あれから、無事沢木という男は逮捕されるに至ったらしい。
爆弾を仕掛ける前に押さえられたのが大きかったか。
暴れる沢木は恨み言を漏らしていたが、そこはそれ、犯罪者の戯言である。
どんな恨みがあろうと、なんの関係もない妃弁護士に毒を盛り、目暮警部にボウガンを打ち込んだことの言い訳にはならないからな。
彼の爆弾の量からして、個別に恨みの相手だけ爆殺することは十分可能だったはずだ。
自己保身のトリックのためだけに他人を害するのなら、それは同じ穴の狢というやつだろう。
降谷くんは特に興味もなさそうに、連行されていく爆弾犯に対して舌打ちをひとつするのみだった。
さて、今晩は怪盗キッドの予告の日でもある。
米花博物館で展示中のブラックスターという世界最大の黒真珠を狙っているらしい。
私たちはといえば、真夜中に人探しで歩き回っているわけで。
『参ったよ、こんな夜中に勝手に出ていくなんて、コナン君は。怪盗キッドとかいうのを追いかけて行ったんだと思うけど、また毛利先生にぶたれるに決まってるのに』
『だよねぇ』
私は降谷くんの言葉に同意した。
車を降りてとことこ歩きながら、手の中にはコピーさせてもらった暗号をかざしている。
私は暗号を見て問いかけた。
『解けた?』
『大体ね。ただ、角度の関係もあるから詳しい位置は米花博物館に行ってみないとなんとも』
『何度見てもすごいね。私は見ることはできても推理は全然だから』
探偵達の一瞬のひらめきと知識は頭が下がる思いである。
私なんてこんなに生きてるのに知らないことばっかなのに。
そのあたりで、背後から声がかかった。
艶やかなハリのある女性の声に、降谷くんが振り返った。
「ようやく会えたわね」
見覚えのない女子高生だ。
長い黒髪は艶やかで、切れ長の目は別嬪さん。
困惑した降谷くんに私は回線の隠匿度を上げて囁いた。
『魔術師だ。気をつけて』
『っ…………!!!』
降谷くんが僅かに息を呑む。
思考でだけだ。表情は平静で何一つ変わらない。
流石潜入捜査官、腹芸はお手のものということか。
「あなたがもう一つの結節点ね。地上と楽園をつなぐきざはし、聖マーリンの使い」
「君は一体?」
「私は赤魔術の正統継承者にして魔女、小泉紅子よ」
ちなみにこの世界にも魔女というものが存在している。
そのあり方が面白くて、一部型月世界の魔女と似たような形をしているのだ。
型月世界の魔女とは妖精が零落したものだ。種族として違うもの。
この世界の魔女も同じ。
そこにどこかで人間の血が混じった怪異が、この小泉紅子という存在なのだと思われる。
小泉紅子は真っ直ぐに降谷くんを見据えた。
「この時空異常の解決について、助力願いたいわ」
「……時間が繰り返している現象のことを言っているのか」
「正確には時間圧縮だとは思うけれど…そうね、繰り返すという認識も間違ってないわね」
そう言って魔女は物憂げに瞳を伏せた。
「なんとかしてこの異常を解決しないと、私たちは永劫にこの時から出られない。私たちはどこへゆくことも許されぬまま魂を腐らせるしかないのよ」
「!!!」
降谷くんが慎重に問いかける。
魔術事情を前に、焦りが僅かに滲み出る。
「僕を聖マーリンの使いと言ったな。君はマーリンを知っているのか」
「魔術を嗜むもので知らぬものはいないわ。あの星の如き輝きに、楽園に住まうもの。かの楽園アヴァロンへ辿り着くことを目指す魔女も多かったのよ」
「………僕に求めるのは、彼への繋ぎか?」
「そう。そしてこの時空異常を解決する。それが私の目的よ」
憂いを帯びた瞳を前に、私は降谷くんに向かって囁いた。
降谷くんが僅かに目を見開き、それから頷く。
「………そうか。なら彼の言葉を答えよう。『それは意味のないことだ。なすがままにしておきなさい』」
「!!!」
私の言葉を一文字一句漏らさずなぞる声は虚ろだった。
自分の意思を極力排し、伝令役に徹する空虚な降谷くんの瞳はどこか神聖性すら感じさせる。
「『これは歪みの噴出口が、時を押さえているからこその異常。下手に方向を正せば、この力は地上を焼いてしまうだろう』」
「ですが、これがあまりにも長く続けば!」
「『100年は続かない。魂が腐るより早く、歪みは元に戻るだろう。そのままに、若い魔女よ。焦ることはない』」
「…………」
全てを言い切ってから、降谷くんはわざと皆に聞こえるように声に出して私に語りかけた。
「僕から一言いいか。100年続かないって、80年ぐらいなら余裕でありうるって意味だろう。流石に嫌なんだが、永遠の三十路は」
『うーん、なら多少短くできるかもしれないからやってみるよ。って言っても50年になるとかだけど』
「頼んだ。君もすまないな、マーリンは時間感覚がイマイチおっとりしてるんだ」
降谷くんはやや顔を緩めて安心させるように微笑んだ。
ぽかんと小泉さんが瞬いている。
短くって安請け合いしてしまったが、どうしようかな。
いや、そうだ、純粋なエネルギーとして濾過して使えばいいか。
時間を歪ませるほどの莫大なエネルギーは、逆に考えれば油田みたいなものであることだし。
などと考えていると、魔女は困惑の眼差しで降谷くんに問いかけていた。
「何故聖マーリンは貴方に肩入れしているの?貴方は……どう見ても普通の人間だわ。だというのにそんなにも加護に塗れて、顔も見えないくらいよ」
『うーん、偶然?私の園に迷い込んできたから交流してたら友人になったとか?』
「そんなに加護貰ってたのか。……たまたまだそうだ。深い意味はなさそうだよ」
「そう」
まだ不安そうな魔女の様子に、私は「少しいいかい」と言って降谷くんを通じて彼女の手に物品のアポーツ(転送)を行う。
降谷くんの手の触れた箇所から、ルービックキューブほどの大きさの石の箱が出現する。
その表面には緻密な紋様が刻まれている。
全て私の手彫りだ。
『霊子筐体(クラインコフィン)・リマスター。その中に入って眠れるやつ。長いループに飽きたら寝るべし!ってね』
「あ、新しい試作ベッドのあれだ。寝心地悪いやつ」
『そんな言い方無くないかい?確かに寝心地はイマイチだったけど!』
これはあれだ、FGOで言う所のレイシフト用のコフィンに該当する。
それよりも小さくてコンパクトなのが売りで、寝心地も本家本元より良くなっていることだろう。
中に入れた人間を不確定の状態にする礼装で、本来はレイシフトのために用いられる。
元々は私の一大プロジェクト「人理建造」のためのものだ。
人理定礎を過去から遡って固定し、現在の時間を覆うように一個の人理と成す。
人理無きこの世界に、人理という保護膜を作る。
そんな大偉業である。
これはSAN値チェックでお馴染みの邪神達を入ってこれないようにするための処置でもある。
やっぱ人理が無いと脆弱性がね、問題になるんだよね。
私が好き勝手できてるのも人理がないからだし。
ゆくゆくは人造人理の保守点検のための設備も作っていきたいと思っている次第である。
小泉さんに、降谷くんを通して声を伝える。
「『自分にかかる時間干渉を跳ね除けられるよ。ループの終わりに目が覚めるように設定すれば面倒もない』………だそうだ」
「なるほど。気持ちはありがたいけれど、寝ている間の白き罪人が心配だから使用はやめておくとするわ」
そのまま返却されたので回収する。
実験のため一応くれとは言わないらしい。いい子だ。
そうして、魔女は来た時と同じようにあっさりと背を向けて去っていった。
チラリとも振り返らず、潔く闇に姿を眩ませていく。
振り返らないその姿には若さと力強さとに溢れていた。
降谷くんがぼんやりとその背を見送ってから、ちょっとだけ笑う。
『自分で喋ればよかったじゃないか。何も僕に伝言ゲームさせなくとも』
『引っ込み思案な私への個人攻撃かな。この場でマギマリとお揃いの格好にしてあげてもいいんだよ』
『なんで殺意の高いことを企てるんだ!いくら僕の顔面でもリカバリーの効く範囲というものがあるだろ!』
『むしろ降谷くんがなんでも顔面でリカバリー効かせ過ぎという意見がある』
降谷くんは自分の顔面があまり好きではないくせに、イケメンオーラで誤魔化すことがままあるのだ。
バーボンの仕事中もちょっと失敗した時とかてへぺろイケメン無罪をかましてたりする。
降谷くんはごほんと咳払いした。
『というか、いるんだな、魔女。普通に』
『私だって普通にいたじゃないか。でも魔女はなかなか居ないよ。魔術師程度ならポツポツいるけど』
『超常の力を持った人間による犯罪が心配になるな』
『それは教会にボコられるから大丈夫。魔術類で悪いことするとナマハゲみたいにやってくるぞう!』
私が三つの代行の証を渡したのはいつだったか。
すなわち「神の目」「神の盾」「神の剣」。
「神の剣」はFateおなじみ黒鍵であり、聖書を精製して作る方法も伝授済み。
一部戦闘系神父さんが怪異を祓ったり悪の魔術師を倒したりするのに使っているらしい。
降谷くんがそれを聞いて目を剥いた。
『僕って取り締まりがあったりするのか。バーボンのアレとかソレとか』
『知られたら戦うことにはなるかも。でも超上層部は君のこと知ってるから命の取り合いまでは行かないはずだよ』
『なんで宗教系超上層部に知られてるんだ僕は。工作員だぞ。知られてちゃダメだろ』
『しかたないじゃないか。エイメン!って浄化されたく無いだろ?悪魔使い稼業してて』
『それはそうだが』
まあ、よっぽどの不幸が重ならない限り誤チェストならぬ誤エイメンは起きないはずである。
降谷くんが大きくため息をついた。
『というかこんなふうにファンタジー日頃からやってるから僕が可哀想なことになったんだぞ。責任とってくれるのか?』
『ごめんってば。救いたい故に殺す狂気のシリアルキラー安室くん。キャラ立ってるよ』
『今背後でロッキーのテーマが流れて戦闘意欲が掻き立てられた気がする。拳で語り合おう』
『私、拳はあんまり得意じゃないから…降谷くんを上手く殺さずKOできる自信がない…』
『あまりに卑怯過ぎる。人外マウントを許すな。これは火炎瓶で対抗すべきだ』
『どうどう、落ち着いて』
荒ぶる降谷くんが虚空に向かって激しく拳を突き出している。
落ち着いてくれ。
仕方ないので私は揉み手で降谷くんに提案した。
『なら今度入室禁止にしてた『星見の塔』の中見学させてあげるから!』
『………ふむ、興味はあるが、危険はないのか?』
「星見の塔」は私が人理建造に向けて作っているコアとなる建物だ。
降谷くんが警戒しているから、「ないない。単に気恥ずかしくて入られないように封じてただけだから」と言っておく。
まあ、青臭い話だからな。
人類を丸ごと守る機構を作ろうなんて。
今日日個人で世界が救えてたまるか。
色々技術的問題が立ちはだかって頓挫しかかっていた企画でもあったし。
そういえば歪みのエネルギーをここで使うのはありかもしれない、と今更思う。
エネルギー源問題が解決するなら、人理建造に向けて一歩前進だ。
人理という巨大な構造物を作るのに人の魂を使うのは気が引けたが、そういう意味で代用品としてちょうどいい。
そんな考え事をしているうちに、ビルから降りてきたコナンくんとばったり鉢合わせ。
うげっ!?とコナンくんが顔を歪めた。
降谷くんが済ました顔で死刑判決を下す。
「コナンくん、残念ながらこれから君は毛利探偵にぶたれます」
「えっえっえっ、安室さんが匿ってくれるんだよね」
「仕方ないので一晩泊めてあげるぐらいはできる。帰宅直後にゴツン」
「僕安室さんところに遊びに行ったけど言うの忘れちゃって!」
「蘭さんが就寝確認してるのにそれは苦しすぎる。というか僕が捜索に駆り出されてるので無理だ」
「やだーっ僕帰らない!」
「可哀想に、しこたまぶたれるんだ。蘭さんのこと心配させたから。最初から僕に頼ってればこんなことにはならなかったのに」
「電話繋がらなかったじゃんアンタ!!!」
「可哀想に…きっと痛い……」
コナン君は精一杯キュルンと可愛い顔を作って、降谷君に命乞いをした。
なお、結果としてたんこぶ5つできた。
可哀想なコナンくんはメソメソしていたのである。
・冠位指定「人理建造」
星を織るほどのエネルギーでもって霊子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)…すなわち人理定礎を刻み、その過去を確かにする大偉業。
割と人類悪ギリギリ。
・星見の塔
カルデア系再現物の宝庫。
事象記録電脳魔・ラプラスのみは各国の状況確認と歴史記録の執筆に使っている。