黒磯の祖母の家へ到着した美咲には、毎年変わらない夏の「儀式」があった。彼女は過去に、自らの手で救うことのできなかった同い年の幼馴染・蒼介(そうすけ)に会う。毎年お盆になるたび、美咲は家族とともに墓を参り、夜には一人で彼の面影が残る小川へと向かい、年々薄れていく彼の声や記憶の恐怖と罪悪感に苛まれながら一人涙を流していた。
祖母の家を後にした美咲は、埼玉へ帰る途中で立ち寄った宇都宮にて、電車で出会った男性が「ゲノム医療と先進医学」の権威である中条直樹教授であることを知る。彼のセミナーに奇跡的に足を踏み入れた美咲は、難解な講義のなかに、幼い命を救うための「未来」と希望の光を見出す。
悲しい過去の記憶にとらわれていた少女が、一人の大人との出会いをきっかけに、人の命を救う道へと歩み出すまでの再生の物語。
高校生にもなって知ったこと、それは宇都宮線って宇都宮よりももっと北に行く列車があるのだということ。子供の頃、初めて電車でおばあちゃんちへ行くのに乗り換えさせられていた記憶がある。いろんなことが便利になったものだと思う。
今こうして一人で乗っていると、
「随分重いですね」と背が高いその男性が言ったので、ほぼ反射で私は「祖母の家に泊まるんです」と返答した。ニコリと笑顔を返してくれたその男性に、なぜか私は不信感は抱かなかった。もっとも「あなたと同じくらいの娘がいるもので」と穏やかに語りかけてくれたのが、私の警戒心を解いたのだ。
浦和発のこの電車で、
『 次は 大宮 』
「おや、高校生なのですか。これは失礼しました」
「いえ……幼くみえますよね……」
この高校一年生の平均よりずっと低い身長を何度恨めしく思ったものか。聞いてみるとその男性の娘さんは小学五年生とのことだった。かなり失礼じゃないか?とは思ったが、
その後、私たちの目の前の席が空いたので、その男性と並んで座ることにした。相変わらず落ち着いた声で話してくれるので、私もいつのまにかその男性の話を聞き入ってしまうほどだった。娘さんや奥さんの話など、照れながら話をするその横顔に、私は少し胸が締め付けられる思いをしながら聞いていた。電車の流れる風景と、リズミカルに走る音、そしてその男性の低くゆっくりとした話し方に、いつしか私は時間が経つのを忘れてしまっていた。
『 次は 蓮田 』
「おばあさまのお家はどちらなのですか?」
「黒磯です。高野川ってご存知ですか?」
その男性はごめんなさいと首を振った。そりゃそうだ。そんなローカルなピンポイントエリアを言われたって困惑するだけだ。私はすぐに手を振って恐縮した。しかし続いてその男性がどんなところなのかと聞いてくるので、私はなぜか饒舌にその場所がいかに素晴らしいところであるのかを話し始めてしまっていた。夏にはさまざまな色に染まる田畑の風景や、祖母の家に沿うように流れる小川のせせらぎ、夜になると盛大に聞こえてくる蛙や虫の鳴き声は、慣れないうちは騒音でしかなかったが、それに慣れてから地元の街に帰ると逆に静寂という騒音が耳を支配することなど、私は少し
その彼は目を細めて私の話に微かな笑みを浮かべ、聞き続けてくれた。大人ってこんなに話をよく聞いてくれたっけ?と不思議に思った。彼は膝に手を置き、時折
『 次は 東鷲宮 』
「中学受験をするんですよ」
「そうなんですか。それじゃずっとお勉強で大変ですね」
その私と『同じくらい』に見える娘さんは、どうやらお受験をするらしく、三年生からずっと塾や家庭教師で勉強漬けなのだそうだ。私は地元の小学校だったし、中学も高校も地元の公立校でなんの変哲もなく、なんの苦労もなく過ごしてしまったので、その娘さんの苦悩はわからない。しかし同級生に中学受験をした人はたくさんいたし、受かっただの落ちただの、そういった人生の明暗をわかつような局面に身をおく人は近くにたくさんいた。その人らがどういった心持ちだったかまではわからないが、その後の中学生での振る舞いでなんとなくはわかる。
ただ、その男性の話を聞くと、子よりむしろ親の方が大変で、より苦悩が多いということはひしひしと伝わってきた。こちらの男性の家庭に限定するならば、どちらかというと奥さんのほうが受験戦争に熱心らしく、彼はサポートに過ぎないらしい。そういった個々の家庭の事情はよくわからないが、その彼の話す声の音色はどこまでも低く優しい感じがした。ひとしきり彼の話す大変ながらも娘のために奮闘する両親の姿を私は知ることができ、それはそれで実になる話だなと私は感じた。
『 次は 小山 』
「おばあちゃんちに行ったら、いとこにも会うんですよ」
「そうなんですか。歳は近いんですか?」
私には従兄弟がいる。黒磯は母方の実家で、母の姉家族と祖母は一緒に住んでいる。その従兄弟が私と同い年であることを男性に話した。毎年お盆にしか会うことはなく、そのために私は祖母の家まで行くのか、と言われたらそうであるとも思うし、それだけのためではないとも思う。ただなんとなく、会っておかないといけない気がするのと、この機会を逃すと次いつ会えるかわからないので、こうして足繁くお盆に通うといったところなのだ。
その微妙な気持ちが伝わったのか伝わらなかったのかわからないが、その男性は少しキョトンとした面持ちに変わっていた。そうかと思ったらまた微笑みに変わり、「そういうことなら会っておいた方がいいね」と、やはり穏やかにそう語ってくれた。
こんな多少の目の動きで、少ない言葉の情報で、私のちょっとした
『 次は 宇都宮 』
「自分はここでおります。楽しい時間をありがとう」
「あ、いえいえ。私こそ荷物あげてくれたり、お話してくれたり、ありがとうございました」
私は立ち上がり、少し
この私の乗った電車は少しの時間をおいて宇都宮駅を出発する。改めて車内を見渡すと半分くらいの乗客が降りたようで、ここから黒磯までの道のりは少し寂しさを感じさせた。先ほどまで夢中で会話していた自分が嘘のように無口になり、手持ち無沙汰となった私はポケットからスマートフォンを取り出し、時間や路線図、各種連絡アプリのチェックなどをしようとした。祖母の家から地元に帰る際、先程の男性が降りた宇都宮で少し散策するのも悪くないと思い、宇都宮駅周辺の観光地、特産品や名物、そしてこの夏休みのお盆となにかイベントなどあるのかと、残りの列車の時間で調べることにした。
宇都宮餃子や焼きそばなどはもともと知っていたけど、観光地と呼べるものは意外と駅から遠いので、今回はグルメスポットだけ行こうと考えた。でも他にもなにかお祭りなどやってないかなと思ってイベント情報を見ていたら、ひとつの情報に目が止まった。なぜかわからないけれど、普段だったらそんなところに目も行くはずもなかったのだが、その情報のサムネイルに、異様なほど目を惹く顔が写っていたからだ。
私の背中に戦慄が走り、一瞬頭がボゥっと白くなるような感覚に陥った。
『国立医療センター教授『
とあるお医者さんによるセミナーとシンポジウムのお知らせという記事だった。夏休みということで、高校生から大人まで参加でき、主に医学生との意見交換会とのイベントだった。私は足先からゾクゾクとした震えを感じた。これが武者震いというやつなのか。
そう、そのサムネイルに写っていた男性こそ、先ほどまで私のつまらない話に付き合ってくれ、自らの家庭の事情をどこぞの知らない小娘に朗らかに話していた男性。それこそがこの『中条直樹』先生だった。私は冷や汗が止まらず、気づいたらくしゃみをしていた。このがらんとした電車のクーラーが、私の汗を瞬時に飛ばし、急激な気化熱で風邪をひきそうなくらいの寒気が襲った。
私は前のめりになっていることも気づかず、この記事をくまなく読んだ。どうやらあの男性は宇都宮に降り立ってからしばらく過ごすのか、開催日は三日後だった。それから二日間の開催らしい。参加費は無料。身分証明書があれば誰でも見学はでき、アンケートに答えればシンポジウムにも参加できるとのこと。私はすぐにショルダーバッグから財布を取り出し、学生証の確認をした。よかった、あった。思い切り深いため息だっただろうか、強い安堵に身体を背もたれにあずけ、少し天井を見上げた。
ひらひらとクーラーの風になびく中吊り広告を眺めながら考えた。
ゲノム医療?先進……医学?
まったく今まで興味のなかった、いや、興味?もうそんなことすら思うこともないまったく縁など感じなかった分野のイベントに、なぜ私はこうも強く惹きつけられたのだろう?なぜ?私のこれから将来になにか影響があるの?必要なこと……?
『 次は 終点 黒磯 』
私は胸にモヤを抱えながら、一路、祖母の家へと向かった。
まるで鏡に太陽を反射させたような地面からの光線が、駅を出る前から肌に刺さってくるようだった。埼玉の家から北へ向かえば少しは涼しくなるのかと思ったら大間違いだった。むしろ地元よりも蒸し暑いのかもしれない。黒磯駅に迎えにきてくれた叔母は変わらず朗らかで、ありがたいことにアイスを買っておいてくれたので、かちんかちんに凍りついた小豆味のアイスに貪りついた。
祖母の家へはすぐに着き、叔父や祖母も出迎えてくれた。皆元気でいたようで、私もほっとした。必ず用意されている田舎料理の数々に私は舌鼓を打ち、これでもかという物量にも私は立ち向かった。結果惨敗したのだが、祖母と叔母はなにやら勝ち誇ったような笑顔を腹一杯になってゴロンと転がってしまった私に向けるので、天井を仰ぎながらきゃっきゃと笑った。
しばらく田園から吹き寄せる風に吹かれていたら、叔母が「そろそろいこっか」と言ってくれたので、私を伴ってある場所へと向かった。叔母たちはもう何度も行っているだろうに、わざわざ私がきたことによって新しい線香をいくつも持ち、花を買い直して、大きいミニバンに乗り込んで出発した。
現地に着くと、お盆特有の線香と湿った土の香りが鼻腔をくすぐった。私は昔からこの匂いが苦手だったのだが、この田舎の影を落とした墓場は嫌いではなかった。ひととおり儀式を終え、私が拝む番になる。毎年のことなのだけど、この隙に叔母たちみんな、『わたしたち』のそばからすっと消え去るのだった。何分くらいそうしていたのだろうか、しばらくして私は、もうすでに車に引き上げていた叔母たちの元へと向かった。遠くからでもわかる。叔母の啜り泣く声がこれもまたいつものように聞こえる。私は無言で車の横に立ち、車のドアを開けてもらい、その啜り泣く叔母の横に座り、叔母の手をとる。私の手の甲に叔母の涙が
祖母の家へ帰り、縁側の廊下で私は夕涼みをしていたら、祖母がいつのまにか私の横に座布団をしいて座っていた。
「今年もくるのかね」
「うん。きっとね」
私はそう答えた。このまま夜までそうして過ごすのが私のいつものことだった。
やがて遠き山の
もう何時間こうしているのだろうか、とっくに日は暮れ、遠くの街灯がぽつりぽつりと照らされてはいるが、暗闇の底にあるのはただただ深い
私はそろそろかと思い、縁側にあったサンダルに足をつっかけ、一歩ずつその暗闇の中へと踏み込んでいった。庭の中央にあるザクザクとした粒の大きい砂地を抜け、さらに進むと庭の端にあたる草むらへと足はぶつかった。私は構わずそのまま歩みをすすめ、ついには祖母の家を沿うように走る小川の土手へと出た。そこから少し降っていき、最近刈り取られたであろう草むらの跡は、サクサクとした心地よい音が、踏みしめながら歩くたびに耳に響き渡った。
この高野川から続く小川は、田んぼにいきわたるよう設計された人造の河川で、もうはるか昔に作られた用水路。この周辺で田畑を営む農家にとってはなくてはならない川だ。小川とはいっても深さはそれなりにあり、強い雨の増水時にはこの土手を溢れさせようとするほど急流になることもある。今は穏やかなこの流れも、ひとたび姿を変えれば、自然の脅威を思い知らせるものであった。
「みさきちゃん」
私の名前を呼ぶその声。いや、かすかな音に近いのかもしれない。
「そうすけくん」
私はその声に応えた。一年ぶりの再会に私はいつも戸惑う。
「今年も、来てくれたんだ」
「うん、もちろん」
私はその姿をだんだんと目に映らせていった。少し視界がぼやけ、私はハンカチで目をおさえた。
「元気だった?」
「私はずっと元気だよ。おばあちゃんとおばちゃんたちも元気だよ」
「そっか」
そのうち私の目は暗闇に慣れてきて、蒼介くんの姿がはっきりと私の網膜に映し出された。いつもと変わらない蒼介くんの姿。あの時と変わらない、あの時のままの姿。私だけ成長し、少しずつ大人びていく姿に、会うたびに蒼介くんは羨ましがるような態度をとる。
この日、この瞬間、たったほんの数秒だけ、毎年この場所に来てくれる蒼介くんとの会話は、本当にごくわずかな私の幸せな時間だった。たった一秒でもいい。蒼介くんに会いたい。そう思ってここへ初めて来たのは何年前だったかな。私の前に現れてくれる蒼介くんは、いつも朗らかで、優しい笑顔だった。あの時と変わらない、やんちゃで元気な笑顔の彼の表情は、今年も変わらないでいてくれた。
あの日、私はどうしてなにもできなかったのだろう。こうして毎年ここへ来るたびに強烈な後悔に心を押しつぶされそうになる。胸の中にある蒼介くんのぬくもり、頭の中に響く蒼介くんの声。それらが年々、私の中から薄れてゆく。毎年ここへ向かう時、忘れてしまいそうになる私は、わずかに残された蒼介くんの写真を見て、思い出そうと、心に刻もうとするけれど、そんな儚い音なんかすぐに私の脳裏から消え去っていってしまう。
聞きたい
蒼介くん、あなたの声を聞きたい
あの優しく微笑んでくれる無邪気な顔をもう一度見せて
あなたの声の記憶が、ただの無機質な音へと変わっていってしまうのが、とても怖い
私は小川の草むらに突っ伏してしまい
そのまま涙に崩れてしまう
嗚咽が響き渡り
周囲の喧騒すらもかき消すほどに
私は誰もいないこの河原で
あの頃の子供のように泣き叫んだ
そうしてしばらくしたらそっと私の肩を抱き、そのまま祖母の家に着くまでゆっくり一緒に歩いてくれる叔母が、私と一緒にすすり泣いていた。
「もう帰るんけ」
「うん、帰りに寄るところができたんだ」
叔父が宅配便を手配してくれて、四泊の予定の私の荷物を埼玉の実家へ送ってくれた。私は少しの手荷物とたっぷりいただいたお小遣いを手に、宇都宮へと向かった。
初めて降り立つ土地に私はまた微かな震えがきた。期待と不安が入り混じる不思議な感覚だった。それでも初めて自分の意思で大きな行動をすることに、ほんの少し大人になった気がした。
無敵感に溢れた私は、駅前からスマートフォンの地図アプリをもとに、電車で会話してくれたあの男性『
会場のビルに辿り着き、中へと入るとすぐに受付の文字が見えたので、私は財布から身分証である学生証を取り出しながらそこへ向かった。
係の女性から好奇の視線を向けられたので、経緯を説明した。中条先生と電車で語り合ったことは除き、ちょうど祖母の田舎へいった帰りに宇都宮での散策目的でこのイベントを知ったことを話したら、こんな若い高校生が興味を持ってくれたことに非常に感激していたようだった。
少しの後ろめたさを覚えながらも受付を終えた私は、会場に入って一番後ろの席へ座った。壇上のモニターに電源がはいり、中条先生が袖の扉から姿を現した。壇上に上がってすぐに一言、中条先生が自己紹介をする。間違いない、宇都宮線で語りかけてくれた、あの落ち着いた声の優しい笑顔がそこにはあった。
あの時と唯一違うのは中条先生がメガネをかけていたことだった。縁無しのレンズが照明に反射し、より穏やかな笑顔が輝いて見えた。
一瞬こちらへ視線が飛び込んできた。先生はほんのコンマ数秒動きが止まったかのように見えたが、すぐに手元の資料に視線は変わった。
正直セミナーの内容はさっぱりのちんぷんかんぷんではあったが、何も知らない私の白いキャンバスには、確実になにかが濃く染まっていくのがわかった。
このイベントセミナーは二部構成で、第一部のセミナーのあと、少し休憩を挟んだのち、別室の中会議場へと移動して第二部が始まった。
私はまた一番はじの席へ座り、相変わらず内容を理解できずにいたが、真剣に資料を読み、さまざまに意見が交わされるのを手帳に必死に記していった。
そのうち私はこのセミナーとシンポジウムの目的と内容を
「そこの彼女」
急に空気が変わり、周囲の視線が私へと注がれるのがわかった。私の血液は頭からどっさりと下へ流れ、手は冷たく
青ざめた顔に口を開けっぱなしの私に向かって中条先生は改めて「そうです、あなた」と手のひらを向けていった。
「お名前は?」
あの時と同じように、目を細めながら、穏やかな笑顔と共に私に語りかけてくれた。
「は……はい!
裏返った声を発しながら立ち上がってお辞儀をした。その姿をみた大学生や他の参加した医師の大人たちがどっと笑った。いや私は爪痕を残しにきたんじゃない。冷や汗が背中を伝った。
「緊張しなくてもいいよ。君は……いや、神薙美咲くん。あなたは高校生なんだってね」
「は、はい!こんな若輩者がこのような場所で……あの」
「あはは、肩の力をぬいて。嬉しいよ、こんなに若い方が興味を持ってくれることにね」
どうだいみなさん、と賛同を募る中条先生にみな笑顔で頷き返していた。なぜ私がこんなスポットライトを浴びなければならないのかと、照らされてもいない光を一身に受けながら考えた。
「神薙くん、ざっくりでいいよ。このセミナーをどう思いましたか?」
ざっくりとした質問が私に飛び込んできた。ざっくりと答えることすら分からず、私は一瞬立ち尽くしたがすぐに思い直したのち、中条先生の強い眼差しに視線を返し、応えた。
「私は正直今日の内容はさっぱりです。申し訳ございません」
中条先生は首を振り、他の参加者も次の言葉を待った。
「ですが、私は希望を持つことができたような気がします。幼い命をどうやったら救えたのか。私はずっとこのことを考え続けてしまい、いままで眠れない日々がありました」
こんなことを話す私のために、こんなに時間をとらせてしまうのに少し申し訳なく思いつつ、私は続けた。
「どうやったら命を救えるのか、どうやったらトラウマを克服できるのか、先生のお話を聴いて、それが少しわかった気がします。どのように治すのかがわかったのではなく、今日お聞きした内容にとても未来を感じました。私にはまだ全然わかりませんが、この道に進めるものなら、ぜひ積極的に取り組んでみたい、そう強く感じました。先生のセミナーに参加できてよかったです。ありがとうございました」
私は血が滲むくらい手を握りしめ、涙を堪えながら言葉を締め、お辞儀をした。よし、よく耐えたと自分を褒めたい。
先生や参加者から温かい拍手をもらい、私は着席した。その後も参加者たちと話を交わす中条先生の言葉に耳を傾け、言葉を一つ残らずもらさぬようノートをとり、脳に叩きつけていった。
会が終わり、中条先生と直接話せる時間をもらうことができた。そこで先生は改めて身分を紹介してくださり、名刺を頂戴した。連絡先の交換も済ませ、またイベントがある時には招待してくれるとの言葉をいただいた。
私にとってまだまだ遠き道ではあるものの、見果てぬ夢に立ち向かっていこうと思うことができた。
会場を出たらすでに空は朱に染まっていて、私はふっと一息かるくため息をつき、張り詰めていた緊張の糸をほぐした。
蒼介くん、私はきっとあなたを忘れてしまうけど、私が前を向くことを許してほしい。
いつかまた、あなたに会える日を願って。