スコッチ死亡を魔術で偽装した翌日早朝である。
いつも通り殺風景な、モデルルームのようなセーフティハウスは混沌に包まれていた。
泣き腫らす降谷くん、そろそろしびれを切らしてきた諸伏くん、そして困り果てた私。
降谷くんは諸伏くんを羽交締めにして離さないまま、もう一時間が経過している。
諸伏くんは腕を掴まれている影響で痺れすぎて腕の感覚が無くなってきたらしい。
半泣きである。
理想郷で再会を果たした後、疲労の行き過ぎで気絶した降谷くんとともに私と諸伏くんは現実世界へと帰還していた。
ただし多少の問題発生。
帰還と同時に突如現れた人の気配に飛び起きた降谷くんは、疲労で回転しない脳のままここを夢の中だと誤認。
色々な感情が溢れたまま、ほとんど錯乱状態のまま諸伏君を羽交締めにして号泣することとなった。
もちろん遠慮なく締められて諸伏くんはあられもない悲鳴をあげた。
可哀想に……。
降谷くんを宥めるのは苦労を要した。
降谷君の精神が決壊してぐずぐずになってしまい、どうしようもなくなったからだ。
なにやら「俺はバカだ」「幻に逃げて、こんな、こんなものを大切にしようとしている!」「ああ、あ…」とかなんとか。
そう言えば降谷君にはこれが夢だと思い込ませてそのままだったからな。
今更「降谷君これ現実!諸伏君は生きてるから!!」と言われても、後の祭りというやつだ。
というわけで。
ドロドロのべしょべしょになってしまった成人男性が転がってる今現在である。
「本当に、……本当に現実なんですか……? ほんとうに……?」
目を真っ赤にはらして拙く問う降谷くんに、諸伏君は困り果てたまま慌てふためいた。
「よーしよーしゼロ、落ち着いて、俺はここだから!幽霊でもないってば!」
「……でもヒロの死体は俺が処分したし……やっぱり幻覚……」
「何回も言ってるけど触れられる幻覚とか無いから!な、ほら、触れてるだろ?あったかいだろ?現実だって!」
「幻覚じゃない……なら、夢……?……はは、なんて、なんて酷い夢だ……ふふふ、温かくて、まるで本当に生きているみたいで……」
「あーーまたゼロの瞳からハイライトが消えたっ!!これで五回目!もうダメ!パス!マーリンなんとかしてくれ!」
諸伏くんは倒れ伏した。
崩壊した人を救うのはナザレの彼の得意技で、私は全然真似できないんだよなぁ!
私はともかく花束を取り出した。
花のお兄さんの渾身の魔術を見よ!
「よ、よーし私渾身のセラピー!ラベンダーの花束だ!ほーら降谷くん、私からの贈り物だよー落ち着いて息を吸ってー!」
「空中から花束……やっぱり、ここはまだ理想郷の……」
「バッカこんなタイミングで魔術を使うやつがあるか!もっと現実っぽくやり直し!」
「え、ちょ、ちょっと待っておくれ、今現実っぽいのを考えるから……!」
私はワタワタと周囲を見渡した。
脳内ナザレの親友が「食事はいい、ひとまず人は食べると正気になる」と囁いた気がする。
よし。
「そうだ、そう、そろそろ朝食の時間だ! 私が降谷くん用の朝食を作るというのはどうだろうか!?」
「オーケー、ならその作戦で行こう! ここは俺に任せて早く朝食を作ってきてくれ。胃に物が入ればゼロも多少は落ち着くかもしれないし」
そそくさと狭いキッチンに移動し、冷蔵庫の残り材料を確認する。
実は料理など100年単位でやっていない私である。
夢魔は感情を食うのでね……人の食べ物食べても味がせえへんのよ。
ちなみに私はうまいもん食べてる人の感情を食べるのが好き。
間接的に人間の食事をしてる気分になるので。
さて、朝食の作成だ。
人間であった前世の記憶からなんとか料理方法を引っ張り出して調理を開始する。
サー・ガウェインいわく料理とはポテト、ポテトとは料理とのこと。
いやこの世界にガウェイン卿はいなかったけど。
でも、簡単かつたくさん食べられるというのは働く成人男性にとっては必要なことだろう。
幸いジャガイモも野菜室にいくつか入っていたので、私はすべすべとして形のいいジャガイモを2つ取り出した。
メークインだっけ。
皮をむいて芽をとり、魔術で加熱。
勘で火が通ったと思った辺りで取り出し、ボウルへ投入。
そのまま筋力Bを生かして押しつぶせば完成だ。
美食と言い張ったことだし、豪華にしようと最後に塩をふんだんに振り掛けてひと工夫だ。
人間の味覚はあまりよく分からないが、塩味もついているしたぶん大丈夫だろう。
棚にあった青い量産品の皿に盛りつけて、私はそれを持って居間へと移動した。
「出来たぞぅ! マーリンさん手作りのマッシュポテトだ!」
「おお、ありがとうマーリ……塩!塩の量!!!!」
「え? どうしたんだいスコッチ」
「え、あ、うん、俺が食べるわけじゃないし、まぁ良いか。ゼロ、朝食ができたからとりあえず座れ。ほら、こっちだから」
「朝食……?」
いまだぼんやりとした瞳のままの降谷くんをダイニングテーブルへ誘導し、私たちはテーブルについた。
私はこっそりと魔術で出したハーブティーがレモングラスの香りを漂わせ、嗅覚をやわらかに刺激した。
隣の諸伏くんがふらふらする降谷くんにスプーンを手渡した。
降谷くんは心此処に在らずという調子でそれを受け取ったようだ。
目の前のマッシュポテトを認識したのかしてないのか、降谷が無造作にポテトを一すくいして口に運び。
「……っ!?!?!?!?!? ヴェ、ぐ、塩!?なんだこれはァ!塩のペースト!?」
「おっ、やっと起きたか。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!食塩中毒で殺す気か!?」
「おいおい、せっかくマーリンがお前のためにって用意した手作り料理にそんな言い方はないだろ?」
「えっ、この粘ついた塩のペーストが、マーリンの手料理……?」
後の諸伏くんいわく、それは料理とかそれ以前の問題だったらしい。
一番適切な表現があるとするなら「塩化ナトリウムが配合されたでんぷんのり」だとか。
どう控えめに見積もっても食料というより接着剤の類だと言われて、私はしょげかえった。
衝撃のあまり色々な前提が頭からすっぽり抜けたらしい降谷くんは、恐る恐る正面に座る私へと視線を向けた。
その時の私は何も知らず、ドキドキソワソワと感想を待った。
「…………」
降谷くんは唇を噛み締めて壮絶な表情を浮かべ、絞り出すように言ったのであった。
「と…………とても、おいしい、ですよ、マーリン」
「それで、詳しく君の話を聞きたいんだが」
そのように仕切り始めたのは降谷くんだ。
特製塩ペーストを食べて目も覚めたし、ひとまず頭も回り始めたらしい。
机を囲んで私たちはしばしの情報共有会を開いていた。
「改めて、私はマーリン。聖書に語られる賢者にして、各地の伝説にて魔術を振るうものだよ」
「……つまり本物?」
「多分本物。伝承の中には私でない話も混じってるけど」
諸伏くんの言葉に私は頷いた。
私は2500年前にブリテンに墜落し、1000年ほどは現世を放浪した。
各地で為政者の相談役になったり、公共事業を魔術で手伝ったり。
各地に残る大型ダムは割と私が手がけている。
古代において治水は大きな課題だったし、洪水のたびに犠牲者がたくさん出ていたからな。
一応魔術は控えめにして、後世に手入れしやすいようにと工夫してある。
魔術の素養がなくても科学のみで遠い未来まで水害に悩まされずに済むようにと頑張ったのだ。
人の力ではどうしようもない気候的な飢饉の時は継続的に食料を配ったりした。
配ったのはアヴァロンのリンゴである。
あれは人体の害になる要素をぬけば栄養満点で飢餓にもよく効くからな。
多分リンゴ配りの伝承は各地に残っているはずだ。
疫病が蔓延した時は頑張って概念的に退治した。
聖人の逸話として残る悪魔退治は、私が疫病を概念的に固めて退治可能にしたときの記録だろう。
彼の弟子たちの一部も私と一緒にいたし。
そんなことを続けていたら、まあ当たり前だが為政者による囲い込みが酷くなった。
最後の方とかほぼ監禁みたいなことになったはずだ。
座敷童だと思われたのか、城の奥のやたら豪華な座敷牢に放り込まれて飼い殺しである。
仕方ないので私は身を隠し、このアヴァロンを作ったわけである。
諸伏くんが真剣な顔で口を開いた。
「じゃあそれからはずっとここで静かに暮らしてるのか?」
「いや、割と現世に干渉してる。降谷くんみたいに紛れ込んでくる人間もいたし、私自身暇だしね」
「へぇ、例えばどんな?」
ちょっとワクワクとした顔だ。
世界の秘密を知ってしまったような、なんとなく好奇心が前に出た様子を見せる。
降谷くんが難しい顔をした。
「んー、第二次世界大戦を防いだのは本当に私の功績だと思う。あれは本気で苦労したよ」
「物騒な響きですね。世界大戦?具体的にどういった事象を指す単語です?」
降谷くんが慎重に私に聞き返した。
「簡単に言えば複数大国VS複数大国の国自体をすり潰すような消耗戦…?起こるはずだったんだよ」
「流石預言者だな。神の声で未来も知ってるってやつか」
「ん、神の声か……」
降谷君が少し思い当たる節があるような顔で視線を揺らした。
「大学で聞いた覚えがある。為政者は昔から共通の夢を見ると。悍ましい未来を見たと言って方針転換した為政者が過去に数多くいて、それは神の声ではないかと言われているんですよね」
「へえ、よく覚えてるなゼロ」
「偶然だよ。こんなところでも宗教かとくだらないと思ったんだが」
私はにこっとVサインを作った。
そう、それも私の功績である。
「私が碌でもない未来になりそうなたびに権力者に未来を見せてたんだ。ほんっとーに苦労したよ」
人間は愚かだから、夢程度じゃ行動があんまり変わらないのだ。
何回凄惨な未来を見せても「気のせいだろう!進め進め!」ってノーテンキすぎる輩が現れたり。
一人潰しても側近がその部下がと無限に悪いこと企てたり。
関係者全員呼んで映画形式でぶち込んだのに「同じ夢を見るとは気色悪い」「ですな」とか抜かすタコがいたり。
おお人類、なぜお前たちは愚かなの。
一句詠めるレベルである。
諸伏君が曖昧な笑顔を浮かべて肩をすくめた。
「人類の支配者、神そのものに等しいな。人の歴史の行く末を操作してるってやつか」
「私はそこまで大袈裟な存在じゃないよ。視界は人より広いけどね」
「未来も見えるのか?」
「私が見えるのは現在だけだよ。未来は見えないというか見えるというか」
現在の全てを見通す千里眼を用いれば、未来は見えているも同然的な理屈は立てられる、と言ったところか。
ギルガメッシュのように星の彼方までは見通せないが、未来測定の真似事は可能である。
「ともかく、諸伏君には今後一時外出を除き、3年程度はアヴァロンにいてもらうよ」
「え、そんなに自由の身に戻れないのか?」
「現世に完全に戻るのは諸伏君の体に負担がかかりすぎるからね。ゆっくりやらないととんでもないしっぺ返しを食うよ」
諸伏君は私が強引に肉体ごと引っ張っている。
レイシフトでもないし、カルデアの緻密な存在証明も無しの行いだ。
ここは私が作った擬似妖精郷だから、黄泉竈食ひの理屈も通る。
無理に戻って目玉が溶けるぐらいなら可愛いものだ。
彼はここで飲み食いしていないが、息は吸っている。
それだけで縁としては十分すぎる。
現在やっているような一時外出は可能だから、それでなんとかやりくりするより他無いだろう。
「俺の墓をなんとかしたいんだけどな…」と諸伏くんが腕を組んで唸った。
降谷くんが頷いた。
「そっちは僕が手を入れておく。なんとか逃げ延びていたと警視庁にも連絡を入れれば良いだろう。今更無職は目も当てられない」
「ゼロ…!」
「あと多分二階級特進とか諸々はなくなる」
「どうしてオチをつけてくるのか」
元気が出てきたらしく、降谷くんは柔らかく笑って諸伏くんと顔を見合わせて語り合ったのだった。
・為政者の夢
一応夢の中でマーリンと名乗るため、都市伝説な雰囲気で語られることもある。
実は各地の為政者に現在進行形でテコ入れがあるので、権力者にとっては自明の事柄だったりする。
「選ばれしものだけが、失敗を犯さぬよう神に囁きかけられるだろう」
「誇れ。その夢を見たということは、お前は選ばれしものだ」
・マーリン主のコメント
「勘違いしないでくれます?????」