夏休みが終わっても、全国大会進出が決まった北宇治高校吹奏楽部一同は来たる10月末の全国大会に向けて練習を重ねていた。そして9月20日と21日の文化祭と23日の駅ビルコンサートで演奏する【ディープ・パープル・メドレー】、【宝島】、【アフリカンシンフォニー】、【学園天国】の練習も始めていた。とは言っても、吹奏楽に精通していなくても聞いたことはある人が多い、あるいは演奏する機会も多いため、数回通せば形になる。
そして迎えた全日本吹奏楽コンクールで北宇治高校吹奏楽部は金賞を獲得し、田中あすか達は引退した。
しかし、その時点で進路が決まっている3年生は普通自動車の免許を取ったりと自由な時間を過ごすか、吹奏楽部の活動に参加するようになる。
加えて、部長を吉川優子、副部長を中川夏紀と傘木希美に引き継ぎ、北宇治高校吹奏楽部は再スタートを切る。
~????の場合
京都駅で行われる駅ビルコンサートというものに私が通っている高校も招待されて、はるばる福岡県から京都に来た。やっぱり何というか独特な雰囲気がある。
部長の天海千月先輩が指示を出し始めた。
「皆、通行人の邪魔にならんごと! よそ見しぇんごとね!!」
「「「はい!」」」
吹奏楽部の強豪校として名を馳せている私の高校は白のブレザーと白のスラックス、黒のネクタイを付けるように指示が出されていて、まるで結婚式に参列するかのような風貌だ。
吹奏楽をそれなりに知っていて、私達のことも知っている人達に注目される。
「うわぁ、あれ精良やん。雰囲気あるなぁ」
「……なぁなぁ、移動の時も歩幅あってへん?」
「ほんまや! さっすがマーチングも強豪校!! いつディズニーで演奏するんかいな? 待ちきれへんねんけど!!」
「そうやね!」
4月の時なら周りからそういったことを言われると鼻が高かった。でも、こうなるまでの過程を経験した身だとなかなか素直に喜べない。強豪校には強豪校と言われるだけの練習の積み重ねがあると知ったから。強豪校は楽しいけど、やっぱり大変。
移動が終わって、待機スペースに到着した。
「時間までここで待機ね!! 楽器が冷えんごとすること!」
「「「はい!」」」
待機スペースで私達の番を待っていると、順番になった〝北宇治高校〟とロゴが入ったTシャツを着た高校の部長が声を上げた。
「さあ皆! 今日ここにおる団体の誰よりも目一杯楽しみまひょ!! 準備はええなぁ!?」
「「「Foooo!!」」」
「北宇治ファイト~!!」
「「「おー!!」」」
そして、北宇治高校の人達はステージに向かっていった。なんか楽しそうだなーって印象。
私と同じ1年生でトロンボーンの頴川優華ちゃんが小声で話し掛けてきた。
「北宇治高校、面白かね。確か去年は関西止まり、今年は全国だっけ?」
「そうだったと思う。顧問が替わったのかな?」
「おおかたね。……あ、演奏始まった。良かじゃんね」
北宇治高校の演奏が始まって、優華ちゃんの言うとおり演奏も良い。強豪校に変わりつつあってのあの雰囲気なのか、元々ああいうお祭りみたいな雰囲気なのかは分からないけどああやって楽しい雰囲気で出来れば良いなって思う。
【ディープ・パープル・メドレー】、【宝島】、【アフリカンシンフォニー】、【学園天国】と続いて北宇治高校の演奏は終わった。
……そうだな、もしお父さんの仕事の都合で京都に引っ越すとしたら北宇治高校が良いかも。立華高校も良いけどマーチングが主体だから座奏をメインとしたい私じゃちょっと違う。
まあでも引っ越すことにはならないのかな。いやでもどうなんだろう…………。
「真由、緊張しとー?」
「あ、ううん。そんなに。今日も頑張ろー」
「そうやね。頑張らないかんね」
優華ちゃんと一緒に気合を入れて集中する。私達精良女子の出番はもうすぐだ。
~滝昇の場合
4月から北宇治高校吹奏楽部の正顧問となって約半年。父が鍛えてくれた生徒達と一緒に全国大会へと進出できた。
そして、私と松本先生、橋本先生、新山先生の4人で先程の演奏の結果発表を待つ。千尋さんも長女の千紗都と産まれたばかりの千恵理、両親と一緒に家で祈ってくれているはずだ。
手応えはある。今日の演奏は半年の中でも1番良かったと言えるだろう。さあ、どうだ。そんな思いでいっぱいだ。もしかしたら指揮を振っていた時間よりも緊張しているかもしれない。
『京都府立北宇治高等学校』
来た。さあ、どうだ。
千尋さんにプロポーズしたとき、千尋さんのご両親に挨拶をしたとき、千紗都が生まれる瞬間。そういった人生の一大事と同じくらい緊張している。
『ゴールド金賞』
〝ゴ〟と聞えた瞬間、生徒達の歓声が聞えてきて、身体全身から力が抜けてしまいそうになった。
……そうか、やりきったのか。
「滝先生!」「滝君!」「滝先輩!」
「……ええ、やりました。皆さん今日までありがとう御座います」
「そんな堅苦しくなくて良いんだって! ……でもそっかぁ、うん、おめでとう。OBとして鼻が高いや」
「皆さんに協力して頂いたおかげですよ。私一人では難しかったです。それに」
「「「それに?」」」
「父が指導していたから彼女達には実力が備わっていた。一からスタート――。……痛いな」
一からスタートだともっと難しかったはずです。
そう言おうとする前に橋本先生に背中をはたかれて、思わず睨んでしまった。
「反省は後で良いんだよ。今は結果を喜ばないと!」
「そうですよ、滝先輩!」
「……そうですね」
やり遂げた生徒達に感謝を。そしてここまで手伝ってくれた松本先生、橋本君、新山さん、そして多くのOBや先生、保護者の方と挨拶しなければいけない。
偉大すぎる父が苦手だった。それでも僕は僕のやり方で高校生の吹奏楽に向き合いたいと思う。
~傘木希美の場合
全日本管楽コンクールの全国大会の結果が出たらしく、みぞれが私達に結果を教えてくれた。正直耳を疑う。
「……え、2位? 今2位って言った?」
「うん、これ」
みぞれがスマホを見せてきて、コンクールの賞状を持ったみぞれの写真が映ってた。みぞれの言う通りオーボエと2位の賞状を手に持ってる。
「凄いじゃない、みぞれ!!」
「全国2位ってヤバっ!!」
「すっごー!!」
優子とか菫とか南中の皆に囲まれて褒め称えられてるみぞれを見て、ジクっとした黒い感情が出てくるのと同時に、去年新山先生のところに相談しに行ったときのことを思いだす。
ちなみに私も管楽コンクールにエントリーして地区大会4位で終わった。新山先生達は「音楽高校の生徒もいる中での地区大会4位は凄い」って言ってくれたけど、みぞれは全国大会に進めててなんとも言えない感じ。もちろんオーボエとフルートだと演奏者の人数が桁違いに違ってエントリー数も違ったらしいけどさー。でもやっぱり……、ね。あの時のことを思い出す。
◇
去年の関西大会が終わって、みぞれがソロコンを受けるって言いだして、皆で進路の話になった後の練習だ。新山先生を始めとするOBの方が北宇治に来て基礎能力の向上に努めてくれた時。
『新山先生、進路相談みたいなことをしたいのですが、お時間頂いても宜しいですか?』
『私で良ければ是非。少し移動しましょうか』
『はい、お願いします!』
琴子先輩にも予め伝えていたから2人で別の教室に移動して、比較的静かな所で新山先生と椅子に座って向かい合う。
『実は私音大に興味があって、入試とか学校生活とか色々話を聞かせて頂ければなと思っています』
『音大。……そうねぇ、傘木さんは音大に入った後の事を考えてるかしら? 将来何になりたい、とか』
『一番はプロの演奏者を考えています』
『そう。……もしプロの演奏者になりたいのであれば、「早くプロのレッスンを受けなさい」と言うしかないわね。ただ、それだと相談された意味が無いから私の体験を含めてお話ししましょう。
音大に夢を見ているところ申し訳ないのだけど、まず入試にしろ在学中にしろとてもお金がかかります』
『お金』
音大は滅茶苦茶お金が必要だって良く聞く話だ。
『そう。1年間でかかる費用が国公立大学で約200万~320万円、私立大学で約300万~600万円ほどと言われているのね。
しかも、衣装代やら先生方への謝礼、紹介費、コンサートのチケット代。あと「私はこの楽器を持っている人にしか指導しません」なんて偏屈な先生もいるの。正直お金はいくらあっても足りない。バイトしても練習時間が削られて上達しなければ意味が無いし、奨学金も種類が限られてる。
例えば、「パウエルの90万のフルートを1週間以内に購入すること」と言われて傘木さんは準備できる?』
いつかは自分の楽器として使いたいプロモデルのフルートを思い浮かべる。
でも考えるまでもない。多分お母さんもお父さんも渋るだろう。
『……分かりません』
『他にも、「いついつにここに行って演奏してきなさい」なんて外国に行かされる事もある。もちろん自腹でね』
『……はい』
『傘木さんの実力なら入試には合格すると思うわ。でも、在学や卒業後を考えると私はなかなか音大を薦めることができない。私自身も何度か辞めたくなるときはあったし、何度も挫折して大変さを知っているから。
……北宇治のフルートパートは7人よね。その中の1人や2人が何十何百人と集まっているのが音大。そして音大生の中でも更にトップクラスの実力がある数人が演奏者として大成する。そう考えると簡単に薦められなくて、もう少し考えて欲しいかなって』
気持ちだけあっても現実的な面で音大は厳しいと思わざるを得ない。膨らんだ風船が萎んでいくように冷静になるしかなかった。
『ただ、客観的に見て傘木さんは音楽や吹奏楽に精通していて指導能力にも長けている。教員免許を取得して顧問や指揮者として音楽や吹奏楽に関わり、空き時間に楽団のメンバーで音楽を楽しむ方法。
その一方で、音大生として音楽について勉強してドラマや映画の曲を作る、警察や自衛隊の音楽隊に入る、なんて方法もある。演奏家以外にも音楽に関わる仕事は色々あるから是非検討して欲しいわ』
『はい、ありがとうございます』
『以上のことを踏まえて結論を出すと、私は容易に音大を薦める事は出来ない。でも、傘木さんが「本気で音大入試を考える」と言うならば、いくらだって協力しましょう。と言うことになる。これで大丈夫かしら?』
『はい!』
……うん、一旦お母さんとお父さんにも聞いてみよう。そうしないと始まらないし。
『そうだ、傘木さんは龍聖大学を知ってる?』
『え? はい』
京都にある大学で学力とか通学とかそういうのを含めて候補に入れている大学だ。吹奏楽もちゃんとやってるし。
『龍聖大学ってプロの演奏家になる人が数人いるのよね。吹奏楽とかオーケストラもちゃんとした設備で出来るし。
そういった意味では龍聖大学で音楽について勉強するのも良いかもしれないわ。教員免許もとれるから』
『あ、はい! 調べてみます!』
『ええ、是非。私の方でも纏めたものを持ってくるわね』
……つまり、私以外にも音大とかを考えている人がいる、とか? 気になるけど詮索しちゃ駄目だろうなー。うん、辞めておこう。
『お願いします! ……あと、私もソロコン受けてみようかなって』
『そうなの? ……そうね、学生のうちに色々経験しておくのも大事だと思うわ。私で良ければソロコン対策をお手伝いします。一緒に頑張っていきましょうね』
『はい! お願いします!!』
そうして、私はソロコンに挑戦した。
◇
みぞれと眼が合って意識が戻ってきた。この黒い感情は隠しておかないと。慌てて表情を作る。
「やったね、みぞれ!」
「うん、やった」
「そういえばさー、私達2年じゃん? 進路とかってもう決めてる? みぞれは音大?」
「……どうだろう。片岡さんからは薦められてるけど、どうしたいかはまだ何とも」
「そっかー、まあみぞれならあり得そうって言うか。皆は?」
ナイス優衣!
去年は学校生活を楽しむだけだったけど、1年の終わりに進路調査があってやっぱり卒業後の事を考えるようになった雰囲気を感じる。そりゃー、演奏家になれたらって思ったけど、お母さんお父さんも「音大かー…………」って感触だった。国公立の音大なら可能性はあったけどまあ現実的に厳しそう。私は音大には行かない、うん。かといって何をしたいかって言われてもまだあやふや。音楽に関する仕事には就きたいと思ってるけど。
「言い出しっぺの法則ーでしょ。優衣から」
「私かー、いやー、悩んでるんだよねー。だから皆に聞きたいなって」
「どういう? 文系か理系かってこと? 優衣って文系じゃないの?」
「ああ、そうなんだけど。将来何になりたいかなんて分かんねーってこと」
「「「そりゃそうでしょ」」」
皆から突っ込まれて優衣は撃沈する。そして綾乃の矛先が私に向いた。
「希美は?」
「私?」
「うん、ソロコンにも挑戦してたし、やっぱり音大とか興味あるのかなって」
「うーん、〝興味があった〟が正しいかな」
「過去形なんだ」
「やっぱりお金とか働き口の問題とかね、親に相談したら微妙そうな感じだったから。でも、私は龍聖大学に行こうかなって思ってる。そこでフルート続けてまた結論出したいなって」
「あ、私も龍聖」
「「「私もー!」」」
望、佐和子、詩音、優子、夏紀……。まあ結構な人数が手を挙げた。
「理由を聞こうか」
「うん、まあ、関関同立に行けるだけの学力は無いし、いけたとしても授業について行けるか分からないし。それに吹奏楽も結構力入れてて、関西での就職も結構良いから? あと北宇治からだと指定校推薦もあるしね」
「「「同じく」」」
……考えることは皆同じか。やっぱり勉強と何かと拘束される吹部の活動の両立は難しいよ。推薦でいければ万々歳。うー、勉強頑張らないと。この先は〝好き〟だけじゃやってけないし。
「はぁ。大人になるってやだねー。ずっとヌクヌクしてたい。お母様お父様、一生養って下さい」
「それができれば苦労しないって」
「あたっ」
引きニート宣言をした佐和子の頭を麗美が軽くはたいて皆でため息をつく。今みたいにやりたいことだけできる生活もそろそろ終焉を迎える。
高校2年生、私達は17歳となる。あと1年後には結婚やら車の免許やら色々制約が緩まって高校を卒業したら立派な〝大人〟だ。
将来なんて分かるわけ無いじゃん。どうすりゃいいんだよー!! ……でもそれが大人になるって事だもんね。
「うー! 大学ではイケメン捕まえて専業主婦になってやる! 待ってろ! 未来の旦那様!!」
「あんたは自立するように心がけなさい」
「あたっ」
まーた佐和子はたかれたよ。……彼氏かー、そういうのも勉強していかないといけないんだよねー、面倒くさいな。
練習して練習して練習して、関西大会では金賞も獲って、なんと私達は全国大会への進出が決まった。中学の時から夢見てきた全国大会。思わず皆で泣いた。
それだけじゃない。
全国大会でも金賞を獲得して、これまでの17年間で一番嬉しかったかもしれない。……一番は嘘。でも嬉しくて死にそう。
「希美!」
「優子!!」
「やった! 私達やったわよ!!」
「うん!!」
次第に南中の皆が集まってきて大号泣だ。
「希美ー!! 私吹奏楽続けてきて良かったー!!」
「辞めなくて良かったー!!」
「うん!!」
忘れもしない中学3年生のコンクール。府大会止まりで悔しくて楽器を手放そうとした同級生もいて、私は止められなかった。でも。……あー駄目だ。〝全国大会金賞〟がずっと頭に残ってて、今までの苦労と達成感がぐるぐると体中を駆け巡ってる。
涙をポロポロと流しているみぞれに抱きついて一言。
「みぞれ! 私達!! 金賞!! マジやばい!!」
「うん!」
「……私はさ、音大には行かない。でもみぞれならもっともーっと上を目指せるはずだから。南中と私達の代の代表として世界でみぞれのオーボエ響かせてよ!!」
「……うん。私、希美に教えて貰ったオーボエを続ける。だから聞いてて」
「うん! みぞれのファン1号だ! ……いや、みぞれのお母さんとお父さん、親戚とか考えると10番目くらい?」
「ファンクラブ会員は希美が1番で良い?」
「もっちろん!!」
来年も目指せ全国大会金賞だ。私達の代で成し遂げないと!
あー、嬉しくて死にそうだ!!