鞍馬山の玉龍寺は、ガラの悪い人間たちがたむろしていた。
「なんやお前ら!ここは立ち入り禁止やぞ!!」
「私有地言うのがわからんのか!痛い目見たくなかったらさっさと出てけや!」
こう言われてしまえば武力行使は時期尚早、撤退するより他ない。
盗まれた仏像を前に尻尾を巻くのは悔しいところだ。
武力的には半グレたちを全員叩きのめしてお釣りが来るが……そういうわけにもいかないし。
降谷くんがやや残念そうな顔をして腕を組んだ。
「どうする?」
「暗号の方の解読を進めるしかなさそうだね。服部、お前も見るか?」
「ん、なんや、暗号が解けたわけやないんか」
「安室さんの伝手で仏像が隠されてそうな場所を探してただけだよ」
「ほなら暗号解読すれば、何か突破口が見つかるかもしれへんな!」
ニカッと服部くんが明るい笑顔を見せる。
呑気そうに見えて、空気を良くするための配慮にあふれている。
気遣いできるいい子ということらしい。
「というか、あの連中安室サンを睨んどったな。もうちょっと眼光なんとかならへん?喧嘩売っとると誤解されてもうたし」
「いやそれは本気で不可抗力。僕のせいじゃないから。ホントに」
「さよけ」
私は降谷くんにギロリと睨まれて、しおしおと撤退するより他なかった。
降谷くんの状態は解析中だ。
まだ改善できる段階ではないから我慢して欲しいところである。
さて、ついでに降谷くんたちは僧正ガ谷不動堂を訪れることになった。
同じ鞍馬山にある有名観光地だ。
義経ゆかりの地で、暗号に何か関係あるかもしれないということらしい。
牛若丸はここで天狗と出会って、兵法を伝授されたとの伝承があるとのこと。
なんともFGO的には顔が思い浮かぶ伝承である。
「剣の修行にはぴったりやな。広くて静かで、足腰も鍛えられる」
「暗号に関係したところはなさそうだね。コナンくんは何が見つかった?」
「いんや、何も………」
その時、コナンくんが俄に駆け出した。
音もなく飛来した矢が、コナンくんが体当たりしたことで間一髪服部くんを掠めて杉の木に突き刺さる。
襲撃だ。しかも古式ゆかしい弓矢での襲撃。
敵はフルフェイスのヘルメットに弓を……所持していない。
逃げるのに邪魔だからとどこかに隠したのかもしれない。
「待て!!!」
降谷くんが怒声と共に駆け出した。
犯人も狙いが外れたと見るや、慌てて駆け出した。
服部くんがいるから大っぴらに力は見せられない。
つまり大っぴらでなければいいということだ。
『マーリン!奴を止めろ!』
『お任せあれ』
瞬間、犯人がベシャリとこけた。
その足元では、草が輪になって足を取っている。
いわゆる草結びだ。
山道で迷わないように作られるそれで、「獲物までの道のりを明らかにする」という名目での発動である。
これならばどうとでも言い訳が利くだろう。
コナンくんがもがく男の首筋に正確に麻酔針を打ち込んだ。
アッサリ味だがこれでゲームセット。
倒れ伏すフルフェイスのヘルメットを脱がせると、その素顔が明らかになった。
男は最初の依頼があった寺、山能寺にいたお坊さんの知り合いと名乗った男だ。
古書店を営んでいるんだったか。
服部くんが眉間に皺を寄せて男の顔を覗き込む。
「なんなんや一体。俺を狙ったんか?」
「だろうな。間違いなく服部を狙ってた」
「ともかく現行犯だ。警察を呼ぼう。あとは署で話してもらえればいい」
少し探せば、草むらの隅に弓も発見することができた。
なんともまぁ時代がかった襲撃方法なことよ。
大ぶりのナイフも持っているようで、銃刀法違反でお縄にするのは容易そうだ。
到着した警察に引っ立てられる男をよそに、リスを連れた特徴的な捜査一課の警部さんが現場をじっくりと練り歩いている。
リスがチチチッと激しく鳴いて警部さんのポケットに隠れてしまった。
降谷くんの獣の気配に恐れをあらわにしているようだ。
やや訝しげな顔をして、警部さんが降谷くんと、それから服部くんを順番に見やる。
「あの男に命を狙われる心当たりはありますか?」
「そないなもんあらへんわ。そもそも会ったことも無いし」
「ここに来る前に玉龍寺に寄って、怖いお兄さんに睨まれたから…それが関係してるって線は?」
おや、コナンくんは半グレの集団に捜査一課を突っ込ませる気らしい。
たしかに、ただ玉龍寺をねじろにしてるだけならそれで散らせられる可能性もあるか。
おじゃる警部はふむ、と顎に手を当てた。
「玉龍寺…たしかにガラの良く無い連中が集まってると聞いとります。木刀を振り回す乱暴者が集まってるとかで。なぜその玉龍寺に?」
「暗号読解がてら観光してました。ここが鞍馬山が義経ゆかりの地だったので、フラフラとしていたらお寺が見えて」
降谷さんは誤魔化すことにしたらしい。
たしかに、暗号の結果として目をつけたにしてはまだ暗号が解けてないし、言い訳が難しいか。
「わかりました。ともかく、今日は外出せんといて、三人とも一人では行動しないようにしてください」
公家さんみたいな警部さんは、そう言って離れていった。
降谷くんから離れるとリスも出てきて、ちゅちゅちゅ、と鳴きながら警部の肩でくつろぎ出した。
非常に可愛いがツッコミどころしかない。
服部くんも「現場にリスの毛が落ちたら怒られるどころじゃないで……」と目を丸くしている。
いいんだよ、可愛さは全てに優先されるから。
ともかく、一旦解散だ。
私たちは一足早くホテルに戻ることにした。
まだ早めの時間で、蘭ちゃんたち女子高生組も帰ってきていない。
コナンくんと部屋に篭り、ぽやんとしながら降谷くんは椅子でくつろいでいる。
ベッドの端に座り、コナンくんは深刻そうな顔をして俯いていた。
「さっきの草の輪、人の手によるものじゃないよね」
「マーリンだね。僕があの犯人を止めろと指示したんだ」
降谷くんは柔らかく笑って、それから困ったように首を傾げた。
「ただ、そうだね。少し捧げすぎたみたいで、あちら側に寄ってしまってるみたいだけどね」
「!!!安室さんから感じてる気配はまさか!」
「ジンに伝えて任務を調整してもらう必要がありそうだ。これで対人任務は適切じゃなくなっちゃったから」
そういう設定にするつもりらしい。
降谷くんは肩をすくめて目線を下げた。
コナンくんが悲痛そうな顔をして口を開こうとして、閉じて。
言葉を探しているそぶりをみせる。
「…………安室さんがそこまでする必要はあるの」
「あるよ。僕にしかできないことだ。マーリンがついている、僕にしかできないこと」
私はその言葉と共にぬるんと降谷くんの隣に出現する。
降谷くんの体を抱き寄せ、顎に手を添えた。
コナンくんが警戒したように立ち上がる。
「私の降谷くんを拐かさないでくれるかな。せっかくここまで馴染ませたのに」
「テメェ……!」
「嫌なら、せいぜい心理状態をよく見張っておくことだね。心の隙間に入り込む隙が無いように」
コナンくんに獣の予兆を感じ取ってもらう仕事を外部委託するつもりだ。
こういうのは目がたくさんある方がいい。
降谷くんは陶然と私にされるがまま身を委ねる演技をしている。
魔に魅入られた人間の末路みたいな風体だが、内心は「触んなオラ」なのはよく分かっている。
コナンくんは警戒の中、同時に少し何かを訝しむような顔をした。
私がわざと警戒させるように現れた意図に疑問を持っているのだ。
ちょっとずつ、「本当はいい悪魔説」をばら撒いて布石とする作戦である。
なんとか全てが丸く収まるといいなぁ、と私はうむうむ頷いた。
脳内ナザレの人も「これ以上降谷君に心労はかけたくないよね」と頷いている。
夜。
蘭ちゃんたちも帰ってきて、就寝時間となった。
部屋割りはコナンくんは毛利探偵と同じ部屋。
降谷くんはその隣で一人部屋だ。
念入りに鍵の確認をしてから、無防備な体を置いて眠りの中にアヴァロンへと訪れる。
アヴァロンで健康診断をするためだ。
心配した諸伏君も駆けつけたようで、工房は微妙に手狭であった。
元々礼装がたくさん置いてあって狭いしな。
「はーい採血結果を確認します。正確には魂の一部の採取だけど。で、事象記録電脳魔・ラプラスによる肉体情報の数値化が行われまーす」
「このMRIみたいなのはなんだ…?これに入るのか?」
「魂の霊子化のための機器さ。霊子化することで逆説的に観測・定義してその獣性を露わにするってわけだ」
「分からん。魔術は無限に専門用語が出てくる」
降谷くんがむすっとして礼装の中に入り込んだ。
ともかく採血は先に済ませてある。
軽く魔術で分析して問題がないことを確認したので、お次は魂の霊子化だ。
魂の霊子化は、電子空間に適応したデータの集合体として魂を再定義する試みである。
ムーンセル・オートマトンへのアクセスなんかはこれで行うものだったりする。
カルデアのレイシフトもこれで霊子化マスターの魂を投射してたりしたか。
データの集合体になるとは、すなわち観測可能になるということ。
魂はなにぶんふわっとした力の集まりだからな。
詳しい観測には向かないのだ。
それが霊子化されれば、どこに異常があるのか一目瞭然。
変換した降谷さんをラプラスを使って詳しく降谷くんを確認しつつ、私はむむむと眉間に皺を寄せた。
やっぱり令呪を元に侵食が進んでいるようだ。
令呪は降谷くんを私の一部と誤認させるようになっている。
私が獣と化すと、自動的に降谷くんも獣の一部になってしまうということらしい。
なんてこと、これは完全に私の見落としだ。
トントン、と杖を叩いて令呪を改修する。
これ以上の侵食が起こらないようにしておかなければ。
とはいえ、すでに獣の因子は降谷君の中に定着してしまっている。
令呪を直したとして降谷くんの中の獣は息を潜め、成長して、無くなったりはしないだろう。
横たわった降谷くんが不安そうに私を見上げた。
「どうだマーリン?大丈夫なのか?」
「幸いにも獣の適性が低いから使えば発散していく、と思う。人類愛が足りないんだ」
「今僕の悪口言ったか?」
「不幸中の幸いだよ。獣性も滅ぼす悪意もばっちりだから、もし人類愛が十分なら完全に端末になっていた」
「やっぱ悪口だろ。暴れてやるぞ」
憮然とする降谷くんをおいて、つぎは発散の工程である。
仕事に支障が出てはまずいから、支障が出ない程度に獣性を抜かねばなるまい。
一番手っ取り早いのは───と。
私はにゅっと床に儀式陣を描き上げた。
「なんだ!?」
「一旦ギリギリまで人類悪顕現しよう。で、獣性を切り落とせばいい。それで概ね発散できるからね」
「え!?え!?」
「成長するから定期的にやる必要がありそうだ。……本音を解放しよう。はっちゃけておくれ降谷くん。その心に秘めた鬱憤をつまびらかにするんだ」
「碌でもないことさせる気だろう!!!おい!!」
そうして、工房は光に包まれた。
・魂の霊子化
霊子化まではマーリンもできるけど、ウィザードのように電脳世界でのハッキングには適性がない。
とはいえこれからのネット社会でそんなこと言ってる場合ではないので、こまめに練習はしている。
次回は人類悪の端末が顕現する雰囲気。