豪華クルーズ客船「アフロディーテ号」。
降谷君はそのデッキで手すりに寄りかかりながら、夕日を眺めていた。
コナン君と蘭ちゃんは少し離れたところでいい感じになっている。
魂の底では分かり合えているのか、蘭ちゃんも穏やかな顔だ。
抱っこされたコナン君は恥ずかしそうで嬉しそう。
それをぼんやりとした目で見ながら、降谷君はふっと遠くを眺める顔で笑った。
『いいな、青春。当時はバカにしていたが、そうした連中が小学生になった子供の面倒に明け暮れているのを見ていると、こう、行き遅れ感が酷い』
『安心して!ここに2500歳独身男性がいるから!』
『余計不安を煽る真似はやめろ!独身サークルじゃないか!』
『明美さんはそろそろゴールインじゃないかい?赤井君と』
『今不快感がMAXになった。走り出して喚いていいか』
そんなどうでもいい会話をしていると、背後から声がかかった。
降谷君が安室の顔を被って振り返る。
「君が……あー、安室君かな」
「!!あなたは、元首相の新見…」
「しー。あまり騒ぎにはしたくない。君に少し話があってね」
髪が黒髪なのは染めているからだろうか。
そこにいたのは80代ほどの老人であった。
実年齢より若々しく覇気があるのは、長年政界を引っ張ってきたからか。
新見元首相はにこりと笑って降谷君に握手を求めた。
「歴史の導き手と親しい君に、一言挨拶だけしたかったんだ」
「歴史の……それはマーリンのことを仰っていますか」
「そうだ。報告が上がっていてね。あの方の寵愛を受けた捜査員が現れたと」
降谷くんは居心地悪そうにみじろぎした。
寵愛、というのは私たちの関係には少しだけかみ合いが悪かったからだろう。
どちらかと言えば学生同士の友人とかが該当する。
ふざけあってどうでもいい会話をする仲というか。
「我々くらいの立場になると、かのお方は無明の闇を照らす灯のようなものだ。ただ無償であの方の寵愛を得られるとは、一体君は何を成し遂げたんだい?」
降谷くんはすっかり困り果ててしまったようだ。
眉を下げて肩を小さく縮こめている。
「成り行き、あるいは幸運と呼べる類のものでしょう。正直、僕自身にすら再現性のない出会いでした」
「そうか。あまりに幸運なことだ。人類の趨勢を決める方が人生の導き手になる。羨ましいと言う言葉では足りないな。前世では飢餓のブッダに身を投げた小動物だったかもしれない」
「は、はぁ……」
降谷くんはとっても居心地が悪そうだ。
でも実際、新見元首相が言っているように珍しいかどうかで言えばとても珍しい事例だ。
実感のないらしい降谷さんの様子を見て、新見元首相が顔を綻ばせた。
「ふむ。少し話をしよう。我々は職務に就いた時、夢を見る。人が辿ったかもしれない失敗の歴史の夢だ」
「!それはマーリンの介入がなかったら、という…」
「そうだ。あまりに醜い所業に、歴代総理は皆初めての朝は朝食が食べられなくなる。人はここまで愚かしくなれるのかと」
好々爺の顔だ。
頷いて、そして思い返すように遠い海を眺める。
「あの方はそうした『最悪』だけは回避できるよう助言してくださる。一部の愚か者はあの方の声を聞くことを至上としているようだが、とんでもない」
「………」
「あの方は基本、危険な愚者に仕方なく声をかけているんだ。なるべく聞かない方が自身の価値を証明すると言うものだよ」
首相はにこりと笑って、おどけるように肩をすくめる。
「もちろん私も聞いたことがある。任期中に一回。明日の軍事演習を止めろと。困ったよ。軍部は陛下の管轄の組織だから、私にはどうしようもない」
「どうされたのですか」
「こういう時のためにネットワークがある。声を聞くものの会だ。なんとかなって本当に助かった」
降谷君が困惑したように私に声をかけてきた。
『なぜ軍事演習を止めたんだ。毎年のことだろうに。今年もあったし』
『ダメだよ。その時は時期が悪かった。小競り合いから雪だるま式に戦争になだれ込む。日米戦争開幕だ』
『………たしかに新見元首相の在任中、情勢は緊張感の高い時期だったが』
『これが分水嶺だと気付かなかったって?そんなもんさ。どんな非道が起こるかは省略しよう』
もちろん、何がどうなるのか新見元首相にはつぶさに見せておいた。
本当は軍部の長に夢を見せた方が良かったんだが、宮家は太陽の加護があるから夢を見せづらいんだよな。
夜と夢とは正反対だ。
「あの方に選ばれたのが日本国民であることは喜ばしいことだ。どうか君の道行に幸があらんことを」
「ありがとうございます。僕も、この国に尽くして参ります」
それだけ言って新見元首相は少し離れたところにいたボディーガードに囲まれて去っていった。
降谷君は深く頭を下げて、それを見送ったようだ。
コナン君がととと、と駆けてきて降谷君に声をかける。
「さっきの人、元首相の人だよね?二代前の」
「ああ。マーリンに用があったらしい。マーリンも手広くやっているからな」
コナン君が訝しげな顔をした。
「あのさ、マーリンさんって実際問題なんなの?悪魔?」
「悪魔ではあるらしい。正確には夢魔と人間のハーフなんだとか」
「え、そこハーフができる印象無かった。ふぅん……僕これまで生きててみたことなかったよ、悪魔も蜘蛛の化け物も」
「僕だって蜘蛛の化け物なんて見たのはあの時が初めてだよ。いや、前に裸ベスト蝶ネクタイの青年がアヴァロンにいたか。あれは悪魔だったかもしれない」
「た、ただの変態じゃなくて?」
「ただの変態がアヴァロンに出たら事案だろう。怖いこと言わないでくれ」
その裸ベスト蝶ネクタイは悪魔のお偉いさんだ。
ちなみに寒い冬でも年中このカッコ。
「魔族のオシャレは我慢から」とのことで私も服脱がされそうになった過去あり。
水着姿レディ・アヴァロンになったら納得してくれたので、今のところそれで手を打ってもらっている。
コナン君が後ろで手を組んで愉快そうな顔をした。
降谷くんがタルタルした態度で、事件が遠そうなのを見抜いたのだろう。
「このあとディナーパーティーだね。まあ、安室さんは慣れたものかな」
「バーボンのことを言ってるなら大きな誤解だよ。最近は悪魔キャラだからその手の仕事減ったし。以前は探り屋やってたからそこそこあったけど」
「そうなんだ。なんかもったいないね」
「とんでもない。何入ってるかわからない料理なんて食えたものじゃないよ。豪勢なフルコースを前にラムネを舐めて凌ぐのさ」
降谷君はうんざりしたような顔をした。
「というわけで何の憂いもない超豪華フルコースディナーは初めて。わくわくしてる」
「ま、真顔……!」
「僕だって人並みに美味しいもの好きなんだよ。この間の黒毛和牛すき焼きの恨みが成仏してないから」
コナン君が哀れんだ様子を見せたので、降谷君は大層膨れた顔になった。
ずぶずぶとコナン君の肩をつついている。
「本物のハイソサエティめ。日頃から美味しいものいっぱい食べてるんだろ」
「そんなことないよ?園子姉ちゃんのお誘いとか、両親と時々食事する時以外は蘭姉ちゃんの手作りご飯だよ?」
「この間の蘭さんとのデートの時も米花プラザホテル最上階で正装して高級ディナー食べてた!」
「デートぐらい豪勢にするじゃんそんなの!」
裏切り者!!!と降谷君がすっかりヘソを曲げて抱きついてきたので、コナン君は脱出に苦労しているようだ。
「どうしようもねーなこの29歳児」みたいな顔をしてため息をついたのだった。
・声を聞くものの会
国際的秘密組織。
古代から中世にかけて、王たちの個人的な体験談の共有が原点の組織。
マーリンのお告げがあった!と嘘の主張がないか精査したり、それを恣意的に解釈しないかの監視機関もある。
主にマーリン信頼派、実務的な情報源扱い派、内政干渉警戒派、マーリン監視派に分かれる。
・29歳児
ヒロが生きててマーリンがいて精神にゆとりがあり、コナン君に心を許し稚気を楽しめる余裕がある。
コナン君以外の前ではきちんとした大人だが、わずかに香る悪童感が毛利探偵にバレてる。
たぶん原作よりはるかに健康。