10月に入って最初の土曜日に3年生の送別会が行われた。
アルトサックス兼ソプラノサックス担当の井形みずき、コントラバス担当の山崎侑依、打楽器担当の池田永美子と内山香純の4人が現役生66人と滝透、松本美知恵に引退を惜しまれながら見送られる。
しかし、4人とも10月中に志望大学に合格し、3月の定期演奏会まで参加したことは現時点では分からなかった。
中間テストも程なく終了し、2年生は翌日から修学旅行で東京に行く。
「明日から2年生は修学旅行で不在です。1年生のみの部活になりますが、模範的な行動を取るように心がけて下さい。各自しっかりと部活に打ち込むようお願いします」
「「「はい!」」」
「11月9日の地域演奏会はもう2週間、23日のオータムコンサートはもう1ヶ月です。このまま完成度を高めていきましょう」
「「「はい!」」」
11月9日で演奏する曲は【ディズニー・ファンティリュージョン!】、【アイム・ア・ビリーバー】、【ゲバゲバ90分!】の3曲で23日のオータムコンサートではOBも混じって90人近くの大バンドでの演奏になる。
1部……【コンサートマーチ・「テイクオフ」】、【エルザの大聖堂への行列】、【セドナ】
2部……【ジャパニーズ・グラフィティⅡ〜坂本九メモリアル〜】、【ファイナルファンタジー7メドレー】、【「千と千尋の神隠し」セレクション】
3部……【秋風の訴え】、【落夏流穂】
アンコール……【テキーラ】、【エル・クンバンチェロ】
今までの楽曲よりも難易度の高いものばかりであり、参考音源を聞いたり、譜面を見た瞬間にぎょっとした部員も多かった。しかし、4月から基礎を重視して徐々にステップアップを計り続けていた北宇治高校吹奏楽部一同は実際に演奏してみると案外形になる曲が多く、拍子抜けしたとか。
生徒達の様子を見て、滝透は「今まで基礎を重視してきたからね。君達はそれ相応の力が付いてるんだよ」と内心で思っていた。
「気温も低くなって秋らしくなってきました。各自体調管理はしっかりとお願いします。日頃の食事や睡眠、休息から良い演奏はできますからね」
「「「はい!」」」
「先生方何かございますか?」
中世古香織が滝透と松本美知恵に問いかけると、滝透は「僕からは特に」と答え、ミーティングを終わらせるためにも松本美知恵が一歩前に出て話し始めた。
「さっき中世古が言っていたが、校内でも体調を崩す生徒と教師が増えてきている。各自体調管理をしっかりとするように」
「「「はい!」」」
松本美知恵が中世古香織に「言いたいことは伝えた」と視線を飛ばして、中世古香織が再び話し始める。
「それでは今日の練習はここまでです。ありがとう御座いました」
「「「ありがとうございました!」」」
そして、北宇治高校吹奏楽部一同は楽器と音楽室の片付けに入った。また、オーボエ担当の鎧塚みぞれとフルート担当の傘木望希は次の土曜日に全日本管楽コンクールを控えていて、石川優衣、田辺美咲、加瀬まいな、越川純子のクラリネット4重奏が校内オーディションの結果、北宇治高校の代表としてアンサンブルコンテストに参加することが決まっていた。
~小笠原晴香の場合
中間テストもそこそこの結果を残して、北宇治の2年生は2泊3日の修学旅行で東京に来た。
班によっても違うけど、2012年に完成した東京スカイツリーとか浅草、池袋にある水族館とか色々だ。
そして、私と香織はと言うと2日目の自由日にあすかと葵と合流して東京体育館に来ていた。
「きゃあーーーー! 東京体育館バックにして写真撮って~!!」
「あすかったらはしゃぎすぎー」
「だって夢の東京体育館だよ!? 代々木の方も行ってみたいだけど~!!」
と、まあ、あすかだけは修学旅行を楽しみにしてて、中間テストで全教科95点以上を叩きだしたとかって先生達が戦いてた。……数学難しかったんだけどなぁ。はぁ……。
「写真係おねがーい」
「いや、私も入るし」
いつもの4人で東京体育館を背景にして、スマホの内カメで写真をパシャリ。東京でこんな大騒ぎしてたら実際に宮城県に行ったらあすか卒倒しちゃうんじゃないの?
「宮城県って丁度今春高予選やってるんだよね?」
「そー! 昨日から3日間! ビデオで予約しといた!」
「またあすかの家行こーっと」
「「私もー」」
……最近さぁ? 香織ってバレーボールじゃなくて烏野高校の活躍に大喜びしてるあすかの方を楽しみにしてるんじゃ無いかって思ってるんだよねー。もちろんあすかとあすかのお母さんの関係が良くなってるのは凄く良いことだと思うし、それはそれでいいんだけど、たまーに慈愛の視線であすかを見てるというか。香織が男子からの告白を断ってるのってそういうこと? 吹部ってそういうことが無いわけじゃ無いし。
そんな風にゲスなことを考えていると、テンションが振り切って暴走してるあすかの声が聞えてくる。
「行け行け烏野! 押せ押せ烏野!! ほら葵も!」
「もー。行け行け烏野! 押せ押せ烏野!! これでいい?」
「良い!!」
「……烏野?」
知らない男性が〝烏野〟って言葉につられて、私達4人がそっちの方を見ると、今までに遭遇したことがないくらい身長の高くて、マスクと黄色と黄緑が混じったジャージ姿の男性がこっちを見ていた。背高っ!? あすかと来南よりも頭1個分は飛び抜けてて後藤君よりも高いかも。……んんっ? どこかで見たことがあるような?
急に外行きの態度になったあすかがその男性に話し掛ける。
「すみません、何か用ですか?」
「いや、今〝烏野〟って聞えたから。……その制服は知らねえな」
「私達京都にある北宇治高校って所の学生です。今修学旅行で東京に」
「……うん? じゃあな――」
その男性が何かを言い終える前に、また目の前の男性と同じジャージを来た男性が小走りで駆け寄ってくる。この人も背が高い。後藤君の方が高いかな?
「おい佐久早ー。あー、ファンのこかな? ごめんねー、部則で差し入れとかは受け取れないんだー」
「いや違えよ。彼女達が〝烏野〟を知ってるみたいだったから」
「〝烏野〟を? セーラー服はそうだけど烏野とは違くね? あそこブレザーじゃなかった?」
「だから気になった」
「そう」
私達を放っておいて2人で話し始める。
……やばい。見覚えがあると思ったら、この2人佐久早聖臣さんと古森元也さんだ。そっか、東京だから会う可能性は高いのか。それでも宝くじに当たるくらいの確率だと思うけど。
それにしても後藤君も身長はある方だけど、現役のスポーツ選手とはやっぱり体格が違う。腕の太さとか体幹がしっかりしてるとか。ひょえー。ルックスもあってこりゃ人気なわけだ。この人達世界とも戦ってるんだもんなー。
あすかもちょっとソワっとしてるし。香織と葵も私と同じようにちょっと固まってる。
「烏野のバレー面白いよねー。来年辺りは優勝候補筆頭って呼ばれてるんじゃないかな。ってことで佐久早ー、行くぞー」
去って行く2人を引留めようとあすかが声を張り上げる。
「あの!」
「んー?」
「猫又繋護君ってお2人の知り合いですか?」
「んんっ? 繋護と?」
あ、あすかったら「釣れた」って思ってる。実際猫又君の名前を出したら2人の雰囲気が変わったような気もするし。
実際に目の前の2人は私達に興味を持った気がした。
「繋護とはどういう繋がり?」
「去年の12月にちょっと話した程度です」
「去年の12月……」
「親戚の結婚式で京都行ったって繋護のお父さんも言ってたろ、お土産貰ったし。そん時じゃない? ユース合宿の時にさ。『なんか大変そうな女子高生に会ったー』ってメッセージ貰ったじゃん」
「あー、なるほどな」
なんというか、思いがけない共通点があると面白く感じるよね。うん。あと大変そうな女子高生か。確かに。
「月バリって知ってる?」
「はい」
「ならいいか。
俺達小学校のバレークラブが繋護と同じだったんだよね。あと繋護の中学出身の奴が結構井闥山に進学してるからさ。それで『あー、なんで井闥山来ないんだよ』って2人して落ち込んでて。まあインハイとか練習試合とか組めてバレーやってるからいいんだけど。俺達はそういう間柄。
ごめんねー、守秘義務もあってそれくらいしか教えられないけど許してね」
「あ、いえ、すみません」
確かに月バリで載ってた事くらいしか言ってない。まあ当然だよね。
「おっと、そろそろ時間だ。行くぞー、佐久早」
「ああ」
「ってことで俺達はこれで。君達が応援してるのは烏野かもしれないけど、対戦が当たったら全力で勝ちに行くから。じゃね」
「「「お忙しい中ありがとう御座いました!」」」
「はーい」「ああ」
そして、ランニング途中だったのか2人は走ってこの場を去って行く。ていうか、足早っ!
「世間って狭いねって感想だ」
「それなー」
「……『井闥山に入学して欲しかった』って2人して思わせるのってやっぱり猫又君が上手だからなのかな」
「どうなんだろうね」
「ささっ、時間は有限だ。聖地巡礼と行きましょ~!」
それもそうだ。なかなか東京に来られるときなんか無いんだから。目一杯楽しもー!!
~加部友恵の場合
吹奏楽って楽しそうだなーって思って4月に部活体験会に行って、香織先輩、沙菜先輩、有美先輩から熱烈にトランペットを進められて、私だけ初心者だけどトランペットパートで頑張ってる。
やればやるほど先輩と同級生のレベルが高いことに気が付いて、やっぱりコンクールのオーディションでも不合格で、「そんなもんだよね」って思いながらトランペットを吹いてる中、11月の地域演奏とオータムコンサートに向けての練習でも案外ついて行けてることに気が付いた。
「……あれ? なんか私出来るようになってる?」
「それは友恵が頑張ってきてるからでしょ。ねえ?」
「「「うん」」」
沙菜先輩が皆に聞くと、皆頷いてくれた。……そっか、私出来るようになってるんだ。
最初はちんぷんかんぷんだった楽譜の読み方もいつの間にか分かるようになってきてるし、「こんなメロディーだったかな」って思いながら吹けてきてもいる。うん、嬉しい。
「今度の地域演奏、友恵1st吹いてみる?」
「えっ? いやいやいやっ、ちょっと私じゃ役不足ですよ」
「そうかな。友恵ちゃんなら出来ると思うけど」
「香織先輩……。いや、良い雰囲気にしようとしないで下さい」
「そんなつもりは無いけどなー」
地域演奏で演奏する曲は【ディズニー・ファンティリュージョン!】、【アイム・ア・ビリーバー】、【ゲバゲバ90分!】の3曲。
そして、オータムコンサートの曲はこんな感じ。
1部……【コンサートマーチ・「テイクオフ」】、【エルザの大聖堂への行列】、【セドナ】
2部……【ジャパニーズ・グラフィティⅡ〜坂本九メモリアル〜】、【ファイナルファンタジー7メドレー】、【「千と千尋の神隠し」セレクション】
3部……【秋風の訴え】、【落夏流穂】
アンコール……【テキーラ】、【エル・クンバンチェロ】
いや、もう難易度馬鹿上がりなんだけど。希美ですら、【エルザの大聖堂への行列】って聞いて息飲む位だったし。芸大生でも緊張する曲とか何とか。それを私達がやるんだって。えーっ、嘘でしょー?
「それに滝野だっているじゃないですか。滝野はどうなんですか?」
「んー、滝野君はハイトーンが安定しないんだよね。その点友恵は結構安定してる。上吹きだとおもうよ。それで滝野君は下吹き。
あと編成に幅が利くって観点から色々試していきたいし。まずは地域演奏からステップアップしてみない?」
「う、ううっ……。じゃあ乗せられてみます」
「うん、是非」
そんな感じで9日の地域演奏で私が1stを担当することになった。香織先輩と綾乃の2人もいる中でちょっとどころかかなり不安だ。
とは思っていたけど。
「はい、ではメロディー群行きますよ。サンシッ」
【アイム・ア・ビリーバー】のメロディー、クラリネット1st、フルート、オーボエ、アルトサックス、トランペット1stが滝先生の指揮に合わせて楽器を鳴らして、特に言われるまでもなく伴奏も入ってきた。
その日の練習が滞りなく終わって唖然とする。
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、すんなりいったなって」
「だーかーらー、友恵は上手になってるんだって。来年のコンクール、私達もウカウカしてられないって感じー」
「そうなんだ」
「そうなのです」
楽器を片付けながら玲奈とそんな会話をして、「そっか、私も上手くなってるのか」ってちょっと楽しくなったのは本当。ふへへっ。
この〝楽しい〟って感覚は中毒になりそうだ。
~川島緑輝の場合
ああ、終わっちゃった。
たった今全国大会の結果発表があって、3年間お疲れ様って気持ちとコンクール期間のちょっと嫌な雰囲気から解放されてほっとしたって気持ちが鬩ぎ合ってる。私があのコントラバスに触れるのもあとわずか。ちゃんとお手入れして次の子に渡さないとね。
それはともかく、さてさて、外部進学するって決めたからにはちょっと勉強に専念しないと。あと高校選びか。……うーん。
なんてね。私のお勉強事情とか通学時間を考えたらほとんど答えは出てる。それは北宇治高校。
理由があって2月から顧問が替わり、サンフェスやコンクールでも素晴らしい演奏をした高校。私の見立てだと今年度は全国大会銀賞だった。チューバがもう1人いれば金賞だったと思う。
それに10年ほど前に指揮を振っていた滝透先生が復帰されたのはとても嬉しい。どうしても他の関西地区の高校が強すぎて京都は太刀打ちできてなかったのがここ最近だから。
「みーどーりー、おーつかれー」
「京子ちゃん、お疲れ様です!」
3年間低音パートで一緒にやってきたチューバ担当の織田京子ちゃんと並んで歩く。
「いやー、3年ってあっという間だったね」
「そうですね。色々ありました」
「みどりは外部受検じゃん? どこ受けるの?」
「今の所北宇治高校に進学しようかなと」
「あー、今年結構良い感じの所か。制服可愛いよね」
「そうなのです!」
北宇治の制服は冬服も夏服も可愛くて、共学で、吹奏楽も力を入れていて、みどり的にもバッチグーな学校で、特に【楽しく演奏する。そして結果も残す】という理念が素晴らしいって思ってる。やっぱり部員数が多かったりコンクール期間だと嫌な雰囲気になってしまうのはしょうが無いことだから。
「そういうことなので、11月に行われるオータムコンサートに行ってきます!」
「ん。私は内部進学だからアンサンブルコンテストに向けて頑張らなきゃ」
「頑張って下さい!」
ということで、私は皆より早く引退する。
低音パートの皆から「3年間お疲れ様」会をして貰ったり、勉強に打ち込んでいると、早くも11月23日になり、快晴の中私は何回か演奏したこともある宇治市文化会館にやってきた。開場を待ってる人の列が既に出来ていてその最後尾に並ぶ。ぱっと見大人と制服を着た同学年の子も半々って所だ。大ホールの収容キャパは1100人だからこれからもっと増えることでしょう。
チラシには【OBと共演!】って書いてあったから100人前後の大バンドになるはずで、しかも〝滝透〟の教え子にはプロが何人もいる。とても楽しみだ。
「ひゃあー、結構並んでるねぇ」
「キャパはあるから大丈夫だろ」
「えー、ここにいる中学3年生が全員北宇治目指してるって言ったら入試心配なんだけど」
「勉強頑張らないとな。今日の演奏で『うぉぉぉ! やったるでぇ!』って奮起すんだろ?」
「言い方気持ち悪ーい」
「おいっ! 久美子さんっ!?」
私の3組ぐらいあとに並んだ男女のカップルの声が聞えてくる。くせっ毛が強くて担当楽器はユーフォっぽい女子とトロンボーンを吹いてそうな男子。
……そうそう、これこれ! 女子校だとほとんどないこの男女のカップル! 共学だとくっついてる男女は多いって聞くし、恋すれば音は変わるし、この2人のデュエットはどんな演奏なのか楽しみだ。あのカップルも北宇治に入学することを祈って頑張りましょー。
〝くみこ〟ちゃんね、〝くみこ〟ちゃん。よしよし、覚えたぞ。
……演奏のレベルはもちろんだけど、京都市内で活躍されてるコントラバスのプロ奏者である小山内幸代さんが出演されてて発狂しかけた。北宇治出身だから出演するかもなーとは思っていたんだけど、同時にOBとは言え気軽に演奏しないだろうって。
決めた。私、絶対に北宇治に入学する。そして小山内幸代さんと共演するんだ。
~長瀬梨子の場合
吹奏楽部の同期から彼氏へとレベルアップした卓也君と部活帰りに途中の十字路まで歩いていく。12月が始まってマフラーとか手袋なんかが手放せなくなった。ヒートテックもそう。
「寒くなってきたね」
「そうだな。カイロ使うか?」
「使うー」
卓也君から大きめのカイロを受け取って、彼の温もりも含んだ温かいカイロを手とか顔に当てて暖まる。あったかーい。
「あっという間に年末だな」
「そうだね、本当にあっという間だった」
4月から今までのことを振り返って、初心者なりにチューバを頑張ってきて良かったなって思う。コンクールには出られなかったけど、結構な演奏回数を重ねてきて大分場慣れもしてきた。女は度胸! ってね。
「はい、ありがと~」
「ん」
わっ、卓也君ったらカイロを返した私の手を取って、そのまま手を繋ぐことにした。せっかくだから腕もくっつけちゃおう。
「んっっ」
卓也君を見てみるとマフラーで隠れた顔がさっきよりも赤くなってる。
文化祭の前に「一緒に廻らないか?」って誘われたときに「あ、もしかして……?」って卓也君の好意に気づいて、文化祭当日のあのウェイウェイ感の中告白されて正式に付き合いだした。翌日には低音パート全員が知ってたけど。
……と言うより、卓也君が分かりやすすぎて私以外の皆が気づいてたみたい。なんならアプローチもしてたとか。へーって感じ。
ただ、4月にクラリネットの北本先輩が声をかけてくれたように「3年間チューバをやりきる」って決めてることは卓也君に伝えてある。「チューバと卓也君のどちらかを選べ」って選択させられたら多分チューバを取るってね。
フラれちゃうのは仕方ないかもなーって思うけど、こればっかりはね。今の所順調にお付き合いは進んでる。まあでも、歯車がぴったり噛み合った時みたいな感覚を覚えてるのは確かだから案外相性が良いのかもしれない。
そんなことを考えていたら卓也君に声をかけられて意識が現実に戻ってくる。
「クリスマスなんだけど」
「うん、クリスマス」
「梨子のことが母さんにバレて、『良かったらウチでケーキ食べない? 彼女と話してみたーい』って駄々こねられてて、姉も悪ノリし始めてて手に負えないんだ。ファミレスとかも混んでるだろうからどうかな」
「ちょっと待ってねー」
……こ、これは! 彼氏の家に遊びに行くイベントと家族にお母様やお姉様に見定められるイベントでは!? そして2人きりになった彼氏の部屋でイチャイチャ……。いや、でもご家族がいるならそうはならないのかも? いや、でも付き合って3ヶ月だし、何と言ってもクリスマスだし? そういうことしても大丈夫か。
1回原点に戻ってみよう。卓也君とクリスマスを過ごしたい。卓也君のご家族に会うのは緊張する。エッチなことは……もうちょっと先かなぁ? って感じかな。
「……卓也君は私と普段よりもイチャイチャしたいって事?」
「っ゛っ゛……」
私と意図してたことは想像してなかったんだろう。単純に「ウチでクリスマスどう?」って誘いだったみたいだ。きっと卓也君と同じくらい顔が赤くなってるんだろうな。
その恥ずかしさを共有するようにジーッと見ると、最後に折れた卓也君は「興味はあるけど、やっぱり梨子の意見も尊重したいから」って私の目を見て言った。
次に数回頭を振って邪念を振り払おうと卓也君は試みる。
「いや、でも母さんも姉もいるから難しいと思う。今回はそういうのは無しの方向で。……うん、あんまり気乗りして無さそうだからもうちょっと後にしよう。あー、そういう気分があったっていうのは無かったわけじゃ無いけど。待って、今情けないこと言ってる」
「大丈夫、ありがとう。
……実は恐かったりするからもうちょっと待ってて欲しいっていうのはあるかな。でも、私も興味はあるからゆっくり進めて欲しい、です」
「無理しないで。俺はいつまでも待つから」
「うん、ありがとう」
万が一ってことになったらちょっとね。退学ってことになったら色々大変だし。
……卓也君が私を大事にしてくれてるのはすっごく伝わってきたからいずれ応えたいなって思ってはいる。もう少し知識付けておこう。トロンボーンの愛衣先輩なら知ってるかな?
~斎藤葵の場合
オータムコンサートが終わり、12月になると今年ももうあと1ヶ月強で終わる。つまり、猫又君と出会って早くも1年になるってことだ。時間が経つのは早いなって想いと、勉強に部活ととても充実した毎日であっという間に時間が過ぎてしまった事への充実感があった。
そして、今は年内最後の演奏である近所の幼稚園とか保育園、小学校に向けてのクリスマス演奏のパートリーダー会議が行われていた。
いつものように香織が中心となって進めていく。私は庶務。
「曲決めの前に1点。今回は収録という形を取るそうです」
「収録?」
「そう、収録」
琴子が口にした質問を拾って香織が返事をする。
滝先生と松本先生に言われる前は思いつかなかったけど、理由を聞けばすぐ分かる。
「実際行うとしたら体育館で行うんだけど、12月の体育館って寒いでしょ?」
「あー、なるほど」
「そう。暖房器具も潤沢に使えないし、幼稚園児と保育園児が体調崩しても困る、特にインフルエンザとかね。こういう理由から収録って形で『子供達に演奏を聴かせたいけど……』って相談を解決することになりました。私達もだけど体調管理には気を付けていこう」
「「「はーい」」」
……中学の時はもっとギスギスしてたけど、香織の前じゃあ大人しくしちゃうんだよね。分かる。
「収録マイクとかは先生方が準備して下さるので新しく私達が何かすることは有りません。そんなわけで曲を決めていきましょう。子供達が喜びそうな曲がいいかなって思ってます。
……まあ、『クリスマスといえばあの曲!』で良いのかなって」
「【ジングルベル】、【赤鼻のトナカイ】、【あわてんぼうのサンタクロース】とか?」
「集計した感じその3曲は8割以上出てたかな」
「その3曲なら【Xmas Swingin' コレクション】に入ってるよね」
「そう。だから【Xmas Swingin' コレクション】とディズニー系が良いのかなって」
「【ディズニーメドレー】?」
「かは分からないけど、まあそんな感じ」
会議を重ねて、最終的には【Xmas Swingin' コレクション】と【ディズニー・アット・ザ・ムービー】、【スーパーマリオブラザーズ】の3曲になった。3曲ともメドレーだから私達も子供達も飽きないよねって。
収録したデータを松本先生がCDに焼いて、その完成も確認したら先生達が幼稚園と保育園に配ったそうだ。子供達にも大盛況だったみたいで安心する。
そして、今年の部活は大掃除をして終わり。どの楽器を調整に出さないといけないのか、何人以上新入生がその楽器を希望したら定員オーバーかの確認も。
それすらも終わって今年の部活は全部終わった。
「皆さんお疲れ様でしたー!」
「「「お疲れ様でした!」」」
「これで今年の部活は全て終了です! 皆のおかげで毎日の部活を楽しくできましたし、結果も残すことができました。年明けには1年間の集大成である定期演奏会の練習に取りかかります。体調を崩しやすい時期ですので各自気を付けて下さい!」
「「「はい!」」」
「それではお手を拝借。よ~」
ポン!
吹部らしく皆の拍手が1つに合わさって大きな音が音楽室に響いた。ちょっとオヤジ臭い終わり方だ。
……それはさておき、2月からあっという間だった。来年にはもう引退してるんだよな、寂しいな。……いや、最後まで楽しまないと。
年が明けて2014年になった。
烏野高校の春高での活躍を見るためにあすかの家に集まって4人で応援する。さてさてどうなることやら。
「烏野、優勝候補らしいね」
「佐久早さんと古森さんの言ったとおりだ」
「頑張って欲しいな」
「「「うん」」」
頑張れ、烏野高校。……私達も負けてられない。残りの高校生活を頑張っていこう。