本日は毛利探偵の依頼について、汐留ビュータワーまでやって来ていた。
正確にはその建物内にある劇団宇宙の公演会場だ。
ここで今日怪盗キッドがあらわれるという話なのである。
と、いうわけで目の前にいるのは工藤新一。カッコ偽。
「ウゲーっ!!!」という声が聞こえて来そうなほど脂汗まみれになりながら、必死でキッドが笑顔を取り繕っている。
何も知らない蘭さんは「どうしたの新一?汗すごいよ。暑い?」と首を傾げている。
可哀想に怪盗キッドにとって、降谷君は無理やり協力者に仕立て上げた鬼のような公安だ。
平然と工藤新一のふりをしているが、気づいてほしくないというのが丸わかりの動きをしている。
どうも降谷君が工藤新一イコール江戸川コナンだと知らないものだと思い込んでいるらしい。
現実は非情である。
『そういえば、あの後怪盗キッドとは公安とどういう契約を結んだんだい?』
『有事の際に公安職員に変装を施す専属メイクアップアーティストとして協力してもらうことになった。これで証拠捏造し放題だ。これでまた一つ公安の正義がスムーズに為されることになったな』
『それ本当に正義かい?うら若き高校生にトラウマ植え付けてないかい?コナン君に曇りない瞳で己の所業を言える?』
『大丈夫。たぶん。コナン君には黙っとく』
碌でもない降谷くんは己の罪を認めようとはしなかった。
有事の際の利用ということは、もうすでに何度も利用されてるはずだ。
可哀想に。
あとでいい夢を見せてあげるとしよう。
お、降谷くんが動いた。
ニコッと降谷くんが安室の皮をかぶって穏やかに話しかける。
「久しぶりだね、工藤新一君。外交官の殺人事件ぶりかな」
「えっ、ええ。お久しぶりです安室さん」
蘭ちゃんがえっ、という顔をした。
それが降谷君のブラフだと知っているからだ。
「おや失礼。黒衣の騎士事件が抜けてました。その時も挨拶しましたよね?」
「あ、その、僕もうっかりしてました、ハハハ」
絶対もうこの公安性格クソとでも思われているのは間違いないだろう。
キッドは滝汗だ。
隣で見ていたコナン君が訝しげに降谷君とキッドを交互に見ている。
一応その辺でいじめるのはやめてあげることにしたのか、スターサファイアに話題は移っていった。
とはいえ、この場は今夜の舞台の準備をしている役者さんたちの集まる控室。
長居をするわけにはいかない。
偽工藤君は蘭ちゃんとちょっといい空気になりつつ、みんなで部屋を後にする。
すかさずコナン君がススス、と寄って来た。
目を三角にしながら降谷君に声をかける。
「ねぇ、あれさ」
「面白いね、君が分身してる」
「変なこと言わないでよ安室さん。絶対怪盗キッドじゃんか」
「わかってるけど面白くて。あっ、そこで蘭さんと会話してる。いい感じだ。いいのかいコナン君、怪盗に彼女取られるよ」
「バーロー!取られるかよ!!!」
コナン君は弄ばれた怒りに暴れながら、キッと降谷君を見上げた。
「というかキッドの様子絶対おかしいじゃん。悪魔の力で特定して不当な脅迫とかしてないよね?」
「………」
「安室さん!」
「あのね、なんと彼のおかげで公安は政治家の国賊二名を捕らえる功績を残しておりましてぇ」
「証拠を捏造して?」
「うん。いや違うんだよ。あるべき証拠が現れただけで別に捏造じゃないし」
「信じらんない!キールから有益な情報貰ったけど渡していいか躊躇う!」
「そこをなんとか」
降谷君は揉み手でごまをすった。
とんでもねぇ降谷君だ。
コナン君は大きくため息をついた。
「それにしても、安室さん」
「なんだい?」
ちらり、と降谷君を見上げてコナン君が柔らかい笑みを浮かべる。
その瞳には信頼が宿っている。
「僕、あなたのこと勘違いしてたかも。ごめんね」
「なんのことか知らないけど、構わないさ。今後はもっとよく見ていてくれると嬉しい。友人同士なんだから」
降谷君もふっと笑って、嬉しそうに頷いたらしかった。
「というか、マーリンの陰謀だったんだよ割と。これで何が違ったのか全然わからないけど、態々誤解を誘発させるような言い回しをしてさぁ」
「ははは…ソウダネ……」
「あれは本物の悪魔だよ。間違いない。未来測定の精度が云々とかファンタジー用語で煙に巻こうとしてくるし」
煙に巻くとは失敬な。
何が変わったかというと、色々工夫を凝らしてタイミングをずらすことで、ジンのあの命令に辿り着いたことだ。
つまりはコナン君の目の前で、突発的に死者製造の現場を見せられたということ。
百聞は一見にしかず。
疑念が妙な方向に転ばないよう調整した上で、彼が自分で気づいた形になったのが良かったのだ。
自分で見つけた結論は揺らぎにくい。
そのほか、乱数調整で最悪のタイミングで疑念を抱かれなくなったのもあるだろう。
という私のつらつらとした言い訳を聞いて、降谷君が微妙な顔をした。
『僕の狂人疑惑の元が取れたか微妙だな…』
『そんな。コナン君の疑念は本当に厄介なんだよ?彼自身力場の核だから、その疑念が「真実」になるよう収束する力が働くし』
要は逆転現象というべきか、彼が考える推理が真実になってしまうというか。
それはともかく、コナン君がまだ一段声を潜めて降谷君に内緒話を持ちかけた。
「ねえ、安室さん、悪魔との取引の代償ってどうなってるの?」
「まあ一部ブラフ、一部間違ってないってとこかな。向こう側が逆流して僕に悪影響を及ぼしているのは本当のことさ」
「!!それ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど……まあ、なんとかするよ」
降谷君の手が自然と己の首にかかるペンダントに沿わせられる。
コナン君が目を細めた。
「その不吉な見た目のペンダント、最近よくつけてるよね」
「これはむしろ僕の厄を引き受けてくれてるもの、らしいよ。マーリン曰く」
「本当に?」
「さあね。僕はマーリンを信頼してるけど、魔術には詳しくないから」
コナン君が心配そうに眉間に皺を寄せた。
さて、舞台本番の始まる時間だ。
舞台「ジョゼフィーヌ」。
ナポレオンの最初の妻を描いた華やかかつドラマチックな作品だ。
怪盗キッドは「いつでも動けるよう客席端で待機します」とかなんとか言って位置についている。
降谷君が照明の落ちた暗い観客席で仕切りに目を擦っている。
『目が…チカチカする』
『大丈夫かい?ううん、たぶん獣の因子が逆流したのが影響してるのかな。そろそろ馴染んできたと思うんだけど』
『こんなに暗いのに昼間のように明るく見える。夜目が利くのはいいことだが、こうも目に染みるのは勘弁してほしい』
ふと横を見るとコナン君が駆け出していくところだった。
降谷君がふわああ、と多少のあくびを噛み殺す。
『怪盗キッドに出ていく必要はないな。僕らはゆっくりここで観劇を楽しもう』
『そうだね。あと毎度恒例コナン君失踪事件について、毛利探偵に言い訳を考えておかないと』
『それは確かに。僕まで怒られる』
まったりしていると、暗い室内で少し日頃の疲れが出て来たのか、降谷君が多弁になる。
昨日も夜遅くまで任務で疲れているのだろう。
『そういえば、ジンに「マーリンに会わせろ」と言われてるんだよな』
『……ああ、そうだったね。どうしようか。ベルモットから僕の人間形態について聞いたんだと思うんだけど』
『らしいな。面倒をかけるが、できればマーリンの口から断ってほしいんだが』
『そうだね。降谷くんは立場もあるし断りづらいだろう?僕が直々に出て断るよ』
『助かる』
しばらくして、幕が降りていく時間になった。
間違った暗号読解に踊らされて大騒ぎになる舞台を尻目に、降谷くんは完全に傍観の姿勢だった。
と、そのあたりで異常発生。
『……………ん?』
『どうしたマーリン』
『いや、僕らにお客さんみたいだ。何やら対悪魔・対怪異装備を身に纏ったローブの一団がビルの非常階段を上がって来てる』
『なんだそれ!?そんなもんあるのか!?』
『概念礼装だね。古い品の中にはそうしたものもあるよ。でも…まあ、キングギドラに水鉄砲で挑むようなもんさ。特に意味はないよ』
一団の持ち物は300年ものの聖水とか、怪異払いの護符とか。
こんなんなら彼らが予備で持ってるサブマシンガンとか手榴弾の方がよほど有効的だ。
降谷君が苦虫を噛み潰したような顔をした。
『サブマシンガン持ってるのか。ここに乗り込まれて銃撃戦になったら死傷者が出過ぎる。迎え撃とう』
『そうだね。この二階下のテナントが撤退した場所で迎え撃とうか。私がババっと薙ぎ払ってしまっていいかい?』
『いや』
パキパキ、と降谷君が指を鳴らしながら立ち上がり、喧騒に紛れながら廊下へと出た。
『僕が出る。例の悪魔の力、緊急時のための試運転がしたい』
『え、いいのかい!?知らない人間の前でオシャレ悪魔コスご開帳だよ!?』
『知らないからいいんだろ。誰とも知らない奴らの前だからこうして試運転できるんだ。そもそも、試運転もせず緊急時に使って何かあったら締まるのは僕の首だろう』
それはそうだが、なかなかの太っ腹だ。
あれだけ恥恥言ってたのに、やはり腹を括るのは得意ということらしい。
いや違う。降谷君は小刻みに羞恥で震えていた。
やらねばならぬことをする男、かっこいいぞ!!
というわけでテナントが撤退して灰色の床のままのビルにて。
次の入居が決まっているのか、看板が遠くに立っているのが見える。
降谷君はそのフロア中央で佇んでいた。
フード付きローブを被った怪しげな一団が、時代がかったサブマシンガンを構えてすぐさま隊列を組む。
なんだっけこいつら。
スリーメイスンとかいう魔術団体の人っぽいけど。
「安室透だな」
「はい。………可愛らしい事だ。そんな近代兵器で制圧できると本当に思ってるんですか」
「我々と一緒に来てもらおう。撃てーーーッ!!」
降谷君が妖艶に手ですう、とこめかみを撫でると、ぞる、とツノが現れる。
あらかじめ出してあったものだが、出しっぱなしだと警戒して来てくれないかもしれないとしまってあったのだ。
そして、一団はすぐさま異常に気がついた。
サブマシンガンから銃弾が出ないのだ。
カチカチと引き金を引いても軽い音を立てるばかり。
銃口を覗いた間抜けが突如脳天を銃弾に貫かれ、倒れ伏す。
この場はすでに悪夢に飲み込まれている。
悪い事、安い事、不吉な事へと全ては転がり落ちていく。
夢と現実のあわいにて、何が夢で何が本物かなんて重要じゃない。
降谷君の影から、巨大な巨大な飢えた獣が牙を鳴らしながら現れる。
悪夢の具現だ。
それは逃げ惑う男たちを噛み砕き、悪夢の養分にしていく。
降谷君がうっそりと嗤った。
「意外に意識はしっかりしてますね。こんな奴らを救済する必要がないのが大きいのでしょうけど」
『口調変わってるよ』
「………しまった。意識してなかった。まあいいや。全員捕らえて公安で絞るとしよう。まったく、この平和な日本でサブマシンガンぶっ放すやつがあるか」
ぷりぷり怒りながら、意外と通常運転な日本愛を押し出しながら降谷君は腕を組んだのだった。
この平和な日本で獣降臨の方がよほどヤバいのは密に、密に。
・諸伏景光の見解
そういう夜のお店前仕事で行っただろ?その時ゼロはマネージャーに言われたんだよ。うちでトップ張れるって。
だから悪魔コスぐらい楽に着こなせるんだ。
・降谷零の苦悩
イメクラのことは忘れろ!!!!!
泣くぞ!いいのかヒロ!恥も外聞もなく泣いてやるぞ!!