降谷零は、どこか陶然とした気持ちだった。
いつのまにか機材を吹き飛ばし、降谷はぼうと工房の中央に立ち尽くしていた。
頭蓋骨に違和感がある。
触ると、大きなヤギのねじれたツノのようなものが己の頭から生えていた。
服装も大きく異なっている。
バーボンの時によく着ている正装に似ているが、もっと華美で細かな細工がある。
背中には大ぶりの翼が生えていて、己の意思で動かすことができた。
黒く長い尻尾もある。
悪魔と言って人が思い浮かべる典型的な姿だと言っていいだろう。
身につけた覚えのない黒いハーフパームグローブが手にピッタリと吸い付くようにフィットして、なんとなく不思議な心地がした、
「────、───」
なんだこれは、と聞こうとして途中でやめた。
これが己の最適な姿だと魂で理解できたからだ。
同時に、己の使命も在り方もするべきことも。
何か答えを得た気がする。頭がスッキリして迷いがない。
生まれ変わった気分だ。
ああ、早く己のやるべきことをやらないと。
とろりと、蕩けるような笑みを浮かべてマーリンへと声をかけた。
「───夢を見せないんですか、マーリン。あなたの夢をもっと引き立てたい。人々を苦しませたいんです」
「まだ獣は顕現してないよ。落ち着いて」
「そんな。大切な人が血煙に変わる夢も、生きたまま焼かれ苦しみ悶える夢も、たくさんたくさん揃えたのに」
降谷は悲しくなってしまった。
大元たる夢想の獣が顕現していなくては、自分のやるべきこともない。
苦しめてやりたいのに。
のうのうと生きる全てを絶望の淵へと叩き落として、己がどれほど恵まれていたか理解させてやりたいのに。
そうして全てを幸せに導いて、大切な日本国民を救済したいのに。
実験に同席していたヒロが驚愕に目を見開いて瞬いている。
「ぜ、ゼロ……なんだその格好!?」
「!ヒロ、そうだ、ヒロだけでも救おう、ねぇマーリン、いいでしょう?」
「ダーメ。人類悪が悪夢なんて見せたら人間は精神崩壊するよ」
「そんなことない。人間は強い。僕が狂ってないんだから、みんな大丈夫。きっと、乗り越えて幸せの大切さに気づいてくれる」
「うーん獣に狂気属性は付かないんだけどなぁ。人類愛がなくて本来資格を持てないのが悪さしてるかな」
降谷はふわりと微笑んで諸伏の手を引いた。
大切な親友だ。まず真っ先に救わないと。
もう二度と失ってはならないからだ。大切に夢の中に囲って愛でないと。
「ゼロ?」
「先に僕の悪夢だけでも見せておこう。さあ、目を閉じて僕に魂を委ねて。悲しいのはひとときだけだ。いずれ全てを救済する夢が来る」
陶然と額を合わせてうっとりと笑みをこぼす。
そうだ、夢をもって救済しよう。
ほんとのほんとは、幸福の大切さを理解しない奴が妬ましいだけだけど。
でも己は獣の一部なので救済ということにしておく。
最も完璧に人を救う大災害よ。どうかどうか全世界をお救いください。
祈るような気持ちで親友を悪夢へと落とす、その一瞬前。
マーリンが動いた。
「うん、そろそろいいかな」
「え………ひゃっ!」
彼が魔術で呼び出した名も知らぬ豪華な剣で、降谷のツノをスパンと切り落とした。
降谷は衝撃でバタンと倒れ伏した。
そしておでこを強打して「ぎゃあ!!!」と叫ぶ。
「なんだなんだ一体!?僕の何を切った!?」
「ツノ。ほら、こんなに大きいの取れたよ。これも軒下に干しとこうか。ナイフとかペンダント作るのも良さそう」
「僕ツノ生えてたのか!?!?!?」
冷静になると、だんだん先ほどまでの思考のヤバさに気がついてくる。
降谷はさあっと青ざめて己の体を両手で抱いた。
完全に人外だったぞ発想が!!!
「さっき僕頭おかしくなかったか!?!?」
「狂人への理解がまた一歩捗ったね!」
「いい度胸だこれからタイマン張るかオラ。というかヒロにドギツイ悪夢見せようとしてたぞ僕。責任取れよ本当に!」
「え、そうなの?なんか俺のこと思ってたっぽかったけど」
「ヒロのことを心底想って発狂級の悪夢見せようとしてた。超えぐいやつ。信じられん。人間じゃない」
崩れ落ちて膝をつき、そのまま鬱々と体操座りに移行する。
もう何も信じられない。というか頭おかしかった絶対。
だって、この世を恨んで人を滅ぼそうとしてたのに、それでもって救済すると言い出していたのだから。
意味がわからない。言い訳も甚だしい。
しかも醜い嫉妬だ。自分より幸福な奴が嫌いなだけだ。
自分の中にこんな感情があるなんて信じられない、信じたくない。
なるほど「獣性」とは良く言ったものだ。
人の理性の制御を外れた、醜い本音ということなのだろう。
降谷は恥過ぎて頭を抱えて悶え苦しみ、床に転がった。
「どうだい?獣性ほとんど抜けたと思うけど、これなら定期的にやったほうがいいかも」
「僕のこの恥の塊を定期的にお披露目するのか?世を儚んでいいか?」
「まあまあ。外でご開帳するよりマシだと思うよ。溜め込むと欠片が漏れるし」
「もうおしまいだ。お前を殺して俺も死ぬ」
降谷が床でシャクトリムシになっていると、哀れんだ諸伏が近寄ってヨシヨシしてくれた。
メソメソ泣いて震える。
「ところで、夢を見せるってどうやるんだ?」
「ぐってやってはーー!ってやる。分からん。少なくとも今はできない」
「残念だな、ジンとかに見せてやれば話が早く済むのに」
「!!!たしかに。ちょっと勿体無かったか」
もう利用方法を編み出してしまった。
人間は現金なものである。消したい相手に発狂級の悪夢を見せて消す暗殺技。
非常に便利だったのに、惜しいことをした。
降谷はさっきの翼が生えてこないか力んだが、残念ながらもう羽もツノも姿を現すことはなかった。
翌朝。
バイキング会場で会うと、コナン君が「なんか昨日の危険な雰囲気が薄くなったね」と言ってくれた。
無事にあの処置で対人面でのデバフを解除することができたらしい。
「仕事に支障が出るからね。変に僕の気配に悪影響が出るのは無しにしてもらったんだ」
「よかったね。でも……なら代わりに何を差し出したの?」
「些細なものさ。なんにせよバランスは取れてるよ」
具体的には月に一度ぐらい恥を晒すことが決定していることとか。
いい大人が本能のまま恨みつらみを叫び回るなんて情けないにも程がある。
あの刺すような悪意は消えたが、まだどことなく危うい雰囲気が残るのか。
コナンは心配そうに降谷をじっと見守っていたのだった。
その後、芋蔓式に事態は解決に向かった。
犯人を絞ったところ、服部平次のもつ白毫の宝石を狙ったことが明らかになったのだ。
本体の仏像について暗号となっていることも警視庁は把握。
コナンの閃きでそれがどこを指しているのかも明らかとなり、半グレの巣窟だった玉龍寺にも捜査のメスが入った。
そうして連続殺人事件、そして仏像窃盗の二件は一つの真実を伴って明らかとなったわけである。
降谷のしたことはその場に居合わせ、適宜推理を持ち出しただけだ。
その中核は確かに輝ける名探偵、江戸川コナンで。
マーリンがことあるごとに「眩しい子供だ」という理由を理解したのだった。
・陰干しされたツノ
今後ペンダントに加工されるかも。
万が一の時に素早く一時的に降谷さんが獣化できる、緊急用魔術礼装。
誤解はマシマシ。ご利用は計画的に。