昼間、寂れた公園でコナンと風見は密会していた。
ここは子供達に不人気で人の寄りつかない、狭い公園だ。
時折サラリーマンがお弁当を食べるのに使っているくらいで、なぜか子供達はもう少し遠めの別の公園へよく集まる。
だからこそコナンたちはここを密会の場としたわけだが。
ベンチを挟んで互い違いに座り、声だけで情報をやり取りする。
あまり向き合っているところを見られたくないためだ。
「すまないな、呼び出してしまって」
「ううん。僕の方も話がしたかったし」
コナンは少し考えてから、サッカーボールを取り出してリフティングし始めた。
子供が遊んでいるように装ったのだ。
それを理解して、風見もそっと言葉を続ける。
「降谷さんについて、君はどう考える?」
「科学で説明できない現象に僕らが巻き込まれたのは、認めなければいけない事実だ」
「たしかに。あれほど捜索して見つからなかった行方不明者が、くずれかけた神社の本殿内に折り重なって発見されたのは……神秘としか言いようがない」
死体はどれも死後一週間は経過していた。
数日前に行方不明になった人も含めてだ。
その時間的齟齬はどうしても説明がつかず、公安でも苦慮しているところである。
3日前に家族団欒をしていた人間が、どうして死後一週間から10日は経っているはずなのか。
つまり、あの全てがコナンたちの錯覚だったとして、事件の謎は残るわけである。
コナンはリフティングを続けながらそっと目を細めた。
「加えて、あの空間での仔細を証明するもう一つの手がかりが、あの掲示板にある」
「悪魔とやらか」
掲示板の記載についてはすでにコナンも確認している。
どうやら暫定悪魔とやら自身が風見の思考を読んで書き込んでいた……ということらしい。
安室の容姿など機密情報も含まれるため、すでに該当スレッド自体はネット上からは消去されている。
だが、その内容は風見が保管し精査を続けているとのこと。
「終始、安室さんは僕らを守ってた。あの小学校で怪異被害にあった子供達の霊からも。理科室にいたおかしな化け物からも」
「そうだな。私自身、降谷さんがいなくては生きていられなかっただろうと確信している」
「だから安室さんの自由意志は間違いなくまだある。つまり、悪魔に成り代わられているということはないと思う」
「………契約か」
契約。あるいは取引。
掲示板の人間のコメントを信じすぎるのも問題だが、右手に印があるなどと複数人が証言していたのは気がかりだ。
それは悪魔と繋がっていて、安室を隷属、もしくは束縛しているらしい。
実際安室も取引について発言している。
「感情を食べるかわりに力を貸す。つまり、食べ方を通してあの人を意図的に悪や狂気に傾けることができるかもしれない」
「そうだな。仕方なかったとはいえ、あの窮地で相当降谷さんに取引をさせてしまった恐れがある。そのレートが善良であるはずもない」
重い沈黙が場に満ちる。
あの魂を溶かすという黒い油のようなもの、手帳に書いた不可思議な印。
掲示板の人間の反応からして、安い取引で得られるものとは考えづらかった。
コナンはぽん、と強く飛ばしたボールを手の中にキャッチし、小脇に抱えた。
「ともかく、今後僕はあの人になるべく取引させないように立ち回ることを重視するよ」
「頼んだ。私はあの悪魔が名乗った『人類悪』という単語について調べることとする」
人類悪が一角、虚構でもって人々を救う大災害、救世主が持って行き損ねた罪。
夢幻の獣、ビーストI。
救世主という用語からして、聖書や神学に関連があるものかもしれない。
謎は多い。そもそも神秘を知ったばかりの二人にとって、悪魔と相対するなど暗中模索も甚だしい。
それでも。
彼を狂気から、そして怪異から解放するため。
二人は頷きあったのだった。
その頃、私たちは阿笠邸へと訪れていた。
ついに志保さんへ姉の生存を伝えることにしたのだ。
本来ならコナン君を通じて安全に会わせるつもりだったが、計画が狂ってしまったからな。
降谷くんを直に志保さんへ合わせるのは危険を伴うが、それ以外に方法もない。
というわけで、今日は阿笠邸にやって来ているわけである。
チャイムを鳴らすと阿笠博士が出て来たようだ。
阿笠博士は安室を見て分かりやすく挙動不審になった。
「あ、あのー、何か用かの?」
「灰原哀さんに用があって来ました。お話を伺えますか?」
「いやあ、その、哀君は今忙しくて…少し待っておれ」
慌てて阿笠博士は奥へ引っ込んだ。
どうやら志保さんと相談しているらしい。
しばらくすると、殺人鬼の表情をした志保さんがうっそりと顔を出した。
凄まじく鋭い視線で降谷くんを睨みつけ、いやいや口を開く。
「なに?」
「君と少し話したいことがあってね。今から時間はいいかな?」
「私に話すことは無いわ。帰ってちょうだい」
すげない態度は想定の範囲内。
そのまま引っ込もうとする志保さん相手に、降谷くんはキラーワードをすかさず放った。
「君のお姉さんに関係することなんだけど」
「…………」
志保さんが振り返る。
その目には凄まじい憎悪と殺気が宿っていた。
「貴方、どの面下げてそれを口に出してるの」
「こちらにもそれなりの事情があってね」
「つまらないことならその場で毒を盛られても恨まないでちょうだいね」
「もちろん。話すにあたりここから徒歩5分のチェーン喫茶に行きたいんだけど、構わないかい?」
「いいわ。どこでも」
近場のチェーン店はこの時間帯まだ空いている。
特に待たされることもないだろう。
二人は緊迫した距離を伴ったまま、喫茶店に入った。
スマホを握りしめ、いつでも逃げられれように志保さんが浅く座る。
いつでも息の根を止められるように、いつ殺されそうになってもいいように。
志保さんは極限まで気を張っているらしかった。
「さて、君に殺される前に本題に入ろうか」
水を置いた店員の後ろ姿をチラリと確認して、降谷くんは笑顔を作った。
志保さんの視線にはごうごうと殺意が燃え盛っている。
「僕はあの時小細工して、君の姉を助けた。君が見た死体はフェイクだ」
「面白くない冗談ね。貴方にそんなことをする理由がないわ」
「僕、君の母親と知り合いなんだ」
思いもかけない発言に、志保さんは目を大きく見開いた。
それから怒りを新たに降谷くんを睨みつける。
「宮野明美さんとも幼馴染だし。救いたいと思って当然だろう?」
「ふざけないで。じゃああの姉の服を着た死体は誰だっていうのよ」
「誰だっていいだろう?ともかく、僕はエレーナ先生の子供である君と明美さんを救いたかった。だから、ここに連れて来た」
「いい加減にして。そんな与太話をされるなら帰るわ」
志保さんが耐えきれないと言ったように立ち上がった、その時である。
背後から、一つの声がかかった。
「志保」
志保さんは愕然と、あるいは何も考えられないかのように指先を震わせて硬直した。
「おねえ、ちゃん」と、掠れた声が自然と口から漏れ出てくる。
一歩下がった。
怖くて怖くて、手を伸ばせないとでもいうように瞳が恐怖に揺れている。
それが本当に姉だったら。
それが実は姉じゃなかったら。
こんな鮮烈な希望を前に、信じて心を拡げるのは恐ろしすぎる。
硬直する妹を前に、明美さんはぎゅむ、と自らほっぺをつねってビヨビヨさせた。
「お、おねえちゃん?」
「ベルモットじゃありません!ね、安心でしょ?」
「そん、なの」
「彼の言ってることは本当よ。まだ志保がお腹にいた頃だから知らないとは思うけど、彼とは一緒に遊んだりしてたの」
「…………うそ」
震える志保さんの両手をとって、明美さんは在りし日の如く柔らかや笑みを浮かべてみせた。
「志保が小さくなって、なんだか昔を思い出すわ。そのぐらいの頃、志保は留学しててなかなか会えなかったから」
「……!」
「あの時はあんまり向こうで友達できなかったみたいだけど、今の志保は楽しそうだわ。ふふ、怪我の功名ね!」
「ほんとう、に」
明美さんは涙を流す彼女の頬を拭って、瞳を合わせてしっかりと頷いた。
「志保、よく頑張ったわね」
ああ、ああああああああああ。
カフェの店員もまばらな客も、それを子供の癇癪と誤解しただろう。
お母さんに泣きついた子供の些末な泣き声だと、皆気に留めた様子もなかった。
そこにあり得ざる姉妹の再会を疑うものはいなかったし、それを知る降谷さんは満足に微笑むのみだった。
降谷君が遠い顔をして私に念話を送ってくる。
『ところでこれ、コナン君たちには悪魔の陰謀とか思われるんだよな?』
『もちろん幻影を使った悪魔の詐称か、悪魔が故人に化けてるあたりなんじゃないかな?まだ1日1時間ずつおろして体を慣らしていくタイミングだからずっと現実世界にはいられないし』
『ぶん殴っていいか。もうなんか僕まで疑心暗鬼になって来て全部幻なんじゃないかと思えて来た』
『流石に人類悪顕現しないとそんなことしないってば』
『するんじゃないか悪魔め』
・人類悪と聖書
実はそれを示唆する内容があったりする。
「確かにあなたがいう通り、人である限り拭ってはならぬ罪がある。私がそれを持っていくことはできない。しかし、虚構でもって人を救う災いは、あなたには似合わない」
主はおっしゃられた。
「人の罪の一角、夢の獣があなただ。いつの日が必ず私はあなたを救い、それによって人々を救おう」