二人がやってきたのはアパートメントだ。
本当は降谷くんとしては和室が良かったらしいんだが、お手頃な物件でそんなものはなかったので、ここは洋室となっている。
ある程度立地が良くて、面倒な近所付き合いを気にしなくていいレベル帯の場所。
今のところ、降谷くんはここをメインの生活拠点としていた。
そのダイニングテーブルに腰掛けると、コナンくんは反対側へと浅く座った。
明らかに緊張して、すぐに逃げ出せるように動線を確保している。
降谷くんがすごくしおしおして、せっかくできた友人に疑われたことにショックをうけているようだった。
コナンくんとしてはまだ宮野志保に会わせるのは時期尚早と判断したらしい。
阿笠邸には入れてもらえなかった。
降谷くんがしょげかえったままちろ、と卑屈に視線を上げた。
「ええとね、何から説明しようか」
「まず、あなたが組織幹部バーボンだってのは間違いない?」
「それは、そうだね。間違いない。僕はバーボンの名前で活動している」
にたり、と反射で怪しい顔をする降谷くんである。
コナンくんが視線を強めているのもそのせいなのだが、全く哀れなものである。
条件反射だし仕方がないんだけど、救えない生態というべきかなんというか。
「公安には組織からスパイとして入り込んだの?」
「待って、普通そこで考えるのは僕が公安のNOCだという設定じゃないか?どうして僕を悪者にするんだ!僕らの仲だろう!」
「最悪の想定から潰していきたいタチだから。本当に?悪い奴の仲間じゃないんだよね」
「違う違う。祖国に誓っていい。僕は公安の潜入捜査員だ。というかこれ、本当は誰にも教えないことなんだよ?コナンくんだから特別に言ってるんだからね?」
「うん、わかってるよ安室さん」
にこりとコナンくんが表面上の笑顔を作った。
6割ぐらい信じてやってもいいの顔だが、やや力が抜けたのか降谷くんもほうと息をついた。
「じゃあ二つ目」
「まだあるのか」
「宮野明美さんについて、安室さんが殺したことに間違いない?」
「……いや、僕が殺したと言うか……その……」
言い淀んだのは、コナンくんにファンタジーについてどう説明しようか迷ったからだろう。
だが説明しないと始まらない。
降谷くんは悪い方向に腹を括った。
「ええと、君だから話すことなんだけど、これに関しては公安の直属の部下にしか話してないことで。いいかな」
「う、うん」
「僕には、魔法使いがついてる」
私は降谷くんが最悪の羽ばたき方をしたことをここで理解した。
そう、魔法慣れだ。
あとホワホワアヴァロンボケ。
前々から予兆はあったのだが、人柄のできた宮野さん、諸伏さん、そしてファンタジーの権化私に囲まれて、降谷くんは大切に保護されてきた。
日頃の潜入捜査員のストレスもあるだろうからとみんな気を遣った。
ストレスフリーで楽園を満喫しすぎたんだ。
今の降谷くんは言えばみんな信じてくれるものと思ってるし、魔法はあるし、夢と希望に溢れてる。
二年という楽園の歳月により、少年の心を取り戻してしまったのだ。
コナンくんは訝しげに眉間に皺を寄せた。
「何かの比喩?」
「いや。そのものずばりで。彼に頼んで、宮野さんには夢の国に一時避難してもらってるんだ」
「…………」
「だからしばらくは出られない。半年過ぎれば出れるようになるから、もう少し待っててくれないかな」
「………姉の死体を、妹の宮野志保は目撃してるみたいだけど」
「幻術だよ。あったほうが疑う人間が減るから、マーリンが出してくれたんだ」
どんどんコナンくんの顔が深刻になっていく。
やばい、見ていられない。
私は「わわわわわわわ」と口から垂れ流しながら塔の中を右往左往した。
「マーリンって誰」
「魔法使いだよ。僕の友人。前に話しただろう?」
私はここでたまらず降谷くんに声をかけた。
「降谷くん、降谷くん、大丈夫なのかいそれを言っても!?」
「え、コナンくんだし大丈夫だろ。ホームズも不可能を除外していったものなら、それがどんなに信じられないことでも云々と言ってたし」
「本当かな、なんか疑ってない???」
「でも彼なら鬼みたいに問い詰めてくるだろうに、全然言ってこないよ。信じてくれたんだって」
これどう言えばいいんだろ。アヴァロンボケ?
新しい症例だな……。
私は熊のようにうろうろした。
「そう、わかった」
「ごめんねコナンくん、ややこしいことに巻き込んじゃって」
「ううん。聞きたいんだけど、そのマーリンさんに会ったのはいつ?」
「二年前ぐらいかな。それがどうかしたかい?」
「……ううん。なんでもない」
いややっぱこれ絶対信じてくれてない奴だって。
あんまり良くないんだが、私は千里眼でコナンくんの思考にお邪魔することにした。
どうやら事前知識として、宮野志保さんに色々バーボンについて聞いていたらしい。
気狂いのバーボン、悪魔憑きと呼び称され、組織でも悪辣かつ残虐な所業を行うものとして名高い、と情報を得ていた。
まあ、気狂いに関しては私がいることを前提に喋るので現実派の方々からはそういう印象になることは当然である。
残虐な所業に関しては降谷くんと相談してあえてそのような幻を見せている形だ。
何せ謳い文句が悪魔だからな。
下手に不可思議な力を安売りすると降谷くん自身が危険だと判断した。
と、いうことでコナンくんの結論は。
……………。
おお、狂人降谷くんに寄り添う優しきコナンくん!
二年前を契機に何が強いショックを受けたことで精神のバランスを崩し、自らの所業を自覚できていない狂人と化してしまった哀れな潜入捜査官、ということになったらしい。
オーマイゴッド。
脳内ナザレの友人も目を覆ってる。
私は見なかったことにした。
今の段階で私にできることは何もない。
なるべく早く宮野明美さんを現実世界に帰せるように作業を進めるのみだ。
コナンくんをアヴァロンに招くなんて恐ろしいことできないからな。
彼に渦巻く歪みが暴発してアヴァロンが崩落したら泣くしかないし。
降谷くんは理解者が得られた喜びでニコニコしながらうんうん頷いた。
「ああそうだ、もう遅いし、今日はここに泊まるかい?」
「いいの?」
「どうせ寂しい夜だし、アヴァロンに行かなきゃ親友にも会えないし。寝るまでまだ時間もある。一緒にまったりしようよ」
「……わかった。蘭姉ちゃんに連絡するね」
いけない小学生が突然の朝帰り宣言メールをおくり、そのままスマホをしまう。
降谷くんがソファに案内して、そのままぽすりと深く腰掛けた。
「こうして誰かと宿をともにするのはいつぶりだろう。二年くらいかな」
「前は誰かと一緒に止まってたの?」
「うん。親友と時々ね。でも自決しちゃって。アヴァロンじゃないと会えなくなっちゃったんだ」
「…………」
「アヴァロンがあるからまた会える。無くさないでいられる。あそこは僕の理想郷だ。眠りは怖いものでも、辛いものでもなくなった」
「安室さん」
無くした人は還らない、とは言わなかった。
もうこれダメかもわからんね。
降谷くんは秘密を打ち明けてハイになってるのか、ずっとニコニコふわふわしている。
コナンくんは沈鬱に視線を下げた。
「美味しいもの、作るよ。用意してた食材しかないから豚丼しか作れないけど、ごめんね」
「ううん。ありがとう安室さん」
もうお前船降りろ、と心の中の船長が言い放った。
でも全部私のせいなんだよなぁ。
私は耐えきれずとりあえず屈伸運動をはじめた。
・アヴァロン
概念として「善きものである」という方向性は確かに存在している。
なのでここに入り浸ると「善きもの」という性質は移りはする。
だが無条件なものではないので、降谷零がアヴァロンボケしたのは本人の方向性というか、気の緩み方によるところが大きい。