降谷くんは私の要望に従って、すぐに活動を開始してくれた。
すなわち、喫茶アルバイター安室透の誕生である。
私は千里眼でそれをまじまじと見つつ、様子を確認していた。
降谷くんは同僚の梓という女性に色々教わりつつ、慎重に出方を伺っているようだ。
この店は毛利探偵事務所の直下にある純喫茶で、隠れた名店と評判らしい。
特にマスターの入れた香り高いコーヒーが通の間で話題だとか。
間も無く、幸運なことに上の階から目標がやってきた。
頻繁に朝食のために利用すると聞いていたが、初日に出会えるとは思っていなかったのだろう。
降谷くんの表情が少しだけ緩む。
降谷くん、鬼ほど忙しいのに負担をかけてしまったからな。
忙しさが緩和されるのは素直に嬉しいのだろう。
すまんな……この返礼は魔術でもって存分に返そう。
というかうおっ、まぶしっ。
音響閃光弾並みに輝くコナンくんに、たまらず素早くサングラスをかける。
私の千里眼対応特製サングラスだ。
降谷くんから念話が入る。
『あれが君の言っていた子供か?一見普通の子供に見えるが……』
『私の視界を見せよう』
私が千里眼の視界を切り取って降谷くんに転写する。
令呪の基本的な機能の一つ、視覚の共有だ。
もちろん千里眼の視界なんて普通に共有したら脳がボンッてなるので、そこは念入りに調整して。
ナザレの親友が「こっちの調整ミスってない?これだとあの人目を回しちゃうよ」と指摘してくれる。
おっと。流石親友。修正修正と。
親友が「気をつけること!力を振るう時注意を払わぬものが力を持つ資格はない!」と私に説教した。
うす……すんませんでした……。
瞬時にとろ、と降谷くんの目が溶けた。
ドス黒い欲望にハイライトが消える。
『………下校途中を狙って、一人になったところをクロロフォルムを嗅がせる。改装したマンションの高層階に放り込んで、カメラは32台。それで』
『すっと犯罪計画出てくるの怖いよ…』
『はっ。俺は何を』
混乱した様子で降谷くんは頭を振った。
流されすぎである。私と違って人間はダイレクトに欲望を受信する生き物ではあるけれど。
『ともかくそんなわけだ。価値が服着て歩いてるみたいな存在が野生で出現した理由を知りたい』
『……気を引き締め直すとしよう。あれが尋常な生物とは思えない』
まあそれは、疑問な点ではあるんだよな。
説明は難しいが、あれは人の輝きの具現のようなものだ。
現在から未来に至る人類が出す、その善きものの光。
それが先取りしてまとめて漏れ出ているのだ。
未来に向かって開いた陥穽、一種の予想図のようなもの。
なぜそんなものを一個人が担うことになったのか。
最近急速に現実世界の時間が歪曲しているが、それと何か関係があるのだろうか。
ちょうど昼寝から起きたら諸伏くんが、私のサングラスを見てパチクリと瞬いた。
「なんだそれ?」
「現世にすごい眩しい人がいて…目が眩むからかけるようにしてるんだ」
「そんな物理的に発光してる人間が…!?!?」
面白ピカピカ人間が想定されているようだ。
それは違うんじゃが。
彼の名は江戸川コナン。
すなわち主人公であり、知名度で他の追随を許さぬ少年探偵である。
ともかく視界を戻そう、と思ったら諸伏くんが、
「俺も見たい」と子犬のような顔で私に頼み込んだ。
うっ、この甘え上手の年下感。
人類なんてみんな生きてるだけで私の年下だけど!
そこで空中に映像を出力。
カルデア式SF通信方式だ。
私の千里眼に繋いでいるが、その一部を切り取って一般的な映像化しているのだ。
私の千里眼はただ見えるだけではないから、単に切り取っただけでは映像にはできないからな。
大映しとなった降谷くんが画面の中で愛想よく笑って、毛利探偵に声をかけている。
『初めまして。安室透です。ええ、僕も実は探偵をやっておりまして』
『ふぅん?で、実入りが少なくてバイトを兼業してるわけか』
『もう、お父さん!』
『あはは、お恥ずかしながらその通りです。そこで先達のご意見をお伺いしたいのですが、毛利さんもこの上で開業されている探偵ですよね?』
おお、同業者としてお近づきになる計画らしい。
蘭ちゃんが代わりに肩をすくめて答えた。
『でも探偵事務所、全然お客さんが来なくって。時々収入があったら競馬でスっちゃうし』
『それなのにお子さんを預かったんですね』
『だって行くところもないみたいだし、阿笠博士から頼まれたもの。どこにも帰る場所がないのは悲しいわ』
ね、コナンくん、と屈託ない笑みで蘭ちゃんが微笑みかける。
ポッと頬を染めたコナンくんが恥ずかしさに顔を背ける。
うーむ、青春だねぇ。
『なるほど、そういう事情だったんですね』
『わかったら諦めな。こういうのは足が全てなんだよ!』
『それでは、その、ご相談でもあるのですが』
悔しそうというか申し訳なさそうに作った顔。
迫真の演技で、降谷くんが頭を下げた。
『僕の依頼を一緒に解決していただけないでしょうか』
『はぁ?』
『僕は依頼は回していただけているのですが、どうも僕の実力不足で達成率がどうも。そこで依頼自体が不足している毛利探偵の力をお借りできれば、万事うまく解決するのではないかと思いまして!』
「もちろん依頼料はほとんどお渡しいたします!僕も勉強料だと思いますので!」と降谷くんは畳み掛けた。
毛利探偵は胡乱な顔だ。
コナンくんは渡りに船と言った顔で目をキラキラさせている。
そして「お兄さんはどんな事件を今抱えてるの?」と質問してきた
『これ。とある男性を三日間尾行してくれという依頼で、奇妙なことに報酬が50万円と超高額に設定されていてね』
『妙だね。何を解明してくれとかは言われてないの?』
『ない。ただ尾行しろとだけだよ』
へぇ、とコナンくんの声が一段低くなる。
隠せてないぞ小学生探偵。
蘭ちゃんが花を飛ばしてうんうん頷いた。
『よかったじゃないお父さん!これならお父さんのビール代も賄えるようになるし!』
『そうだなぁ、まあやってみるのも悪くねーか。おほん!安室くん!俺の手順を見てしっかり精進するように!』
『はい、毛利先生!』
収まるべきところに収まったということらしい。
降谷さんは実に爽やかなキャラを被って「これをどうぞ、僕からのサービスです」と料理を三人に提供した。
作ってあった特製パフェだ。
降谷くんもなんでも作れるもんなぁ。
ちょいちょい、と毛利探偵が降谷くんに囁いた。
『ところで、何と兼業してるのか知らんがその手の筋からの依頼なら早めに手を引けよ』
『!あ、あのご心配されているようなことはありませんので!単に僕の知人を介しての依頼でして!』
『そうかよ』
どうやら夜の仕事でできた悪い友達から流れた仕事だと思われたらしい。
まあその説は否めねぇからな。
単にバーボンの面の顔として引き受けてる仕事だし。
一家がパフェを堪能してから、後日話を合わせる約束をして出ていく。
完全に二階へ上がったことを確認してから、降谷さんは洗い物を終えてから外の掃き掃除がてら一人になる。
再び念話が入った。
『電話のつもりでつい一人になってしまった。べつに念話は一人にならなくても問題ないのに』
『お茶目な降谷くん。諸伏くんにチクってやろう』
『やめてくれ』
降谷くんは咳払いしてから、そのまますうと目を細めた。
『調査を終えた後、あの子供をどうする気だ』
『世界にとって有害ならその原因の除去と治療。あの子自身が危険なら庇護、かな』
『排除はしないのか、優しいな』
『まだ幼い子供の排除がまず真っ先に出る警察機構って問題があると思う』
降谷くんはぐうの音も出なかったのか沈黙した。
私はそれから、ちょっとだけ声を小さくした。
『私にも責任はあるから、気にはしてるんだ』
『どういう意味だ?』
『今よりも公安が穏やかな組織である可能性があった。全く別の日本が成り立つ可能性があった。そんな未来を、私が個人的に剪定した』
この世に人理はない。
だがあえていうならこの世界の人理とは私のことである。
私は巧妙に角が生えないよう努力して、人類を導く。
ごくごく個人的な判断によって。
降谷くんはふんと息をついて呆れたようなポーズをとった。
『そんなの普通の人類社会だってそうだろう。個人的な判断で世界を動かしているのが指導者というものだ。実に人間的じゃないか』
『でも不健康じゃないかい?』
『ひとまず、君の判断に不満はないな。人口は増え、小さな諍いはあるが戦争はない。今いる公安も、僕の忠誠を捧げるに相応しい組織だ』
最後はちょっと疑問が残るが、まあ大体OKということらしい。
私はちょっとだけ隠れてニコニコしたのだった。
・角
油断すると生えそうになるから、生活を改めてからやすりで削ってキャンセルしてる。
人理のないこの世界で獣になるとどう扱われるかは謎。
・人理
無い。決まった未来に剪定するというシステム自体がない。
その割に未来は固定的。マーリンが剪定してるから。
その姿は人類史を使った盆栽に似る。