海洋娯楽施設「アクアクリスタル」。
金持ち向けの会員用娯楽施設といった感じの場所である。
巨大な水槽には魚たちが泳いで、ラグジュアリーな椅子やインテリアは高級志向。
私のような貧乏性にはちょっとだけ居心地が悪い。
蘭ちゃんが思わず瞳を輝かせて「わあ!」と歓声を上げた。
対して毛利探偵は緊迫感に身を固めている。
妻が毒を盛られて病院に搬送された状態で、娘だけでも守りたいと必死なのだろう。
降谷くんがぼんやり水槽を眺めた。
『水族館もいいな。マーリン、アヴァロンに作らないか?』
『動物をアヴァロンで育てると変なことになりやすいんだよなぁ。試すけど、期待はしないでおくれ』
降谷くんの唐突な要望に私はうーむと頭を捻った。
アヴァロンに住む生き物は妖精だ。
そう言った「想定」が働いて、生物が妖精化してしまう事態はちらほらある。
すると歌って踊ったりイタズラしたりと碌なことがないのだ。
うまく通常の生物のまま固定する術があればいいんだがなぁ。
など、そう言っているうちに降谷くんは単独行動をしはじめた。
さりげなさを装って廊下の角に消える。
コナンくんがトトト、と付いてきて降谷くんに問いかけた。
「何か狙い?」
「あの沢木って人の荷物探ろうと思ってね」
「どうして?」
降谷くんは特に感慨なく懐から小さなピッキングツールの束を取り出した。
ケース入りだ。
入り口で荷物をロッカーに放り込んでいたことを利用して、降谷くんはそのロッカーを開けてしまうつもりらしい。
いくつかツールを取り出して、手の中に忍ばせた。
「僕の知る犯人と背格好が近かった。それと、初めて会った時、僕に妙にギョッとした顔を向けた。それだけだよ」
「なるほど、見てみる価値はあるってことだね」
「トランプの数字はまだたくさん残ってる。殺人が続くとして、あの沢木という人はアクアクリスタルに出かけるところだった」
「殺人のため、道具を持ってきてる?」
「そうだと話が早いなって」
降谷くんはくるっとロックピックを手の中で回した。
「そもそもさ、どうしてトランプに合わせた殺人なんて迂遠なことしたんだ?」
「毛利のおじさんの関係者を狙うってバレれば、数字と合わせて次に狙う人物が特定されて邪魔されかねない。だというのにトランプを使う理由は」
二人は声を合わせて答えを詳らかにした。
「「本命は別にいる」」
声が揃ったことに二人は満足したらしい。
笑い合ってくすくすと声を漏らした。
「まさにABC殺人事件だね」と降谷くんがアガサ・クリスティーの小説に準えて肩をすくめる。
ロッカーにたどり着くと、素早く作業に入る。
ピッキングの間、コナンくんが見張り役に立つらしい。
カチャ、と小さな金属音が響く中、コナンくんが廊下の方に神経を研ぎ澄ませた。
コナンくんはやや憂いを帯びた声でポツリと呟く。
「ねえ、どうして宮野明美さんを『救おう』と思ったの」
「あなたにとってただの見ず知らずの組織員だよね」とコナンくんがそっと言葉を落とす。
降谷くんは鍵穴から目を離さぬまま答えた。
「幼馴染だったんだよ」
「え」
降谷くんは微笑んだそれからまたカチャカチャと鍵開けを試みる。
「宮野エレーナ先生は、僕の近所で医院を開いていた。頻繁に怪我をする喧嘩っ早い僕を治療してくれた」
過去を覗き込むように、懐かしむように、降谷くんは優しい語り口で述べた。
コナンくんが押し黙り、言葉を失うように息を呑む。
「そこで明美さんに会ったんだよ」
「…………」
「彼女は明るい子だった。よく覚えてる。まだお腹の中にいた志保さんを紹介されて。生命の神秘を感じたな」
「……安室さん」
「でも急に引っ越して、それきり連絡がつかなくなった」
降谷くんは少しだけ顔を伏せた。
「成長してから、彼らが怪しげな取引に身をやつしたことを知った。だからこの道を志したんだ」
「だから彼女をアヴァロンに『保護』しようとしたの?」
「どうもジンが彼女を使い潰して処分しようとしてたみたいだから、先んじてね。死なせたくなかったんだ」
「………そう、なんだ」
コナンくんは痛ましいそうに目を伏せて、静かに言葉を落とした。
今、キーは満たした。
彼が自分から宮野明美との関係についてコナンくんに話した今、ようやく話すことができる。
『ここで事務連絡だよ。よーく聞いてね』
『なんだ、今忙しいから手短にな』
私は咳払いして、厳かな口調で恐ろしげに話し出した。
『実はコナンくんですが、魔法の存在もアヴァロンの実在もこれっぽっちも信じてません。降谷くんが狂気に陥ってそう思い込んでいると解釈しています』
『………、…………え?』
降谷くんがぴたりと動きを止めた。
それに気がついたコナンくんが「どうしたの安室さん?」と問いかける。
降谷くんは「い、いや、なんでもないよ」と動揺に濡れながらしどろもどろに答えた。
『なんだって?いまとんでもない空耳が聞こえた気がしたが』
『空耳じゃないよ。このタイミングがようやく来たから喋るけど、降谷くんはいま狂気の人です。そして同時に、そうでなくこれが真実だとバレてはいけません』
『………君の予言か』
『正確には、救世主の預言さ。私が合図するまで、絶対にバレてはいけない。でもここまで運命が確定していれば、そう努力しなくてもバレることはないけどね』
『そうだな。僕が張り切って狂気ヅラ下げて歩き回ったからな』
大層恨まれてしまったらしい。
今にも噛み付かんばかりの様子なので、どうどうと私は彼を宥めた。
考えれば考えるほどどツボにハマるらしく、降谷くんはだんだん顔が青くなっていく。
『まて、ということはあれか?今僕は幼馴染をぶっ殺して救った気になってるシリアルキラーってことか?』
『そうだね』
『そうだねじゃないんだが!?!?!?僕の尊厳が回復不可能なまでに傷ついてないか!?というかなんで信じてくれないんだ!?風見は信じてくれたのに!』
『風見くんも信じてないよ。というか証拠もなしに魔法なんて信じるわけなくないかい』
『殺せよ』
降谷くんは完全に捻くれてしまったようだ。
ブツブツと文句を垂れるだけの呪物になってしまわれた。
まあ、風見くんに関しては証拠なしにとは少々言いづらい。
公安を通じて怪しげな事象に関する情報が集まっていたとこだし、ちょうど私が昼寝してて実演できなかったのが重なったのが大きいだろう。
それでも信じるって言ってくれたから、悪い成功体験を得てしまったわけだ。
可哀想に………。
考えれば考えるほど色々深刻だったのか、ついに降谷くんが憤慨して叫び声を上げた。
『なんでこんなになるまで黙ってたんだ!僕の名誉が死滅するのを待ってたのか!?』
『風見くんについては普通に私の見落とし。コナンくんについては宮野志保さんの生存フラグ微調整のためにあえて黙ってた。名誉と引き換えにした価値あったよ!』
『本当か?僕のこといじめて社会的に殺すことでアヴァロンに閉じ込めるためじゃないだろうな』
『しまっちゃうおじさん私』
疑心暗鬼に囚われているらしい降谷くんに、私は労りを込めて癒しの波動を送るなどした。
ごめん降谷くん、これは私も悪かった。
今後はナザレの親友のガイディングに従えば最悪の事態は免れるから成仏してくれ。
『ともかく、これから先も程よく狂人として振る舞えばいいんだな』
『拗ねないで。名誉はきちんと回復させるから』
『僕らは時間の流れを自覚できないんだぞ。下手したら何十年も狂人のままじゃないか……あぁ……』
『そもそもどうして証拠もなしに信じてくれると思ったんだい?』
『だって……風見が信じてくれたから……意外に行けるものだと思って……』
『風見くんも信じてないね』
『もう何も信じられない。犬を飼おう。白いふわふわのやつ』
可哀想な成人男性一名が出来上がってしまい、降谷くんは背を丸めてメソメソした。
さて、そのあたりで鍵が開いた。
ロッカーを開けて沢木さんの持っていたボストンバッグの中身を確認する。
すると中には、ボウガン、欠けたトランプ、ナイフが数本、そして大量の爆弾が入っていた。
「なるほど、警視庁に連絡しようか」
「だね。勝手に開けちゃったけどなんて言うつもりなの?」
「扉が空いてたから閉めようとしたら、中から物騒なものがのぞいてたんです!びっくりしました…」
「そんな迫真の演技しなくていいよ」
「君が要求したんだろうに、無責任だぞ」
降谷くんがバッグを元の通り戻しながら、少しだけ笑った。
そして静かに問いかける。
「僕が悪いやつだったとしたら、君はどうする?」
コナンくんは沈黙を保った。
静謐な空気だけが場に満ちて、息遣いがよく聞こえる。
「僕ら、友人なんでしょ」
「友人のよしみで見逃してくれるのかい」
「いいや、友人として、真実を白日の元に晒して、正しく罪を償ってもらう」
あなたが本当に、悪い人だったなら。
コナンくんの瞳は青く透き通っていて、誠実だった。
「君は本当に友人思いだなぁ」
降谷くんは本当に嬉しそうに、救われたように笑った。
宮野明美は殺していない。
だが、降谷零は人殺しである。
間違いなく。
・コナンくん
どこまで灰原に伝えたものかすごく迷ってる。
今のところ安室側の情報は何も伝えてない。
というか、伝えてもあまりに救いが無さすぎる。
・フォウくん
白いふわふわのやつ。