現在、私は喫茶ポアロにいる。
降谷君がバイトをバックれ過ぎて梓さんに怒られたので、私が代打で入ることになったわけである。
新バイトマーリンさんの登場に、女子高生の子たちはキャアキャアと黄色い歓声を上げた。
「はい、どうぞ。特製パフェです」
「わあ!ねえねえ、マーリンさんはあむぴの知り合いなの?」
「あむぴの友達!?」
「そうだよ。さ、溶けてしまわないうちにパフェを食べよう?君らの悲しい顔は見たくない」
空気は半分夜のお店だが、私がリップサービスをどこまですれば良いかわかってないせいである。
降谷くんみたいに曲芸並みのバランス感覚を求めないでほしい!
私がアイスコーヒーをコナンくんに持っていくと、コナンくんは胡乱な顔をして私を睨みつけた。
「家具職人の設定はどうしたの」
「いや今は日本に拠点を移して知見を得ている最中さ。日本の文化を知りたくてバイトしてるだけだってば」
「在留資格は?」
「宗教で取ったよ。ビザもある」
「喫茶店のバイトはどう考えても資格外活動許可の範囲外だよ」
「はっはっは。降谷くんの権力って偉大だね」
在留資格にはいくつかある。
ただ、永住者か留学生でないと喫茶店バイトの許可は下りないだろう。
この辺は多分前世の現代日本でも同じだったはずだ。
大元としては教皇庁パワーで取ったマギマリの兄を流用したのだが、だからこそ永住者を取るわけにはいかなかったし。
ともかく、私は今法律に許されてバイトをしているわけである。
一応、料理は事前に降谷くんにみっちり叩き込まれている。
手順さえあれば味のわからない私でも十分に実行可能だ。
紅茶やコーヒーはわかるので無問題。
コナン君がますます鋭い目つきになる。
「何を対価に貰ったの?」
「喜びかなぁ。降谷くんの」
私はうーんと首を捻ってうむうむ頷いた。
「私特製の薬を飲んでもらってね、喜びの感情だけになったところをかぶりつくんだ。スイーツビュッフェみたいな感じかな」
これは本当のことだ。
バイトの代打なんて雑務に私を呼び出したのだから、ある程度の対価は頂かねばなるまい。
具体的には私のシードル原液を一杯飲んでポワポワ酔いが回ったあたりでかぶりつく感じ、
味はというと、砂糖!生クリーム!!チョコレート!みたいなカロリーの鬼みたいな味であるが。
これはこれで大変美味なのだ。
ストレスの溜まった時にたらふく食べると凄く心の健康に効く。
まあ、途中でウップってなるから長くは食べてられない。
それでシードルを抜いたあとのポコポコ怒る降谷君がスパイス効いてて口直しに最高なんだよな。
コナン君が心配そうに眉間に皺を寄せた。
「依存性はないんだよね」
「私が念入りに抜くから無いよ。それに、この喫茶店の女子高生達のときめきの感情も美味しいし」
「おい、危険もねーんだろうな」
「無いってば。彼女らの恋心そのものにまで干渉するほど食べたりしないよ、契約じゃ無いんだから」
喫茶店は穏やかで美味しい感情に溢れている。
今まで飲食店は営んだことがなかったが、これは大当たりだったかもしれない。
みんな美味しい食事を楽しんで幸せそうに話に花を咲かせている。
小粒ながらホテルバイキングみたいな高級感だ。
そのあたりで蘭さんと園子君が来店。
部活帰りらしく、ワイワイ入口で話し込んでいる。
私はホワンと笑顔になった。
「蘭さん美味しいんだよね。優しくて家庭的な味がする。」
「てめぇ、蘭に手出したらタダじゃおかねーぞ!」
「味見だけさ、これだけ美味しいなら声かけても良いかもしれないけど」
わざとニタニタと悪意を滴らせ、コナンくんの危機感を軽く煽る。
おとと、そろそろ油売ってる場合じゃない。
お客さんも増えてきたことだし仕事に戻らないと。
私はお盆を持って梓さんのところに戻った。
「梓さん、次の…」
「あっ、それ以上近づかずに!炎上対策です!」
素早く梓さんは距離を取り、両手でNOを示した。
すごい、お触り禁止のアイドル並みの反射神経だった。
「なるほど。イケメン二人を侍らせる悪の喫茶店バイト年増ババアとか言われたかい?」
「千里眼ですか???わかってるなら適正距離をお願いします」
「わかった、気をつけよう」
まあ千里眼ではあるけど、普通に想像である。
降谷くんもここで働いているのだから、新しきイケメンとして私も注目の的であるのはよくわかる。
ガワがマーリンだという事実はよく理解しているからな。
夢魔とはつまり淫魔のこと。
色恋は凄まじく得意分野……のはずなのだ。
しばらくウェイターとして仕事をしていると、だんだんお客も夜になるにつれて減ってきた。
まだ残っていたらしいコナン君が蘭さんの隣で本を読んでいる。
どうやら今日はポアロでの食事にするらしい。
コナンくんは頬を染めて蘭ちゃんに寄り添っている。
コナンくんにそっと私は声をかけた。
「ところで、恋ってどんな感じなのかな」
「はぁ?何言ってんだオメー」
「いや私って根本的には淫魔なんだけどさ、色恋沙汰って経験したことなくて」
「ポンコツじゃねーか」
「そんな本当のこと言うと蘭さんのことパクッといくからね」
「上等だコラ。今ここで退治しろって話か」
「まあまあ、で、君に恋愛とは何か聞いてみたってわけだよ」
興味本位での質問だ。
コナンくんはやや頬を染めてふいと明後日の方向を向いた。
「あ、甘くて……ふわふわする……こう、幸せなもんだよ」
「何それ素敵。私長く生きてて人間不信なとこあるんだけど紹介してくれる女の子とかいる?」
「知り合いを人外に捧げる趣味はねーよ」
「そこをなんとか」
私が頭を下げて頼み込むが、残念ながらコナンくんは取り合ってくれなかった。
ブツブツ文句を言いながら私が洗い物に戻ると、コナン君もカウンター席に移動して来る。
まだ話すことがあるようだ。
コナンくんは少しだけ神妙な顔をして口を開いた。
「オメー、淫魔なんて下等なものだったんだな」
「やだな、サキュバスもインキュバスも歴史ある悪魔だよ。尤も、私はそこを通り越えて人類悪へと至ってしまったわけだけど」
洗い物が溜まっているので私も意外と忙しい。
いつもは魔術でパパッとやるから、ちょっとどころでなく不便である。
「あの掲示板は俺も見た。オメーは何なんだ?」
「だから夢幻の獣だってば。人類悪ビーストⅠ。愛で以って人を滅ぼす大災害、こればっかりは救世主の範囲外だ」
だから彼が私を救うことは主から苦言を呈されているらしい。
ナザレの親友は父君にたくさん泣いて縋って私を救う許可を取り付けたらしいが。
でもその親友も死んでしまった。
あの世には、私も踏み入ることができないのに。
脳内ナザレの親友が「ここだけの話、今は立川でバカンスしてるんだよね…」と深刻そうな顔をしている。
バッカお前、死者が簡単にあの世を出られるかよ。
コナン君が目を伏せて静かな声を出した。
「対話篇『旅人と主の対話』第二章。『旅人は未来を語る』にそれらしい記述があったな。そこだけ旅人も時系列も不明で、昔から盛んに議論されてた。未来の自分自身を語ったのだとか、夢の獣は終末において現れる敵だとか」
「………」
「そこに歌われる『人の罪の一角、夢の獣』。それがあんただとして、何故安室さんに力を貸す?」
旅人と主の対話。
ふわっとした対話篇で、解釈の幅が大きいことで昔から議論を呼んできた内容のものだ。
その中でも二章は私が型月設定を交えて己について語ったから、意味深な内容満載のものになっている。
降谷君に何故手を差し伸べたか、か。
そんなの決まってる。
「疲れてるように見えたから」
「は?」
「疲れて今にも死にそうな状態で、私の領域に現れたから。ちょっとした手助けだよ。悪魔が善意で動いちゃダメかい?」
いつも私の行動原理はそういうものだ。
ほんの少しの手助けでもいい、私の心を救うため、誰かを助けたい。
救われる誰かを見ることで己を救いたい。
いつか誰かに救ってほしい。
そんなささやかな望みの具現である。
コナン君は肩をすくめた。
「それが本当に善意なら良いんだけどな」
「あ、蘭さん美味しい。これが充実した高校生活の味…!」
「テメーぶっ飛ばすぞ!!!」
私はクスクス笑ってコナンくんの怒声をいなしてみせた。
遠くで梓さんが「コナン君……イケメン吸引機……!」とか謎の発言をしているが、気にしないこととする。
そんな、平和なある日のことである。
・対話篇「旅人と主の対話」
昔、これの解釈をめぐって教会が五派に分かれかけた。
現在では「この旅人が誰なのかは不明である」「永劫不明のままにしておくこととする」とした説で固定されている。
・立川にて
今聖人男性二名が部屋の片付けをしている。
ロン毛が「親友を家に呼びたい」と言い出したからだ。
まだ呼べるタイミングも決まってないのに、いそいそとロン毛は片付けをしている。