『降谷さん、東洋火薬の火薬庫からオクトーゲンが盗まれた件についてご報告します』
物陰に入り、降谷はスマホの向こう側に耳を澄ませた。
「犯人の足取りは掴めたか」
『それが…どうも間取りをよく知る人物の犯行なのか、カメラにも映っておらず』
「近隣の防犯カメラと車載カメラはどうだ」
『そちらは現在調査中です』
意外と犯人は用意周到らしい。
痕跡からたった一人で犯行を成し遂げたことはすでに分かっているとのこと。
単独犯というのは、いつだって厄介なものだ。
私は黙って彼らの会話を聞いていた。
「一課は連続放火事件で手が取られている。こちらは我々が捜査するのが固いだろう。理事官にはこちらから伝えておく」
『ありがとうございます、降谷さん』
降谷くんは大きく息をついて街角に身を隠すようにビルの影へと身を寄せた。
「それと、来月旧国立競技場であるマギ⭐︎マリのライブだが」
『!?!?!?!?!?!?』
「君に警備の指揮を任せようと思って、……なんだ急に。もしかしてチケットを取ってしまったか?」
『い、いえ。それは外れて……ではなく。警備ですか?』
「どうもかなりのVIPが集まるようだからな。テロが起きれば日本の信用に関わる」
『承知しました。それでは私は…っ、少し騒ぎがあったようです!外します!』
ぶつりと電話が途切れる。
後ほど状況報告があるだろうが、降谷くんがもどかしげに眉を顰めた。
私は場を繋ぐ目的で降谷くんに声をかけた。
『すまないね、降谷くん。私の趣味で仕事を増やしてしまって』
『かまわないさ。僕も思わぬ組織の動向が探れそうだし』
『アメリカからもプロテスタント……じゃなかった。聖書主義派の重鎮が来てくれる予定だよ。息するようにスパチャする人』
私はうっかり前世の呼称を出してしまい、慌てて口を噤んだ。
降谷くんが目ざとくそれを聞き返した。
『抗議者(プロテスタント)?初めて聞く単語だな』
『忘れておくれ。この世界にはない言い回しだから。ともかく、アメリカの聖書主義派とも交流があってね』
『本当に手広くやっているな。マーリンは各国の支配者にも接触したりしているんだよな』
「まあ……夢を介してね。こう言うのは一日にしてならずと言うか、バランスを取らなきゃいけないから』
教えが分裂して争い合うのはナザレの親友も望むところではないからな。
中世に入る少し前から、聖職者の腐敗を罰して回ったりしていた。
そのほか教皇権と王権の関係を整理したり、地方教会の自治を認めてもらえるよう進言したり。
一番宗教にテコ入れしてた時期がその頃だろう。
あの頃は神罰の代行者とも呼ばれて天使の一種として扱われていたものだ。
実は正教会に関しても、現在は西方礼典や東方礼典といった呼ばれ方でカトリック内の分派として存在している。
まあ詳しい話はいいだろう。
私の過労死物語になるだけだし。
降谷くんがうーんと伸びをした。いい天気だけだ。
『平和は一日にしてならずか。その通りだな。僕たちのほんの些細な注意の積み重ねが、明日の大日本の平和を守るんだ』
『そうだね』
なんか大日本って言われると急に物騒な気がしてくるが、至って普通の国名である。
少なくともこの世界にとっては。
別に降谷くんが極めて右寄りなわけではない。
元から右っぽい人ではあるけれど。
『コナン君を我が公安に引き入れられればもっといいんだがな』
『コナン君と随分仲良くなったね』
『彼とは出会って間もないが、馬が合うと言うか、会話のテンポにストレスがないんだ。優秀な男だよ』
私はやや咳払いしてから、わざとらしく厳かに声を落とした。
『ここで大事なお知らせです』
『急に改まった言い方をされると怖いんだが』
『降谷くんはコナン君と会ってからもう三年経ってます。仲良いはずだよ』
『!?!?!?』
降谷くんが仰天しているが、こっちとしては気づいていない方がおかしいと言うか。
まあ、千里眼の視点が故だろう。
『例のコナンくんを中心とした時空異常のことか!?』
『そうだよ。同じ一年を三年も繰り返してるんだけど気づいたかい?』
『気づいたら32歳になっていた……ショックだ……』
『いや、周囲の時空ごと固定されてるから29歳で大丈夫だよ。それと、アヴァロンも現実世界に同期してるから同じ時間を共有してるからご心配なく』
そうしないと諸伏くん達が浦島太郎になってしまうしな。
降谷くんは嫌そうに息をついた。
『コナン君、やってくれるな。僕の若い時期を無駄に奪って、許されない。これは損害賠償を請求できる』
『できるはずないよね???だから君の主観では29歳だってば』
『これは精神的な問題だ。代わりにコナン君はたくさんいじめてやろう』
『嫌われるよ大概にしないとー』
などと愉快な会話をしていると、降谷くんのスマホに電話があった。
安室用のスマホだ。表示名は毛利蘭。
降谷くんは特に気負わず電話に出た。
「どうしました?」
『安室さん大変なんです!コナンくんが爆弾を抱えて、爆発に巻き込まれて!今病院で!』
「な、んだって……」
『米花総合病院です!お願いです!』
「ッ、すぐ向かいます!」
要領を得ない話は焦っている証拠だろう。
だが爆弾のワードは降谷くんのかなりささくれ立たせたらしい。
般若の形相で降谷くんは拳を握りしめた。
『マーリン!』
『大丈夫、命は無事だよ。僕も保護の魔術をかけっぱなしにしているからね』
『………ッ』
そのまま荒っぽい運転で米花総合病院へと向かう。
病室に入ると、すでにコナンくんは目が覚めていたようで頭に包帯を巻いたままうんざりした顔をしていた。
もうすでに毛利探偵にこってり絞られた後らしい。
というか新しいタンコブができている。
ぶたれたのだろう。
あまりに形相が酷かったのか、ギョッとした顔で「安室さん!?」とコナンくんが体をのけぞらせた。
ずんずんとベッドの前まで来て、俯いて。
射殺すような眼光で、感情を押し殺した声で話し出す。
「何があった」
「え、ええと。堤無津川緑地公園で、子供達が不審な男に爆弾を乗せたラジコン飛行機を渡されたんだ。新一兄ちゃん宛に犯人から電話がかかってきたから僕はそれを知って、爆弾を回収したんだ」
「君の発見位置と違うようだが」
「堤無津川の爆弾を処理した後、犯人からまた電話がかかってきたから。次は米花駅だったけど、解体には時間が足りなかった。だから河川敷に走ったんだ。本当は空き地まで行こうと思ったんだけどね」
降谷くんは長い沈黙を挟んだ。
それから、ふう、と息をついて瞳を伏せた。
「君の判断は的確だ。この二つの爆弾において負傷者は君一人。誰の命を奪ってもおかしくなかったテロ行為を、君はたった一人で防いだ」
それから真っ直ぐに、懇願するようにコナンくんを見たようだ。
そこに親愛が故の心配を込めて、降谷くんは口を開いた。
「でも、心配ぐらいはさせてくれ。友人として」
「安室さん………」
コナンくんは一時言葉を失ったようだった。
それが心からの心配だと理解して、「ごめんなさい」と誠意を伴って頭を下げる。
もうしない、とは言わない。
同じ状況になればいつだって同じように命を張るだろうから、嘘はつけないから。
それを理解して降谷くんも僅かに微笑む。
「心臓が飛び出そうだったよ。ねぇ蘭さん」
「そうなんです!もうコナンくんったらいっつも心配ばっかりかけて!」
「ご、ごめんなさーい……」
「このガキが無茶ばっかりしてんのが悪ぃんだよ!安室君も褒めんじゃねぇ!教育に悪い!」
「す、すみませんでした…」
いつのまにか怒られる側に回った降谷くんは、コナンくんと同時にしょげたようだ。
仲良さそうで何よりである。
その後目暮警部も到着して、「安室君と毛利君!君たちにも力を借りたい!」といつもの流れに持ち込まれた。
珍しいのは白鳥警部補が同行していたことだろうか。
彼は最近配属されたキャリア組で、降谷くんの後輩にあたるだろう。
目暮警部が眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
「だが公安が動いているようでな、この件もそっちに吸収されるやもしれん」
「公安がですか?もしかして例の東洋火薬の件で」
「そうだ。そのオクトーゲンが使われておる可能性があるからな」
毛利探偵の言葉に目暮警部は頷いた。
その時、病室の扉が開く。
そこには、硬い面持ちの公安警察が数名と、それを取りまとめる風見くんの姿がある。
風見くんは陰湿そうにメガネをあげた。
「ええ。本件は我々公安が受け持ちます。これは命令ですので、ご理解を」
・プロテスタント
基督教の分裂がなかったため、各個の神学派としてのみ存在している。
一番大きいのは「東方礼典」と「西方礼典」で、これを含めた五つの教会による会議の議長みたいな役割が法王となる。
5教会にはそれなりに権威があって独立してるが、法王を尊重している
・マーリンの役割
法王の承認のほか、5教会会議の見届け役。
聖職者の腐敗が酷かった時期は脳内ナザレの人がずっとジメジメ泣いてたので直々に雷を落としてた。
天使タイプのマーリンが雷をもって聖職者を罰する絵画とかも多数残されている。