船のデッキで手すりに体重をかけながら、降谷は空を見上げて電話していた。
電話越しに風見の固い声が響く。
『例の作業完了しました。また、赤井秀一についても動向を引き続き調査中です』
「ご苦労。結果が出たら手順通りに』
『了解しました。降谷さんは……その、失礼しました。なんでもありません』
「?そうか。では頼んだ」
ぶつりと電話が途切れる。
相変わらず奥歯に物が挟まった言い方だった。
忠実で、謎を謎のまま、蟠りを蟠りのまま飲み込んでそれでも指示通りに完璧に行動する男ではあるので、降谷も重宝している。
だが、時折こんな調子で何かいいたげに口籠るのはなんとかしてほしい。
降谷とて物分かりの悪い方ではないのだから、多少口に出しても受け入れる度量はあると思っているわけだし。
これを機に、降谷は頼れる友人に聞いてみることにした。
『なあ、風見の様子が変なんだが、何か知ってるか?』
『うん?風見くんかい?』
マーリンののんびりとした声が脳内に入り込む。
念話の感覚にも慣れたものだ。
マーリンの視界は広すぎて頭が痛くなりそうだが、声だけならテレパシー感覚で便利に使える。
『ああ。ずーっと元気がないというか、覇気がないというか。もし激務で体調を崩しているなら心配なんだ』
『風見くんは見てなかったな。うーん、少し観察するかい?』
『……いや、いい。あいつも四六時中見られてちゃ心が休まらないだろうしな。僕が気を遣って確認していればいいだけだ。すまないな』
そんな会話を念話でしていると、コナンが後ろからトコトコとやってきたようだ。
小さな足音だ。体重もとても軽いのだろう。
降谷の隣に立ち、コナンは霧の立つ海を眺めた。
「誰と電話してたの?」
「仕事仲間。僕のね」
「へぇ、安室さん一緒に仕事する人いたんだ」
「そりゃ僕みたいなヘボ探偵が一人で仕事をこなしてたら大変だろう?」
「わざと僕に聞かせてたでしょ。嘘つき」
「君こそ。大嘘つきの小学生探偵君」
しばらく睨み合ってから、クスクスと笑う。
まあ、簡単な小手調べというわけだ。
コナンが肩をすくめて降谷を見上げた。
「安室さんが頻繁にいう友達ってさ、どんな人?」
降谷は突然の質問にきょとんとして首を傾げた。
「そんなに僕口に出してたかな」
「二言目には『僕の友達が言うには』だもん、相当仲良いのかと思ってたよ僕。さっき電話してた人がそうなの?」
「いや、違う人だよ」
降谷は少々気恥ずかしくなった。
諸伏は一番の親友だ。でも公安である以上、秘さなければならない。
松田たちも同じく親友だ。でも警察学校での友人である以上、やはり軽々には口に出せない。
そうするとどうしても、安室の友達として話しやすいのはマーリンだった。
名前を伏せて、夢のことだからと気軽に自慢できる友人。
どうも無意識に彼への言及が多くなってしまっていたらしい。
降谷は腕を組んでややそっぽを向いた。
「僕の友人は……まあ、ちょっと特殊な立場だから詳しく説明できないんだけど、って目を輝かせない!特殊って聞くとすぐ暴こうとするの良くないよ!」
「えへへ。最近ポアロで出してる評判のハーブティーも友人の考案って言ってたよね」
「そうだよ。ポアロで出すのにいいレシピはないか考えてたら、彼が教えてくれたんだ」
疲労回復、安眠、自律神経を整えるなどなどそれぞれ効果に応じてレシピを整えた形だ。
茶葉の器具はもともとポアロにあったし、ハーブも現実世界で仕入れられるものしか使っていない。
なんでも、手順と材料を簡易儀式に見立てた誰でもできる魔術の一種なのだとか。
それゆえか結構な効果なのか噂が噂を呼び、今度雑誌で取り上げられることになるとのこと。
安室はうまく顔出しせずに逃げ切るが、誰でもできるレシピなので今後ポアロの新たな名物になっていくことだろう。
降谷は服をビヨンと伸ばし、コナンに見せた。
「彼は多趣味でね、実は今着てる服、僕の友人に作ってもらったものだよ」
「え、そうなの!?」
コナンが目を見開いて目をぱちくりした。
「店売りだと思ってた。すごいね!」
「出来上がりを見て、こんなの手作りできるものなんだってちょっとびっくりしたよ」
「もしかして彼女?」
「違う違う、男だよ」
謎の邪推に降谷はパタパタと手を振った。
いや、確かに夢魔は男女どちらにでもなれるから女と言えなくもないのか。
でも彼女は違うからいいか。
コナンがややニヤッとして降谷にカマをかけるように笑いかける。
「僕も会いたいなぁ、その友人さんに」
「ちょっと特殊なところに住んでるから、会うのは難しいかなぁ」
「特殊なとこって?」
「んー、あえて言うなら夢の中かな」
「教える気がないならそう言ってよ」
「ごめんごめん」
ポコポコと怒ったコナンが口をへの字に曲げる。
後からやってきた蘭さんが「やっぱりコナンくん、安室さんと仲良いね」と笑いかけている。
久々に等速で会話できる相手だからだろうか。
将来が楽しみなのは間違いなかった。
己が出世した暁には我が公安警察に放り込んでしごき上げるのだ。
きっとトップエースになるに違いない。
降谷がうんうん頷くと、「なんか変なこと考えてるでしょ安室さん、僕悪寒がしたんだけど」と言われてしまった。
失敬な。
島に到着すると、まず向かったのは市役所であった。
しかしながら、依頼人の麻生圭二という人物はすでに12年前に死亡しているとのことで。
誰かが死亡した麻生という人物に成り代わって依頼してきたのは間違いない。
幸いにもこの島の村長は麻生圭二の友人らしく、話を聞くために公民館へと向かうことになった。
コナンたちの最後尾で、降谷はぼんやりと先ほどのことを思い返した。
『先ほどの成実という医師、僕に色目を使ってこなかったな』
美人ではあったが、新鮮な感じがして降谷はそわりとマーリンに報告した。
のんびりした口調で、マーリンは疑問符を浮かべながら返事をする
『???そりゃそうだろう。その彼は男色というわけでもないし、色目を使ったりしないんじゃないかい?』
『えっ、誰のことだ?』
『だから、成実という男性のことだよ。』
『!?!?!?!?』
降谷は肝を潰して思わず背後を二度見した。
いやいやいやいや、すごいクオリティの女性姿だな!?
美人女医属性に無意識のうちにそわっとしていた降谷は目を白黒させた。
ピンガよりクオリティ高い女装初めて見た!
『千里眼というのはそういうのもわかるものなのか?』
『あー、つまりだ。千里眼は透視の上位互換だからね』
『エッチじゃないか。エッチじゃないか。僕の裸も見たんだろ』
『やめてくれないか覗き魔みたいにいうのは!見えちゃうのは仕方ないだろうに!』
『盗撮犯の言い訳だ』
『いいだろう、諸伏くんには有る事無い事吹き込んでやろう。この間眠すぎてスマホと間違えて薄型目覚まし時計を庁舎に抱えてったこととか』
『全面的に僕が悪かった』
敗走してぐぬぬと降谷は歯軋りした。
こちらを振り返ったコナンくんが「綺麗な人だったね」と話しかけてくる。
同時に降谷のポケットから垂れたキーホルダーを見て、ぱちくりと目を瞬かせた。
「あれ、これ……特徴的なキーホルダーだね。ゲームのキャラ?」
「ああこれ。推しのアイドルのやつだよ」
コナンぎょっとして降谷の顔をまじまじと見た。
降谷の正気を疑っているような顔だ。
ちなみにこれはマギ⭐︎マリの公式のストラップで、女体化マーリンと言った見た目をしてたミニフィギュアがついている。
白を基調とした妖精のような姿に短いスカート、タイトな黒いタイツが目を惹きつける。
これは一番ノーマルなマギ⭐︎マリの姿らしい。
ほぼ下着みたいな水着姿もあれば、可愛い給仕姿もあるとのこと。
風見も無難なイメージカラー紋章の印刷されたストラップを持っていた。
降谷もこれには「おっ」と思ったものだ。
向こうも降谷がポケットから覗かせたこの限定キーホルダーを見つけたらしく、めちゃくちゃソワソワしていた。
別に話しかけてきてくれていいのに、咳払いして去っていってしまったから残念である。
話しかけてきてくれていいのに。
「あ、安室さんアイドルとか推してるんだー」
「その点、沖野ヨーコ推しの毛利探偵にはシンパシーを感じるなぁ。まああそこまで入れ込んではいないけどさ。それに、便利だろう?」
「便利?」
きょとんとコナンが首を傾げたので、降谷はキリリとキメ顔を作った。
「女性避け。この説明するだけで逃げてくんだ。とっても便利だよ」
「ははは…安室さん隠さなくなってきたよね、アクの強いとこ」
「君も顔立ちは整ってるから将来苦労しそうだね。鬱陶しいのを撒きたくなったら僕が教えるから、頼ってくれていいよ」
コナンくんは苦笑いしてとてててて、と先に行ってしまった。
どうも彼は蘭さんに恋しているようだからな。
身近で包容力のある年上女性はいいよな、僕も通った道だ、とかなんとか勝手なことを考えつつニコニコする。
さて、公民館にたどり着くとそこでは法事が行われている最中であった。
島民の3回忌らしい。
村長に話を聞けるようになるまで、しばらく待つ必要がありそうだ。
公民館の柱にもたれかかり、にや、と降谷はコナンに声をかけた。
「コナンくん、解けた?暗号」
「安室さんこそ」
挑戦的な瞳がかち合う。
いざ、尋常に勝負。
パッと暗号の裏に書いた答えを出し合うと、コナンくんの出した答えは正解だった。
敵もさることながら。降谷の出した答えも同じく、彼の表情からして正解だと察せられた。
降谷は劣勢と知りつつ二の太刀を振るった。
「互角か。念のため聞くけど僕はさっき船に乗ってる間に解いた。君は?」
「僕は昨日の夜」
「これは公平じゃない。社会人の夜の自由時間と小学生の夜の自由時間が同じなはずがない」
「往生際が悪いよ安室さん」
降谷は憮然として負けを認めなかった。
これは何かの間違いなので再戦を希望したいところである。
「おい、遊んでんじゃねーぞ!」と毛利探偵から注意が飛んだ。
二人してしおらしく反省したふりをしておく。
その時である。
ピアノソナタ第十四番、通常月光ソナタが流れ始めたのは。
コナンが走り出す。
一歩遅れて降谷も駆けた。
音の発生源は小さな公民館の一室。
巨大なグランドピアノにもたれかかるように、無惨な死体が放置されていたのだった。
・マギ⭐︎マリ展開状況
国産動画配信サイトで活動中のアイドル。
主に歌って踊る。意外と人気。
歴史教養がとんでもなく豊かで、おまけの歴史講座は専門家が「学会で会ったことがある気すらしてくる」と評判。
歴史書の読書はマーリンの趣味の一つである。
・マギ⭐︎マリ数量限定ミニフィギュアストラップ
ファンクラブで激しい抽選競争に勝ち抜かないと買えない幻のストラップ。
限定10個。
風見は外れて涙を飲んだ。
降谷はマーリンから直接もらった。