さて。降谷くんパニック事件から数日。
降谷くんは色々苦労をしたらしい。
公安に「諸伏景光は生きていた」と伝えたところ頭の心配をされて帰還命令が出そうになったり。
諸伏君の使わないままうなりを上げていた貯金がお兄さんのところに流れ込んだり。
諸伏くんは「いいんだ…兄さんの生活が豊かになるんだから…」と一筋の涙を流した。
まあ、今後私の引率で諸伏くん自身が手続きに行くし、大丈夫だとは思うが。
いや、アヴァロンから長くは出られない彼が仕事に復帰するのは無理か。
それを公安に説明するのも難しいし……どうしたものか。
まあともかく改めて、降谷君は私に協力を依頼してきた本日である。
今後、潜入捜査官を行うにあたり私のサポートが欲しいらしい。
私はうーむと腕を組んだ。
「でも君特別高等警察所属だよね?怖いことには協力できないよ?」
「随分古い言い方をするな。僕は潜入捜査官だから多少の違法行為は避けられないが、検閲課ほど強情じゃないつもりだぞ」
素で話してくれるようになった降谷君はより荒っぽい、降谷くんの性格に合った話し方となった。
信用されているようで嬉しいが、コミュ障としては威圧されているようでちょい怖め。
ちなみに現在、日本は私の知る日本よりちょっぴり広かったりする。
その上で、特別高等警察の後継である公安警察が幅を利かせているのだ。
世界でも悪名高めの警察で、KGB(ソ連国家保安委員会)と同じ文脈で語られがち。
ネットが広まった今は頑張ってweb検閲に精を出しており、検閲回避する国民とイタチごっこを続けている。
元々は民主化した中国と犬猿の仲だったが、最近急速に距離が近づいているらしい。
米国関係者は警戒と共にその動向を注視しているとか。
降谷くんが難しい顔をして頷いた。
「なんにせよ、やることは僕のサポートだ。君がどこまでできるか未知数だが、君の力があればより功績をあげられ、深部に潜ることができる」
「なら構わないよ。私の力を存分に受け取って欲しい」
私はひとまず快諾することにしておいた。
降谷君の正義感は確かだし、私も友の力になりたかったからだ。
このノリで何回失敗したか分からんが、もしかしたら今度こそ平気かもしれないし。
降谷くんがピンと人差し指を立てる。
「仕事をするにあたり、まず具体的に何ができるか聞いておきたい。得意なことでもいい」
得意なこと、と言われて私は思い悩んだ。
為政者の悪行を止めることに関しては一家言あるつもりだが。
直接的な力となると、ううむ。そのままマーリンのスペックを言えばいいか。
「そうだなぁ……夢と幻は僕の得意分野かな。対象に幻を見せて誘導するとか。でも実は近接戦の方が得意。切った張っただね」
「さすがに古代の様式の戦闘を任せる機会はないな。流石の君も銃を持った複数人に囲まれれば危ういだろう。遠隔で危害を加えるのはどうだ?」
「できるよ。夢を現実にするだけだからね」
「では人の洗脳は?」
「どんどん物騒になるなぁ!」
私は白旗をあげた。できるけどさぁ!
あと私の近接戦に関して適当に流されたのは不満である。
マシンガンぐらい捌き切れるし、対空ミサイルと並走して戦車を細切れにするぐらいわけないのに。
ぶつぶつ。
「精神に影響を与える魔術はこちらの精神にも影響を与えるんだ。私は夢魔だから問題ないが、あまり気分のいいものじゃないよ」
「……それは、そうだな。すまない。忘れてくれ」
歴史の誘導に際して、実際私も洗脳は使っていない。
私が人類史を支配したいわけじゃないからな。
絶対洗脳してやるこのクソ野郎と思う指導者も少なくない数いたが、グッと我慢していた。
「洗脳を求めることはしない。あくまで君は協力者として扱う」
「安心しておくれ。なるべく力を貸すから。君は僕の友だ。友は大切にすべきだ。ナザレの彼もそう言っていた」
わたしが頷けば、降谷さんがパチクリと瞬いた。
「ナザレの彼?……ああ、基督教の救世主のことか」
「そうだよ。『友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない』。まさに諸伏くんそのものだろう?彼も難しい立場だったけれど、友達をすごく大事にしていたよ」
「なるほど、聖書にも謳われているのなら、当然会ったことだってあるか」
降谷さんはなんとなく改めて驚いたような顔をした。
伝説上の人物だということを実感したらしい。
まあこれはナザレの彼が偉いのであって、わたしはひっつき虫だっただけだけど。
懐かしいなぁ。みんないい人ばかりだった。
私のコミュ障に辛抱強く向き合って、「人の世と関わるのが苦手ならどこかにお家を作って遠隔で説教をするのはどう?」と提案してくれて。
ひととき、私は孤独を忘れることができた。
「ともかく、私の仕事の話に戻ろう。初出勤はどのタイミングにする?」
「それなら、次のここ、火曜日の情報収集に力を貸してくれると嬉しい。敵地への潜入があるからな」
「よしきた。ならそうだな……ちょうどいいから右手を出してくれるかい?」
よいしょ、と令呪を付与する。
サーヴァントの使役ならこれが一番様になるだろう。
もちろん、これは絶対命令権があるわけではない。
緩い命令権ならあるけど。
私を現世に引っ張るアンカーであり、パスを通じて念話の窓口にもなったりする。
この世界特有の怪異が使う仕組みも取り入れていて、「生贄の印」の流れを汲んでもいる。
ようは「こいつは私のじゃぞ手出しするのは許さんッッッ」という威嚇も兼ねているということだ。
降谷さんが疑問符を浮かべて私を見る。
「これは?」
「僕の使役権を具現化した、といえるかな。僕は君の命令を聞く代わりに、君をアンカーとしてその場に現界する。そういう契約。コストは私持ちだから気にしなくていいよ」
「わかった……目立つなこれは」
「霊視がある人以外には見えないから大丈夫」
私はウィンクした。
これで完璧である。
「呼ぶ時は『来い』と意思を込めて呼んでくれればいい。それ以外に私が勝手に押しかけることもできるけどね」
「勝手に来られると困るぞ。緊急時以外のおしかけは禁止だ。僕の部屋は狭いし椅子もないし」
「わかってるって。行く時は諸伏くんと二人で予定を決めてからお邪魔するよ」
「……その時は酒も用意しておく。まとまった時間を確保しておかないとな」
降谷くんは至極嬉しそうな顔をして微笑んだ。
その喜びに、私もつられて笑顔になるのである。
もう幾度目かの仕事の日だ。
かつり、と革靴がコンクリートを打つ音がこだまする。
切れかけた蛍光灯が薄暗い打ちっぱなしのコンクリートの壁を照らしている。
明滅する明かりを背後から受けながら、バーボンはゆっくりと目の前の男へと歩を進める。
「おや、もう逃げるのはお止めになったんですか、根津修平さん? ドブネズミのような見事な逃げっぷりには僕も感動していたのですが……こんなところで諦めてしまうんですか?」
「う……あ、……」
ねっとりとした、粘度の高い滴るようなバーボンの笑み。
嗜虐と奸計に満ち満ちた双眸が男を捉える。
男は悲鳴もままならないまま、引き攣るような声を出して一歩、二歩、後ずさりした。
「なん、なんで、俺は、違っ……」
「貴方の裏切りはすでに確認が取れています。疑わしきは罰せよ、とはジンの言葉でしたね。僕はそのあたりは厳格なので、きちんと裏取りしてから来ていますので安心してください。これは貴方が二週間前にメキシコの麻薬カルテルと密会していたところの写真です」
人差し指で軽く飛ばされた写真が男の足元に落ちる。
偽造の難しいポラロイド写真だ。
暗い倉庫内を映したそれには、根津修平と呼ばれた男がスーツケースを持っている姿が写りこんでいる。
男は目だけでその写真を追いかけ、わなわなと肩と腕を震わせた。
目を見開いて荒く不規則な息に体を揺らし、己に起きるであろう凄惨な結末を思って絶望的な恐怖をありありと示している。
それと同時に、己の結末への恐怖以上に、男は目の前の処刑人自体に恐怖していた。
「ここ、は、誰にも知らせていない、はずだっ……」
「僕の協力者が貴方を『視て』いてくれたので、すぐにこの場所は分かりましたよ」
「入り口の、あぁ、カルテルが設置したセキュリティは、な、なんの、反応も、」
「彼の住まいから直接こちらに連れてきてもらいましたから。僕、残念ながら入り口は通っていないんですよね」
「この区画に、どうやって!」
「施設の警備をしていた下っ端の方たちは今頃幻覚でも追いかけてるところだと思います。そうですね、科学的に無理やり説明をつけるなら集団ヒステリーの一種となるかと。本当に、彼が居ると仕事が格段に楽だ」
笑顔のままに紡がれるバーボンの言葉は、男にはほとんど理解できなかった。
男を処分するために使わされた組織の幹部・バーボン。
最近になって特に活動を活発にしていると男も聞いていたが、バーボンの周りで噂されるようになった奇妙な現象についてはまったく眉唾であると信じてはいなかった。
探り屋バーボンは他人が知りえるはずがない情報をどこからか入手してくる。
暗殺・拷問等の任務において、バーボンは科学では説明のつかない謎の現象を引き起こすことがある。
バーボンの潜入先で不可思議な集団幻覚がいくつも報告されている。
バーボンは他の組織メンバーが誰も知らない「謎の協力者」と懇意である。
裏社会は命と尊厳が羽のように軽く、だからこそ時に表よりもはるかに信心深い。
バーボンは本物の悪魔である、なんて迷信じみた噂が流れるのもそのせいだ。
周りの噂話をバカバカしい与太話だとしてこれまで信じてこなかった男は、この日この時から、現代科学で理解できないナニカの存在を認めるよりほかなかった。
「ひぃっ……!」
四方がコンクリートで満たされているはずの廊下で、突如這い上がった植物の蔦。
人の腕ほどの太さのあるそれは意思を持つかのように独りでにうごめき、男の四肢を拘束して吊し上げる。
当然の景色を見るかのように嘲笑を浮かべながらそれを見守るバーボンに、男はえも言われぬ恐怖が背筋を這い上がるのを感じた。
邪悪で悪辣な、神を背徳する魔物は実在していたのだ。
中世に語られる本物の魔女は存在していたのだ。
肌を撫ぜる邪気が、蔦に満ちる毒々しい意思が、その証明であるに違いない!
「マイ・ロード、ご命令を」
空間に反響するように発せられた声は男のものともバーボンのものとも異なっていた。
気さくさと親しみやすさの並立したその声は、穏やかでいて非人間的な無機質さをも備えている。
親友に語りかけるような和やかな顔でバーボンがその結末を口にする。
「いつもの通りに。僕の最高のサーヴァントよ」
白い白い、悪魔の影が見えた気がした。
・マーリン主の宗教
ふんわり基督教徒な気がする。
というか、困ると脳内ナザレの人が出てきて助言してくれるので、まぁ基督教徒と言えなくもない程度。
・ナザレの人
ズッ友。マーリンのことを心配してた。
人を超えた力があって、人を超えた寿命があって。
だとしたら愛を失うのも時間の問題だろうと。
だから、死後彼を諌めるために己の魂を分けて彼に付かせたのだ。