あの旅客機毒物事件の後は散々だった。
まず医療スタッフがすっ飛んできて、機長と副機長は救急搬送された。
降谷君達も同様に聞き取り調査が行われ、毒を摂取していないか、どこに毒があるかのチェックもあったようだ。
乗客を下ろすのにも一苦労だった。
何せあちこちに毒が付着している可能性があるのだ。
降谷君達は二階のファーストクラスにいたが、一階で被害者がふと壁を触っていただけで事案になる。
その後は警察の取り調べだ。
被疑者はすでにわかっているので、コナン君達の推理を元に取り調べを行えばあっさりと自供した。
だが機内の防犯カメラを調べたり、関係者全員の事情聴取をしたり。
終わった頃にはどっぷりと夜も更けていて、慣れている降谷君達以外の俳優さん達はヘロヘロだった。
これでは打ち上げが流れてしまうのも当然だろう。
その後も混乱は続いた。
翌日、国土交通省の事態評価のため操縦室音声記録を回収。
その時に色々降谷君の取り扱いで警察庁と揉めたりもした。
操縦の再評価のため降谷君が呼ばれたり、キッドが事態をややこしくしたり。
マスメディアが取材を申し込むのを必死で断って姿をくらませる羽目になったり。
「あーあ、こんなことならスリーメイソンとか言う連中を絞る方に回ればよかった。いや、だめか、それだと最悪旅客機が爆破されるのか」
「まあまあ。万事うまくいったと喜ぼうじゃないか」
降谷君がぼやきながら机の上でもごもご言っている。
そこに諸伏君がハムエッグを持ってきてくれて非常に美味しそうだ。
「まあ美味しそう!」と明美さんが喜んだ。
アヴァロンでの朝食のお時間である。
降谷君も時短のために時々ここで食事をしていくことがある。
今日もそうした日の一つだ。
後ろで私がごそごそ本を整理していると、「それ、また世界情勢関連か?」と諸伏君から声がかかった。
「今日も今日とて世界中の情勢管理中だよ。怪しげな気配があるからまた夢を見せようと思って」
「大変だな。何が起こってるとこなんだ?」
私は一言でまとめようとうーんと唸った。
今日夢を見せるのは、とある共和国の指導者だ。
別に名前を伏せる意味はそんなにない。
私の前世にはなかった国だが、長く複数の帝国に分割統治されていたのが最近独立したところ。
多民族国家で、山岳地帯に複数の民族が入り乱れている。
もちろん国境は帝国が決めたので実際の生活領域とは異なってるし、多数派民族の弾圧もある。
「今回私が介入するのはその指導者、ヴァレン大統領でね」
「何か問題のある人物なのか?」
諸伏くんが朝食をモグつきながら問いかけてきた。
「いや、独裁政権を人権侵害と批判して民主化運動を進めてきた人だ。悪い人じゃないよ」
「え?悪そうに聞こえるけど……」
「そうだった。あー、うーん。道理のわからない人ではないということさ」
油断していたがここは大日本帝国だ。
民主化運動を進めるとかいうワードはほぼカルト布教と似た意味を持つ。
「問題は、この国の軍部が悪いことをしようとしていることさ」
「なら将軍に直接夢を見せれば良くないか?」
「いやそれはもうやったんだ、そしたら信じないどころか夢を見ないように睡眠薬を飲むようになってしまって」
睡眠薬を飲んだ状態での干渉は覚えてないことも結構あるし、夢が変な風に歪んでしまう。
あまりしたいものではない。
宮野さんがやや不安そうに眉を下げた。
「悪いことって、何が起きるの?」
「東北部の街が軍部によって制圧されるんだ。武装勢力掃討の名目だけど、多くの無実の市民が殺されるよ。虐殺だね」
「!!!国が、そんなことをするの?」
近未来予測レンズ・シバ……ならぬ、近未来測定レンズ・ソロモンによる観測結果だ。
私の作った魔術礼装で、前世知識に頼らぬ干渉のための必需品。
これは観測した数多の未来のうち、最良の歴史を掴むための手順を示す機能がある、
諸伏君が眉間に皺を寄せた。
「歴史の教科書でしか見たことのない所業だな。大っぴらにそんなことするのか?国際社会に非難されるだろうに」
「投獄後に秘密裏に処分でなく、その場で殺害か?それは珍しいな」
「よくあるんだよ」
訝しげな降谷君に私は軽く笑って肩をすくめた。
降谷君がしばらく黙りこくったあと、
「それは、君が止めてきた非道の中でどの程度の悪逆な出来事なんだ。僕には、それは公安の基準で語ってもそこそこな非道……前時代的な悪行であると感じる」
「公安も割と悪名高いもんな。基準にはぴったりだ」
「ヒロ、そういう本当のことを言うのはやめろ」
降谷君が渋い顔で諸伏君をギロリと睨みつけた。
私は笑顔で口を開く。
「あはは。このぐらい、もちろん『非常に人道的だ』。捕らえた人間で人体実験もしないし、自ら谷に並ばせられて一人ずつ銃撃されて落とされないし。ガス室もない」
「ガス室?ガスが何かあるのか?」
「まあともかく、私が止めるべき非道は結構あるのさ。あの銀髪君より人非人な人間って意外といるからさ」
「………考えたくないな。全てはマーリンが止めていてくれるおかげか」
私は誇らしくなって胸を張った。
もっとも、止めきれずたくさんの死者を出してしまったことが何回もある。
私の言葉を信じなかった指導者だけではない。
信じても世論や情勢によって改善できなかった者達ももちろんそこに含まれる。
千里眼で見えるこの痛みが少しでも軽減できるなら、できることは全てやる所存だ。
「公安もやりすぎたら偉い人に夢見せるから注意してね。結構ギリギリを攻めてるからね、公安」
「なんだと。我が公安警察に瑕疵があるとでも言うつもりか」
「コナン君がね、目の前に居たらと思ってね?コメントをどうぞ」
「違うんだよ。日本を守るために仕方なく……」
「ゼロの罪が暴かれてて面白いな。あ、明美さん醤油いる?」
「いただくわ」
「ヒロ、お前他人のふりするとは卑怯だぞ公安のくせに」
いつも愉快な公安組に、明美さんがコロコロと優しい笑い声をあげたのだった。
・世界情勢
戦争犯罪等がほとんど潰されてる世界線。
潰しきれなかったやつがぽつぽつ歴史の教科書に載ってる。
マーリン主の努力の結晶だが、その分非道に関する法整備がまるでされてない。