今日は珍しく教皇庁に来ている私である。
教理省に呼ばれたから来たのだが、こういうことは時折あったりする。
教理省は信仰に関する調査や神学的な議題の検討なんかを行っている部門だ。
私も当時の救世主を知るものとして時折秘密裏に招かれたりしている。
まあ、当時を知っているとはいえあくまで「私の一見解」にすぎない。
私の言葉がすぐさま公式見解として反映されるわけではなく、その裏の証拠や整合性は厳しく問われるわけだがな。
いつも通りふわりと入口の影に出現。
姿はFGOでよく見るオーソドックスなマーリン格好である。
この姿こそが教皇庁内での通行手形になっている。
新人らしき警備員が「通門証を」と提示を求めて来た。
そしてすぐさま先輩に「その方は別の手順だ」と止められてわたわたした。
私は懐から代々使ってる証代わりの素晴らしく精巧な金細工のペンダントを取り出し、掲げてみせた。
警備員さんに「本日のご予定は?」と聞かれる。
「教理省で重要文書に関する証言録の精査だね。午後一時から」
「なるほど、確認が取れました。どうぞお通りください」
入り口を通され、私はてくてく歩き出した。
彼らを含め、ほとんどの人が私の正体を知らない。
部局の長や上級聖職者でも、「人間を遥かに超えた長命の可能性がある人物」かも、と匂わせる程度である。
私の正体、すなわちマーリンその人であることを真に知るのは法王とその側近、そして一部特別機関の幹部に絞られる。
のんびり歩いてバチカン使徒文書館へと向かう。
ここの地下が目的の場所だ。
私が部屋の一角に入ると、作業中の三、四人の職員が一斉に振り返った。
そして慄いたように祈りのポーズを取る。
責任者が進み出て朗らかに私に話しかけた
「これはこれは!ようこそおいでくださいました!どうぞおかけになってください!」
「久しぶりだねロレンツォ、随分と歳をとったじゃないか」
「ははは、御身はいつまで経っても美貌で羨ましい!私など後頭部を気にする年ですし」
「まだ覚えてるよ、君のほら、前に私を不法侵入者と間違えて食ってかかったあれ」
「何十年前のことですか!いい加減忘れてください!」
「だって面白かったんだもん、泡食ったお偉方がかけつけてきてさぁ」
「本題に入りましょう。本題に!」
恥ずかしがる彼は教理省の特別部門の長で、主に私からの聞き取りと資料の整合性確認を仕事としている。
そっと優しく、手袋をはめた手で資料の束を置いて、ロレンツォ君がいくつか古びた年代物の本を開いた。
「お伝えしていた件、これが現存する最古の写本となっております。何かお気づきになったことはありましたか」
「んー。ここ、写し間違いだね。動詞の書き間違えかな。こっちもたぶん写してるうちに当時風に書き換えちゃってる」
「……毎度になりますが、なにか表向き出せる証拠等はございますか」
「無いよ。いや、なんか見てるうちに思い出してきたけどこれ原本私の手書きメモじゃ無いか?アヴァロンにあるよ完全なやつ」
「うーーーん。うーーーーーーん」
また開始早々ロレンツォ君は延々唸るだけの置き物になってしまった。
これは毎度のことだ。
「うーーん。原本は、その、やはり時間の流れが止まっておりますよね?」
「そうだね。時間が流れると本が痛むし」
「うーーーーーん」
「あっ、あとこれ致命的に書き間違ってる!多分予言の箇所を先に書いてたらページを取り違えたんだ!流石に不味く無いかい?」
「うーーーーーん」
ダメになってしまったらしい。
私はロレンツォ君を揺り動かしたが、うんうん言うだけでNow loadingであった。
まあ気持ちはわかる。
時が止まっていると言うことは年代測定がずれるから原本を原本と認定できないということだ。
写本に重要なミスがあるのに、そのミスを証明する手段がない。
見なかったことにすれば神学界にも大きな影響があるだろう。
私は暇になったので部屋の隅をゴソゴソした。
下っぱらしき数名が「あの」「お手を触れぬよう」と困り散らかしている。
お、と思うものを発見し、私はパッと顔を明るくした。
『旅人と主の対話篇』の証言録、すなわち『夢の獣に関する証言録』だ。
あの時メモってる人はいなかったし、あの後思い返して書き留めてる人がいたらしい。
へぇ、どれどれ、と私はそれを手袋をはめた手でゆっくりとめくっていった。
それはあの時付近にいた聴衆がナザレの彼の発言を思い返して書き留めたものだった。
比較的裕福な信者も多かったから、文字を書ける人間もいたらしい。
だが第三者である以上、記憶違いも聞き違いも存在する。
復活してきたロレンツォ君が「これは…上にあげねば」と言っているところを、証言録を指差して私は頷いた。
「これは……解釈が違うかな。ここ、『私はあなたを救い、それによって人々を救おう』の一文。これ、現代文だとそんなに気にならないんだけどニュアンスが違うというか」
「と、いいますと……?」
「たぶん『それによって』を『それを通じて』に直したほうがいい。そのほうが学説が無駄に白熱することを防げるよ」
私が親切心で指摘すると、ロレンツォ君はしばらく沈黙した。
それから頭痛を堪えるように「ううう」と呻いた。
「たぶんそれも証拠は『直接その時主の言葉を聞いていたから』ですよね……?」
「そうだね。ナザレの彼の声のトーンまで思い出せるさ」
「うーーーん。おい君たち、ともかくこの方の証言を文章に起こすんだ。判断は後で私がする」
「は、はいっ!!」
部下たちが慌ててメモを取っているのを確認しながら、ロレンツォ君は昔に比べて皺の多くなった顔をやや綻ばせた。
「そういえば、何か良いことでもあったのですかな」
「ん?藪から棒に何がだい?」
「御身の表情がそこまで明るいのは私が生きている中で初めて見ました。何が善なる事が起きたのかとも思ったのですが」
そう言われると、わたしは心当たりがなくて少しだけ首を傾げた。
特にないが……いや、違う。
ロレンツォ君に会うのは三年ぶりだ。
だからつまり、今の友人、すなわち降谷くんたちと会う前だ。
わたしは気恥ずかしさを隠して少しそっぽを向いた。
「友人ができたんだ。気心知れた友人。最近充実してて、それが顔に出たのかと」
「それは素晴らしい!御身は偉大なる聖マーリンであるからして、信頼できる人間を得るのは難しい事でしょう」
「君のことも信頼してるよ、ロレンツォ君。まだ若くて細かった時分は頭でっかちのロレンツォって呼ばれてたよね」
「お忘れください。今は少し忙しくて運動が疎かになっただけです」
「健康に気をつけて、長生きしてね」
わたしの言葉に、ロレンツォ君は息を呑んだようだった。
それから「かしこまりました。必ずや」と祈りの仕草を捧げて見せる。
「あっ、こっちも違う。書き留めた人解釈下手くそだなぁ。ナザレの彼はそんなこと言わないよ」
「いやいやいやいやありがとうございますですがそう一気に主の言葉を放出されても困ります」
「難しいな塩梅が。まあいいか」
「我々の数世紀の議論がまた混迷の渦に引き戻されることになりますので!ゆっくり!ゆっくりお願いします!!」
「はーい」
しばらく作業と雑談を繰り返していると、すぐに2時間程度が過ぎ去った。
もうそろそろお開きの時間だ。
ロレンツォ君が少し躊躇いがちにわたしに声をかけた。
「御身は、主の言葉を今でも信じておられるのですか」
「おや」
かなり挑戦的な言葉だ。
狼狽えるように部下さんたちが右往左往している。
ロレンツォ君が静謐な瞳でわたしを見た。
「ままならぬこともあったでしょう。御身の瞳は人の悪しき面ばかりを見てしまう。人の醜さを直視して2000年。きっと私には、とても耐えられない」
「…………」
「それでも御身は、まだ主の言葉を信じていらっしゃられるのですか」
私は沈黙した。
様々な想いが去来する。
彼が死んでから長かった。様々な事があった。醜いものをたくさん見て来た。
同じだけ、美しいものもあった。
悲しみは滝のようで、人類史に滔々と流れ落ちて湖を作っている。
でも。
「───でも彼が私のことを信じてくれたから。私も彼のことを信じるんだ」
私を救うと言ってくれた、ナザレの彼よ。
その優しさがあるからこそ、私はまだ人を信じられるのだ。
・ナザレの彼
マーリン!!!!私とはズッ友だよ!!!!!
・教皇庁の人間関係
若い頃からの知り合いばっかり。
昔の失敗擦られるので割と頭が上がらない人が多い。
魔術での手助けは誘惑とされ受け取り手がすごく苦悩するので、マーリン自身厳に慎んでいる。
辻バフ禁止。