~中世古香織の場合
12月から進めてきた吹奏楽部での革命も終わりが見えてきた。
入学した4月からこの1年足らず先輩達に嫌がらせを受けてきた証拠を集めて京都府の教育委員会と警察に持っていって相談。すると、北宇治高校に立ち入り調査が行われて、校長や教頭、梨香子先生と松本先生、卒業する先輩と今の2年と1年1人1人にヒアリングすることになった。
結果として、もう卒業する2つ上の先輩は卒業したら北宇治高校吹奏楽部に関与しないこと。1つ上の先輩のほとんどは退部し、金輪際吹奏楽部にちょっかいを出さないように厳重注意となった。もし破れば今度こそ警察が介入する、そんな条件で。
そして、残留する1つ上の先輩全員が幹部になることを辞退して、私達に白羽の矢が立てられる。
「それでは、この私 中世古香織が吹奏楽部部長を努めさせて頂きます。不慣れな点も多々あると思いますが皆さん宜しくお願いします!」
私が一礼すると、ほんの数ヶ月前までは怠そうに聞いていたミーティングとは打って変わって、一字一句聞き逃さないように真剣に聞いている皆が拍手をしてくれる。そして副部長の挨拶だ。
「はい、この度副部長と金管セクションリーダーを務める事になりました田中あすかです。
以前にも伝えたとおり、『今年と来年のコンクールで全国大会金賞を取りに行こう!』などと高望みな目標を口には出しません。ただ、毎日の部活をきちんとこなして聞いてくれる人達の心に響く演奏をしていきたいだけです。その為にも時間を有効に使っていきましょう。よろしくお願いします!」
私の時みたいに皆が拍手をして、2人目の副部長の番になった。
「はい、サックスパート1年の小笠原晴香です。私もあすかと一緒に副部長と木管セクションリーダーを努めさせて頂く事になりました。こんな風に人前で話すことが苦手ですが、苦手なりに頑張っていきます。
何か困ったことがあれば遠慮せずに私達に相談して下さい。皆で良い部活、演奏を作っていきましょう、どうか宜しくお願いします」
また拍手の音が響き渡る。最後に庶務だ。
「はい、この度庶務になりました斎藤葵です。幹部会やパートリーダー会議での議事録の作成から部費の徴収など色々熟していきます。
しっかりとやっていきますので皆さんご協力よろしくお願いします」
また拍手が響き渡った。葵までの紹介が終わったところで私が話し始める。
「2月には滝透先生を外部指導員としてお招きし、指導して頂く事になっています。2月までもうまもないですが、少しでも実力を付けていきましょう」
「「「はい!」」」
「それではいきます。北宇治ファイトぉ~!」
「「「おぉー!」」」
私があすかを変えられなかったことはとっても残念だけど、私だって猫又君みたいにやるからにはちゃんとやりたい。今年の1月に行われた春高バレーでとんでもない成績を収めた烏野高校男子バレー部の皆に負けたくない。これは私達なりの第一歩だ。……いや、本当に私達も負けてられない。
こうして、新生・北宇治高校吹奏楽部はスタートする。
~小笠原晴香の場合
私達に嫌がらせをしてきた先輩達が次々と退部していき、梨香子先生も北宇治高校吹奏楽部の顧問を辞めることになった。あんな顔をさせたかった訳じゃない。でも私達のヘルプが梨香子先生に届いてなかった事も事実で……。
風通しが良くなっていく北宇治高校吹奏楽部を活性化させていく中で、私は4月当初の吹奏楽部に入部しなかった友達と入部したけど結局辞めていってしまった友達に「また一緒に吹奏楽をやろう!」と声をかけていた。
ホルンを吹いていた藤田麻弥もその1人。
「麻弥!」
「? わっ、晴香じゃん。どしたの?」
「『一緒に吹奏楽やらない?』って誘いに来た」
「あー……。でも、あの人達いるんでしょ? 気持ちは嬉しいんだけど……」
楽しそうに話していた麻弥は、憎たらしい先輩達の事を思い出しては渋い顔をする。
そうだよね。でも、もう大丈夫だから。
「ううん、あの人達はもう辞めたよ」
「辞めたの!? ……あー、最近吹部バタバタしてたっけ」
「うん、そう」
どうしても学校の内部で起きた事だから箝口令を敷いていても生徒の耳には入る。しかも、麻弥は腐った吹奏楽部を知ってるからなおさら分かりやすかったのかもしれない。
そんな時に私達2人と同じ中学でトロンボーンを吹いていた水町雄大君が「ウェーイ」って言いながら話し掛けてきた。彼にも声をかける予定だったからラッキー。……うるさいけど。臼井君を見習って欲しい。
「ウェーイ、藤田に小笠原じゃん。どしたの、そんな深刻そうな顔して」
「今晴香から『吹部に戻ってこないか』って勧誘されてたの」
「そう。ちなみに水町君も探してた」
「俺も? あー、俺はジャズ研が楽しいから遠慮しておく。誘ってくれたのに悪いな、ありがとう」
「そっかぁ……」
残念だけど仕方ない。進級して違うことを始めたって良いわけだし。むしろ未練がましく吹奏楽にこだわってるのは私の方かもしれない。
「定演とか聞きに行くから頑張れよ~」
「うん、水町君もジャズ研頑張って!」
「ウェーイ、小笠原に応援されたら頑張れる気しか無いわ~。バイビー」
「バイバイ!」「……あいつ、中学から変わんねー、うるさいだけじゃん」
「まあまあ」
言葉とは裏腹に、存外麻弥の表情は明るくて楽しそうだ。
今思えば、「高校ではジャズ研入るって決めてるから吹部には入らん!」って部活見学にも来なかった水町君はすごくさっぱりしてた。野口君とは違った意味で見かけによらないんだよね。
「晴香ー?」
「あ、ごめん。どうかな麻弥?」
「うーん、相当ブランクあるんだよね。半年くらい?」
「半年吹いてても下手っぴな私もいるから大丈夫」
「安心できねー! ……そういうことなら行ってみよっかな。本当にあの人達いないんだよね?」
「うん、いないよ。ちゃーんと殺虫剤撒いて滅菌した」
「言い方はあれだけど。……分かった、今度見に行く」
「本当!? ありがと~~!」
まずは小さな一歩から始めていこう。そしてもう一度音楽は楽しいって思いだすんだ。
曲が終わって一斉に立上がって観客の人から拍手されるあの快感を覚えてしまった私はいつまでも追い求めている。私はあの快感を得るために吹奏楽をやっていると言っても良い。
そして、クラリネットの北本恵子、トランペットの石原有美、ユーフォニアムの下山結、ホルンの藤田麻弥の4人が戻ってきた。
~斎藤葵の場合
正直な話、あすかと違って私は猫又君との会話が特別心に残ったわけじゃ無い。
全国大会をめざして頑張ってるバレー部男子の運動部員とどこにでもいるような女子高生、結局はそういう関係だったし。それこそマーチングが世界的に有名な立華高校の方が身近な存在でより雲の上の存在だった。
でも、第一希望の高校には落ちて、部活もそこまで力を入れてない北宇治で私は何をしてきたのか? を問うと「今のままじゃ駄目だ」って焦燥感を覚えていたのも事実。
しかも、田中あすかは本物だ。
【井の中の蛙大海を知らず】とあるように、ちょっと勉強ができるくらいで優越感を覚えていた私は入学前からきっと北宇治高校でも成績トップなんだろうなって驕っていた。あの時の私を思い出すだけで恥ずかしい。うぎゃぁーーーー! ってなる。
〝本物〟の田中あすかと出会って自信を失って。部活でも全然駄目で。
そういった訳じゃあやる気を出してるあすかの腰巾着って言われても仕方ないと思う。……だからこそ、私は北宇治で何かを成し遂げたいって思った。
勉強もそう。部活もそう。あと日々の掃除とか家の手伝いとか、自分ができる小さな事をやっていこうと思った。
【遠きに行くは必ず邇きよりす】。
調べたら偶々見つけた言葉だ。将来何になりたい、とか将来どんなことをしたい、とか全然思いつかない。でも、だからこそ今の私が出来る小さな事からコツコツやっていこうと思う。どんなに大きな夢を持っていたって口だけだったら誰でもできるし。
……それに、前の雰囲気だったら、先輩に混じって同級生が新入生を虐める可能性は高かったよねぇ…………。負の連鎖って奴だ。
~田中あすかの場合
〝顧問は大人で、俺達は子供〟。
偶然出くわした宮城県から来た1人のバレー部男子が残した言葉だ。あの後、宮城県の代表決定戦の白鳥沢学園との試合や春高バレーの参加校の登録メンバーを見て〝猫又繋護〟君って名前を知った。
正直高校生になったんだから大人らしく振る舞って言っても良いとは思う。でも、これってただ聞き分けが良いなんだよね。大人の言うことをホイホイ聞いて「大人びてるねぇ」なんて言われて。
こうした方が良いのは分かってる。でも、私だって高校1年の子供なんだって気づかされた。
私も猫又君みたいに整った環境で上を目指すユーフォを吹きたくなっちゃった。だって子供だもん。
そう思ったらあいつらは私にとっての敵だって認識できて反乱を起こす覚悟ができた。別にコンクールで全国大会金賞を取りたいとか高望みな目標をのたまうつもりは無い。ただ、色んな楽器の音が綺麗に整って、あたかも自分が楽器になったようなあの快感。それを味わいたいだけだ。
それには今の環境は駄目だ。私は私のために部を変える。そんな覚悟ができた。
反乱を起こして吹奏楽部をぶっ壊し、新しい環境にした。2月からは昔の北宇治ブラスを作ってきた滝先生を招いてちゃんとした部活をやっている。そんな環境で楽器を初めて触った時みたいに前よりずっと楽しんでいると、日々の生活にも現れていたみたいでお母さんに様子を聞かれた。
「あすか」
「何、お母さん」
「最近明るくなったわね」
「そう?」
「ええ、雰囲気が柔らかくなった」
「ふーん」
そういえば男子が「田中あすかって可愛くなったよな~」とか言ってたっけ。でもごめんなさい。イケメンで自分以上の学歴と高収入がある男性でも恋愛対象に入るか分からないの。お母さんを見てると結婚生活ってそこまで良いものに思えなかったし。まあ一生独身でも良いよね。
……ここしかないか。
「お母さん、お願いがあるの」
「何?」
「3月23日に定期演奏会があるんだけど、是非聴きに来て欲しいなって」
「…………」
さっきまでは比較的穏やかな表情をしていたお母さんの顔つきが一気に厳しくなる。お父さんを連想させてしまうからだ。
それでも。
私はお母さんに来て欲しい。誠意を見せないとって事で膝を床に付けて頭を下げる。いわゆる土下座だ。
「ちょっと、止めなさいよ! 女の子が!」
「お願い! 今回だけでも良い! お母さんにも吹奏楽の良さを知って欲しいの!!」
「あすか……」
思えば〝吹奏楽〟とか〝ユーフォ〟だとかお父さんを連想させるものはお母さんの前で極力見せないようにしてた。何回も辞めろって言われてきたし。そんな私が真っ正面からお母さんを不機嫌にさせることは無いだろうって思われてきたに違いない。だってそれが聞き分けが良い〝田中あすか〟だから。
壁時計の秒針が進む音が響いて、「やっぱり駄目か」なんて思うようになったら、お母さんの声が聞えてきた。
「……23日ね?」
「っ! うん、そう!」
「繁忙期だから土日も招集されるかもしれない。でもなんとかしてみるわ」
「ありがとう! お母さん!!」
「ここまで言ったんだから私に後悔させないようにしてね」
「大丈夫」
お母さんにとっての都合の良い人形でいることはもう辞める。せめて高校卒業までは子供らしくしよう。
ステージの上からお母さんの顔を見つけた定演も無事に終わって、楽器の移動とか打ち上げやらを済ませて帰ってくると、不機嫌では無いけど何だか難しい表情をしてるお母さんがリビングにいた。
「ただいま。今日は来てくれてありがとう。ステージ上から見えた」
「お帰りなさい、あすか。……案外見えるのね」
「映画館よりははっきり見えるよ」
「そう……」
このままお風呂に入るか部屋着に着替えるか悩んでいると、歯切れが悪そうなお母さんから声をかけてきた。
「……今日、良かったわ」
「っ!? 本当!?」
「ええ。私には楽器演奏の良さは分からないけど、少なくとも今までみたいに頭ごなしに辞めろとは言わない。今までごめんなさい」
「うん、まあ……――」
……そうじゃないでしょ、田中あすか。言いたいことははっきり言わないと。それが子供の特権なんだから。
「――いや、ごめん。自分の好きなものをお母さんに否定されるのは嫌だった」
「そうよね、ごめんなさい……」
「だから、成績キープとかちゃんとするから高校生の間はユーフォを吹かせて欲しい。勉強も部活も頑張らせて欲しい。大学はお母さんが決めた所に行くから」
「…………」
子供でいるって決めたけど、やっぱりそれなりにプライドがあるから私の要望だけを突き通すことはしない。お母さんが言うようにやっぱり学歴って言うのは武器になると思うし、生きていく上での重要な要素になるって言うのも分かるから。
「そう。……分かった。学内の順位では3位以上、定期的にセンター模試と難関私立大と国立大模試の結果を見せること。習ってない部分は仕方ないにしてもそれ以外はB判定以上を取って。そうしたら口は出さないようにする」
「うん、分かった。私やるから」
「ええ、期待してる。……また演奏会があるなら教えてちょうだい。なるべくスケジュール合わせるから」
「うん!」
「あと、今度2人で温泉でも行きましょうか。そういうこと全然してあげられなかったから」
「良いの?」
「ええ。今まで駄目な母親でごめんなさい。これからは気を付けるから」
「私も駄目な子供でごめんなさい」
駄目駄目な母娘。これからすこしずつ関係を取り戻していこう。
~傘木希美の場合
受験が終わって、無事に合格した私は次の4月から北宇治高校に進学する。私の通っている南中からはそれなりの人数が進学してるからそんなに不安は無い。……おっとぉ?
「みっぞれ~! 優子ぉ~!」
「っ! 希美」「あら、希美じゃない。どうしたの?」
鎧塚みぞれと吉川優子。
この2人も中学3年間一緒に吹奏楽部で頑張ってきた仲だ。そして北宇治高校に進学する友達。今度こそコンクールで全国大会に行くんだ。あの悔しさは忘れられない。
2人に追いついてドーン。
「偶々見つけただけー」
「そうなの? まあ希美らしいわ」
「何か用?」
「3月23日に北宇治の定期演奏会があるじゃん? 良かったら一緒に行かない?」
「希美が行くなら行く」「いや、用事あったんじゃない」
「何か言った? 優子はどう?」
「もう……。
一応空いてる。……でも、ここ最近はずっと府大会銅賞よ? あんま期待しない方が良いんじゃ無い?」
「でも、4月から顧問が変わる可能性だってあるじゃん? そしたら分からないよ」
「……まあ、そうね」
「上手くいくといいね」
「だね!」
それに、コンクールで良い成績を残したいって伝えれば、きっと先輩だって理解してくれるだろうし。そんなに悲観的になる必要は無いでしょ。~~っ、早く高校生になりたい!
「じゃあ3人で行きましょ。増える可能性は高いけど」
「誰が北宇治に行くか知ってる?」
「綾乃、佐和子、優衣、麗美。竹下もって聞いた」
「おお~! みぞれは?」
「麻衣と菫も受かったって」
「そっか。いやー、南中から北宇治行く人多いしね。まあ、高校でも宜しくね、みぞれ、優子!」
「うん、宜しく」「こっちこそ」
南中のブレザーも良かったけど、北宇治のセーラー服も可愛いんだよね。前から着たかったんだぁ!
卒業式とか3年生を送る会なんかの中学校での最後の思い出を作ったり、高校から出た課題とか卒業記念パーティとかをしていると、時間はあっという間に過ぎた。
北宇治高校に入学することが決まった10人を超える同級生達と宇治市文化センターに来たけど、なんか様子が変だ。府大会銅賞レベルなのに大人が多いって言うか。30代から50代くらいの人が多い。……もしかしてOBが多い?
「……なんか人多くない?」
「宣伝とかも普通だったよね?」
「そうだったと思ったけど」
日程が書かれたチラシだって別におかしい所は何も無い。うーん、何でだろ。
「一般のご来場の皆さんはこちらの列に! 4月から北宇治高校に入学が決まってる中学3年生の皆さんと保護者の方々はこちらの列にお並び下さい!」
「あっ、あたしらあっちだ」
「何で分けるんだろうね」
「知るわけないでしょ」
ぶつぶつ言いながら、合格が決まったことを証明する何かを持ってくるように言われていたからバッグから入学のしおりを取り出す。無くさないようにしないと。
一般のお客さんと中学3年生だと人数が全然違うから、列に並んだらするするはけていく。すぐに私達の順番は来そうだ。すると、お母さんと同じくらいだから多分40歳くらい? のおばちゃん2人の会話が聞えてきた。
「それにしても滝先生が顧問に復帰するなんて思わなかった~!」
「いいなー、私も今日参加したかったなー。くそー、仕事めぇ!」
「現役生超羨ましいんだけどー」
「滝先生OBバンドの方指揮振ってくれないかなー」
……。
…………? どういうこと?
いつの間にか私達はおばちゃん2人を凝視してたみたいで、その2人のおばちゃんが私達の視線に気づいてビックリした。あ、まずい。
部長らしくここは私が。
「す、すみません! 驚かせるつもりは無かったんです!」
「こちらこそごめんなさいね。……貴方たち入学するのよね?」
「はい、そうです!」
「私達の会話を聞いてたら分かると思うんだけど、滝先生が顧問に復帰されたの。貴女達運が良いわね」
「えっと、つまり……?」
「私達が知る限り、最高の顧問が指揮を振ってくれるって事。今年は全国いけるかもね」
「えっ!?」
「頑張ってちょうだいね。……あ、ほら、前見て」
「あ、ありがとう御座いました!」
「「「ありがとう御座いました!」」」
「良いのよ~。可愛い後輩達ですもの~」
あっという間に私達の番になって、入学のしおりと合格番号が書かれた紙を受付の人に見せたら今日のプログラムのパンフレットを貰った。集まった同級生で邪魔にならないところに集まる。
「さっきの話本当かな?」
「あっ、パンフレットのここ! 指揮者のところ!」
「「「あっ!!」」」
そこには確かに〝滝透〟と書かれてあった。私の知る限り、10年位前の北宇治の指揮者。つまり!
「私達、運良くない?」
「全国本当に行けるかも!!」
「「「うん!」」」
もしかしたら本当に全国に行けるかもしれない。そのチャンスが舞い降りてるのかもしれない。
そう思うと早く定演が始まってくれないかなって気が逸る。今の北宇治がどんななのか早く聴きたい!
「あっ、これ見て」
「練習の予定表だ」
「練習見学会だってさ。明後日から」
「行く?」
「「「行く!!」」」
ちょっともう期待せずにはいられない。早く始まれー!
左側はみぞれ、右側は優子の順でホールの座席に着いて待っていたら、子供よりも大人の方が多いんじゃ無いかって位観客がホールの中に入ってきた。500人は優に超えてると思う。確かここは1000座席はあったはずだ。ホールに入ってくる人の流れが途切れない。
開演時間となったら私達が居る観客席の照明が落ちて、逆にステージ側の照明が強くなった。舞台袖から次々出演者が出てくる。高校生とOBの人達。
拍手で出迎えていると、最後に指揮者のお爺ちゃんが出て来る。観客席でも多分OBだろう人達の息を飲み込む音が聞こえてきた。
私達にも聞覚えがあってコンクールで吹くか考えた【さくらのうた】の演奏が始まる。
「「「っ……!」」」
そのピッコロの1音だけで引き込まれた。
脳内に綺麗な満開な桜と桜の花びらが降り注いでいる幻想的なイメージが強烈に思い浮かんでくる。鳥肌がぶわーって出てきてずっとこの人達の演奏を聴いていたい。いっそのことここで死んでも良いって思ってしまうほどだ。
気づけば涙が出てきていて、でもこの演奏に浸っていたいからハンカチすら取り出せなくて。私と同じような状態に陥ってる人がすすり泣く人の音さえも【さくらのうた】の一部になってしまっていた。
ずっと聴いていたい。
そんな願いも虚しく、4分続いた【さくらのうた】は終わってしまった。指揮者が壇上から降りて一礼する。手が痛くなるんじゃ無いかって位手を叩いた。
「凄い……!」
「うん、凄かった!」
いつもは淡々としてるみぞれも目を輝かせていて、優子なんか涙でハンカチがグシャグシャだった。皆そう。
これはもう期待するしか無い。早くこの人達の中で演奏したいって気持ちがこみ上げてくる。
1部の【オリエント急行】からアンコールの【テキーラ】まで一瞬で終わっちゃって余韻に浸っていると、すっごく綺麗な部長さんがマイクを持ってステージの1番観客席側に立った。
「北宇治高校吹奏楽部 部長の中世古香織です。
皆様、本日はご来場頂き誠にありがとう御座いました。皆様の心に響いていたら部員一同励みになります。
また、北宇治高校に入学が決定している中学3年生の皆様には明後日25日からの練習予定が書かれたプリントを同時に織り込んでおります。少し早めの練習の見学と体験を行っていきたいと思っていますので、是非とも皆様のご参加をお待ちしております。一緒に音楽を楽しんでいきましょう。
ただ、入部自体は4月ですのでご了承下さいませ。本日は誠にありがとう御座いました!」
「「「ありがとう御座いました!」」」
行く? 行かない? そんなの聞くまでもない! 早く明後日になれ~~~~っ!!
~津田梨香子(梨香子先生)の場合
ああ、私は間違ってたんだ。
ほんの少し前まで私が指導していた(つもりの)吹奏楽部の皆を見てハッキリ自覚させられる。……だって、私の時と全然、皆の表情が、演奏が違う。
例えば田中あすかさん。
いつも飄々とスマートにこなすから時折「この子は合奏よりユーフォニアムを吹いてる時間が好きなんだな」って思っていた。でも実際は違った。だってあんなに楽しそうなんだもの。
例えば中世古香織さん。
見た目が整ってることもあって、上級生からの嫌がらせの対象になることも多かった。トランペットの音も波風立てないようにしているから気弱なんだろうなって思ってたけど、今回の定期演奏会ではきちんと中世古さん本来の音を出せていて、部長の仕事もきちんと熟していた。
例えば小笠原晴香さん。
2人以上に気弱だと思っていたから、今回の【ディープ・パープル・メドレー】のバリトンサックスのソロを人前で堂々と吹けていてびっくりした。
私はこの1年彼女達の何を見てきたのだろう。……これはきっと私への罰だ。不甲斐ない北宇治高校吹奏楽部の顧問を引き受けていたつもりの私への。
こんなことをグルグル考えていると自責の念で涙が零れてくる。ついついしゃがみ込んで膝を抱えていると、あまり聞きたくない学校関係者の声が聞えてきた。
「すみません、大丈夫ですか? ……って津田先生ですか。気分でも優れませんか?」
「いえ、大丈夫です、松本先生」
吹奏楽部の顧問と副顧問の関係で仕事をしてきた松本美知恵先生。どうしてもその厳格な態度が苦手だった。
「ここでは人の目を引きます。少し離れましょう」
「……分かりました」
改めて周りの様子を伺っていると、「体調不良?」、「救急車でも呼ぶ?」なんて声が聞えてきた。力の入らない足に鞭を打って立上がって、一緒に松本先生と人気の少ない方へと歩いて行く。
十分離れたところで2人きりになった。何を言われるんだろうって思っていると、いきなり松本先生が頭を下げてくる。
「津田先生。この度の件、大変申し訳ありませんでした」
「えっ!? 頭を上げて下さい! 私の方こそ、その……」
何もしてなかったのは私だ。顧問を引き受けておきながら何もしてこなかった。上級生の虐めも見て見ぬ振りしてた。対応が面倒くさかったから。
松本先生は頭を上げて、まっすぐ私と眼を合わせてくる。その勢いがやっぱり苦手だ。
「教員歴が長い私がまだ若い貴方を指導していくのは当然でした。それにも関わらず、吹奏楽部の副顧問として私は何もしてきませんでした。
津田先生が私のことを苦手としていることも分かっていた。だからこそ嫌われ役を申し出る必要がありました。教員という仕事上難しい生徒や保護者とのやり取りは必ずある。なあなあで済ませるべきでは無かった。大変申し訳ありませんでした」
「……私の方こそ大変申し訳ありませんでした。その……」
「私からは以上です。多くの方から色々言われているでしょうし。
……ただ、そうですね。〝音を楽しむ〟と書いて音楽です。少なくとも生徒が吹奏楽部の活動を楽しめるようとしていた点は良かったと思います。私にはできませんから。
津田先生はまだ若い、まだやり直しはいくらでも出来ますからどうか前向きに。それでは」
「……ありがとう御座いました」
言うだけ言って松本先生は去って行った。顧問になったから定期演奏会での手続きは色々あるんだろうなとか思ってしまう。
……うん。ちょっと休んだらまた一から始めよう。産まれてくる子供のために引っ越しても良いかもしれないな。
登場人物
水町雄大 ジャズ研究会に入部中
~余談
皆さんは高校受験なり大学受験で興味がある学校のオープンスクールとかオープンキャンパス、文化祭などに行きませんでしたか?
高校選びや大学選びって色々基準があると思うんです。
進学実績とか部活の実績、通学のしやすさ、面白い先生がいる・この先生(教授)のゼミ(研究室)で学びたい、などなど。
傘木希美ってどういう基準で北宇治を選んだのかが分からないんですよね。
部活を優先したいなら、ここ10年くらいはなかなか実績を出せていない北宇治に進学するとは思えないというか。進学候補から外すよなーって。
pixiv大百科やWikiの紹介で「社交的で仲間が多い」と書いてあります。
だったら、北宇治に進学した中学の先輩だっているんじゃないかなと。吹部以外でも。
となると「○○せんぱーい、私北宇治に興味あるんですけど、北宇治の吹部とか学校生活のこと教えてくださーい」とかって聞いてるような気がするんですよねぇ。聞かなかったのかな……?
私自身、古川、下北沢成徳、八王子実践、共栄、金蘭会、熊本信愛女学院等と色んな高校を行って、最終的に1つに決めました。ここらへんの設定が本当に謎すぎて全く共感できません。
作者の周りに傘木希美みたいな人がいて、滅茶苦茶嫌ってたと邪推するくらいには毎回ツッコんでいます。
皆さんはどう思われますか? もし良かったらお考えをお聞かせください!