ベルモットは暗い室内でソファに座り、足を組んだ。
向かいにはジンとウォッカがぶっきらぼうに腰を落ち着かせている。
机の上の灰皿に吸い殻を押し付け、ジンはニタリと笑った。
「どうだった、ベルモット」
「スリーメイソンとの接触は成功したわ。けどあんな怪しげな連中、金輪際関わりたくないわね」
「それで、成果はあったんだろうな?」
スリーメイソン。
表向きは大企業だが、宝石の密輸などで多額の資金を調達する裏組織である。
魔術じみた怪しげな技術を用いるということで裏社会では有名であり、その噂を確かめるために今回接触を果たしたところが大きい。
「まず、悪魔について。呼び出すことは不可能じゃないそうよ。使う奴はいないって言ってたけどね」
「ほう?」
「単純に、あまりに高利貸しすぎるそうよ」
悪魔は実在する。人間に取引を持ちかけ、力も貸す。
だが問題は、奴らがあまりに高利貸しで悪意に満ちているということなのだそうだ。
子供騙しの魔術未満で契約者を騙し、それをもって人を破滅させる悪辣な存在。
寓話にあるように悪魔との騙し合いも難しい。
そもそも奴らからむしり取れるような利益を得ることが大変なのだと言う。
「だから悪魔との契約はお勧めしない。消費者金融と取引した方がまだマシだそうよ。金は嘘をつかないからって」
「…………ならバーボンの悪魔はなんなんだ」
「そっちも話は聞いてきたわ」
バーボンの悪魔について。
これはベルモットがスリーメイソンから情報を得るにあたり対価として差し出した情報でもある。
彼らは非常に珍しい魔術事象として喜んで取引の応じた。
さて、そこにあたりバーボンの悪魔がどのように語られたか。
それはベルモットとしても非常に予想外のものであった。
「彼ら曰く、バーボンが使役しているのは純正の悪魔でない可能性が高いそうよ。古代、アミニズムが祀った自然神の零落したものが悪魔の要素を得たんじゃないか、とも言っていたけど」
「ほう?神の力とでも言うつもりか?」
「さあ。なんでも、あまりに強大すぎるのだとか。バーボンの実績を加味すると、とてもただの悪魔ができる範疇を超えてるそうよ」
あくまで記録上のことだから正確なことは言えないそうだ。
カメラを回しても映像には映らないし、共有できる情報には限りがあった。
少なくとも、死体をぐずぐずに溶かす魔術については「これが本当なら信じられないほど強力な魔術を使う存在だ」と証言を得られた程度。
やはり謎が多いと言わざるを得ないだろう。
「バーボンのアレが悪魔でなく神だったとして、俺たちにはなんの影響もない。ただ組織のために利用するのみだ」
「原理もわからないものを実践投入するのに不安もあるのだけど」
「問題が出れば考えればいい。奴はこれまで結果を出し続けてきた。ならば信用に足る。そうだろうベルモット?」
にたり、とジンが笑みを形作る。
ベルモットはジンの意図を理解して嘆息した。
「最後に、魔術についてよ。奴らの口は固かったけど、一応言質は取れたわ」
「ほう?どうだった」
「まず、バーボンのそれは埒外の所業。同じ精度を求められても困るそうよ。いくら悪魔の所業だとして、リソースが無限にあるわけではないからだとか」
それはリソースを無視したあまりに強大な御技だった。
「我々が健気にスタンガンを振り回している時、まるで原子力発電所が歩いているかのようだ」とはベルモットが接触した担当者の言葉だ。
それほどに隔絶した力が使われているらしい。
「習得したいなら、30年研磨を積めばで火花の一つぐらいは起こせるようになるそうよ。弟子入りは受付中らしいわ」
「ふん。出し惜しみか、それとも別の仕掛けがあるのか」
あまり実りある状況とは言えず、ジンは不機嫌そうに鼻を鳴らしたようだった。
ベルモットはため息をついて腕を組んだ。
「こんなのバーボンに直接聞けば手間がないんじゃなくて?」
「奴は『願う専門』だそうだ。願いを伝えるだけであって、どうやって結果を出力するかはわからねーとよ」
「なるほど。それは道理ね」
偶然に夢の中で偶然に邂逅した悪魔は、
それ以来、願いの対価に己を捧げれば常にそばについているようになった。
概してそんな話をバーボンはしている。
つまり、対価として差し出す己は有限ということだ。
「まあいい。バーボンに限界が来た時のために備えがあればと思ったが」
「彼、大丈夫なの?最近とみに様子がおかしい時が増えたけど」
「俺からも悪魔の使用を控えるように伝えてある。奴は切り札だ。無駄遣いはできねぇ」
ジンの言葉に、今まで黙ったっきりだったウォッカがおずおずと口を開いた。
その表情はにがり切っている。
「俺としては、あんまり歓迎できないとは思いますけどね」
「ウォッカ」
「すみません兄貴。でも奴の力には再現性がない。受け継ぐことも難しい。使い捨ての力ですぜ」
ウォッカのいうことはもっともだ。
組織というスパンで見る限り何の益にもならない力。
「だからこそ、組織がものにしたときに力は何より強大なものとなる。そのための核がバーボンだ」
「調査を続けろ、ベルモット」とジンが言い放つ。
ウォッカがちょっとしょぼんとした顔をしたので、慌ててジンは「お前の注意には感謝する」とフォローしたようだった。
魔術結社スリーメイソンの本部では、密やかな会話が繰り広げられていた。
「それは本当なのですか?」
暗い室内。
部下の呼びかけに、組織のトップたる老人は頷いた。
四角いばかりの玉座に深く腰掛け、ローブを深く被った老人だ。
だがその魔の力は類稀なるもので、吐息一つで人を操り人形にすることを部下は知っていた。
老人がしわがれた声を落とす。
「あれをもし手中に収めることができたなら、世界を手にすることなど容易い」
「それほどの『魔』が…存在するというのですか……?」
ベルモットと名乗った女に対応したのは部下であるこの男だ。
男は魔術に対してほとんど素養はなかったが、組織をうまく運ぶ知恵と機運があった。
だからこそNo.3まで上り詰めたわけだが……。
この老人、1世紀を生きてなお健在の魔術師には恐怖を持って相対していた。
老人は男の疑問を肯定した。
「あれは人を滅ぼすものだ。私にはわかる。本来人の指示を聞くようなものではない。全てをすべからく終わらせる大災害だ」
「で、ではなぜ彼らは魔の運用を可能としているのでしょうか!?」
「わからぬ。だが、その秘密こそがバーボンという男に隠されているのであろう」
全ては、あの魔の獣にかかっている。そう、即ち我らが世界を手中に収められるかが。
老人の言葉に、部下の男は深々と頭を下げた。
事態が少しずつ動き出そうとしていた。
・スリーメイスン
「ルパン三世バイバイ・リバティー・危機一髪!」より。
魔術の心得のある秘密結社。
トップの老人・シルバーマンは紅子さんより少し下の実力を想定してます。
・夢想の獣
一等惑星級のエネルギーを蓄えた夢を司る大災害。
勿論だが人がコントロールすることは不可能。
バーボンとの令呪も、どちらかと言えばマスター側を獣の端末に変換・隷属させるもの。
とはいえ、本人がツノを生やさないようにしている限り安全。