「私、明日から一週間応答が難しいから覚えておいてね」
私は楽園で降谷くんに注意喚起のためもう一度声をかけた。
ポヤポヤ寝起きの降谷くんは頭が回っていないらしく、パチパチ瞬いて目を擦っている。
「どうした?なにかあったか?」
「ほら、ヨーロッパでマギ⭐︎マリのライブなんだ。四箇所巡る予定だよ」
「ああ、言ってたやつか。頑張れよ」
ふわぁあ、と降谷くんは大欠伸した。
昨日遅くまで組織の仕事だったからか、どことなくぼんやりしているようだ。
マギ⭐︎マリヨーロッパツアー、「TERNAL DREAM─いつかまた夢の中で─」は4カ国を巡る国際ツアーだ。
ロンドンから始まり、パリ、ローマ、プラハでツアーファイナルである。
ローマ公演では讃美歌モチーフが多用され、お偉方が揃って参加予定。
ロンドンではアーサー王伝説にひっかけて色々する予定だから、そっちも結構力作である。
ちなみに瞬間移動を多用してます。
飛行機の長時間拘束嫌でござるの精神で、会場から会場へひょいひょい飛ぶ予定である。
マネージャーさんは私を知ってるので、彼だけ抱えて飛んで現地で人を雇えば移動費も最小限にできるし。
ただし列車は乗りたいのでユーロスターには乗る鋼の精神である。
ホテルに泊まるのも列車に乗るのも私はほとんど経験がないからな。
意外とワクワク旅行体験なのだ。
一番に起きて今日の朝食を用意してくれていた宮野さんが、興味深そうに微笑んだ。
ポヤポヤの降谷くんの前にハムエッグを置く。
降谷くんが「あ、すみません。いただきます」と言って頭を下げた。
「マーリンさんって昔からそんなふうに転移魔法で移動してるの?」
「そうだね。私にとって見えていれば一歩で行けるところではあったかなぁ」
「本当に便利ね。どこでもドアみたいに宇宙や深海にも行けるのかしら」
「もちろんだとも。行っても大変なだけだから行かないけどね。いや、一度行ったっけか。うん。なんにせよ簡単なことだよ」
「凄いわね……!」
しみじみと「扉の向こうが月面世界。色々科学的に考えたら大変なのはわかるんだけど、あこがれちゃうわよね」と頷いている。
降谷くんが「ヒロがいない。寝てるのか」としきりに確認しているので「夜ふかし組です。そろそろ生活習慣引き締め令を出したほうがいいかな」と答えておく。
降谷くんは安心してハムエッグにかぶりついた。
「ねえ、出られるようになったら志保と一緒に連れてってもらえないかしら。あの子はいつも組織に行き先を制限されてたから」
「いいとも。素敵な旅を提供しようじゃないか!」
「ありがとうマーリン。きっとあの子も喜ぶわ」
笑顔の明美さんに私もうむうむ満足して頷いた。
彼女には現在進行形で迷惑をかけているし、異論はない。
ハムエッグを食べ終えてようやく目が覚めてきたのか、降谷くんがややシャキッとした顔になって私を見た。
「一週間か。組織の仕事は入ってないから問題ないとは思うが」
「もしピンチになったら呼びかけておくれ。分身して駆けつけるから」
「すまない。なるべくこちらはこちらで対処するようにするから安心してくれ」
「無理はしないようにね」
降谷くんは組織の仕事でなくても日々スリルショックサスペンスだ。
少し心配ながら、降谷くんの判断に任せて私は公演に向け体調を整えたのであった。
などという話があった翌日のことである。
降谷は米花サンプラザホテルに来ていた。
15階からの景色は素晴らしく、大ホールでは「結婚を祝う会」が開かれ多くの客が行き交っている。
正装のコナンがやや呆れ顔で降谷に声をかけてきた。
「よく来たね。安室さん知り合いいっぱいじゃない?」
「皆理解してるから問題ないよ。公安に進んだ人間は割と目立つし」
「僕は名前が消されてるから余計に分かりやすいよ」と肩をすくめた。
まだまだ公官庁の年賀状文化は現役だ。
降谷とて同期や先輩に挨拶は欠かせないし、その時下手なハガキを送って相手の立場を損ねてはいけない。
というわけで降谷は要注意人物なのである。
コナンはほへぇと瞬いてから、話を本題へと切り替える。
「それで、例の事件について教えてくれるんだよね」
「どうしようかなぁ。コナンくん突っ走らない?」
「場合による。で、知ってるんなら早く!」
「仕方ないなー」
降谷は絆されて甘めになった判断で情報を送った。
ここまで絆されるともう身内でしかないので、自分ともあろうものが蛇口ダバダバなのである。
これは距離を詰めてくるコナンくんが悪いので俺は悪くない、と降谷は内心言い訳した。
ピロン、と着信音にコナンはスマホを開いた。
「!!!警視長の息子が犯人の疑い……なるほど、だから目暮警部も何も話さないんだ」
「こら、口に出さない。僕らも苦労してるんだよ?身内の恥をマスメディアに知られたら格好の餌になってしまうし」
「次の標的、佐藤刑事の可能性が高いんだよね」
事件は先日、奈良沢治警部補が何者かに射殺されたことに端を発する。
次いでマンション地下駐車場で芝陽一郎巡査部長が同様に射殺。
警察を狙った事件として捜査が続いている。
その犯人が小田切警視長の息子となると、それは社会的影響は計り知れない。
上層部まで波及する責任問題となることは間違いないだろう。
遠目では毛利探偵が目暮警部に詳細を伝えるのを断られて不審がっている。
厳に情報統制が敷かれているのは間違いない。
会話しているうちに佐藤刑事に動きがあった。
護衛を断ってバッグを受けとり、化粧室へとむかっているようだ。
共通点から、次の狙いは佐藤刑事だとすでに目星がついている。
コナンと安室は両者頷き、静かに後をつけた。
廊下もシックな暗い色合いの絨毯が敷かれていて、革靴でも歩きやすい。
高級ホテルの最上階なだけあり、どこも高級感あふれる内装だった。
そこをゆっくりとついていき、曲がり角で立ち止まる。
流石に女子トイレの中にまでついて行ったら降谷の顔面でも檻にぶち込まれるので。
こういう時マギ⭐︎マリは便利だな…俺も身につけられるものか……とくだらないことを思案していると。
バチン、と急に館内の明かりが一斉に落ちてしまう。
外はすでに夜。
月明かりもない廊下は暗闇に包まれ、わずかに非常階段の案内板だけが光を灯す。
「誰だ!!!」
先ほどまでいなかった何者かが、こちらに急速に近寄ってきていた。
かちゃり、と小さく撃鉄を起こす音は聞き間違いようもない。
その男は無言で、この暗闇の中で三発銃を当てずっぽうに撃ち始めた。
思わず背を低くしたが、それはコナンの腕時計に当たった。
壊れたそれが回路の関係か、電灯としての機能もあったのかパッと暗闇を照らす。
それは犯人の姿を煌々と映し出していた。
咄嗟に、降谷はコナンの小さな体を抱え込んだ。
銃声。
「があッ!?!?」
「………」
サイレンサー付きの拳銃で銃弾が数発、コナンを抱える安室の体に容赦なく撃ち込まれる。
そのまま犯人が安室の体を蹴り飛ばして、安室の体が激しく壁に打ち付けられる。
絵画の縁に頭を強打し、派手に血が垂れる。
目撃者であるコナンを引き摺り出して射殺しようとしているのだ。
それでも安室はコナンを離そうとはしなかった。
犯人は舌打ちし、そのままコナンを置いて走り去った。
「待てっ!!!!」とコナンが叫ぶも、安室にのしかかられている形のコナンは動けない。
ただ安室の体を押さえているだけで、両手がひたひたと濡れそぼる。
出血がひどいのだろう。
間も無く明かりが戻ると、その惨状が明らかになった。
大量の出血で、血溜まりの中に倒れ伏す安室は完全に意識を失っていたのである。
その血に塗れたコナンの体は、なんとも皮肉なことに傷ひとつなかった。
・マーリン
やばくなったら言ってってゆったのに!!!!
過保護ではないので体調モニタリングはしてないのでまだ事態には気付いてない。
・降谷さん
蘭ちゃんの代わりに記憶喪失を引き取る漢の中の漢。