見上げる東都タワーはまだ爆発していない。
予告の午後3時はとうにすぎている。
バババババ、と取材のヘリコプターの轟音が東都タワー周りを巡回し、今の状況を騒ぎ立てているのだろう。
私たちにできることはほとんどなかった。
コナンくんのスマホは警察と繋げていたし、もう一個は高木刑事の前で出すわけにはいかない。
魔術を伏せなければならない以上念話は不可。
とすると、私たちにできるのはコナンくんの選択を待つことのみ。
もしものために私が爆弾のエネルギーを吸うことも議論が必要だった。
なにせもしコナンくんにバレれば、啓示が反転して宮野明美さんが命を失うことになるからだ。
限界ギリギリの状況で見守るしかない状況に、降谷くんは静かにただ激怒していたようだった。
結局、コナン君は爆弾を解体し切った。
爆発3秒前に表示される次なる爆弾の在処を、きっと1秒にも満たぬ時間で推理し切って。
東都タワーから降りてきたコナン君が、TVカメラに囲まれて照れたように笑っている。
英雄の凱旋だ。
警察官二名の命を奪ったその爆弾を見事解体して退けた小学生を、こぞってカメラが映している。
『マーリンはわかったか、暗号の答え』
『私にわかるわけないじゃないか。爆弾の在処はわかったけど、単に千里眼の結果だし』
『………僕には、彼の見たものだけで推理することはできなかった」
降谷くんは細い吐息を漏らした。
『松田も無理だった。僕でも死んだだろう。ただ、彼だけが生きてこの結末を引き摺り出した』
『ジェラシー?』
『いや。……次の場所を突き止めてからギリギリで止める。言葉にするとこんなに簡単なのにな』
どうして、俺たちはこんなに時間がかかってしまったんだろう。
寂寞の籠った言葉が、ただ秋風と共に通り過ぎていく。
どうしようもない喪失を嘆く言葉だった。
犯人はコナンくんの計略により捕らえられるだろう。
公安も動いているが、捜査一課が一歩先んじるはずだ。
降谷くんが立ち去ろうと背を向けた時。
コナン君が駆け寄ってきた。
どうやら取材陣を撒いてきてくれたらしい。
「安室さん!三年前と七年前の事件記録爆弾の特徴送ってくれたの安室さんだよね!」
「その程度しかできなかった。すまない、コナン君」
「すごく助かったよ。解体もスムーズに済んだし、犯人の予告だけ生かしておくのに苦労しなかったもん」
コナン君の笑顔に、それでも降谷くんは黙ったままだった。
それから少しだけ振り向いて。
視線を揺らしながら、か細い感謝を一言。
「ありがとう、アイツらの……萩原と松田の仇を、取ってくれて」
「え」
コナン君が思いもかけない言葉を聞いたように瞬いた。
そういえばまだ言っていなかったか。
「知り合いなの、松田刑事と」
「親友だよ。警察学校の同期で……いい奴らだった。機械オタクで、何かメカがあればバラそうとする。喧嘩っぱやくて、僕にも喧嘩をふっかけてきた。懐かしいな」
「………」
コナン君が悲痛な色を宿す。
沈黙の中、周囲のざわざわとした野次馬の喧騒だけが騒がしい。
降谷くんがポツリと口を開けた。
「君はいいのか」
「なにが」
「僕に近しい人は皆短命だ。松田も、萩原も、班長も…エレーナ先生も。君も、僕といると死ぬような目に遭うかもしれない」
「何それ。そんな迷信信じてるんだ」
「実際これだけ身の回りの人が死んでるとね」
降谷くんは瞳を伏せた。
ただ無くしてきたものだけを回想して、ゆっくりと細く息を漏らす。
コナンくんが強く降谷くんを見返した。
「僕が危険な目に遭ったとして、それは僕の責任で、僕の判断だ。決してあなたのせいじゃない」
「…………」
「その上で、絶対に戻ってきてみせる。死んだりしない。あなたの不吉な歴史の一つになんてなってやらない」
鮮烈な、輝かしさを伴った声色だった。
暗い空気を吹き飛ばすような覇気に、降谷くんは少しだけ笑みを浮かべる。
「強いなぁ、コナン君は」
「心強いでしょ。遠慮なく巻き込んでよ。あなたが、これ以上大切な人を無くさないために」
「………頼ってもいいのかい」
「もちろん。僕ら、友人なんでしょう?」
降谷くんは柔らかな笑みを浮かべて、そっとコナンくんにお伺いをたてた。
「明日、空いてるかい?」と。
翌日。
案内したのは、萩原研二の墓であった。
月参寺は渋谷にあるお寺で、この大都会にあるにしては珍しいほどに緑豊かな場所でもあった。
松田陣平は実家の墓に埋葬されたらしく、そちらにも訪問予定だ。
コナン君が静かな声を出した。
「ここにあるんだ、萩原さんのお墓。1日ずらしたのは万が一にも警視庁の人たちと鉢合わせしないため?」
「そうだよ。説明が面倒だし、萩原には姉がいたから、そちらにも遭うわけにはいかなかったしね」
「そうなんだ」
ちょうど、住職さんが掃き掃除をしていたらしい。
こちらの姿に気がついてとことこと寄ってきた。
「おや、降谷さん。先日来たばかりで、何かありましたか」
「紹介したい人ができましたので」
「それはそれは、ごゆっくりしてください」
人の良さそうな顔で頭を下げ、住職さんは掃き掃除に戻っていく。
邪魔しないように距離を取るらしい。
奥へと引っ込んでいった。
コナンくんが「降谷?」と首を傾げた。
「降谷零。僕の本名だよ」
「ゼロか。ぴったりな名前だね」
「だろう?」
二人は顔を見合わせてクスクス笑った。
「僕は僕の都合で組織を追ってる。僕の都合で組織を潰そうと思ってるんだ」
「ははは、僕と同じだ。なら、降谷さんとは協力できるんじゃないかと思うんだ」
「心強いな。いいのかい、僕の人使いは荒いよ」
「それは僕も同じだよ。窮地にワンギリで呼び出すかも」
「それは怖い。気が抜けないな」
おお、完全に協力体制に移るらしい。
でもコナン君の方は降谷くんの凶行を止めるためが半分といった感じか。
それを降谷くんも理解していて、だとしても嬉しさが勝るようだった。
多少のジェラシーを感じざるを得ず、私はいい空気にずいっと念話を割り込ませた。
『私との方が付き合い長いし、親友は私だよね?』
『親友はヒロだけだが』
『友人に対するハードル高すぎないかい?私を好き勝手使っておいて、私とは遊びだったというわけか!』
『変な拗ね方しないでくれ。単純に付き合いの年数だ。マーリンのことも信頼してるから』
『本当かい?たまにはシードル飲んで私に幸福感情を提供してくれるとか』
『仕方ない。努力しよう』
『よし』
静かな月参寺に今日も秋風が吹いている。
コナンくん達はそこで萩原研二の墓を参り、その場を後にしたのだった。
次回は降谷零記憶喪失にしたいところ。
瞳の中の暗殺者。