まず、安室が向こうについたということは、キールの居場所は完璧に把握されていると見ていい。
コナンは静かに思考を整理し、目を伏せた。
なにせ悪魔の力は先日コナンもその目で確認している。
京都を訪れた時、仏像を瞬時に発見するその千里眼。
キールを見つけることぐらい容易いと考えていい。
それでも組織のトップを見つけるのに苦慮していたのは…なんらかの照合のための写真が必要、あたりだろうか。
それとも探索範囲が広ければ広いほど莫大なコストを要求されるのか。
会議室で赤井がふっと皮肉げに笑った。
「向こうは不安を煽るだけ煽ってネズミを巣穴から飛び出させようとするでしょう。踏み込めば院内で銃撃戦になる。それは痛手も少なからずあるだろうし、公安が駆けつけてしまう危険もある」
「そうだな、赤井君のいう通りだ」
ジェイムズが頷いた。
公安、というのも厄介なものだ。
こちらとしても公安に見つかるの避けたいところではある。
FBIと組織は、そこは意見の一致とともになるべく目立たない方法を取ることになるだろう。
公安の権力にかかれば、いかに組織の人間といえど理由もなく投獄されることは避けられない。
ある程度内通者がいるだろうが、それで組織の意見を変えられるほどのものではない。
コナンがにこりと幼子の皮をかぶって口を開いた。
「だとしたら、キールを連れて逃げようとするFBIを、組織は襲撃しようとするかもしれないね」
「ああ。間違いなくそうするはずだ。だからこそ……」
その時、乱暴に扉が開けられてジョディが駆け込んできた。
「大変よ!キールの病室にこんなものが送られてきたわ!」
そう言って果物セットを見せてきた。
爆弾が仕込まれていたが、そちらはすでに処置済みとのこと。
ご丁寧に「403号室 水無怜奈様へ」と書かれている。
差出人は自殺したはずの楠田陸道。
まさに組織からの宣戦布告というに相応しい。
「奴らに場所がバレたのよ!」
「ふむ……ならば予定通り、3台の車に分乗して撹乱する」
「でも奴らの思う壺なんじゃ」
「他に方法もない。奴らが焦れるあまり病院ごと爆破されても困るからな。逆に伸ばされた手に食いついてやるしかあるまい」
ジェイムズの言葉に、重い緊張が部屋を支配する。
赤井とコナンがチラリと目配せしあって、頷きあう。
作戦開始だ。
是より成るは人の死すらも計略となす非道の業。
だからコナンにとってこれは犯罪で、赤井はその共犯者だ。
完全犯罪よ、成れ。
その利益でもって罪をおおい隠し、より大きな悪を討つように祈って。
コナンは眦を強く息を詰めたのだった。
というわけで、その頃私たちはお仕事をしているわけである。
もっとも、私はポアロでバイトしつつではあるのだが。
『赤井は死んだふりをするつもりだろう。キールを楔として打ち込む一挙両得の作戦だ。流石コナン君だな』
『死んだふりって、魔術もなしにうまくいくのかい?』
『コナン君ならあのMI6顔負けのスーパーアイテム作成者がついてるだろう。血糊と防護服のセット品なら簡単に作れるだろうさ』
『あー、あのスケボーほぼ魔術だよねとは常々思ってたとこだよ』
あの博士にならカルデア式魔術の開発協力者になってもらえるかもしれない。
私では魔術の知見はあるが、科学技術に対する理解が薄すぎるからな。
カルデア式を再現するのが難しかったのだ。
助手席のジンがニタリと笑って降谷君に話しかけた。
「どの車両だ、どこにキールを捕らえている?」
「……相棒曰く、最後尾だそうです。同乗のFBIは二人」
「手薄に見せかけて、赤井秀一を派手に加速させた前二台は囮か。ふん、鼠どもと小細工が好きとみえる」
銀髪君は心底嬉しそうに「最後尾の車を追え」とウォッカに命令する。
ウォッカも嬉しそうに「ヘイ兄貴!」と頷いた。
破れ鍋に綴じ蓋って感じの二人である。
降谷君はつまらなさそうに後部座席で息をついた。
「こんなの、僕無しでも推定できたことですよね。もっと大きな取引がしたいと相棒が嘆いていますよ」
「バーボン、テメェは有限の金鉱脈だ。無駄遣いは出来ねぇよ」
ジンは気遣うように───そう、気遣うようにだ───振り返って柔らかい声を出す。
「それに、俺はテメェを気に入ってんだぜ?狂気に陥ってなお悪魔の力に固執するテメェのあり方に」
「まあ、堕落するものの常ですから。一度味わえば破滅したってこの甘露は手放せませんよ」
あえて妖艶な色艶を含んだ降谷くんの返答に、クツクツとジンが愉快そうに笑った。
するりと微笑む降谷くんは淫靡で、夢魔である私より全然色っぽい。
というか色恋わかんねーんだよな私。
「そういう欲望に素直なやつは嫌いじゃねぇ。せいぜい長持ちしろよ、バーボン。組織のためにな」
「勿論ですよ。そう簡単に破滅してはやれません」
そのあたりでベルモットから連絡があった。
ジンのつけているインカムに声が入る。
『言われた通り赤井秀一をマークしてるけど、目星はついた?』
『ああ。テメェはそのまま赤井を追え。俺らが餌に釣られた間抜けだと思わせるようにな』
それから少しだけ沈黙を挟んだ後、ややトーンを落として気遣わしげに───驚くべきことにだ───降谷くんを見やった。
「バーボン、その目はどうした?」
「目?ああ、少し取引で捧げすぎまして。悪魔の側が逆流してるだけですからお気遣いなく」
「ほう……ならばテメェはいずれ悪魔になる、ということか?」
「そうですね。堕落し切った先ではそうなるとは思いますが」
降谷君は苦い顔をした。
まんま悪魔だったもんな、ビースト形態。
ちなみに、降谷くんの首には民芸品の雰囲気のあるツノのペンダントがぶら下がっている。
ちょっと禍々しくて、人類種は手に取るのを躊躇うような雰囲気を自然と感じてしまうことだろう。
人類悪のアイコンに似せて彫刻もしてある。
Ⅰの穴にはルビーを埋め込んである。
これを用いて降谷くんも一時的に「獣化」が可能だったりする。
ジンと降谷くんの視線が交差する。
「テメェが悪魔に堕ちたその時には、俺と取引しろ、バーボン」
「さて。考えておきますよ」
笑顔で受け流したように見えて、念話で降谷くんが心底不機嫌そうな声を出した。
『なんかジンが日に日に馴れ馴れしいんだが。取引って、僕でできるのか?』
『降谷くんのあの姿は伝承の悪魔、という側面の強い獣だからね。願われればできそうだけど』
『そうか。うーん、破産させてやるのも手だが……そのためには僕の恥の塊の悪魔コスを開帳しなければならないのがネックすぎる』
『似合ってたよ。そういう夜のお店みたいで』
『ぶっ飛ばされたいのか』
降谷くんは大層荒ぶりつつ、その荒ぶりをおくびにも出さず妖艶に足を組んだ。
あの悪魔姿は伝承の悪魔、皆が思う悪魔、悪辣で人を苦しめる悪魔の側面を強く反映している。
終末の獣と同一視される私の一側面を映し取った形だ。
だから彼らしからぬ悪意が根底にあるのだ。
ペンダントを介して一時的に表出するだけなら正気を保てるだろうが、扱いには細心の注意が必要だ。
ペンダントは普段の獣性を吸い取り、成長を抑える核となる魔術礼装だから、あれが首から離れるのも良くない。
降谷くんが愚痴モードに入ったのか、ブツブツ私に鬱憤をぶつけてきた。
『あーあ、あんな銀髪と契約するぐらいならコナン君と取引したほうが何億倍も有意義なんだがなぁ』
『それで必然的にコナン君に「悪魔に誑かされた挙句狂人超えて悪魔の仲間入りしてしまった」っておいたわしげな顔されるんだよね』
『前言撤回。僕は軽率に超常の力に頼ったりしない』
『その決心が崩れる、爆破される建物に取り残される緊迫のひととき。選択肢は一つだけ』
『怖い話するのやめてくれないか。鳥肌立ってきた』
あまりに真実をついていたからか、降谷くんを怯えさせてしまったらしい。
しばらくのち、キャンティとコルンから連絡が入った。
『キールの奪還に成功したよ。あいつ、自分で運転手をボコって出てきやがった』
「FBIは始末したか」
『いんや、そのつもりだったがサツの動きが早くて逃げるのを優先したよ』
「……FBIと病院の協力関係を公安が察して張っていたか」
ジンは疑っていることだろう。
FBI側が、キールがわざと奪還させたのではないかと。
キールがFBIと取引したのではないかと。
それは正解だ。
そして同時に、そう疑うことすら計略に入れ込んだコナン君の策略に違いない。
全ては明日の晩、決着がつくのだろう。
・ジンニキ
悪魔に身を捧げ狂気と正気の狭間を生きる奴はかなり好み。
それ以上にウォッカが好み。
・降谷さん
ジンを破滅させるためなら夜の店みたいな悪魔コスの開帳も苦渋の決断をできる漢の中の漢。
「両思いじゃないか」ってマーリンに言われて激しくいきりたった。