本日夜、回復後初のお仕事である。
ツインタワービルにやってきた私たちは、そっと連絡橋の前で佇んだ。
隣のビルは商業施設なので、侵入するならこちらからが一番早い。
『ジンも全く、爆弾設置ぐらい下っ端にやらせればいいのに』
『中央監視室への睡眠誘導は完了済み。みんな寝てるから自由に出入りできるよ』
『すまない、マーリン。あとは僕がやる』
あらかじめ入手していたデータで認証後、物理キーで解錠。
屋上、40階のサーバールーム、地下4階の電気室へと順番に爆弾を設置していく。
降谷君の顔は暗い。
そりゃ爆弾犯をやらされて顔が明るくなるわけもないか。
全て仕掛け終えてから、降谷君は堂々と一階の正面玄関から外へ出た。
監視カメラも全てダウンさせてある。
降谷零の犯行を特定する要素は何一つないだろう。
降谷君はスマホを取り出し、ジンに連絡した。
「終わりましたよ。病み上がりに優しめの仕事を回してくれた気遣いには感謝しますが…これでは内部の人間に逃げられますよ?」
『別にいい。狙いはサーバーだからな。そこのプログラマーが組織のPCに侵入してデータを転送した疑いがある』
「へぇ、なかなかの腕前ですね。下手人は仕留めたんですか?」
『テメェに暗殺を依頼した原という男がそうだ』
「ああ、あの男がそうだったんですね。あっけないものだ」
降谷くんは肩をすくめた。
暗殺任務は少なくないため、その程度で揺らぐ心でもない。
だがやはり気分のいいものではないから、降谷君の顔が一段暗くなる。
ジンがせせら笑うように機嫌良さそうに口を開いた。
『シェリーが明日このビルに来る。爆破はその時に合わせるつもりだ』
「ああ、中央の別電源のエレベーターに獲物を集めるつもりですか。そこまで執拗に死亡確認せずとも、丸ごと爆破すれば死ぬでしょうに」
『俺は慎重なタチなんでな』
クツクツと銀髪君が笑いを漏らす。
私が悪魔として活動するようになってから、随分と態度が軟化したらしい。
私は軟化した態度の彼しかあまり知らないが、なんでも平然と捨て駒にしてくるから生き延びるのが大変なんだとか。
今は同胞の体調を心配するぐらいだから、やはり大きな違いである。
『バーボン、噂によると記憶喪失だったみてぇだが、悪魔が健在とわかって嬉しいぜ』
「記憶喪失如きで契約は反故にはなりませんよ。なんです、僕にシェリーを仕留めろと?」
『それも悪くはねぇがな』
銀髪君は凶悪な愉悦の笑みを浮かべてバーボンを称えた。
『テメェの任務は見せしめが一番いい。あの惨たらしい死に様にこそ、組織の闇の深さを誰しもが思い知る力がある』
「気軽に言ってくれますが、相棒に頼むのもタダじゃないですからね」
『ふん、多少出し惜しむのも手ではあるか』
ジンはそれだけ言って電話を切った。
先日の任務でもそうだったが、私を使う場合死に様を指定してくることが多い。
よって降谷君が逃したり仕方なく射殺したあと、私が幻を見せることが時々ある。
惨たらしい死体の幻は私の幻であるが故、現実に触れて匂って凄惨な死に様を見せつける。
それを銀髪君は大層好んでいるらしい。
先日の生きたままバラバラに解体され苦悶の表情を見せる死体は、かなり評価が高かったようだ。
まあ私は人類史経験豊富だからね。
苦しんで殺された人の再現バリエーションは豊富ですよ。
人類がいかに碌でもない歴史を歩んできたかという証左でもある。
両手足の骨を粉になるまで砕いてそれを両側から引っ張って腹を割いてとか。
こっちも銀髪君大喜びの死体だったが。
降谷君がため息をついて頭に手を当てた。
『どうする?志保さんが明日このビルに来るというのは初耳だが』
『今の流れなら降谷君が干渉せずとも志保さんは助かるよ。とはいえ、相当危険な橋を渡ることにはなるけどね』
『………なるべくなら僕も付いていたいが、彼女にどの面下げて会うかという問題もある』
現状、降谷くんは「姉である宮野明美を残酷に殺してのけた狂人の悪魔憑き」だからな。
近くにいるだけで志保さんの心は休まらないだろう。
下手するとナイフ持って突貫されかねない。
裏方の方がいいのは間違いなさそうだ。
『これが終わったら明美さんの生存を伝えていいというのは本当なのか?』
『正確には降谷くんの超常の能力が本物だと伝えていい、ってことだね。連鎖的に宮野さんの生存も確かだとわかると思うけど』
『なら問題ない。ああ、やっと肩の荷が降りる』
降谷くんは大きく伸びをした。
もちろん、悪魔憑きが悪魔に騙されていると思われる確率はゼロではないわけだが。
見落としているのか考えないようにしているのか、降谷くんは嬉しそうにニコニコしたのだった。
さて、ツインタワービル爆破当日。
向かいのビルで、降谷くんはウォッカにバッグ入りのPCとスイッチを渡した。
「これ、起爆システムの制御スイッチです。不具合でカウントダウンがうまく作動しない時に使ってください。アプリはこっちのスマホに入ってます」
「おうよ、悪いなバーボン」
「シェリーの狙撃はジンがやるんですよね」
「そうだな、ツインタワーの片側から窓付きエレベーターを狙ってやる予定だ。兄貴の腕前なら間違いねぇよ」
少しだけするりと目を細め、降谷くんが私に声をかけてくる。
『今志保さんは幼児化してる。これなら誤って狙撃される心配もないはずだ。となると、あとは爆弾から全員避難できるかどうかか』
『中の人員を殺す気はないんだよね?』
『ああ。元々別電源のエレベーターは生きてるから、爆発したとして全員が避難できるはずだ。組織の任務としては穏当な方だよ』
降谷くんが背を向けたのに合わせて、演出も兼ねて長大な黒い翼を具現化させる。
ギョッとウォッカがのけぞった。
「じゃあ僕は帰ります。相棒がお腹を空かせてるみたいなので、ご飯の調達の必要がありますから」
「お、おう。助かったぜバーボン」
「必要があれば呼んでください。ここに転移しますので。それでは」
バサリと翼が羽ばたくと同時に闇が舞い広がり、降谷君の姿が掻き消える。
アヴァロンへの一時転移だ。
ウォッカは呆然として「やっぱヤベェな、バーボンの野郎……」と漏らしたのだった。
コナン達は屋上を目指し歩いていた。
爆発が起こったのは40階。
組織の狙撃など種々の不測の事態があった結果、少年探偵団は完全に逃げ遅れていた。
ビルと運命を共にしようとしていた今回の殺人の犯人を連れての行軍だ。
やはり負担は大きかった。
腕時計のライトを頼りに恐々と前を歩く少年探偵団を前に、コナンと灰原が最後尾を歩いている。
灰原が密やかにコナンへ言葉を落とした。
「今回の事件、バーボンが動いている可能性が高いわ」
「っ、安室さんが?」
灰原は自分の代わりに園子の命が狙われたのがショックだったのか、顔色がやや悪い。
「マンションで死んでた原さんの死体を見たでしょう。まるで何か重機で無理やり肉と骨を引き裂いたようにバラバラになってた。あれはバーボンのやり方よ」
「……一体、どうやって。実際に機器を使ってから部屋に運び込んだとして、その意図もわからない」
「意図は分かり切ってるわ。見せしめよ」
灰原が僅かに身を震わせた。
「いつもバーボンが殺すのは見せしめのためよ。裏切り者を苦しめて引き裂いて、その凄惨な様子をジンが記録に残すの。そんな輩が二度と出ないように」
「…………」
コナンは少しだけ沈黙したあと、ふっと笑って肩をすくめた。
「オメーが幼児化してることは奴らにはバレてねぇ。だから今回園子が狙われた」
「何を考えてバーボンが黙っているのかはわからないけど、時間の問題よ」
「違う。生き残ってみせるさ。俺も、お前も」
じっと真っ直ぐに目を見て、コナンの決意を伝えてみせる。
「安室さんには正しく罪を償わせる。俺たちは生き残る。お前に罪は犯させない」
「………」
「全部やり遂げてみせるさ」
灰原は瞳を揺らして、柔らかく呆れたように肩の力を抜いた。
「不思議ね。あなたが言うと、なんだか希望がある気がしてくる」
「だろ?」
「そうね。希望は捨てないほうがいい。あの子達のためにも」
前を歩く子供達は迷いながら泣きそうになりながら、それでも懸命に歩いていた。
結局。
子供達は大人もあっと驚く方法で脱出してのけた。
車を使った大脱出は誰一人欠けても実行不可能だったろう。
その奇跡のような顛末に、灰原は救われたような笑みを浮かべて子供達と喜びを分かち合ったのであった。
・バーボンの一言
本当に志保さん達助かったから良かったものの!
ギリギリすぎるだろ!
もし僕のせいで死んだってなったら差し違えても赤井を殺してたからな!!
・マーリンの返答
なんの罪もない赤井くんが殺されるのか…。
次回、掲示板回。