無事に定期演奏会が終了し、小笠原晴香と斎藤葵に楽器の収納の指示を任せている間に滝透と松本美知恵、中世古香織、田中あすかは次の予定を確認していた。
「さっきはお疲れ様。楽しかったかい?」
「はい! それはもちろん!」
「私もです!」
「それなら良かった。僕も楽しませて貰ったよ、本当にありがとう。
……さて、それでは今後の流れだ。まず明後日25日以降に合格が決まった中学3年生への部活見学を行って部の立て直しを測る。最低でもこの人数は欲しいかな」
そう言って、滝透は現在足りてない楽器と人数が書かれた紙を3人に見せた。
フルート……1人以上。
オーボエ……1人ないし2人。
クラリネット……3人以上。
サックス……バリトン、テナーが1人以上。
トランペット……3人以上。
トロンボーン……4人以上。
ホルン……5人以上。
チューバ……出来れば3人以上。
コントラバス……1人以上。
打楽器……4人以上。
「見て貰えば分かるだけど、オーボエと金管楽器と低音楽器の募集が急務だ。とは言っても、金管楽器は人気の楽器が多いからそこまで心配はしていない。
ただ、オーボエとコントラバスは技術的に他の楽器との互換性が無いからコンバートも進めづらい。経験者が入ってくれると嬉しいけど、高校入学でオーケストラに進む子もいてなかなか難しいと思う。未経験者にも積極的に声をかけよう。
それに低音楽器だ。音の厚みを出すためにも低音楽器は多ければ多い方が良い。僕としてはチューバが4人、5人いてくれた方が助かる。なかなかね、難しいとは思うけどお願いしたいところだ」
「「はい!」」
ひとつ頷いて、滝透は別のプリントを2人に見せる。
「そして、4月の新入生歓迎会で演奏する曲だ。
【銀河鉄道999】、【アンダー・ザ・シー ~映画「リトル・マーメイド」より】、【名探偵コナン メインテーマ】の3曲で良いんだよね?」
「はい。やっぱり聞いたことがある曲の方が盛り上がるかなと思っています」
「そうだね。身近な曲を演奏する方が楽しんで貰えるかなと思う、25日から合わせていこう。午前中は中学生と一緒に合奏して楽しんで貰って、午後は更に詰めていこうか」
「「はい! お願いします!」」
「松本君からは何かあるかい?」
「そうですね……。ああ、中学生に入校許可証を渡すことを忘れないで欲しい。新年度が始まる前でバタバタしてるからな。これくらいです」
「分かりました、ありがとう。
掴みは上々。この勢いで頑張っていこうか」
「「はい!」」
新入生をどれだけ確保できるかで今後の吹奏楽部の活動のクオリティに影響するかを知っている彼女達にとってここが正念場となる。
8時から各自登校して音だしや準備。
8時40分頃から部長とパートリーダーは中学生の出迎え。
9時30分から全体の挨拶と基礎合奏。
10時30分から12時まで中学3年生と合同で新入生歓迎会で演奏する3曲の練習。
12時から13時まで昼休憩。そして中学生は帰宅。
13時から15時まで高校生だけで入学式で演奏する【威風堂々】を加えた4曲の合奏練習。
17時まで自主練習。
25日からの春休みのスケジュールがこのように決まっており、さっそく25日の部活見学では20人を超える中学3年生が部活体験に来た。
部長の中世古香織と各パートリーダーは中学生の出迎え、そして田中あすかと小笠原晴香はパートリーダーからリアルタイムで各楽器の中学3年生がどの位部活体験に来たかを連絡されて、人数分の楽譜の印刷作業をこなしていく。
そして、音楽室で基礎合奏と3曲の譜面を渡して、滝透が壇上に上がった。その姿を見て、中学生のほとんどがこれからの部活に期待する。
「中学3年生の皆さん。まずは高校合格おめでとう御座います。そして今日は部活見学に来てくれてありがとう。私は滝透と言います。この1年北宇治高校吹奏楽部の外部顧問として皆さんの指導をさせて頂くことになりました。
ああ、もちろん、後釜となるべく人に声をかけているのでそう心配はせずとも大丈夫です。安心して下さい」
1年で滝透が北宇治高校を離れることを知らされてぎょっとした後に、その先も考えていると聞いて中学3年生はほっと息を吐いた。
吹奏楽部に限らず、学生の部活動のほとんどが顧問の影響で活動がほぼ決まることを知っているからだ。
「〝高校で出会った友人が生涯の友〟と言われるように、今隣にいる人とこれから50年60年と付き合っていく可能性もあります。是非色々な人と出会って、勉強も部活もそして恋愛といった充実した高校生活を送って下さいね」
「「「はい!」」」
「そして、私が指導するにあたってのポリシーを伝えさせて頂きます。それは〝音を楽しむ〟こと。
初めて楽器を持ったときのワクワク。初めて楽器から音が出たときの喜び。初めて人前で演奏したときの高揚感。今まで出来なかったところができるようになったときの達成感……。楽器を触ってからきっと一度は味わったことがあると思います。
その小さな〝楽しい〟を続けていって下さい。そうすれば〝楽しい〟を求めるようになりますから。簡単に言うと楽器にハマって下さい、ということです。
それでは基礎合奏を始めていきましょうか。皆さんお願いします」
「「「お願いします!」」」
その様子を見て軽く頷いた滝透はハーモニーディレクターの電源を付けてB♭の音を鳴らした。
「まずはチューニングからいきましょう。各自今日の自分のコンディションを確かめて下さい。どうぞ」
定期演奏会に興味がある=楽器経験者が多い、と言えるため、高校生も中学生も自分の楽器を鳴らしていく。20人強増え、先日の定期演奏会のような音の厚みを感じることができて滝透や中世古香織達は内心ほっとしていた。
チューニングが終わって、滝透はハーモニーディレクターの電源を切った。
「はい、ありがとう御座います。それでは低音から乗せていきましょうか。
まずは高校生がお手本を行いますので、中学生はどんなことをするか手元のメニュー表と照らし合わせて下さい」
「「「はい!」」」
「では越川さんから」
「はい!」
バスクラリネットの越川純子がB♭を鳴らし、続いて滝透の指示で臼井ひとしが音をあわせていく。その次はファゴット2人、バリトンサックスの小笠原晴香が楽器を吹いていく。
音が1つに鳴ったところで滝透は〝やめ〟の指示を出した。そこには感動している中学生の姿があった。
「今、音が1つになったのが分かった中学生」
鎧塚みぞれや傘木希美を筆頭に手を上げる。その姿を見て滝透は柔和な表情を作った。
「そうですね。これが様々な楽器の〝音が合う〟だと思っています。色んな楽器が1つの音に収まる。Fの倍音も聞えましたよね?」
「「「はい!」」」
「中学生の皆さんにもこれを目指して頂きます。それではもう一度越川さんから始めます。どうぞ」
「はい!」
越川純子がB♭を鳴らして、Dグルーブの低音楽器が続々と乗ってくる。そして、テナーサックス、ユーフォニアム、ホルンとトロンボーンのCグループが順々に。
続いてアルトサックス、クラリネットとトランペットのBグループ、最後にフルートとピッコロのAグループがB♭を鳴らした。音が響いていく。
「はい止め。今日も良かったです。この調子でいきましょう」
「「「はい!」」」
「それでは中学生も混じってみましょう。今みたいに指示を出していきますね」
「「「はい!」」」
再び越川純子のバスクラリネットを起点に次々とDグルーブの楽器がB♭を鳴らして音を合わせていく。その中で、中学でチューバを吹いていた竹下誠二と後藤卓也の2人がバリトンサックスの後に続いた。
「チューバ2人は木管楽器の響きを包んで更に拡大させるイメージでいきましょう。……そうです、良いですよ」
ブランクがある中学生とは言え男子2人の肺活量が加わってDグループのB♭は更に洗練されていく。
そこにCグループの中低音楽器が乗り、Bグループも。そこにAグループのオーボエも加わり最後にフルートとピッコロが乗った。50人近くのB♭が1つに交わる。
十分鳴らし終えたところで滝透は〝やめ〟の合図を出した。そこには〝音をあわせる〟快感を感じ取った約50人の生徒がいた。
「今良かったですよ。ちゃんと音があってました。ただ君達ならばもっと上を目指せる。これからも頑張っていきましょう。ここで満足しないで下さいね。常に向上心を持って1音1音大事にして下さい」
「「「はい!」」」
「それではハーモニー練習に移ります。高校生は自分が1度、3度、5度のどれを担っているかをしっかりと理解して下さい。中学生は先輩方から教えて貰ったとおりまずは真似してみて下さい」
「「「はい!」」」
そして、B♭durのハーモニー、B♭からFまで半音ずつ下がる練習(B♭→A、B♭→As、B♭→G、B♭→Ges、B♭→F)とB♭からFまで半音ずつ上がる練習(B♭→H、B♭→C、B♭→Des、B♭→D、B♭→Es、B♭→E、B♭→F)、B♭durのロングトーンとアーティキュレーションの練習を行って基礎合奏の時間が終わった。
「色んな楽譜を演奏できるように、〝今日はF dur〟、〝今日はAs dur〟、〝今日はDes dur〟……のように変えていくので早い内から音階を覚えていきましょう」
「「「はい!」」」
そして、【銀河鉄道999】、【アンダー・ザ・シー ~映画「リトル・マーメイド」より】、【名探偵コナン メインテーマ】の3曲を初見合奏、更に詰めて午前中の練習が終わった。
「午前中の練習はここまで。中学生の皆さんはここまでです。今日は来てくれて本当にありがとう。
明日もこんな感じで進めていくので春休みを満喫しつつ遊びに来て下さい」
「「「はい!」」」
滝透に続いて、壇上まで来た中世古香織が全体に向けて話す。
「中学生の皆さん、今日は来てくれて本当にありがとう御座いました!
各パートリーダーから渡されているように、3月はこのような感じで部活体験を行っていきます。皆さんが入部できるのは4月8日の部活紹介以後になってはしまうのですが、4月に北宇治の制服を着た皆さんと一緒に吹奏楽部を盛り上げていけたら良いなと思っています。是非また遊びに来て下さい!」
「「「はい!」」」
「それではきりーつ! ありがとうございました!」
「「「ありがとう御座いました!!」」」
こうして25日の部活体験が終わった。これ以後の部活体験では日に日に参加者が増えていく。