~中川夏紀の場合
高校生になって本格的に軽音をやろうと思って見学に行ったのは良いんだけど、正直これなら独学でやった方が楽しそうだなって雰囲気で入部はしない方向でいる中、実は同じ中学だったらしい希美に「吹部興味ない?」ってそのまま連れてこられた。
それは良い。
ただ、素人目にも北宇治の吹奏楽部は上手で、全くの未経験者からするとすっごく気後れしてる中、部長からの「音楽を楽しむのに経験者だとか未経験者だとかは関係無いよ」って言ってくれたのと、結先輩からの「大人になって始めようとすると楽器を買うところから始めないといけないから逆に敷居が高いかも」って言葉、あすか先輩からの「低音人が足りてない低音人が足りてない低音人が足りてない」攻撃につい押し切られちゃった。……押し切られちゃった。
ユーフォニアムってよく分からない楽器に決まって、リップスラーとかマウスピースとかスケールとか知らない単語に四苦八苦したり、「良い演奏には体力が必要です。走ってくよー!」なんて「そう言えば中学でも走ってたっけー」って現実逃避しながらランニングしたり、初っぱなの保育園児に向けての演奏で私じゃ無いけど「あー、あのお姉ちゃん楽器吹いてなーい!」って言われたりして拭き真似にも技術が必要なのか……。そんな風に学びがあったりとこの数ヶ月間で新しいことばかりだ。
そして、コンクールに向けてのオーディションの結果を言い渡されて、「結先輩もあすか先輩も上手いもんねー」ってどこか冷めてる自分が多数を占めてる中、「悔しいな」って考えてることに驚いた。知らず知らずのうちにそこまでのめり込んでたとは思わなかったから。
「そんなわけで自分にビックリした」
「そう? 頑張ってきたのが報われて欲しいって普通じゃない?」
「そうなんだけどさー」
駄目だ。希美には伝わらない。
「そっちも頑張ってるじゃない」
「まあねー。1週間で1曲完成させてくって超大変」
「えっ? 2週間で6曲とか普通だよ? 月に2回演奏会あって合計12曲とか」
14日で6曲。……2日で1曲完成? うわぁ…………。
「……マジ?」
「マジマジ」
優子、みぞれ、菫の顔を見ても「普通だったけど?」って表情してる。マジかぁ……。
「精進します……」
「まあ、そんな焦んなくて大丈夫だよ。場数増やして慣れていくって大事だから」
「そうねー。本番の空気感とか体感しないと分からないことっていっぱいあるし」
「人前で演奏するって事に慣れてなくて本番大失敗って結構あるよ。そういう意味じゃ慣れるのが先決だよねって感じ」
「うへーい。頑張りまーす。……じゃあ勉強しようか」
「「「……はーい」」」
期末テスト頑張らないと。男子が案外良い点取ってるから負けられないって言うか。割とちゃんとやってんだなーって印象だ。
吹奏楽って楽しいじゃん、なんて私が思って良いんだろうか。
~中世古香織の場合
中間テストが終わって、あすかと晴香の3人で滝先生と松本先生にこれからの予定を確認しに行ったときのことだ。
「合宿ですか?」
「そう。去年はやらなかったみたいだけど、今年はどうしようかって松本君と話が出てね。君達の意見が最優先だからね」
合宿、合宿……。そりゃあ夏の思い出になるから嬉しいし、普段できないことをする新鮮さはあるよね。……うーん。
「……すみません、先生方はどうお考えでしょうか?」
「そうだね……。僕としてはせっかくの夏休みで1日中吹奏楽に向き合うって時間はあってもいいと思う。高校生から色々体験した方が人生に深みが出るからね。
ただ、練習自体は学校で出来ない訳ではないからどうしようかと思ってね。そこで皆の意見が聞きたいなと。どうかな?」
「「「…………」」」
3年生も加えた今のメンバーで出来るのも今年だけだ。となると、思い出には良いと思う。
「私は是非合宿を行いたいなと思います」
「中世古君は賛成、分かった。田中君と小笠原君は?」
「せっかくの機会ですので、是非お願いします」
「私も」
あすかと晴香も賛成。うん、色々準備しないといけないことはあるけど今から楽しみだ。あすかと同じ部屋にしないと。職権乱用? いいんです。
「分かった。では合宿を行う方向で行こう。名目上は関西大会に向けての集中練習。府大会止まりだったら個人の技術力向上とアンサンブル練習のための強化練習って感じかな。松本君も大丈夫かい?」
「はい、問題ありません」
「日程や場所はまたおって連絡しよう。少しばかり待たせてしまって申し訳ないね」
「いえ、お願いします!」
その後は皆より先にコンクールの課題曲【コンサートマーチ「青葉の街で」】と自由曲【春の猟犬】と言い渡されて終わった。難しい曲ではあるけど、滝先生の指導とOBの皆さんのご協力でなんとか関西大会まで行きたいな。
6月上旬。
梅雨に入ってクラリネット、サックス、ダブルリードの皆が四苦八苦してる中、あすかがルンルン気分で朝に登校してきた日があった。事情を知ってる私達からすれば「ああ、烏野高校だな」って分かってて、子供みたいにねえねえ攻撃をしてくる可愛いあすかから話を聞いたら、スマホを見せつけてきて「烏野インターハイ進出だって~!!」って笑顔で告げてきた。ああ、可愛い。好き。大好き。
スマホの内容は烏野高校男子バレー部のOBが運営しているSNSで、あすかの言うとおり男子バレー部の活動内容だった。「決勝戦で伊達工業高校を下してインターハイ進出が決まりました! 応援宜しくお願いします!」って記事。
「すご~」
「写真だけだよね? 試合内容は見られないのかな」
「ふっふーん。実は有料サイトで見られるっぽい。帰ったら見るけどどう?」
「「「行く!」」」
あすかほどじゃないけど烏野高校の活躍が気になってるのは間違いじゃないからね。
その日の部活が終わって、あすかの家へ。名目は勉強。中間テストの復習だ。
「ただいま~」
「「「おじゃましまーす!」」」
あすかを出迎えるためか、私達も含まれるのか、前まではがらんとしたあすかの家に生活感が増えた。そう感じたのちに、部屋着姿のあすかのお母さんがひょっこり顔を覗かせる。あすかが大人になればこんな感じなんだろうなって。
「皆いらっしゃい。適当に寛いでいってね」
「「「ありがとうございます!」」」
「何か持ってく?」
「自分でやるからいいよ。ゆっくりしてて」
「そう? じゃあ宜しく」
「はーい」
高校入学の頃はあんまり家の事を話したがらないあすかだったし、家にお母さんがいない時を見計らって遊びに来ていたけれど、最近はこんな感じだ。サンフェスも見に来てたらしい。
「あすかのお母さん今日は休みなんだ」
「えー、仕事の方が良かった? お母さん邪魔?」
「違う違う! あすかのお母さん表情が柔らかくなったよねって話!」
「スケジュール見直してゆっくりする時間増やしてるらしいからね~」
多分それだけじゃない。絶対あすか本人は言いたがらないだろうけど。
そのままあすかの部屋に行って、リュックやらを置く。前までは殺風景と言ってもいいあすかの部屋にどこかの旅館のお土産? みたいなのが増えてる。家族旅行が増えたって言ってるもんね。
「麦茶で良い?」
「あ、うん。お願い」
「手伝おうか?」
「いいよいいよ。チューバ3本持って来るって話でもないし」
「そもそも腕足りないよね」
「まあね」
トランペットだって同時に4つは……、どうだろう。肩掛けのリュックならお腹側と背中側、両手で持って行けるか。持って行けるな、うん。
そのうちお盆の上にコップと麦茶の入ったボトルを持ってきたあすかが戻ってきた。晩ご飯もあるからお菓子類は必要ない。
麦茶を注いで、折りたたみテーブル、ノートパソコンもセットして準備完了。
「見づらいかもしれないけどごめんね」
「大丈夫ー」
あすかは手慣れた手つきでパソコンを起動、パパッと操作し始める。
「……あすかはパソコン見られて平気なんだ」
「んー? 晴香ちゃんはエッチなことに興味があると?」
「いぃっ!? 男子がワイシャツ腕まくりしたときとかスーツでネクタイ緩める時とかちょっとドキッとしない!?」
「ほうほう。晴香はそういう所に〝男〟を感じるんだね~」
「墓穴掘ってる……」
「きゃぁー!? 止めてー!?」
自分で言ったんだよって思いながら顔を赤くして慌てふためいてる晴香を愛おしく見る。……まあでも大なり小なりそういうことに興味を持つのは当然でしょう。思春期だもの。
「こっちは誰かに見られても大丈夫な方のパソコン。もう一つは会計ソフトとか入ってる方。だから大丈夫なのですよ、小笠原君」
「もぉー、あすかの馬鹿ー!」
「馬鹿、とは? 『テストやばいー、男子に負けたくないー』って泣きついてきたのは何処のどなただっけ?」
「うぐっ……。私です…………」
「分かれば良いのです分かれば」
学年1位のあすかに敵いっこないでしょうに。
と、まあ、そんな感じで話している間にも、あすかは目的のサイトに辿り着いていた。私も最近馴染み深くなってるスポーツ系の有料サイトだ。
「では実際に見てみましょー。画面小さいのはご了承下さい」
「「「大丈夫ー!」」」
そして、澤村さん達3年生が抜け、新しく1年生を迎えて代替わりをした烏野高校男子バレー部と伊達工業高校男子バレー部の人達が挨拶をするところから始まる。
最初に見たときに感じたのは雰囲気。3年生2年生の表情が理性を持った手負いの獣って感じで殺気みたいなのを感じる。
「……雰囲気あるぅ」
「あの日向君も貫禄付いたよね。1年の時とは大違い」
「理性を持った熊、みたいな。体格も良くなってる」
「14人いるね」
「猫又君は背番号10番か」
「西谷さんと14番君がオレンジ色のユニフォームだ」
「ていうか、11番のイケメン君めっちゃ背が高い! ハーフかな? 格好いい!! あと月島くんと同じくらい?」
「……190cmってどんな世界なんだろう」
「指揮台の上に立った感じ?」
「高ぁー……」
会話をする目的じゃ無いけど、私達4人は目に入ってくる情報を次々と口に出していく。私達もそうだけど1年経って代が変わるとどことなく違った雰囲気になる。その点烏野高校はそこまで変わってないのかもしれない。……私達もか。
『ゴーゴー! レッツゴー、レッツゴー! 伊達工!!』
『『『ゴーゴー! レッツゴー、レッツゴー! 伊達工!!』』』
『いけいけ烏野! 押せ押せ烏野!』
『『『いけいけ烏野! 押せ押せ烏野!』』』
去年の烏野高校は応援で負けていたけど、もうそんな素振りは全くない。多分父兄の方々の応援に加えて、和楽器での応援も練習したんだろうな。野球応援とかあんな感じだ。
そして、スターティングメンバーの紹介。
2番の田中さん、6番の影山君、7番の日向君、8番の月島君、10番の猫又君、11番のイケメン君、そして4番の西谷さんがコートに入った。ポジションの確認に移る。
田中さんとイケメン君、日向君と月島君、影山君と猫又君が対角。……あれ?
「……あれ、そういえば猫又君が黒い方のユニフォームだ」
「ふっふーん。実は3年生が抜けてから〝オポジット〟ってポジションらしい。去年の澤村さんとか白鳥沢の牛島さんと同じセッター対角」
「なんでだろう」
「新人戦でもそうだったけど、多分澤村さんと菅原さんのポジションを同時にこなせるプレーヤーだからみたい。レシーブ強化と〝ツーセッター〟って奴」
「……そっか。言われてみれば猫又君もトスあげてたね。これで影山君もスパイク打てるのか」
「あと西谷さんをベンチに置いておく必要も無いからでしょ、守備は烏野の中でもベスト3に入るし。それに、バレー選手としては小柄だけど猫又君も175cm近いみたいだし、あとチーム唯一の左利き」
あすかの解説を聞いて3人で顔を見合わせる。「あっ、あすかってガチ目に烏野高校男子バレー部おいかけてるな」って今のだけで分かった。多分バレーボールの事もすっごく勉強してるんだろうな。下手なこと言ったら不機嫌になっちゃう。
今この瞬間これからあすかを怒らせないようにしようって3人で視線を飛ばし合う。
「ほら、皆も応援! 烏野頑張れー!!」
「「「烏野ファイトー!!」」」
試合自体は終わってるんだよね、とは言えない雰囲気だった。
試合が終わった。1セットと3セットを取ったから2セット先取でインターハイ進出。それにしても。
「きゃぁー! 烏野ー!!」「やばぁ……」「月島君と11番君格好いい……」「凄い……」
11番君の実力も遜色なかったし、他の5人も順当に実力を伸ばしていた。さっきあすかは「猫又君は守備とセッター要員」って言ってたし、それは間違いじゃなかったけど、サウスポーでサーブもスパイクもバシバシ決めてた。なんというか、去年の反省を生かして今のチームを作ってた。まさに変幻自在って言葉が似合う。
伊達工業高校も強かった。でも鷗台高校に比べてレシーブが甘いって感じ。全国でも結果を残せる高校だとは思うけど。……それにしても1校しか全国大会に出られなくて激しい奪い合いはスポーツって感じだった。負ければそこで終わりだもんね。
「課金したい。どこー? どこー!? どこに振り込めば良いのー!?」
「ちょ、ちょっと待ったー! 流石にお金はまずいって!」
「じゃあ宮城に行く!」
「……それも良いね」
葵もー。いや、月島君に会いたいのか、なるほど。
まあ、でも旅行に行くのは十分ありだと思う。猫又君も「行くなら夏が良いですー」って言ってたし。ただ幹部が全員部活に来ないのはまずいし、コンクールだってある。ちょっと厳しいかな。
「あー、1泊2日だけで良いから宮城行きたい」
「お盆とか?」
「新幹線混むでしょー。あー、いつか行く。絶対行く」
「牛タン食べてみたいから私も行く」
「「私もー!」」
東北って空気が美味しいらしいから行ってみたいな。京都からだと新幹線で片道4時間ってところだもんね。……あれ、案外行きやすい? 新幹線1本でいけるんだもんね。
そして、8月上旬に行われたインターハイ。
烏野高校男子バレー部は優勝候補筆頭って騒がれてる東京の井闥山学院って所と当たって負けてしまった。田中さん達は引退するのかな。どうなんだろう。
~鎧塚みぞれの場合
希美、優子、菫、他の南中の子達もコンクールのオーディションに無事合格して、A編成の私達はコンクールに向けての練習が本格的に始まった。そして私の16歳の誕生日も来た。
「「「誕生日おめでとう、みぞれ!!」」」
「皆、ありがとう」
自己紹介に加えて吹奏楽部特有の「明日何々ちゃん誕生日なんだって~!」って言うのが広まった事と他のパートとも積極的に練習しているからか、滝先生と松本先生含めて皆に誕生日をお祝いして貰った。嬉しい。
ソーダ味のグミとかメロンパンとか色んなお菓子、来南先輩と美貴乃先輩からはスワブとグリス、希美達からはハンドクリームやらハーブティーのセットとか貰って鞄がいっぱいでどうしようか考えてるときに、優子が楽譜ファイルとかが楽々入る音楽の記号がプリントされてる手提げのバッグをくれた。可愛い。
「こんなこともあるかと思って~」
「優子凄い。ありがとう」
「ふっふーん。でしょでしょ?」
「……でも、全部はいる?」
菫が机の上のプレゼントとバッグを交互に見て呟いた。でも大丈夫。
「お母さんとお父さんに『皆にお祝いして貰った』って言うから全部持って帰る」
「きゃぁ~、みぞれったら~!」
「優子苦しい」
優子が急に抱きついてきて、体勢が。
そんな時に、希美が何か閃いたような表情をした。
「そういえば、【大好きのハグ】って中学の時、みぞれとは出来なかったっけ。やろっか」
「っ。良いの?」
「良いよ良いよ。誕生日だもん。ほら、おいで」
「うん。……優子どいて」
「えっとー、みぞれのー……」
「思いつかないんなら替わりなよ」
「うるっさい! あんたは黙ってて!」
耳がきーんって。ちょっと騒がしい。なんで優子と夏紀はあんまり反りが合わないんだろう。
「えっとー、みぞれが好き!」
「私も。いつもありがとう、優子」
「っ!? っ!! ~~~~っ!?」
「「「優子、アウト~!」」」
優子、顔を赤くして声にならない悲鳴を上げて蹲っちゃった。大丈夫?
優子が離れた隙に希美に手を取られて正面に立たされる。……そしてハグされた。希美の匂いとか温もりとかが凄く伝わってくる。ずっと待ち望んでたもの。
「えっとー、いつも頑張っててー、口には出さないけど自信家な所とー表情豊かな所とー
、そんなみぞれのオーボエとー、みぞれが好き。
……あれ、なんか思った以上に恥ずかしいな!? こんなだったっけ!?」
「「「そんなもんでしょ~」」」
……ぁ。何か言わなきゃ、何か。
頭がポカポカして思った言葉が出ない。
「……私にオーボエを教えてくれてありがとう。希美に誘われて毎日がすごく楽しくなった。私希美が好き。希美のフルートが好き」
「ありがとう。でもまだまだ高校生活は始まったばっかりなんだから! 目指せ関西大会! 目指せ全国金賞! でしょ?」
「うん。皆で結果残したい」
「違うよー。〝残したい〟じゃなくて〝残す〟の。ここにいる皆で」
「うん、頑張る」
私、北宇治に入学して良かった。
次の日、朝練習をしていたら、血相を変えた松本先生が私の所に来た。
「鎧塚か!」
「おはようございます、松本先生。どうされましたか?」
「ああ、おはよう……。
いや……、昨日以上にいい音を出すようになったな」
「そうですか?」
「ああ。見違えて成長した。この調子で励めよ」
「はい」
そのまま松本先生はどこかに行った。よく分からない。何だったんだろう。
放課後になってもそう。
先輩と同級生からはもちろん、基礎合奏前に目をぱちくりした滝先生から「……鎧塚君、何か良いことでもあったかい?」って聞かれた。「昨日誕生日をお祝いして貰いました」って返事をすると、今度はちょっと難しい顔をして、「……もしかしてご家庭が上手くいってないとか?」って。
よく分からない。滝先生は何を言ってるんだろう。
2人して首を傾げている間に希美が「大丈夫です! みぞれのお母さん優しいです! 滝先生が考えてるようなことは一つもありえません!」って答えてた。
その後は普通だったけど……。結局何だったんだろう。
練習して練習して、夏休みになってもまた練習。
そんな日々を送りながら府大会はすんなりと通過し、練習と合宿を重ねて迎えた関西大会当日。中学の時は結果を出すことに囚われていたけど、演奏が終わった直後のお客さん達の拍手は凄まじいものだった。全国大会常連校と遜色ないくらい。うん、やって良かった。
「緊張を楽しむ。演奏中を楽しむ。お客さんの反応を楽しむ」、滝先生の言ってるポリシーを達成できてたかな。出来てたら良いな。
そして迎えた結果発表。
座席に着いて、右には希美とフルートパートの人達、左には優子と綾乃。後ろには来南先輩と美貴乃先輩。ぼやっとしてたらいつの間にかここにいた。
『京都府立北宇治高等学校。ゴールド金賞』
「「「きゃあぁぁぁぁ!!」」」「「うおぉぉぉ!!」」」
結果発表でそうアナウンスされて、やっと中学3年生での呪縛から解放された気がする。コンクールは嫌いだった。じゃあ今は? 悪くはないって感じ。
「「「みぞれ~!!」」」
「……希美、優子、苦しい」
「金賞! 関西金賞だよ、私達!!」「やったわよ! 私達!」
「うん、やった」
「あー、サックス辞めなくて良かったぁ……!!」「北宇治来て良かったわ、マジで!」
あちこちから聞えてくる皆の明るい声と嗚咽混じりの声。希美も優子も菫も皆、皆嬉しくて泣いてる。多分私も。
結果的に他の高校が上手だったから全国大会には行けなかったけど、それでもコンクールに出て良かった。楽しかったって思える。
楽器をトラックに運んでる間、4月から色々と教わってるOBの片岡さんにちょっと呼び止められて2人で話すことになった。
「みぞれちゃんお疲れ~。コンクール楽しかった?」
「はい」
「それなら良かった。全国には行けなかったけど、全国でも最低銀賞は穫れてた演奏だったから結果だけに囚われないでね。『他の高校が上手だった、北宇治も上手だった』って、結果と講評を受け止めるのは大人だから」
「はい」
「ん。
……それで、話なんだけどー。みぞれちゃんって進路決まってる? まだ1年生だからそんなかな?」
進路。進路か。希美と同じ大学?
「そうですね、特には。
この夏もオープンキャンパスとかには行きませんでした」
「そっか~。
……私、というか、顔出してるOBのほとんどなんだけど、みぞれちゃんはオーボエで食べていけるだけの素質を持ってるって確信してるんだよね」
「……?」
「簡単に言えば、なんちゃらフィルハーモニーとかなんちゃら交響楽団、みたいなプロの音楽家になれる才能を持ってるって事。CDとか出してソロリサイタルとか。みぞれちゃんの素質なら海外だってきっと通用する」
「そうなんですか?」
「うん、そう」
……考えたこと無かった。だってオーボエは希美との繋がり程度だったから。でも、4月から今日まで片岡さんには色々と教えて貰ってきたから本当なのかも。
「それで、進路の幅を広げる為っていうか、『オーボエのソロコンクールとか出てみない?』とか『音大のオープンキャンパスとか行ってみない?』ってお声を掛けさせて頂きました。
急に言われてびっくりしてるだろうから『あー、片岡に何か言われたなー』位でいいんだ。でもちょっと考えといて貰っても良い? みぞれちゃんの才能を腐らせるには惜しすぎる」
「はい、分かりました」
「ん。じゃあ皆の所に戻ろうか」
「はい」
そして、片岡さんと一緒に歩き出す。
音大。プロ。演奏家。ソロコンクール。確かに急に言われてびっくりした。でも、〝この先〟を考える必要は出てくる。私は、……私は将来何がしたいんだろう。
北宇治の3年間。その次は大学生? 専門学校? いずれにしても社会人になってお母さんとお父さんの元から離れて生活する日が来る。
……希美はどうするんだろう。私はどうしたいんだろう。帰ってお母さんとお父さんに片岡さんに言われたことを話してみよう。
……私にとって〝オーボエ〟って何?