杯戸中央病院には、やはりというべきかFBIが集まっていた。
コナンはジョディに呼ばれてこの病院に来たのだが、どうやら彼らはコナンに気付かず激論を繰り広げているようだ。
会議室でジョディが険しい顔で言い募っている。
「ここが組織の連中に知られた可能性があるわ!急いで移動しないと!」
「だがどうやって……このことはジェイムズさんの個人的な友情で成立したことのはずでは…」
大男は確かキャメルと呼ばれていた人員のはずだったか。
赤井秀一が冷静に壁に背を預けた。
「ともあれ、今出るのは悪手だ。隣のビルの屋上に不審な人影を見たという捜査官もいる。狙撃されれば逃げ場がない」
「そんな!」
そのあたりでようやくコナンのことを気づいてくれたらしい。
赤井がふとコナンを見留めて「おや、坊やか」と言葉を発した。
わざとらしかったから、もしかしたら気付いていて話の切れ目を窺っていたのかもしれない。
「赤井さん!キールが狙われてるって聞いたけど」
「そうだ。あの黒いカラスどもがついに動き出したというわけだ。よく持った方だ、とは思うがな」
親しげな赤井の様子に、どこか躊躇いがちにキャメルが口を開く。
「あの、赤井さん……この子は本当に大丈夫なんですか」
「どういう意味かしら」
ジョディの訝しげな視線に、慌てて手を振って己の無実を訴えるようなポーズをした。
どこかおっちょこちょいな印象を与える捜査官だ。
「バーボンが入り浸ってる探偵事務所の子供なんですよね?もし我々の動きをばらされたりしたら公安が踏み入ってきて我々はおしまいです!」
「ちょっと、クールキッドが信頼できないっていうの!?」
「いえ、そういうわけでは…」
困った様子のキャメルに同調するような様子を見せる捜査官もいくらかいるようだ。
どことなくコナンにとっても居心地の悪い空気が流れる。
FBIの中でも、バーボンが潜入捜査官であることは共有された情報らしい。
赤井の報告によれば、彼は以前潜入捜査で黒の組織に潜っていた時期もあったとのこと。
それで赤井から報告があったのかもしれない。
赤井が否定するように静謐な瞳を向けた。
「それならば奴らがこの場所に勘付くより先に我々を追い出し、キールを手中に収めていたはずだ。俺は少なくとも、坊やとバーボンの間には条件付きの協力関係しかないと踏んでいる」
「そうだね。あの人とは対立することもあるよ。今回は……あの人は僕の介入を望んでないみたいだけど」
コナンに何も言わずに行ってしまったのが何よりの証拠だ。
コナンがFBIと動くことぐらいわかっていたのだろう。
止めることはしなかったあたり、気に食わないが黙認といったところか。
ともかく、ひとまずのところ一旦解散の運びとなった。
いい策が浮かばない以上、ピリピリとしたまま顔を突き合わせ続けてもいいことはない。
個々にリラックスして、張り込みの際に気を保てるように体調を整えなければ。
未だ緊張の残る視線がコナンに突き刺さる。
それが針の筵に思えて、コナンはそそくさと部屋から退散した。
行くべきは屋上、赤井との密会である。
屋上に上がると、月には雲がかかっていた。
真っ暗で、どことなく不吉で湿っぽい空気が鼻にまとわりつく。
一人、赤井秀一がそれを見上げてスマホを眺めていた。
ジョディから先日聞いたところによると、赤井秀一は宮野明美と恋愛関係にあったという。
所詮潜入捜査とせず、本気で愛した女性だったと。
その死はおそらく赤井とて知っているだろう。
灰原曰く、死体は数日アジトに放置されていたというし。
つまり安室透は赤井秀一にとって仇でもあるということだ。
コナンは少し躊躇ってから、背後から声をかけた。
「赤井さん、赤井さんはバーボンを恨んでるの?」
「………恨んでないと言えば嘘になるが、先に手を出したのはこっちだからな。単純に話をすることはできんよ」
どこか遠い日を眺めるような面持ちで、赤井は瞳を伏せた。
その内心を推し量ることはコナンにはできない。
「どういう意味?」
「くだらん話だ。俺のミスでもある」
昔語りは苦手なようで、赤井秀一の語り口は明瞭ではなかった。
コナンだから語ってくれたのだろう。
どこか、古い膿を吐き出すのに似て苦しげだった。
長い話ではなかった。
だが、その隠された内心はその倍はありそうな気配を纏っていたように思う。
「───だから、俺のミスで公安の潜入捜査官が一人死んだ。薄い間柄ではなかったはずだ。あの男の狂気の契機は、あそこだったのだからな」
「…………諸伏、景光」
「悪魔が助けたなどと出鱈目を口にしたのも、あの時が最初だったか。俺は銃弾が胸にぶち込まれたその瞬間に居合わせていたというのに」
コナンはそこまで話を聞いて、念の為赤井に問いかけた。
「赤井さんは明美さんの死についてどこまで知ってる?」
「明美をバーボンが惨たらしく殺して、打ち捨てたとしか。俺が潜入から外れて情報が断片的にしか入ってこなくなったからな」
「安室さんはこう言ってる。『幼馴染の宮野明美を助けるため、アヴァロンに招いた』って」
「なに……?」
わずかに目を見開いて赤井が驚愕の様子を見せた。
赤井自身は赤井への意趣返しに明美を狙っていたと勘違いしていたのかもしれない。
だが違う。
安室の視点で赤井にあるのは恩だけだ。
だって本人が「時間稼ぎのおかげでマーリンの小細工する時間ができた」と言っているのだから。
だとすれば、安室はただ純粋に親しい人を「助けて」まわっているだけだ。
そこに殺意なんてかけらもない。
ただ悪魔に導かれるがまま、悪逆を成しているのだろう。
「安室さんの言ってることの原型は、諸伏という人の事件だったんだ」
「そうか。……皮肉だな」
長い沈黙の後、赤井はタバコを咥えた。
煙が流れて、夜の冷たい空気に消えていく。
「赤井さん?」
「すまんな。当てつけかとも思った俺の浅ましさを嘆いていただけさ。彼は助けたかっただけだったということか。自身の異常にすら気付かないほど、必死に」
「………」
「俺が明美を捨て駒に使ったことを、恨んでいるだろうに。俺の逃走を手助けしたのか」
露悪的な言い回しをしていることは分かったが、それを訂正できるほどコナンは彼をよく知らない。
ただ重たい後悔だけが垂れ込めていて、胸を焼いていく。
コナンは真っ直ぐに赤井秀一を睨め付けた。
「赤井さん。僕の策に命を預けてみるつもり、ある?」
精一杯の気合を込めて、この男の協力を得られるように意志と力を見せつける。
だってそうしないと全てが無駄になってしまうから。
「共犯者になろうよ。誰にも言えない、秘密を込めて」
「……坊やは悪魔の才能があるな」
「本物の悪魔を、間近で見てきたからね」
コナンは茶目っ気たっぷりにウィンクした。
赤井は意味がわからずパチクリとちょっとだけで瞬いたようだった。
「いいだろう。どうやら、君と俺は同じことを考えているようだからな」
「うん。これからは一蓮托生ということで。よろしくね、赤井さん」
「よろしく頼む、坊や」
・その頃のバーボン
ジン「(長いポエム)」
全然聞いてないベルモット「この春の新作マニキュア良さそうね」
全然聞いてないバーボン「なんか赤井に情けをかけられた気がする。ぶっころ」