天候は雷雨。
風も強く、コンディションは最悪に近い。
運転は降谷君と怪盗キッドが行うことになった。
残念ながら乗客の中に運転の経験のあるものはいなかったらしい。
キッドは変装して新庄という舞台俳優になり切っている。
セスナの操縦経験があると言って手を上げてくれたのはありがたいことだ。
まあ、降谷くんと一緒のコックピットに長時間閉じ込められるのは非常に嫌そうだ。
ちなみにコナン君はむすっと臍を曲げて僕もできるもんの顔である。
でも緊急時に操縦桿上げるのに苦労する子はちょっと問題外なんよな。
コックピットに座る降谷くんに私はそっと声をかけた。
『どこまで私の補助が必要そうだい?』
『天候は変えられるか?風に取られる等の不測の事態が起きるのはなるべく回避したい』
『問題なく。気象庁を誤魔化し切れるかがネックだけどね』
『いい、そちらはなんとかする。風を柔らかく、雨を小雨に、雷を除去。それができればいうことはないさ』
『アイアイサー』
私は儀式魔術の準備に取り掛かった。
搭乗客300ちょっと、乗員24名。
その全員が共同で見る「夢」を展開するのだ。
『こちら函館タワー、機長の島岡です!MPCのAPPというボタンはわかりますか?それを押せば自動的に着陸できるはずです!』
通信から指示が入る。
函館の街が見えてきて、雲の切れ目から見える景色はなるほど100万ドルとも呼べる絶景だった。
『全工程敷設完了。機体を中心に20キロの範囲を包む夢の侵食固有結界を作動させた。これでだいぶ気象の影響は小さくなると思う!』
『助かったマーリン!』
雨が小降りに、風も収まって来ると同時に機体の揺れも小さくなっていく。
鳴り響いていた雷もなりをひそめる。
これは皆が思う「もっと怖いことは少なくあってほしい」という願いを受けた夢の形だ。
風は小さく雨風の音も穏やかになる。
出力を限界まで絞ってるからそう大きな影響もないだろう。
うーんまあ、気象庁さんには大目に見てもらう感じで頼んます。
キッドがフラップを順に上げていって、車輪を下ろす。
こればっかりは怪盗キッドも緊張しているようだ。
なにせその手に多くの乗員と乗客の命がかかっているわけだし。
空港には消防車も出動しているのが見えた。
万が一の時の火災に備えているのだろう。
他に飛び立つ飛行機もおらず、滑走路は空っぽだ。
今回の件を受けて全便欠航にしたのかもしれない。
まったくもって歴史に残る航空機事故だこと。
まあ、本当はさっき後ろから戦闘機で旅客機を撃墜しようとしてた阿呆がいたのでもっと事態は複雑なんだがな。
とはいえ済んだ話であろうよ。
そのまま何事もなく着陸。
滑走路を長く走行し、機体は滑らかに通常通りの挙動でもって着陸した。
パーフェクトだ。
怪盗キッドが心底ホッとしたようなため息をつき、うーんと伸びをして立ち上がった。
『んじゃそろそろ俺はお役御免ということで。あーもう飛行機二度と乗りたくない気持ち。んじゃお先に!さらば!もう帰る!!!』
『!』
ぽふん、と煙幕を纏い、キッドはそのまま煙のように消えてしまった。
そりゃこれから山ほどの救急、消防、警察職員に囲まれるわけで、逃げたくなるのも仕方なかろうよ。
降谷君がうむうむ頷いて座席に体重を預けてだらんとした。
『確かに今回彼には助けられた。コナン君では小学生だからコックピットに座らせてもらえないしな』
『私も飛行機操縦用の魔術作ろうかなぁ。夢で操縦するには想像力が届かないというか、飛行機もどきになっちゃうんだよね』
そのあたりでジロリと降谷くんが私を睨め付けた。
なになになに。
『ところで、お前羽田に向かう途中なんかしてただろ。不自然に黙り込んでた』
『あっ、分かった?今は邪魔しちゃいけないと思って私が対処してたんだけど』
『勝手に動かれるとなんか怖い。何があった?』
私はうーんと腕を組んで何から話すべきか思案した。
『スリーメイスンって言ったっけ、例のローブ集団の別動隊が戦闘機で旅客機を撃墜しようとしてたから処理したよ』
『ブッッッ!?!?おま、それ!?』
『空対空ミサイルバカスカ撃ってさぁ、お金持ちだね。機体ごと夢の中にご案内しといたよ』
非常に難しい顔をして降谷君は唸った。
それから頭痛を堪えるように頭を押さえる。
『微妙に困るな……ひとまず機体は証拠品として没収。空対空ミサイルは生きてるか?』
『生きてるよ。まだ夢の空を飛んでる』
『なら爆発させた後証拠品として回収する。人員は夢の中で拘束しておいてくれ。人員が函館に着いたら引き渡してくれると嬉しい』
『ふふふ、任された!』
私は胸を張った。
降谷君の力になれたようで嬉しい限りである。
脳内ナザレの親友が「順調にエスカレートしてるよ〜よくない兆候だよ〜」と嘆いている。
なんでや。降谷君喜んでるやんけ!
コックピット外から声がかかったので、扉を開けると、コナン君達が駆け込んで来た。
毛利探偵も駆け込んで一言目は「安室君!よくやった!!」だった。
降谷君が虚をつかれたような顔をしてから、にっこり嬉しそうに屈託なく笑ったのだった。
魔術結社スリーメイスンの本部で、No.3はお叱りの言葉に怯え這いつくばっていた。
「向かわせたものは全員日本警察に拘束された模様です。ご命令を全うできずなんとお詫び申し上げれば良いか…」
「良い」
返事は簡潔だった。
当主たる老人は興味もなさそうに石の玉座で目を細めている。
一つ間違えば、この老人はゴミのように部下を葬るだろう。
「どうせ捨て駒だ。アレが力を使う瞬間を待っていた。だが………」
老人は言葉を切って首を振った。
「バーボンというのは、アレの端末に過ぎんようだ。アレは人に従っているのではない。ただ人類社会に侵食しようとしているだけということだ。くだらぬ」
「そ、それは……脅威ではないのですか」
「ふん。アレを聖者と崇めたてる連中の気が知れん。まあいい。距離をとって観測し続けろ。アレを我が手に収められる隙があるやもしれんからな」
「かしこまりました」
その後がないことを、老人は知らない。
一人の大泥棒が全てを壊してしまうことなんてつゆ知らず、その時は醜い皮算用に明け暮れていたのだった。
・共同幻想固有結界
現実を歪める「皆の想い」という名の固有結界の亜種。
王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)に近いが、それよりふわっとしている。
これをマーリンの夢に乗せてコストを最小限に抑えた。