翌日。
甲板にあるオープンカフェでお茶を飲んでいる今現在である。
降谷君は見るからにツヤツヤしている。
昨日の豪華ディナーもスウィートルームも巨大な風呂場も満喫できたかららしい。
今回は園子君のお招きだから無料だが、実際にこのレベルの船に乗ろうと思ったらおそらく素泊まりで一泊70万とかのオーダーになってくるだろう。
さらにこの船はVIP専用なので乗船資格者は招待者のみとなっていて、船内での飲食や娯楽はすべて無料。
総額で実際にかかる値段は考えたくない。
横をこの船のオーナー、八代グループ社長が歩いていく。
その手にはテニスラケットがあり、この近くにコートがあるらしいことがわかった。
降谷君の瞳が輝いている。
『テニスか。懐かしいな、僕も明日あたり予約取ろうかな』
『へぇ、降谷くんテニスできるのか』
『昔ちょっとな。そうだ、アヴァロンにテニスコート作ってくれないか?』
『いいよ。そのぐらいならお安い御用さ。私にもテニスを教えておくれ』
『もちろん。一緒に楽しもう。ヒロと明美さんも呼んでさ』
ポツポツと会話していると、毛利探偵がにこにこいそいそと身支度を始めた。
芸能人の麗姉妹…だったか?と一緒にお茶をする約束らしい。
阿笠博士はマッサージの予約があるとのこと。
子供達はみんなでかくれんぼをするそうだ。
やることがかくれんぼとは豪勢だが、子供たちが広い船内のレイアウトを覚えるにはぴったりかもしれない。
「安室さんはどうする?」とコナンくんがこえをかけてくる。
降谷君は真顔で頷いた。
「うん。一旦全部忘れて堪能することにするから、僕は別行動だよ」
「え。完全オフ?」
「完全オフ。海上なら連絡取れなくても仕方ない。夢のパラダイスがやってきたんだ」
力強い澄んだ瞳にコナンくんが慄いた。
「この日のために組織にも海上で連絡取れなくなることを伝えたし、風見にも連絡しても駆けつけられないと言ってある」
「き、気合い入ってるね」
「何も気にせず超高級VIPサロン豪華客船で過ごすなんて人生でもうこれきりしかないかもしれないし」
「いずれ昇進したらお偉いさんの仲間入りでしょ」
「その前に過労死しそう。本気で」
真に迫る発言に、コナン君はごくりと生唾を飲んだようだった。
私が質の良い睡眠を提供できるよう全力でサポートしているが、根本的な過労状態はどうにもならない。
目の回るような忙しさは今も据え置き。
潜入捜査官の悲哀である。
「じゃあこれで」と軽やかに降谷君の場を後にした。
スキップせんばかりの勢いだ。
『まずどうするんだい?』
『まずは海を眺める温水プールだな。軽く泳いで、バーカウンターで高い酒味見して、プライベートシネマで例の話題作の先行試写を見て、昨日予約とったマッサージ行く』
『思ったよりガチ勢だった。昼から酒飲んで大丈夫?』
『そんなに飲む気はないさ。幹部勢のお高い酒の味だけでも体験しとかないとなと思っただけさ』
組織に引っ掛けて仕事をしていない罪悪感を和らげるつもりらしい。
まあ、味がわかってないよりは話題も弾むだろうが、好奇心の方が大きそうだ。
というか全力全開のオフの香りだ。
『よし!プールへ行こう!海と繋がってるように見えて絶景らしい!』
『おー!浮き輪とかあるとよかったね』
『そんなものに頼るのは軟弱者だけだ。まさかマーリン、泳げないんじゃないだろうな』
『濡れるの嫌いなだけ。空飛べるから別に困らないしー』
『まさか本当に泳げなかったとは。すまなかった』
ちなみにナザレの彼も泳げないのでカナヅチ同盟を結成していたりする。
脳内ナザレの親友が「顔水に着けるの怖いよね…決意を固めるのに父の声が必要」とか怯えている。
そんなにか。泳ぐの嫌すぎて水上歩行した救世主は一味違う。
予約制のスパはそこまで広くはないが美しく、ゆったりとしていた。
巨大な窓からは海が一望できて、素晴らしく大迫力だ。
軽く私が流れを作って流れるプールごっこしたり、誰も見てない時を狙って水鉄砲ひっかけてやったり。
やり返す相手の姿がなく怒る降谷君に苦言を呈されたり。
しばらく遊んだ後はひとっ風呂浴びて、ほくほく顔の降谷くんとともにバーカウンターへと向かう。
バーカウンターは一階のラウンジに併設されていて、夜は生のピアノや弦楽四重奏が楽しめるそうだ。
ちょっとした読書スペースもある。
もちろん飲み食い無料だ。
降谷君はジーンと感動した顔をして席に座った。
『おお!組織の裏取引以外でこんなとこに座ることになろうとは!USBメモリも出ないし何も変なもの入ってない本物の酒でてくる!』
『降谷君があまりに面白い』
『うるさいぞそこ!ジンと一緒にバーカウンター座って味なんてするもんか!』
と、喚く降谷くんがいよいよと言った感じでいくつか頼もうとしたところで。
事態は急変。
困ったような蘭ちゃんがラウンジに駆け込んできた。
「あっ、安室さん!ちょうど良いところに!」
「ん……どうしました蘭さん」
「園子がなかなか帰ってこなくて…どこにいるのか見てませんか?」
心配そうな様子は、それなりに長い間帰ってきてないことを示している。
広い船内だし、どこかで迷子になっているのだろうか。
降谷くんがすう、と目を細めて一言。
『マーリン』
『はいよ。………うわ。とんでもないところにいるぞこれ。何が起きた?』
遅れてコナン君もトコトコ探して現れる。
若干心配そうで、あとについた子供達もちょっと不安そう。
『どういう意味だ?』
『霊安室だよ。棺の中に閉じ込められてれる』
『!!!殺人未遂じゃないか!なんだって園子さんを!』
降谷君は「申し訳ありません、見てません…お力になれず…」と悲しそうな顔を作った。
それから鋭い顔で近寄ってきたコナン君にこっそりと言葉を落とす。
「霊安室らしい。マーリンが見つけてくれた。閉じ込められているとのことで、このままじゃ低体温症になって危険だ」
「な……!!!なんでそんなところに!」
「誰かに入れられたと見て間違いないだろうね」
その後はチーフパーサーさんに声をかけて、霊安室の扉を開けてもらう作業だ。
ちょうどタイミングよく意識を取り戻した園子ちゃんからSOSの連絡も入って、私たちが動く理由ができた。
駆けつけた霊安室。
ジュラルミン製の遺体安置ケースは重く、中に人が入っているのは間違いなさそうだった。
中に入っていたのは園子君だ。
こんな冷たい中に放置すれは最悪死もありうる。
とくに場所が悪く、発見が遅れることはどれだけでも考えられるからだ。
殺人未遂、と呼ぶにふさわしいだろう。
園子君は急ぎ診療室に運ばれて、船医に見てもらうことになった。
間も無く、それと前後する形で貴江社長の死体も発見された。
警察ヘリで警視庁捜査一課が急行したのもすぐのことだ。
事件の現場となったマリーナにて、雪崩式に起こる事件に降谷君はぶすっと唇を尖らせていた。
「まだマッサージしてもらってなかったのに。テニスも。稀覯本のある図書館にも行ってない。プライベートシネマも」
「ははは…安室さん楽しんでたんだね」
「もちろん。僕の生涯初の憂いなき洋上の旅だぞ。なんて事してくれたんだ!」
降谷君はかがんで、頭をぐりぐりコナン君に押し付けた。
大型犬が子供に絡んでるみたいな絵面だ。
「ハイソ君はいいよね。慣れてるこんなのより事件に集中できるんだから」
「僕の名前ハイソにするのやめて」
「もうだめだ。成仏できない恨みが積み重なって妖怪になるしかない。豪華客船で他人の足を引っ張る妖怪」
「しょぼい妖怪だね」
「暴れてやるぞ。マーリンに言いつけて工藤新一の幼い頃の恥をたくさん教えてもらうんだ」
「やめて僕関係ないじゃん!!!」
コナン君は迷惑そうに降谷君の頭をバシバシ叩いた。
妖怪がオンドロドロドロと荒ぶっている。
コナン君は頬ずりを拒否する猫の姿勢で降谷君をおいやった。
「ともかく、被害者は八代社長と八代会長の二人!八代会長はマリーナから海に落とされた疑いがある。マーリンさんと取引したい。八代会長はどこ?」
『教えてもいいけどもう死んでるよ。海上保安庁に任せていいと思う』
「………そっか」
『それでもいいなら感情一口と引き換えにおしえるよ』
そういうと、コナン君は静かに首を振ったようだった。
「マーリンさんっていつも感情で取引してくれるけど、安室さんもそうなの?」
「それも多いが、普通にハーブティー入れてくれとかアヴァロンで草刈りしろとかもある」
「草刈り………なんか急に俗っぽいんだけど」
「ちなみにリンゴ収穫が一番きつい。純粋に体力仕事だ。終わったあとリンゴジュースくれるのでそれが1番の返礼」
コナン君はクスリと笑って優しい表情を浮かべた。
「平和な取引だね」
「そうだろう?マーリンは僕の友人だからな」
・コナン君
降谷さんのことを凄くどうしようもねぇ人だな、と思うと同時に人間臭い良い人だと思っている。
服部君と同じで半分ネタ枠。
有事の際は赤井さんの方を頼る。
・降谷さん
たぶんあまりの不愉快さに赤井を祟るタイプの妖怪に変身する。
最近工藤邸に怪しい大学院生が出没したらしいので突撃かましたい気持ち。