降谷は花畑に水をやりながら、むすっと物思いにふけっていた。
色とりどりの花が地平線まで咲き誇り、幻想的な美しさに心が緩む。
心地よい気候は無心で水やりをするだけで思考に浸れるほどだ。
もう一人の水やり係、諸伏景光がパタパタと走ってくる。
「おーいゼロ、そこまで手伝ってくれなくていいって!起きたら仕事だろ!?」
「僕が気分転換したかったんだ。しかしすごい景色だな。あらゆる季節の花が常に咲いている」
「たしかに、絶景だよな」
春の日差しは暖かく麗らか。
だが実際には濃密なオドが侵入者の肺を溶かし尽くす死の花畑。
降谷達がそこにおいて無事なのは、あらかじめマーリンが魔術をかけていてくれるからだ。
降谷は難しい顔をしてジャッと無限に出るジョウロを傾けた。
水を浴びた花が踊っている。文字通り。
「あいつ、やっぱり僕たちにまだ心を開いてないよな」
「だと思う」
うんうんと諸伏が同意する。
マーリンについてわかっていることは意外と少ない。
彼は飄々としてわかりづらいが、意外と小心者で臆病な人となりをしている。
これだけ長くいればだんだんと馴染んできたが、今でも急に話しかけるとビクッとする。
彼は何者にも心を許していない。
それは迫害の日々があったからだろうか。
諸伏がうーんと腕を組んだ。
「絶対なんかあったんだよ。人間嫌いになるイベントが。もう想像だけで十個ぐらい出てくるし」
「それはまあ、定番のネタではあるが」
「俺が日記見るのもダメって言うし」
「それはマーリンじゃなくともダメというだろう」
「でもブログでネカマはしてるって言ってた!」
「そういう問題じゃ、……いやマジか。そのレベルの秘密を教えてもらったのか」
言葉を飲み込むまでちょっと時間を要した。
ネカマ?マーリンが?
いや、夢魔は男にも女にも変化できるとは聞くが。
「マギ⭐︎マリって言ってた。ネットアイドルなんだってさ」
「やや宇宙が見えたんだが。まさか商業活動してないよな?」
「暇人だしそういうこともあるかと思ってそっとしといたんだ」
諸伏の言葉に、降谷はちょっと後で検索しようと心に決めた。
グッズ展開したら多少お布施してもいいかもしれない。
降谷はぐっと肩に力を込めた。
「ともかく、あの心は開いてないくせにネカマ開示はするトンチキ夢魔を、なんとか解きほぐしたい」
「難しくないか?俺たちと生きた年数が違うし、300年は一緒にいないと人柄なんてわからないよ派かもしれないし」
「それは確かに。だが以前ナザレの救世主を親友と呼んでいたから、人間の寿命でも仲良くは成れるはずだ」
「そのレベルの人徳者じゃないと心開かないの実質詰みじゃないか?」
「そうとも言う」
議論が煮詰まったようだ。
諸伏がどこにもつながっていないホースから水を撒きながら言った。
「ともかく積極的に絡んでいこう。俺たちのノリは嫌いじゃなさそうだったし。酒に付き合うのはどうだろう?」
「あの飲み方に付き合ったら僕らが先に廃人になるぞ。あの悪魔の飲み物をかっぱかっぱ空けてたし」
「難しいな……」
「こんな場所によって1500年も一人きりで、ただ歴史を導き続けるのはどんな気分なんだろうな」と。
諸伏の言葉が耳を撫でる。
降谷は俯いた。
風は柔らかく、揺らぐ髪が擽ったい。
「ここは美しいが、変化がない。塔も、りんごの園も、いつ見ても同じ顔だ」
「そうだな。案外寂しがり屋だし、この牙城を崩すには腰を据えてやるしかなさそうだ」
塔に戻ると、マーリンは作業中だった。
本を綴っているようで、大量の本が一斉に自動で動くペンで書き込まれていく。
壮観な景色に降谷は目を見開いた。
「まるでハリーポッターの世界観だな。何を書いてるんだ?」
「各国の歴史と動向。私の介入でどう変わったか記録をつけてるんだ」
「もしかして、上の書庫の本は全てそうなのか?」
上の書庫は空間が歪曲していて複雑な地形になっている。
降谷もあまり立ち入らない。
下手に入ると迷って出てこられなくなってしまうからだ。
マーリンは顔を上げて本棚を撫でた。
「私が個人的に収集した本もあるよ。ただ、ほとんどはこれと同じ私の覚書だね」
「すごい歴史的価値だ。世の学問がひっくり返るだろうに」
「ははは。人は人の視点で歴史を紡ぐべきで、僕の見た片面的な真実は必要ないさ」
「前に迷い込んだ学者さんが貪る勢いで読んでたけど」と懐かしそうな顔でマーリンが微笑む。
前にも迷い込んだ人間がいたらしい。
「そういや、降谷くんは明日から旅行だったね」
「旅行というか、仕事だな。伊豆沖の月影島というところに行くんだ」
「へー、ゼロ、なんかおいしい伊豆土産頼む」
「仕事だって言ってるだろ」
意味深な手紙と高額な前払い依頼料が毛利探偵のところに届いたのだ。
ここのところ降谷とコナンの活躍により毛利小五郎の名が売れていたから、そこまで変な話でもない。
つまらない仕事だが、楽しみがないわけでもない。
降谷は少しだけ頬を緩めた。
「道中でコナンくんと自作暗号を持ち寄って解き合いすることにしたんだ。結構自信作だし僕の方が持つと思うから応援しててくれ」
「ゼロ、その子供と仲良いんだな」
「あれは見込みがある。多少出過ぎる癖はあるが、我が公安で叩き直せば十分今でも即戦力だ」
降谷としては将来的に公安に来てもらうのが適切だと固く信じている。
間違っても他国に取られることがあってはいけない。
妖怪のようにふらふらする生き方は彼のスペックを思えばあまりに勿体無いだろう。
世捨て人になるのは500年後でいいので、今は日本のために力を振るうべきだと確信していた。
うむ。間違いない。
マーリンが両手で顔を覆って「降谷くんの背後に旭日旗が見える……センシティブだ……」と嘆いている。
ただの日本軍の旗の何がどうセンシティブだというのか。
というか降谷は軍属ではない。
ともかく、とマーリンがゴソゴソと何かを取り出してこちらへと歩み寄る。
「そういえば私の最新作がそろそろ出来上がりそうだからもらって欲しいんだけど」
「構わないが……いいのか?」
「もちろん。ほら、諸伏くんもどうぞ」
マーリンは手芸が趣味だ。
というか、このアヴァロンから動かずに一人でできる趣味はあらかたやり尽くしたということらしい。
特に手芸はロングランで、最近ではプロ顔負けの洋裁に凝っているのだとか。
紙袋を押し付けられ、降谷はそっと中を除いた。
「降谷くんには上下一式春用コーデ。安室も着られる爽やか風かつタグ付きのため着てすぐそのままクリーニングにも出せる」
「助かる!安室のキャラクターだと服はいくらあっても足りないからな」
渡された服は白と青味がかったグレーが基調で、清潔そうな印象を受けた。
合わせるスニーカーもついている。
靴まで手作りらしく、靴裏が特徴的なりんごのマークになっていた。
「靴には疲労軽減が付いてるから、足に合うなら任務に履いて行っても楽かも」
「!!助かる。というかこれ単体で何足か欲しいな」
「承った。服は寒暖差が激しい時期用に温度調節できて、指向制御平面による軽い防弾効果があるよ!」
「服という概念を超えてきはじめてるが」
降谷はそっと服をしまった。
ありがたく使うが、クタクタになったら捨てるというわけにもいかなくなったようだ。
「諸伏くんにはすぐに使えるスーツ類!髪型や体のケアを自動でしてくれる優れもの!何日風呂に入らなくても清潔だぞぅ!」
「ガイアが俺に過労死しろと囁いている」
「疲労軽減効果もついてて、多少寝れなくても平気だ!感覚も鋭敏にしてくれて、集中力のいる場面にどうぞ!」
「死ぬこともできない仕事ゾンビが生まれてしまった」
正直めちゃくちゃ欲しかったし諸伏からぶんどりたかったが、それは言わないでおいた。
後で降谷の分も作ってもらおう。
庁舎に缶詰の時に使うんだ。
そのように思って、降谷はニコニコしたのだった。
・アヴァロン
定期的に徳の高い人が迷い込む。
設計上、ある程度徳が高くないと弾かれる。
夢で聖人が語りかけたとも、さまざまな伝承の元となっている。
・マギ⭐︎マリ
人気のネットアイドル。
別にそんな設定ではないが漏れ出る発言から長命系人外キャラとしてコアな支持を得ている。