あれから、志保さんには口止めをして別れることとなった、
そのままにしては妙な勘違いを生んでしまいかねないからな。
あれだ、悪魔が次は志保さんを誘惑し始めたとかそう言うアレ。
ちなみに、今後こまめに会うことが決定してるので、指数関数的にバレる確率は上がっていく。
これは崩壊が決定した一時凌ぎである。
降谷くんは遠くを見て黄昏ていた。
さて。
今日は組織の仕事で暗殺を行う予定だ。
杯戸公園でキールが取材活動と偽って標的を誘導して、コルンとキャンティが狙撃するのである。
近場の集合予定地である地下駐車場にRX-7を停めて、降谷くんはふぅとステアリングに軽く寄りかかった。
隣にはポルシェ356A、ジンの車が止まってる。
運転席の窓を開けて、降谷くんはぼやいた。
「ジン、これだけ幹部勢揃いで僕まで顔を出す必要ありましたか?」
「不測の事態があった時のためだ。備えあれば憂いなし、そうだろうバーボン?」
「それなら構いませんが」
ジンが友好的な笑みを浮かべた。
100人ぐらいぶっ殺したような笑顔だが、私もだんだんそれが親しげな笑みというやつだと分かるようになってきたのだ。
助手席のウォッカが複雑そうな表情をしている。
兄貴をとられた弟分の嫉妬の顔である。
そこにキールが現れた。
ポルシェの隣に車をつける。遅刻だ。
どうやら追跡の車がいたので遅れたらしい。
「あら、バーボンもいたのね。そこまで難しい任務には見えなかったけど」
「テメェがしくじった時、引き裂く役が必要だろう?」
「酷い話だわ。失敗するのを望んでいるの?」
「どうだかな」
軽口というには刺々しい会話だ。
ジンはキールをNOCだとハナから決めつけているらしい。
降谷くんが肩をすくめた。
「別にどちらでも構いませんよ。相棒はキールはそこそこ味が良さそうだと言っているので。貰えるなら引き取ります。もちろん生き餌でお願いしますよ」
「はっ、悪魔も裏切り者の気配がわかるらしい」
「変なこと言わないで、任務に集中しましょう。私を殺せばDJは殺れないんじゃなくて?」
「ふん」
ジンがせせら笑うような表情を見せた。
私はごほんと咳払いして降谷くんに声をかける。
『降谷くん、ここでお知らせ』
『その言い方不吉すぎる』
『キールの靴に盗聴器ついてる。コナンくんの盗聴器だ』
『あの子は!!!!!!!!』
降谷君が苦虫を噛み潰した顔で内心でだけ叫んだ。
一部始終を偶然見ていたが、壁から剥がれ落ちた盗聴器を偶然キールが踏んで、偶然いい具合に張り付いたようだ。
経緯を説明すると、あっという間に降谷くんは宇宙猫となった。
正直偶然が重なりすぎだもんな。
それでクリティカルで組織員の暗殺現場に導かれることあるか?
降谷くんがパチパチと呆然と瞬いた。
『あの子の奇運はどうなってるんだ?爆発だけで今年3回以上巻き込まれてるし』
『もう7年経ってるよ』
『主観今年一年だから今年一年でいいんだ。というか僕30代後半じゃないか。もう狂人の玄人だな』
降谷くんが誇らしそうに胸を張り始めたので、私は痛ましさに涙するなどした。
可哀想に降谷くん…すっかり狂人が板について……。
などと同情しているのがバレて、降谷くんに「コブラツイスト」とだけ宣言された。
最近降谷くんのプロレスラー化が激しい。
コナンくんに気を遣ったのか、降谷くんがそっと口を開いた。
「エディPが狩場だと聞きましたが、目撃者が多くなりすぎませんか?」
「構いやしねぇよ。コルンとキャンティが捕まらなきゃ済む話だ」
「それもそうですね」
降谷くんが肩をすくめて頷いた。
コナンくんが聞いてることを念頭に置いてヒントを残してくれたのだろう。
そろそろ時間だ。
車を動かして現場に向かう。
まずはキールがTV取材に偽装して、クルーを連れて標的を誘導するところからだ。
少し離れたところに車を停めて、降谷くんはぼんやりとことの次第を見守った。
標的は土門康輝と言って、過激な発言で人気を集める政治家だ。
助けるなら今しかない。
『どうする?もしご希望なら救助も可能だけど』
『……危険な賭けに出る必要はない。どうせ、近々政治犯として逮捕が予定されている男だ』
『公安は怖いねぇ』
この世界の公安に捕まったら普通に拷問も「行方不明」もありうるし、時間の問題だったということらしい。
もしかしたら公安としては消してくれてありがとうぐらいの勢いかもしれない。
なんなら組織の犯行も公安の仕業と言われるのか。
平然と冷たい顔をする降谷くんだが、その内心に割り切れない思いを抱えているのもわかっている。
もう少しで狙撃地点、というところでスプリンクラーが作動する。
どうやらわざとスプリンクラーを作動させ、人々に傘をささせて狙撃を妨害する作戦らしい。
『コナンくんはまだ諦めてないみたいだね』
『………そうだな。彼の方が、正しい』
コナンくんは人の命を救うことに真摯だ。
誰であっても、なんであっても命をかけて命を救う。
失ってしまった清廉さの一端を見たような気がして、降谷くんは後悔するように瞳を伏せた。
スプリンクラーに合わせて、そのうち雨が降ってくる。
天が味方したかのように予報を無視した雨が降り出し、傘で射線が完全に阻害される。
ジンが舌打ちした。
「止ませろ、バーボン。できるな?」
「天候操作は対価が重いんですよ。一ヶ月は僕も使い物になりませんよ?まったく、気軽に言ってくれる」
「……ならいい。まだ計画には続きがある。悪魔を使うにはまだ早ぇ」
銀髪くんは今最強の手札を切るのは勿体無いと判断したらしい。
もう一度舌打ちして、車を発進させた。
そろそろコナンくんの盗聴器を回収するべきだろう。
車の中に戻り、降谷くんが電話をかけた。
向こうも表示された名前を見てすぐに察しがついたらしい。
緊張感と共にこちらへ問いかけてきた。
『安室さん?』
「いけない子だ。組織の人間に盗聴器を仕掛けるなんて。いや、偶然だとは知ってるけどね」
『………あなたの言うマーリンから聞いたの?』
「そうだよ。偶然組織幹部の靴に盗聴器が引っ付いたって、一周回ってギャグだよ。僕びっくりしたよ」
『それは僕もびっくりしたけどさぁ』
コナンくんが嘆息した。
降谷くんが本題を切り出す。
「計画では本日16時ごろ、鳥矢大橋の上を通る土門の車を狙って次の暗殺計画が動く」
『…っ!!!』
「頼んだ、名探偵。どうか我が国の国民の命を救ってくれ」
『もちろん。任せてよ』
失ってしまった正しさの象徴に、降谷くんはそっと祈りを託した。
力強い返事だ。
きっと彼に任せれば安心だと、そう確信できる光がそこにはあった。
目の眩まんばかりの光だった。
それから数時間後。
キールが捕えられたと一報が入った。
鳥矢大橋付近で待っていた降谷くんの元に、キールもターゲットの車も現れなかった。
代わりにジンが車を停めて、苦々しげに顔を顰める。
「ベルモットから連絡があった。牽制だろうが、狙撃があった。ライ…赤井秀一だ」
「!!!」
降谷くんがギリ、と奥歯を強く噛み締める。
「ああ、シルバーブレッドですか。あの男に過分な名前がついたものだ。逃げ隠れる腕はなかなかの物ではありますが」
「組織でもまだ奴の暗殺は成功してねぇ。どうする?テメェがやるか」
「ちょっと相棒と相談します。相棒の好みとかありますし」
そう言ってわざとぼんやりとした顔をする。
話し合っている雰囲気をわかりやすくするためだろう。
『どうする?赤井が危険なようなら保護するのも手だが…あの男だし、ゴキブリのようにしぶとく生き残るとは思う』
『どうもコナンくんと組んでるみたいだし、そっとしておいた方がいいんじゃないかい?』
『あー、それはそうだな。コナンくんに任せるか。というかあんなやつ入れたらアヴァロンが穢れるし。よし』
アヴァロンが穢れるとか新概念を持ち出し、降谷くんは思考を切り替えた。
「相棒はいらないそうです。相棒がいらないなら僕もあんまり乗り気にはなれませんね」
「ふん、ならいいさ。キールの奪還作戦を組む。テメェも参加しろ」
「了解しました」
暗い闇夜のような笑みで降谷くんは応えた。
組織で神秘を扱う不吉の象徴。
悪魔憑きのバーボンとして。
・ジンニキ
悪魔の力の代償に段々と精神を病んでいくバーボンをかなり気に入っている。
降谷さんの狂人演技の上達バロメーター。
・バーボン
最近は便利なので「代償として正気を失う」を多用してる。
碌でもない犯罪者の下っ端を狂気を理由に始末したり警察に突き出したりしてる。
「狂気バリエーションが乏しくなってきた」とかぼやいたらマーリンにマジの発狂モードを善意で体験させられて恨んでる。