かたーべよっ」
「……最近太ったみたいだけど良いのか?」
「いっ!? ……昔みたいに食べちゃうんだよねぇ、気を付けないと」
「生活習慣病が恐いよ、真博君」
「塩分、脂っこいものは避けるかぁ」
僕達ももう若くないんだから気を付けないと。普段の生活がモロ出てくるからな。
そんなことを思いつつ、僕達は当時の思い出がこみ上げてくる校内の散策に入った。
適当に散策して、子供でも遊べるミニゲームを千紗都が遊んでるところをビデオカメラで撮ったり、やっぱり顔見知りに遭遇してちょっと話したりしているとあっという間に13時近くになった。ただ、千紗都は疲れたのか寝てしまって抱っこしてる。高校生の時は眠そうな子供は体温が上がるなんて知らなかった。
生徒数増大によって昔新築された体育館へと向かっていく。やはりと言うべきか近隣の中学生が多いイメージだ。
「吹奏楽部に打ち込みたい。でも私立は金銭的で厳しい、って時に全国に行けそうな公立高校はやっぱり重宝されるよね。来年生徒増えるよ、北宇治の吹部」
「ただ、公立は私立と違って推薦とか学校の施設とか色々格差があるから棲み分けていく必要があると思う」
「それこそ、将来的には公立高校の部活動廃止、なんてあり得そうじゃない? しっかりやりたい人は外部のクラブチームに行く、とか大会は私立校のみ、とか」
「残念なことに子供の人数も減ってきてますしね……」
ここ20年で情勢も大分変わってきた。
楽しく演奏したい人間もいれば、コンクールで賞を取りたい人間もいて目標をどうするかを決めるのも難しい。ただ。
「やっぱり進級や進学しても楽器は続けて欲しいな。音楽は嫌いにならないで欲しい」
「そしたら、今年の北宇治みたいに『目指せ関西大会! 行けたら全国大会も!』って目標が理に適ってると思うかな。〝音を楽しむ〟と書いて音楽だし、それは忘れちゃ駄目だよね」
「『コンクールで結果が出ないから今までの活動が全て無駄になるか?』って問われたら『No!』ですし」
「コンクールに囚われてるのは大人のエゴだよね~。滝君もちょっと考えといてよ」
「分かってるよ」
来年度、僕が北宇治の吹奏楽部の顧問になることを知ってるここにいる3人は「任せたぜぇ」なんて見てくる。その視線は癪だけど、まあやるしかない。
それに、2年生が中心になって部を運営してるから来年になって新入生が入ってきても〝慣れてる〟ことはアドバンテージだ。曲の選択と編成……【三日月の舞】とかはどうだろうか。
「不本意だろうけど昇君指揮の才能あるから。私は出来なかったけど、昇君なら出来るって信じてるから、ね?」
「出来る限り頑張るよ」
北宇治高校吹奏楽部で全国大会金賞を獲得する。それが千尋さんの夢ならば僕が成し遂げるしかないだろうな。
「そういえば、片岡さんに聞いたんだけど、あの子ソロコン出るって決めたんだって?」
「ええ、進路はまだ未定だけど『両親が挑戦してみたら?』って後押ししてくれたみたいです」
「あの子はもっと上を目指せるよね。ちょっと別格というか、『なんでここなの?』ってさ」
「特殊な楽器故に育成に時間を掛けなくて良い、というのはとても有り難い。加えてしっかりとした経験者がいるのもね」
「そうだね。去年こそ結果は出なかったけど良い演奏だったし」
誰に聞かれているか分からないから特定できるような情報を漏らさずにぼかしながらの話となる。
ユーフォニアムの下山さんと田中さん、トランペットの中世古さんと後藤さん、フルートの傘木さん、アルトの若井さん、トロンボーンの阿室さん、チューバの竹下君。彼ら彼女らは音大に入学することだって可能だろう。ただ、その先は分からない。その点オーボエの鎧塚さんは師事する先生次第ではN響だって夢じゃ無いと思ってる。感受性が強いのもオーボエ奏者には必要だろうから、それこそ天職と言って良い。少なくとも僕では到底叶わない、あと数年したら天と地の関係にいることだろう。是非とも頑張って欲しいところだ。
「そろそろ始まるね、楽しみだ」
橋本君のその言葉と同時に、偉大すぎて苦手だった父が指揮壇に向かって歩いていくのが見えた。〝滝透の息子〟の肩書きがプレッシャーになってるのは事実。それでも、僕は僕なりの音楽を作り上げてみせる。