ステージも進んで2回目のトークまでやってきた。
私は枯れそうな喉を張り上げて明るい声を出す。
「ここで素敵なお知らせ挟もう!ここ最近の配信で製造していたシードルについてだ!」
バン!と大写しにしてVTR形式で過去を振り返りつつ、私は可愛い感じの決めポーズを取る。
数秒に一回はこうしてキュルルンとしないといけないからアイドルは辛いんだよね。
脳内ナザレの親友も「可愛いよ!頑張ってるよ!」とうちわを振って盛り上げてくれる。
え……そのTシャツどうしたの君。
脳内親友だから自由自在って言っても限度がないか。
異常に「マギ♡マリこっち向いて」と手作りでプリントしてある雑Tシャツが目に映る。
「予告で注意したとおり、チケットは捨てて無いよね?チケット番号で行う抽選では、限定三本、私が瓶の製造から手作りの特製シードルをプレゼントだ!あ、未成年だった場合リンゴジュースになるがこちらも私手作り!逆にレアかもしれないね!」
わああああ、と歓声が耳を打つ。
うむうむ頷いてVTRを背景に悩ましい顔を作った。
「ほんっとーに大変だった。酒類製造免許を取るのは。新規参入制限もあるから場所も気をつけなきゃならなかったし、最低製造数量を上回れるように設備も整えた。あれはプロジェクトXになると思う」
私は適当なことを言いながら場を盛り上げるなどした。
私のシードル販売企画は動画サイトでもかなり人気の企画だった。
一年程度かかる税務署審査期間をダイジェストで配信したり。
気候の良い山の一角を購入。
そこを工場地としてアヴァロンと重ね合わせることで見渡す限りのリンゴ果樹園にしたり。
設備費だけで余裕で1000万超えたので私の通帳を久しぶりに見たら、倍ぐらいにサイレントで増えてたり。
今の私のあだ名は工場長だったりする。
ちなみに、取ったのは果実酒製造免許と甘味果実酒製造免許だけだ。
他も作ったことはあるが、ここ300年ほど林檎酒だけだからな。
他は必要になったら取れば良かろうの精神である。
「さて、酒に関する法律に詳しくなったみんなはご存知の通り、免許を取ったからには私は今後シードルを作り続ける定めにあるが……なんと!公式ホームページから購入できるようになります!ラベルは量産お手頃価格。プレミアム感はないけどちょっと味見したい人はどうぞ!」
ざわざわざわ、と会場が重いどよめきに包まれれる。
スマホで確認している人もいるようだ。
今まさに開通するように手配しておいたからな、急速に我先にと売れ始めているらしい。
自社ECサイトとかいう闇に手を出したのは、今後も私の制作物をここを通じて売っていこうと思ったからである。
比較的納期が短かったから頼んでたIT会社が爆発してしまったり色々あったが、なんとか形になった。
今後は貯まることを気にせず配信内で好きなだけ作りながらプレミア価格で売ることができるぜ!
先行販売していた彫金シリーズの指輪は激戦だった。
三つ限定で動画内で作っていた指輪を抽選形式で販売したのだが。
これには魔術的な意味が込められていて、ほんのり「今日いいことあったかも」ぐらいの幸運値上昇が見込めるようになっている。
ただそれだけだが、無いよりは寂しくないはずだ。
応募開始とともに登録が殺到。
一時非常に繋がりにくい状態になってしまった。
「ではそろそろ終わりも近づいて来たところで、新曲をお披露目しようかな。さぁて、いくよみんな!ミュージックスタートっ!」
わあっと歓声が上がる。
お、降谷くんがこっちを見て、申し訳程度に買ったらしい使い捨てペンライトをやる気なさげに片手で振っている。
もっと真面目に応援して。
ライトが落とされると同時に、魔術でくるっと衣装替え。
現実のアイドルはほんまに着替えてるので凄いと思う私である。
流れ出したパイプオルガンを基調とした重厚な音楽は現代のポップさとはかけ離れている。
私の曲は讃美歌をイメージしたものが多い。
スポンサーの要望もあるし、私自身歌いやすいからというのもある。
作詞作曲は私である。
音楽魔術は不得意だが、できないわけでも無い。
昔は教会の歌唱隊の歌を手がけていたこともあるし、この程度ならお茶の子さいさいだ。
次なる衣装はクラシックな歌姫姿、シックな装いがスポットライトに照らし出される。
「Olam Or 永遠の息吹が 私たちをつなぐ」
この曲に関して言えばヘブライ語混じりだがベースは日本語だ。
音楽魔術により聴く人の心に深く語りかけ、「何かすごいものを聞いた気がする」と人に思わせるこけおどし魔術。
意味の解釈は人それぞれ心の中にあるんじゃよ。ハート。
だが観客たちはしっとりと聞き入っているらしい。
私は精一杯華やかに、しとやかに、艶やかに大観衆の前で歌い上げたのだった。
それは神域の光景だった。
主が歌っている。聖人が踊っている。
舞うようにゆったりと踊る聖マーリンのうしろで、主が祈りのポーズで導きなる歌を歌い上げている。
吸う空気が痛いほどに神聖性を帯びていて、ビリビリと肺が痺れるようだ。
男は若い頃から聖書主義派の教会で育ってきた。
教育熱心な両親は幼少より男へ聖書の中身を叩き込んだ。
主の言葉をこそ読み解き実践すべし。
それは男の基礎となったし、今でもそれに間違いはないのだと確信している。
なにせ、この世には悪が蔓延っているからだ。
それは怪異の仕業であることが多かった。
怪異は人に取り憑き、悪行を誘導する。
成長した男はエクソシストとして若き日は活動していたし、それを年老いてま誇りに思っていた。
そんなある時である。
そのチャンネルを見つけたのは。
息子の恋人が見ているという軽薄な動画サイトには、現代によくある俗物に塗れていた。
だからあまり好きではなかったが、時代に乗り遅れるのも癪に触る。
それで嫌々確認していた時、偶然に目に入ったのは神のお導きと言えるだろう。
霊と悪魔とを見据える己の瞳が、眩いほどの光と神聖さを感じ取ったのだ。
古い絵画に霊視の心得のあるもののみに見えるように残された御姿にそっくりの、聖マーリン。
男は思わず二度見した。
そんなバカなことはあるまい、画面の輝度の関係だろうと目を擦ってよく見た。
その後光のように輝くのが………そんなまさか。
そんなことがありうるのか。
語る言葉は柔らかで、心に染み入る深みがある。
語学に堪能でないことがこれほどはがゆく思ったことはない。
動画サイトのその動画にはどうも有志で各国語に翻訳が付けられているようで、言葉に苦労はしなかったが……。
これは語られる言葉だ。聴くことに意味があるだろうに。
間違いない主そのものの御姿に、男は狂ったように確認した。
そのどれもに聖マーリンと主の姿が確認できた。
聖マーリンは灯火の聖人だ。
「私の肉体が土に還ったあとも、夜は訪れるだろう。その夜に道を見失った者がいるなら、私は灯火となって現れよう」と。
そのようにして苦難の時に再来を約束した聖人である。
今、電子文明の発展とともに世界は明るく照らし出されたが、より暗い闇も同時に帷のように世界へと降り立っている。
聖マーリンがそれを憂い、現れて何らおかしくはないのだ。
祈りの形を再び取り、男は無我夢中で心を研ぎ澄ませた。
言葉は片言にしかわからない。だが今まさに目の前に、主なる方がいらっしゃるのだ。
本物の13使徒が我々に語りかけてくださっているのだ。
ここで何も知らず少女を応援しているものの何と無垢で、真実を捉える目をしていることか。
教えなく主の身元に辿り着けることが、どれほどに得難いか本人だけが理解していない。
男はただ無心に祈り続けた。
ここまでアメリカから飛行機で長かった。
慣れない日本でのホテル予約もあったし、チケットは英語も対応していたから多少楽だったが、電車を乗るのもおっかなびっくりだった。
でも、そのすべてが今主を目の前にしているということで報われた。
おお、頬を伝う涙よ。神はいませり。
ただやはり少しばかり、聖マーリンの姿はおしとやかさとはかけ離れていた。
・ナザレの人
見えてないと思って自分のライブのつもりでノリノリで歌ってる。
会場を中心にした四方10kmの邪気を全部祓う勢い。
・降谷さん
バ美肉かぁ、よくやるなぁと思っている。
申し訳程度にペンライト振った。風見に分けてもらったやつ。
見てたら風見が真面目な顔してるけど目がキラキラしてたので小突いてやった。