コナンはホームズの拠点で一夜を過ごさせてもらって、一人少し寒い夜風に当たって考え事をしていた。
コクーンに搭載されたゲームは複数あり、コナン達はその中の一つ、オールド・タイム・ロンドン───19世紀ロンドンを舞台にした謎解きを選んだ。
すべてがデスゲームに変わってしまった今、それが一番の得意分野であったから。
コナンは静かに瞳を閉じ、静まり返るロンドンの空気を吸った。
アンブローズ・マーリン。
安室が連れてきた男だ。
イタリアの資産家で、バチカン市国で働く歴史調度品の修復職人だと言っていた。
安室が海外旅行した時に知り合ったと言っていたが……あまりにあけっぴろげな名前だ。
疑ってくれと言っているに等しい。
何かボロを出すかもと思って暮らしぶりや仕事について詳しく聞いてみたが、調度品修復の思わぬ豆知識が得られただけだった、
少なくとも知識は確か、ということらしい。
少し気になるのは名前だろうか。
イタリアと言っていたが呼び方が完全に英語だ。
イタリア語ならば当然「アンブロージョ」になるはずだが……あくまで日本語を介しているので決定打にはならないか。
疑念を募らせているあたりで、こつ、と足音がしてコナンは頭を跳ね上げた。
19世紀ロンドンは治安が良い方ではない。
本物のロンドンと違い子供向けに作ってあるようだが、ノアズアークが碌でもない追加の仕掛けをする可能性がゼロではないことを失念していた。
身構えるコナンの前には、白い長髪をなびかせる一人の青年が立っていた。
コナンが目を見開く。
「やあコナン君。無事で何よりだよ」
「どうやってゲームの中に入ってきたの?マーリンお兄さん」
コナンの鋭い問いかけにマーリンはふわりと優しい笑みを浮かべた。
「夢への干渉は私の得意技だからね。君たちの状況を『概ね眠りについている』と捉え、その中に入り込んだんだ」
「…………」
「もっとも、入り込むだけで掌握はできないけどね。こうやって私の姿を割り込ませるだけで精一杯さ」
肩をすくめるマーリンに、コナンは静かに重心を落とした。
「アンタは……安室さんがマーリンと呼ぶ超常の存在か!」
「そうだよ。あんまり時間が無いから本題に入らせてもらおうかな。機械に幻術をかけるのは難しくてね」
マーリンはふわりと人の背丈ほどもある杖を取り出し、コクーンの幻影を宙に浮かべた。
「まず事務連絡。コクーンには人一人殺すのに十分な電力の蓄えがあることがわかった。皆ゲームオーバーになったら本当に死ぬから心するように」
「………そうかよ」
「もちろん、それでは降谷くんが悲しむから、君と毛利蘭さんは助けようかな」
にこり、と心無い笑顔を浮かべてマーリンが笑いかける。
親しげだ。コナンに対し友好的と言って良い。
子供達に対しても優しかった。
元太の隠れた願いを感じ取って叶えてやる程度には人の感情に敏感だった。
今、当然のように救済の対象から少年探偵団を外した。
さして会話しなかった蘭を助けようとしている。
人外の基準を持つ、危険な超常存在だ。
改めてコナンは腹の底に力を入れ直した。
「アンタは聖者の名を借りた悪魔か?」
「私は昔からマーリンと呼ばれていたよ。まあただ、今降谷君に対して行っていることは悪魔に違いない。力を貸して、対価をもらう」
「何が目的だ」
「目的……あえて言うなら、いずれ世界を…まあそれはいいか。あまりにも『あえて言うなら』だ」
マーリンは言葉を濁して首を振った。
「誤解してほしくないから言うけど、私は君たちに危害は加えないよ」
「安室さんには?」
「彼はもう僕の家族とも呼べるものだ。身内をどう扱おうと君に文句を言われる筋合いはないかな」
家族、などと嘯いておいて、マーリンの表情は怪しく艶めいていた。
もう手の内にある契約者を、どう扱うか悪魔の自由だといいたげなように。
「まあ、頑張りたまえよホームズ君。君は特異点だ。上手くやればきちんと生き残る芽はある。降谷君を悲しませないようにね」
「言われなくともやってやるよ」
啖呵を切ると、マーリンは嬉しそうに笑んでみせた。
それから花びらのように崩れ去り、それっきり風に消えてしまったのだった。
私の隣で、降谷君がソワソワと私を覗き込んだ。
「どうだった?コナン君の様子は」
「ちょっと誤解を助長させるような発言をしつつしっかり活を入れてきたよ」
「何故誤解させる!?!?!?」
「いや嘘はついてないよ嘘は。嘘つかないように誤解をされるような工夫を凝らしたんだ」
「だからどうしてそんな真似をしたと言っている!!!ブレーンバスターされたいのか!!!」
「降谷君もう一流のプロレスラーだよね」
廊下で荒ぶる降谷君を堂々と宥め、私は深刻そうな表情を作った。
「一言で言えば啓示の結果なんだけど、具体的には悪性方向に高め切ってから劇的に解決した方が予後がいいと出てるんだよ。あと情報齟齬をうまく使ってコナン君の動きを抑制したい」
「本当だろうな。僕がただ可哀想な狂人になっただけだったらタイマン張るしかないんだが」
「そうなる可能性もある」
「おい、表出ろよ」
降谷君はファイティングポーズを作った。
こういう意味で身内をどう扱おうが私の勝手と言ったわけだ。
可哀想な降谷君を作成しようが私の勝手である。
ごめんね…本当にごめん……。
降谷君がゴッと私に拳一つ落とした後、むすっとした顔で問いかけてきた。
「それで、コナン君達は脱出できるんだろうな」
「間違いなく脱出できるね。すごい強度の成功率だ。僕が干渉してもチリ一つ動かない、約束された勝利が横たわってる」
それこそ、運命をピンで縫いつけたかのような異能じみた成功率だ。
彼は大団円の申し子、ということらしい。
───あんな力があったなら、私ももっと人を救えていただろうか。
いや、あるいはあれを利用して全てを成功裡に固定すれば、今後すべての人は苦難を乗り越えることが……。
瞬間、私はピン!と背筋を伸ばした。
「やば、ちょっと外出てくる」
「どうした?」
「なんかツノ生えてきそう。あっあっ、まじで生える!」
「ツノ!?!?!?」
「やばばばばば人類悪顕現する!待って待ってまずい本気でまずいちょっと戻ってます!!!」
慌てて駆け出して人目のない廊下に出た瞬間転移。
アヴァロンに引き篭もる。
アヴァロンに逃げ込んだ瞬間、ぞるっと大きなツノがこめかみから生えてきた。
脳内ナザレの親友が「ぎゃーーー!!!マーリン悔い改めて!!早く!!!」と喚いている。
何がきっかけだった今!?!?
そこに通りかかる、洗濯物かごを持った諸伏くん。
「あ、おかえりーマーリ…ツノでか!!!鹿の角四個分ぐらいある!!」
「うわぁぁああめっちゃ生えてる!来いエクスカリバー!南無三!!」
呼び出した人造エクスカリバーでバッサリと切り取る。
幸い次はないようで、黒く模様の入った悍ましい質量のツノだけが残された。
黒に紫の呪詛紋様が刻まれたツノだ。
こんなに邪悪なものそのままにしておいたらアヴァロンが変生してしまう。
くそ、コナン君を利用しようとしたのが間違いだったか。
というか利用すると新たな獣が生まれる、ということらしい。
これまで夢幻の性質だったはずが、このツノからは「傲慢、あるいは管理の獣」という側面が観測できた。
コナン君を利用することで違う名前を冠する獣になるらしい。
はぁ、とクソデカため息をついて地面にベシャリと崩れ落ちる。
諸伏君がツノをまじまじと見てつつこうとしている。
「かっこいいな。触ったら死ぬやつ?」
「死なないけど頭変になるやつ。キャラ変したければ触ってみるのも手かも」
「その予定はないかな……あ、マーリン裏庭の茶葉、摘んで竹ざるに干しといたから。揉むのは頼んだ」
「了解。このツノも封印してから干しとこうかな。せっかくの人類悪の素材だし」
使えるものは使う所存である。
諸伏君がうーむと腕を組んで首を傾げた。
「人類悪って前も言ってたけど、それって結局なんなんだ?」
「え?うーん、説明がむずかしいな。端折って言うと人類滅亡級の大災害だよ」
「えっ物騒、マーリンは災害だった?」
「災害の才能はあるみたいな感じ。ツノ生えてきたら成っちゃうからいつも切り落としてキャンセルしてる」
今回も切り落としたから顕現未遂である。
だいぶ大きかったから結構怪しかったが、まだ幼獣の段階だったから問題ない。
これがツノだけでなく私自身が羽化してしまうと、いよいよ人類悪顕現となる。
この世界に連鎖顕現の機能はないので普通に討伐してくれれば問題ないが……。
将来私が人理を築いた時大きな禍根となるのと、普通に討伐できない的な問題が残される。
ナザレの友人が「その時は私と同居人が駆けつけてなんとかする予定だよ!!!」と叫んだ。
同居人is誰。
多少の疑問を残しつつ、コナン君は無事ゲームを走りきったのだった。
・人類悪顕現
ビーストⅠ顕現時に限り救世主二騎が揃い踏みしてなんとかしてくれる。
その後は来てくれないので人類史デッドエンド。
本当はビーストⅠ打倒も救世主の仕事じゃないので同居人は困ってるけど、ナザレの親友が無理やり引きずってくる。
「私が救うって約束したんだもん!!これくらいのわがまま許してくれるはず!!!」