本日は新大阪にやってきている。
改札口では園子くんが待っているようだ。
手を振るお嬢様の姿が見える。
今回は怪盗キッド対策として大阪までやってきている。
狙われているのはロマノフ王朝の遺産、インペリアル・イースターエッグ。
コナンくんがやや呆れたような顔で降谷くんに声をかけた。
「安室さんとんでもなく忙しいのに、どうして怪盗キッド案件なんてものに同行する気になったの?」
「まあ、確かに怪盗には興味ないけどね。メモリーズエッグの行く末が気になったから。下手すると外交問題になるし。東西ロシアは少々どころで無く厄介だ」
「あー、なるほどね」
ロシアは現在、東西に分かれて争っている。
元々は1905年より始まる革命運動が発端だ。
私の影響で二つの大戦はキャンセルされたが、ロシア国内の構造的な問題は残っていたからな。
西ロシアは労働者の革命を核にした国家となった。
首都ペトログラードとモスクワを占領し、革命の正当性を主張する一党独裁の形をとった。
東ロシアは亡命したニコライ皇帝と諸外国の干渉で成り立った。
帝政国家ばかりの周囲において、革命の成功国家は忌まわしいものであったことも大きいだろう。
核はシベリアの港と鉄道だ。
日本と国交を密にして、首都をウラジオストクとした国家である。
その後西ロシアは革命後の中央集権が祟って独裁色を強め、今の大日本ばりに秘密警察が幅を利かせる国家となった。
東ロシアは逆に諸外国の支援を受け、独特な立憲君主制を歩んでいる。
まあつまりニコライ皇帝の遺産であるメモリーズエッグは、割と厄ネタということである。
改札から出ると、「よく来たわね!」と園子ちゃんが声をかけてきた。
案内に従うと、ロータリーには黒塗りの高級そうなリムジンが停まっていた。
もちろん運転手付きだ。
流石、園子くんの財力である。
新幹線で来た私たちのために美術館まで送ってくれるようリムジンを用意してくれたらしい。
鈴木近代美術館は特徴的な形の建物で、上にはヘリが、下には警備の車が山ほど控えている。
怪盗キッド対策だろうが、盗まれたときの外交的な影響も加味しているのかもしれない。
バイクで先に到着していたらしい服部くんが「よう工藤!」と朗らかに挨拶した。
瞬時に笑顔の圧が強い降谷くんに睨みつけられ、服部くんは萎縮した。
「あっ、ちゃうちゃう。ご苦労言うたんや。ごくろう!な?な?」
「僕は何も言ってないよ。口が軽いというのは、それだけで罪だと思っただけさ」
「こっこここコナンくんも俺の言ったことわかったやろ!?ご苦労言うただけやん!!!」
服部くんは逃げ出した。
きょとんとした和葉くんが「なんなん平次、いっつもコナンくんと会うと様子おかしなるし」と首を捻っている。
実は先立ってこの間、服部くんと降谷くんは初めましてを終えている。
降谷くんが江戸川コナンの秘密を知っていることは服部くんも知ることとなった。
同時に服部くんの口の軽さもこってり絞られることになった。
また、コナンくんはなぜか降谷くんの正体を服部くんには伝えていないようだ。
とはいえ服部くんも察するところがあるのか、慎重に様子を伺っているところである。
「まったく、そのノリで組織のこと話されたら命がいくらあっても足りないよ?」
「うっ………すんませんでした。でもこここコナンくんの力になりたいのはホンマなんや」
「ニワトリかい。まずコナンくん呼びに慣れること」
「うす」
しょぼくれた服部くんをコナンくんも心配したらしい。
隣によって「オメーの底抜けに明るいとこ、俺は好きだぜ」と声をかけている。
「くどー……!」
「はいアウト。スクワット50回」
「今のは『苦労をかけるな』言うたんや!男子高校生の感動の交流やんか!」
「君言い訳の瞬発力凄いな。逆に大丈夫かもしれないと思えてきた」
降谷くんが重いため息をついたらしい。
眼光に押され、服部くんはその場でスクワットを始めた。可哀想に。
「探偵の友情かしら、安室さんたち仲良いわよね」と園子くんたちが話をしている。
中に入ると、社長室ではすでにお客さんが集まっていた。
ロシア大使館からすでに人が来ていたらしく、白人らしきいかつい男性がソファで深刻そうな表情をしている。
交渉はうまくいっていないらしい。
朗らかな顔をしたのが園子くんのお父さんで今回の責任者、鈴木会長だろう。
鈴木会長はそば付きの人間に桐箱を持って来させ、机に置かせたようだ。
「今、目的のイースターエッグを皆さんに見てもらうところだよ。皆さんもどうぞご覧になってください」
皆の前でイースターエッグがぱかりと開かれる。
小さな卵形のそれは細かな装飾と美しい彫金で彩られ、中は純金の皇帝一家の模型が入っていた。
中央で本を開いているのがニコライ皇帝だろう。
瞬間、パキッと小さな音がして、降谷くんが眉間に皺を寄せた。
「なんの音でしょうか、ガラスが割れたような音がした気がしたのですが」
「え……音なんてしませんでしたけど」
隣にいた蘭ちゃんが困惑して首を傾げた。
私が降谷くんに補足説明する。
「軽い魔術効果が私の保護膜でレジストされたんだよ。懐かしさ、郷愁を誘うだけの弱い魔術さ」
「これを作ったのは魔術師だったのか?」
「そうだね。極まった技術とは魔術に結びつくものさ」
ここでいう魔術とは私の使う型月のソレとは大きく違うものだ。
まじないとかその手のややふわっとしたファンタジーである。
私も多少はこの世界の魔術に通じているが、使うことは多くない。
柔らかで曖昧な力が多いから、扱いが難しいのだ。
しばらく説明を聞いた後はお開きだ。
美術館を後にして、降谷くんたちは大阪観光に繰り出すことになった。
外に出たあたりで、降谷くんがそっとコナンくんに囁きかける。
「そういえばさ。シェリー、君が保護してることは知ってたけど。君と同じで小学生になってるんだね」
「っ」
「下校中の彼女を見たよ。エレーナ先生そっくりだった」
瞳に狂気を宿し、三日月のように裂けた笑みを浮かべた降谷くんが微笑んでいる。
愉悦と、救済への期待に仄暗く輝く瞳だ。
コナンくんがヒュッと息を呑んだ。
「このままここで暮らすのは危険だろうし、よければ僕が保護しようか?アヴァロンでの暮らしは豊かで自由だ。彼女も不自由しないと思うよ」
「………だめだよ。それで傷付くのは貴方だ。僕が保護している以上、僕が責任を持つよ」
「そうかい?なら、君に任せようかな」
降谷くんはころっと表情を変え、ニコニコと頷いた。
まるで先ほどの狂気がなかったかのような変わり具合だ。
コナンくんが額に一筋の汗を浮かべて「う、うん。僕に任せて」とぎこちなく頷いた。
次いで刺々しい念話が届く。
『どうだこの僕迫真の狂気は。早く殺せよ』
『投げやりにならないでくれ。良かったよ。凄い狂気を感じたよ。いい感じだった!』
『もう僕は狂気のイカれシリアルキラー野郎として生きるしかないんだ……ヒロも見捨ててくるし…おしまいだよ僕は…』
まあ、あれは面白いコントではあった。
この間私からの報告を聞いた諸伏くんが、ややワクワクした顔で降谷くんに話しかけたのだ。
「ところで、ゼロは俺が死んだせいで精神を病んだって噂を聞いたよ」
「マーリンだな。よし、殺意が漲ってきた。今ならタイマン張れる」
ハンモックの上でうたた寝していた諸伏くんが、藪から棒に言い出した言葉に、降谷くんは憤慨した。
アイマスクを放り出して立ち上がった姿はだいぶ雄々しかった。
「ゼロ、変なところで純真というか、懐に入れた相手には100%全力の信頼を叩きつけるタイプだからな!可愛いんだ!」
「辱められてる。こんな屈辱を受けたからにはマーリンと雌雄を決するしかない。というか上にも同じ報告したんだが俺はどうなってるんだ」
「それは私から上層部には話は通しておいたよ。だから安心して狂気に身をやつしておくれ」
「ゼロ!俺もお前にそんなに思われてるって言うのは幸せだと思う!!俺の死がゼロを狂わせた!!!」
「…………ちょっと急用ができた。全ては赤井が悪い。赤井を始末してきます」
「いってらっしゃい。扉は開けておいたから、気を付けてね」
「ライから面白い話聞けたら教えてくれ。明美さんと情報交換するから」
「ヒロ、お前の意外と薄情なところ嫌いじゃないぞ」
などと会話したわけで。
コナンくんの憐憫の瞳が降谷くんに突き刺さり、降谷くんは内心でさめざめと泣いた。
幼馴染を救いたいと言う純粋な気持ち気持ちで警官になった人間が、その狂気により自ら大切な人を殺めている。
それに本人すら気づいていないという状態だからな。
そりゃ並大抵でない悲劇である。
『コナン君から柔らかい気遣いを感じる……誰か殺してくれぇ……』
『落ち着いて。いずれ誤解が解ける日が来るから』
『それはトドメと言うんじゃないか?僕の演技が自動でバレるって意味じゃないか。行くも地獄帰るも地獄』
やさぐれた降谷君が背を丸めた。
まだまだ誤解が解ける日は先のことである。
・東西ロシア
西ロシア人民共和国と東ロシア帝国。
今回来ていた外交官は東ロシア帝国の人。
正当なロマノフ王朝…ロシアの後継者を自称する東ロシアとして、是非ともインペリアル・イースターエッグは欲しいものだった。